修羅姫様と死神皇子   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

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「帰ったぞー! ほれ見よ! 雉と鍋が獲れた!」

「……ツッコミどころがあるな」

 

 翌日。シラユキは食料調達のために狩りに行って、見事獲物を持ち帰ってきた。

 

「誰かの落とし物じゃろう。川も見つけたから、洗って水も汲んできた」

 

 武力衝突が頻発する地域は、回収の暇なく放置された落とし物が多い。

 それを目ざとく発見し、最重要の水源まで確保してくるとか、本当に大自然の中のシラユキは頼りになり過ぎる。

 もうここに住めば幸せなんじゃないかな。

 

「それで、調理できるのか?」

「任せよ!」

 

 手慣れた様子で、雉を鳥肉へと加工していく。

 羽をむしり、内臓を処理し、部位ごとに切り分け。

 刀で石を斬りつけて火花を起こし、枯れ枝に着火。

 煙をごまかす工夫をしつつ、鍋を火にかけ、沸騰したら胸肉やササミを骨ごとぶち込む。

 相性の良い野草も投入。どこからか取り出した味噌で味付け。

 同時にモモ肉や皮を串に通して、焚き火で焼く。

 

「その調味料はどこから……」

「ハナが纏めてくれた緊急用雲隠れ一式じゃ」

「……奴も無事だと良いな」

「大丈夫じゃろ。あやつは強い」

 

 ……シュバルトには真似できない、計算以上に感情で繋がる信頼をシラユキから感じた。

 羨ましくて、妬ましかった。

 

「ほれ、できたぞ! 野鳥と山菜の戦国鍋! 大味なのは許せ」

「……温かいな」

 

 毒味などの関係で、貴族の食事は冷めていることが多い。

 シュバルトは幼少期のトラウマもあって、特にそのあたりを警戒していたので、なおさら。

 

「……悪くない」

 

 心と身体の冷えていた部分に、スープの温もりが染み入る。

 食事を悪くないと思ったのは久しぶり……いや、もしかしたら初めてかもしれない。

 

「うむ。我ながら中々……って、おい! そっちの串は全部ワシのじゃ!」

「……ケチめ」

「お主はハラワタもちょっとやられとるんじゃぞ? 大人しく汁だけ飲んでおけ」

 

 そう言って串焼き肉に齧り付くシラユキ。

 得てして健康に悪いものほど美味そうに見える。

 シュバルトはジト目になった。

 

「ふー。食った食った。さて、次は包帯を洗ってくる。晩飯の具材も獲ってくるから、楽しみに待っておれ」

「ぁ……」

 

 シラユキがまた出掛けていく。

 ……心細いと血迷った弱音を吐く心を、シュバルトはねじ伏せた。

 

 この状態で護衛がいなくなれば不安になって当然、何もおかしくないと、誰に向けるわけでもない言い訳を並べ立てる。

 

「スレ丸、こやつの護衛を任せたぞ」

「ヒヒーン!」

 

 そうだ。ここにはスレイプニルもいる。

 大型肉食獣すら裸足で逃げ出す怪物馬。

 あれがいるなら、大抵の脅威は怖くない。

 

「…………」

 

 なのに、感じる心細さはまるで変わりなくて。

 その理由を考えることからも、シュバルトは逃避した。

 

◆◆◆

 

 数日後。

 

「うむ。さすがアサヒの霊薬。大分良くなってきたのう」

 

 シュバルトの服を脱がせ、包帯を解いて傷口を確認して、シラユキは大帝国がヨダレを垂らして欲しがる自国の秘宝の一つを賞賛した。

 

 致命傷半歩手前だった深手が、たった数日で治りかけている。

 より軽傷だったシラユキの方なんて、もう全快だ。

 

「完治には程遠いが、もう少しすれば長距離移動に耐えられるくらいにはなりそうじゃ。この暮らしとも、そろそろお別れじゃな」

「…………」

 

 その言葉を聞いて、ドクンと、シュバルトの心臓が脈打った。

 ……嫌な鼓動だ。これで報復を果たせるという暗い喜びですらない。

 ただただ焦燥が襲ってきて、身体が拒絶を起こすような、忌まわしい感覚。

 

「……なあ、修羅姫」

「ん?」

「お前は、逃げたいと思ったことはないか?」

 

 気づけば、そんな問いが口をついて出ていた。

 ハッとして口元を押さえるが、こぼれてしまった弱音は戻らない。

 

「一番最初に思って実行した。あえなく捕まったがな」

 

 シラユキはそれを茶化さず、真剣な顔で問いかけに答える。

 

「その後は仲間に恵まれたから、逃げずに戦ってみるかとなった。出会いがなければ、今も必死に逃げ道を探っていたかもしれんな」

「……救いのない中、ふと不意に逃げ道が開けたら、どうしていた?」

 

 一度緩んでしまえば、口は止まらない。

 ポロポロとこぼれ落ちる自分の言葉を聞いて、シュバルトはようやく気づく。

 

(ああ、そうか。私は、ここに居たいのか) 

  

 何もかも捨てて逃げてしまいたい。それが自分の本音。

 今ならきっと、シュバルト・ナイトフォールは死んだことにできる。

 

 このまま森の奥に引きこもって、狩りの仕方でも習って、同居人とペットと共に静かに暮らしていたい。

 もう疲れた。もう疲れたんだ。

 

「無理じゃぞ」

「…………ぇ?」

「騎士王がワシらを諦めたとは思えん。この暮らしは、ハナが時間を稼いでくれておるから成立しとる。そう長くは保たん」

 

 こればかりは希望を持たせる方が残酷だと思い、シラユキはシュバルトの夢をバッサリと切り捨てた。

 

 どう足掻いても、この平穏は長続きしない。

 最後にはあの脅威に立ち向かい、どういう形にせよ打ち破らなければ未来はない。

 それが、半ば確定した結末なのだ。

 

「姫様、ただいま戻りました」

「……噂をすればじゃな」

 

 そして、このタイミングでハナが帰還。

 忍装束は大分汚れ、足取りはフラつき、息は上がっている。

 まさに疲労困憊と言った様子で、彼女は最後の力を振り絞って、報告をした。

 

「捜索の手が近くまで迫っています。時間稼ぎも限界。近日中に発見されるでしょう」

「……そうか」

「そして、シュバルト殿下の仇討ちを名目に、アサヒとの戦争再開を望む声が上がっているそうです。捜索隊は裏の事情を知った上で、そういうことにしてしまおうと意気込む者ばかり。激突は避けられないかと」

 

 ……どうやら、向こうも完全に後に引けない状況らしい。

 話が表に出てしまった以上、もうシュバルト殺害のシナリオを完遂しなければ、敵の面目が立たない。

 全身全霊で殺しに来るだろう。

 

「相わかった。ハナ、ようやってくれた。今はゆっくり休め」

「かし、こまり、ました」

 

 糸が切れたように、ハナの身体が崩れ落ちる。

 シラユキはそんな忠臣を優しく抱き止め、素早く服を着替えさせて汚れを拭い、膝枕を敢行した。

 気のせいでなければ、夫にするより、遥かに気合いが入っていた気がする。

 

「というわけじゃ。ハナが回復次第、すぐに動く。……お主はどうする? 戦えるか?」

「…………」

 

 その問いに、シュバルトは──

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