修羅姫様と死神皇子   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

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「う、ん……」

「お。起きたか」

「……なんだこの手は?」

「…………」

「なんだ、その腹の立つ顔は」

 

 目を覚ましたシュバルトは、シラユキの渾身の慈愛の笑みに「気色悪い」と吐き捨て、あれだけすがりついていた手を振り払った。

 

 自分でも驚くほど腹が立たなかった。

 あんな甘えん坊しゅばるとくんを数時間に渡って見続けた後では、もう傷ついた子供が必死に強がってるようにしか見えない。

 

「ここは……?」

「辺境伯領の森の中じゃ。咄嗟に逃げ込んで隠れた。しばらくは大丈夫じゃと思うから安心せい」

「……そうか」

 

 安心しろと言っても、当然シュバルトの表情は優れない。

 そりゃそうだろう。裏切りだけでも絶大な心労なのに、あんな化け物に狙われて、先の見えない逃亡生活が始まったところなのだから。

 

「とりあえず、何か食べるか」

 

 そう言って、シラユキはそのへんに生えていた木から果実をもぎ取り、スレイプニルの背負う小さな箱から取り出した包丁で、シュルシュルと皮を剥き始めた。

 

 妙に様になっている桂剥きを披露し、あっという間に一口サイズにカットして、ウサギっぽい飾り切りまで施して、シュバルトに差し出す。

 

「ほれ、あーん」

「……なんの真似だ」

「案ずるな。毒のある果実ではない。この手の見極めには自信がある」

「そういう意味じゃな……むぐっ!?」

 

 口の中に突っ込まれた。

 

「食わねば治るものも治らん。今は大人しく看病されておけ」

「……だから、そういう意味じゃない」

 

 なお、果実はとても新鮮で美味しかった。

 

「さて、そろそろ日が落ちる。急いで寝床くらい作らんとな」

 

 シラユキは異様に手慣れた様子でテキパキと動き出し、太い枝を組み合わせて骨組みを、葉を集めて屋根を作り、即席のテントを作り出した。

 

 もの凄く活き活きしている。

 やはり野生児は、自然の中でこそ真価を発揮するのだ。

 

「よし。なんとか冷える前に間に合ったのう」

「……何故もっと早く作らなかったんだ?」

「仕方なかろう。甘えん坊が離してくれなかったんじゃ」

「甘えん坊……?」

 

 その時、しばらく放置されていたスレイプニルが、シラユキに甘えるように頭を擦りつけた。

 なるほど、とシュバルトは納得した。いや、オメーだよ。

 

「よっと」

「なっ!?」

 

 そのスレイプニルを、かなり大きめに作ったテントに押し込み。

 続いて、シラユキはシュバルトを、お姫様抱っこでテントの中へ輸送。

 更に、ガバッと服を脱いで裸になった。

 

「何を……!?」

「あん? 体温を保つにはこれが一番じゃろ。その怪我で身体を冷やしたら、最悪死ぬぞ」

 

 雨風を最低限遮断する即席のテントの中。

 スレイプニルと外套を敷布団に、二人の衣服を掛け布団にして、抱き合う。

 暖かい。柔らかい。獣臭さの中に、シラユキの甘い匂いを感じる。

 

「…………お前、傷が」

 

 そして、裸になると、それがよく見えた。

 

「ん? ああ、まあ、騎士王とやり合ったからのう」

 

 シラユキの新雪のような白く美しい肌に、傷が刻まれている。

 できるだけ綺麗に治そうとした形跡のある古傷の数々と、その上に生じた真新しい裂傷、擦り傷、打撲痕。

 

 シュバルトを助けるために負った傷。

 

『修羅、姫……?』

『おう! 駆けつけてきてやったぞ!』

「ッ!?」 

 

 何故かこのタイミングで、とあるワンシーンが脳裏を過って、シュバルトの心臓が跳ねた。

 

(なんだ……!? おかしい……! 初夜の時は、嫌悪と屈辱しか感じなかったのに……!)

 

 今は何か、そうではない何かで、心臓が早鐘を打っている。

 知らない。こんな感覚は知らない。

 

「……そういえば、貴様は何故、あの廃村に駆けつけてこれたんだ?」

 

 気持ちを逸らすように、全く違う話題を投げた。

 言ってから、本来なら真っ先に問うべきことの一つだったと気づく。

 色んな意味で頭が回っていない。

 

「刺客に襲われた後、スレ丸の荷物の中から、手紙が出てきたんじゃ」

「手紙?」

「ああ。あの場所と、お主が危ないと書かれた手紙がな。罠の一環かと疑ったが、勘を信じて向かって正解じゃった」

 

 それは……なんというか。

 

「多分、爺や殿の仕業じゃろう」 

「……何故そう思う?」

「スレ丸をワシに預けたのは爺や殿じゃぞ?」

 

 ……言われてみれば、そうだ。

 スレイプニル。一般的な軍馬とは比べ物にならない機動力を誇る、最高峰の移動手段。

 

 あの時は疲れてたのもあってギャグのノリでごまかされてしまったが、冷静に考えれば、敵国の姫に目的もなしに与える代物ではない。

 

「こやつは凄い。父上のセキトに匹敵する怪物じゃ。そして、ワシらが襲われた場所は、その怪物の足でギリギリ間に合う、絶妙な距離。ここまで来れば察する」

「…………」

 

 もしかしたらそれは、忠臣のせめてもの抵抗だったのかもしれない。

 恩義は裏切れない。でも殺したくない。

 心の引き裂けた中途半端な行動。

 

「爺や……」

 

 感情が乱される。思考が纏まらない。

 あの裏切り者の大恩人に、どう向き合えば良いのか、どんな気持ちを抱けば良いのか、わからない。

 

「今は寝ろ。ゆっくり休め」

「……ああ。そうする」

 

 色々と限界らしく、思案を打ち切れば、すぐに意識は落ちた。

 不思議と、今回は悪夢を見ずに眠ることができた。

 

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