翌日。時刻は深夜。
夜の帳が、追手の目から覆い隠してくれる時間帯。
「よし。出発するぞ。……本当に大丈夫か?」
「くどい。大丈夫だ」
「……そうか」
心はともかく、身体の方はそれなりに回復したシュバルトと共に、シラユキはスレイプニルに跨った。
……内心、何を思ったのかはわからないが、シュバルトはあの問いに、肯定を返した。
不安は残るが、信じるしかない。
「……しかし、この並びはどうにかならないのか?」
「む?」
現在、スレイプニルの上には、騎手であるシラユキを先頭に、その後ろにシュバルト、その更に後ろにハナが騎乗している。
アサヒの女二人に挟まれて、宿敵サンドイッチ状態だ。
これを羨ましいと思うかは、意見の別れるところだろう。
「仕方なかろう。これから死地に飛び込むんじゃ。後ろを任せた時の安心感が違う」
「ふふっ」
「……チッ」
背後から勝ち誇ったような雰囲気が伝わってきた。
なんとなく面白くなくて、シュバルトは小さく舌打ちした。
「では行くぞ! しっかり掴まっておけ!」
スレイプニルが走り出す。
普通の騎兵ではまず不可能な、大自然の中での疾走。
しかも、三人もの人間を乗せ、視界最悪の夜の森を突っ走っているのに、一般的な軍馬の最高速度に近い速度が出ている。
「……凄まじいな」
走る馬も、それを操る騎手も、化け物レベル。
おまけに、スレイプニルのような最高峰の騎馬の何よりの特徴は、尋常ではない速度を維持したまま持久走ができること。
このまま行けば夜明けまでに包囲網を抜け、その後、半日もかけず帝都まで走り抜けるだろう。
……途中で撃破されなければ。
「いたぞ!」
「仕留めろ!」
早速、見つかった。
最初の敵は三人。一人が弓に矢をつがえ、一人が槍を構え、一人が離脱していく。
「そい!」
「ぐぇ!?」
「うぐっ!?」
そんな敵に向かって、シラユキとハナが投擲。
物資不足につき、そのへんで拾った石を投げつけるだけの攻撃だが、英雄の強肩で放たれるそれは、充分に殺人級の威力。
不安定な馬上からの投擲が、見事、武器を構えた二人を直撃し、ノックアウト。
しかし、その二人を盾に、離脱した一人は逃走に成功。
直後、空に向かって、派手な色の煙が上がった。
「もう狼煙を上げられてしもうた。有能じゃな」
「……今のは騎士王の部下だ。そこらの無能とは訳が違う」
「ならば、止まらず走り抜けるしかないのう!」
増援が殺到する前に、このエリアを脱出する。
その繰り返しで逃げ切る。当初の予定通りだ。
「修羅姫ぇぇ!!」
「覚悟ぉぉ!!」
「退け、精兵ども!!」
「「「ぐぁああああああ!?」」」
轢き潰し、跳ね飛ばして、逃げる。
スピードに乗った軍馬を止めるのは容易ではない。
夜の闇が発見を遅らせ、強い乗り手が連携を妨害してくるのでは、なおさら。
「ここを通すな! ファランクスの構え!」
「「「ハッ!」」」
「おっと……!」
最低限ながら集結した人員達が、長槍と盾を構えた密集陣形で進路を防ぐ。
「姫様、相手にしている時間はありませんよ」
「わかっとる!」
シラユキは手綱を操り、斜めに進路を変更。
瞬殺はできないと見て、交戦ではなく回避を選んだ。
「弓兵、放て!」
「当てる必要はない! 鉄砲隊、構え!」
「……マズいな」
その後も様々な手段で、敵は仕留めに来るというより、こちらの進路を限定するような動きを見せた。
集結し切れていない人員で、無理に全ての逃げ道を塞ごうとするより遥かに厄介。
何故なら、こうして現在位置さえ見失わなければ──
「「「ッ!?」」」
背後に、恐ろしいほどのプレッシャーを放つ存在が現れる。
響く蹄鉄の音。重く、されど素早い、死の足音が近づいてくる。
「騎士王……!」
「出たか……!」
分厚いフルフェイスの全身甲冑を纏い、右手に馬上槍と見まごう大剣を構え、左手に大盾と手綱を持って。
最強の追跡者が、ついにその姿を現した。
「わかってると思うが、あの馬にも注意しろ! あれは西方最高の騎馬だ!」
騎士王が駆る、純白の巨馬。
鋼鉄の
西方の馬王、ペガサス。
まるで翼のように広がる鬣を靡かせ、飛翔するように迫ってくる。
「足を鈍らせろぉ!」
「団長を支援せよ!」
「ぬぅぅ……! 鬱陶しいのう……!」
騎士王が追いつき、敵は進路の限定から、純粋な妨害に特化した戦い方に変えてきた。
少しでも足が鈍れば、騎士王が距離を詰めてくる。
こんな敵兵だらけの場所でインファイトにもつれ込んだら終わりだ。
「ハナ!」
「承知しています」
妨害には妨害。一番後ろのハナが投擲物で騎士王を狙う。
石なんかじゃ、この化け物には通じないだろう。ならば。
「出し惜しみは無しです」
投げつけるのは、前回撤退の決め手になった炸裂玉。
温存していた手持ちを使い果たすつもりで、騎士王を爆殺する!
「死ね……!」
驚異的なバランス感覚で、ハナは揺れに揺れる馬上から、綺麗なフォームで全力投球。
万一にも打ち返されないよう、騎士王のギリギリ手前で炸裂するように計算して、流れるように、何発も、何発も。
「…………化け物」
しかし、騎士王も、その騎馬も、全くの無傷。
振るわれた大剣が爆風を斬り裂き、無力化してしまった。
本当に、人間業じゃない。
虎の子を使い切って、コンマ数秒も稼げたか怪しい。
「充分じゃ! 抜けるぞ!」
だが、コンマ数秒の時間稼ぎでも、騎馬の戦いでは数馬身のリードを守ることに繋がる。
その時間でスレイプニルは走り抜け、ついに包囲網の外へ出ることに成功した。
あとはどうにか、騎士王を振り切れさえすれば──
「──逃がさん」
「!?」
騎士王が、大剣を、投げた。
当てられる距離まで近づいたという判断。
時間稼ぎに成功したのは、お互い様だった。
「うぐっ!?」
「ヒヒンッ!?」
「ぬぉ!?」
「ッ……!」
ハナが両手に握ったクナイで、なんとか大剣を受け流すも、衝撃までは殺せず、スレイプニルがよろめく。
そんな大きな隙を見逃してくれるはずはなく、鋼鉄の騎馬が突進してきた。
このままでは、轢き潰される。
「秘技──」
ゆえに、シラユキは跳んだ。
「『飛猿』!!」
「!」
手綱を離し、シュバルトとハナの上を飛び越えて、騎士王に向かって刀を振るう。
騎士王はそれを盾で受けて、二人は共に落馬。
両者とも瞬時に体勢を整え、騎士王は落下位置すらコントロールして、投げて手放した大剣を回収。
武器を構えての睨み合いへと移行した。
「……二度も逃がしてくれるほど、甘い相手ではないか」
後ろから、包囲網を形勢していた騎士達が追いかけてくる。
スレイプニルも、騎手を失った状態でペガサスにブロックされて、とても騎士王の前で撤退路をこじ開けられる状態じゃない。
「……ハナ、本当にすまんが、頼む」
「謝る必要はありません。納得済みのことゆえ」
シラユキの忠臣が、迫る脅威の足止めに向かった。
多くの手札を消費してしまった彼女の奮闘中が制限時間。
「死神皇子、やれるな?」
「当然だ」
騎乗困難になったスレイプニルから飛び降りながら、シュバルトが答える。
こうなった以上、制限時間内に騎士王を潰すしかない。
アサヒへと逃げず、総取りの賭けを選んだのだから、この展開も覚悟の上。
「皮肉なものだ。最悪の敵と協力して、最強の味方と戦うことになるとは」
「よくあることじゃな」
「あって堪るか」
どこまでも異なる価値観の二人は、共通の敵を打倒すべく足並みを揃え、息を合わせて、剣と銃と刀を構えた。