「…………はぁ」
「「!」」
修羅姫と死神皇子を前にして、騎士王はため息をついた。
深い、深い、落胆のため息を。
「ダメだな私は。この期に及んで、まだ心が乱れているようだ」
失望が向かう先は、彼自身。
皇帝を裏切り、愚かな凶行を選んだというのに、シラユキもシュバルトも取り逃す中途半端さ。
挙げ句、皇族殺しの大罪に部下達を巻き込み、今なお友の愛し子を殺すことを、心のどこかで躊躇っている。
「見苦しい。我、既に騎士にあらず。復讐に身を捧げた修羅である」
無口な男が、あえて想いを言葉にすることで、己に暗示をかけていく。
冷たい殺意で、今の己を否定し、否定し、否定し。
「──修羅に、心は、イラナイ」
「「ッ!?」」
心を殺して、兜の下の表情を虚無に染めた。
虚ろな修羅と化した男が動き出す。
気づけば、最強はシラユキの目の前にいた。
「!?」
「帝式剣術『瞬』」
「ぬぅ……!?」
速い! 今までより更に!
前回はどこか受け身だった戦い方が、前のめりに、積極的に、破滅への道を突き進み始めた。
あまりの剣速に、触れてもいないのに、シラユキの美肌が裂ける。
「なんのぉぉぉぉぉぉぉッッッ!!」
「シィィ……!」
彼女がなんとか受け流すのと同時に、背後を取ったシュバルトが剣を構えて接近。
無防備に見える大きな背中を狙う。
「ガァァッッ!!」
シラユキもタイミングを合わせ、得意の柔軟さで無茶な体勢からカウンター!
前後から迫る二つの刃。剣は振り切り、盾は一つ。
「ぬ!?」
「なっ!?」
だが、騎士王は半身になってシラユキのカウンターを避けつつ、その勢いで左手の盾を振り回し、背後にいたシュバルトに裏拳を炸裂させた。
防御、回避、攻撃を一度にこなす動き。
そして、まだ終わらない。裏拳の回転を持続させ、振り抜いていた剣を横に薙いでシラユキを狙う。
「舐めるな!」
しかし、反射神経では彼女も負けていない。
体格差を利用して屈むことで剣を回避。
そのまま四足獣のように低い構えから更なる反撃!
「朝霧一刀流『床伏せ斬り』!!」
狙いは膝。関節の都合上、どうしても隙の生じる甲冑の急所。
「そう簡単にはいかんか……!」
騎士王は足を持ち上げて、頑丈な脛当ての部分でガードした。
いや、ガードだけに留まらず、その足に力を入れて蹴りに変換。
小柄なシラユキは、刀ごと蹴り飛ばされて、遠くなっていく。
「にゃぁぁぁ!?」
「……!!」
それを尻目に、シュバルトはシラユキの相手で手一杯に見えた騎士王に、二丁目の銃を向ける。
一発しか装填できないフリントロック式。
彼が普段から持ち歩いているのは三丁。
一丁は前回の戦いで使い、補給もできていないので、残るは二丁。
二回しか使えない貴重な手札を、ここで切る。
「化け物め……!」
だが、騎士王はそれを、危なげなく盾で防いだ。
アサヒ屈指の英雄との攻防中に、さも当然のように。
「…………」
ギョロリと、兜の奥の無機質な瞳がシュバルトを捉える。
巨体が動く。圧倒的な速度で。前とは比べ物にならない容赦のなさで。
「ッ……!?」
盾を構えて突進。もの凄い音を立てて森林を破壊し、避けたシュバルトに向かって剣を振るう。
斬撃、斬撃、突進、斬撃、打撃、斬撃、斬撃。
変化と緩急をつけて、確実に死ぬ威力の攻撃を当てにくる。
壁が迫ってくる。壁に殺される!
(やはり格が違う……!)
「朝霧一刀流『死刺』!!」
「!」
シュバルトが弱気になった瞬間、シラユキが復帰。
串刺しにしてやるという強い意志を感じる突き技は当然防がれたが、再び二対一となり、今度はその状態で戦況が安定。
シラユキが豪快に攻め、シュバルトが常に嫌な位置を取り続け……それでようやく不利寄りの拮抗。
「帝式剣術」
最強は、揺らがない。
「『百華』」
「「ッッ!?」」
攻撃の嵐が吹き荒れる。
修羅姫の予測困難な獣の剣も、死神皇子の正確無比な妨害の剣も、ものともせずに叩き潰す。
捌き、弾き、絡め取り、受け流し、自分の攻めをねじ込んで主導権を奪う。
まさに王道の極致。正しき剣士の頂。
(……本当に、化け物だな)
シュバルトは見る。この高い、あまりに高い壁を前に──
「まだまだぁ!!」
まるで怯まぬ
シラユキは何度目になるかわからない愚直な突撃を仕掛ける。
またしても弾き飛ばされるも、あまりにしぶとく、気を抜くわけにもいかない連続攻撃に、さすがの騎士王もほんの僅かに顔をしかめて。
「忍法『衣隠れ』!!」
「ッ……!?」
その瞬間を狙い澄まし、シラユキは新たな奇手を放った。
ボロボロにされた衣服を引き千切り、風呂敷のように広げて一瞬視界を奪う。
反射的に騎士王はドレスごとシラユキを斬ろうとして、彼女はそれを斜め前に跳ねることで回避。
兎か蛙を思わせる前のめりの超跳躍。
「秘技『跳兎』!!」
「チッ……!」
そして一閃!
咄嗟に避けられて急所には当たらなかったが、兜を弾き飛ばして、最大の急所を露出させた。
「ようやくツラが見えた! なんでも覚えとくもんじゃのう!」
修羅姫はニヤリと笑い、下着姿で勝ち誇る。
羞恥心とかないのか。……そんなツッコミは、隠す術を失った傷だらけの身体を見れば無粋だろう。
ここは
「そら、まだまだ行くぞぉ!!」
「本当に、しぶとい……!」
シラユキは戦力差を前に心が折れない。
心が前を向いているからなのか、傷も、痛みも、疲労も、端から見れば無視しているかのように動き続ける。
敵からすれば悪夢のような存在。
シュバルトは誰よりも、その恐ろしさをよく知っている。
(……認めよう。一人の戦士としてなら、貴様は私の遥か上だ)
戦場でのシュバルトとシラユキの戦いは互角。
指揮に徹して前線に出ないシュバルトと、戦場を突っ切ってボロボロの状態で指揮官に突撃をかけるシラユキが互角。
しかも、元気に撤退していく余力すらあった。
「ッ……! はぁ……はぁ……!」
治り切っていないダメージもあって、シュバルトには、そこまでの体力がない。
心も身体も強引に奮い立たせているだけで疲労困憊。
遠からず……いや、すぐにでも限界が来る。
(不本意だが、この戦いの主力は貴様だ)
だからこそ、彼は戦略家としてその事実を認め。
自分という駒を、シラユキを活かすための『捨て駒』として消費する覚悟を決めた。
「う、ぐぅぅ……!?」
「!?」
騎士王の攻撃を避けもせず、受け流しもせず、あえて正面から受け止める。
剣がへし折られ、鎧は貫かれて、致命傷に近い深手を刻まれる。
戦線復帰は絶望的。だが、その代わりに。
(……そうだろうな。心は、そう簡単に制御できる代物ではない)
壮絶な痛みの中、シュバルトは確かに見た。
騎士王が被った修羅の仮面が、ヒビ割れるのを。
いくら心を殺した気になっても、虚ろな修羅の仮面で覆った気になっても、人間である以上、心の完全制御など成し得ない。
それができるなら、シュバルトはこんなに苦しんでいない。
(良かった。貴様の忠義が本物で)
倒れながら最後の銃を引き抜く。向ける先は敵ではなく──自分自身。
「ッッ!?」
予想外だったのだろう。反射だったのだろう。
タソガレは咄嗟に拳銃自殺に見えるそれを止めようとしてしまい──生粋の修羅にその隙を突かれた。
「うらぁあああああああ!!」
「ぐっ……!?」
修羅姫の攻撃を、騎士王は受け損なう。
盾が変な方向に弾かれ、刹那の間、無防備を晒した。
死神皇子は銃口の向き先を変える。
確実に、削れるところを削るために、最後の弾丸を使った。
「……!!」
着弾地点は左腕。最も大きな隙の生じた、絶対防御の要を穿つ。
至近距離から肘関節にクリティカルヒット。最強の片腕が死んだ。
「カー! 汚い手じゃのう! やっぱり、そういうところ嫌いじゃ!」
「ゴホッ……! 甘い、ことを、言ってる、場合か……!」
「わかっとる! 今はその汚さに感謝じゃ」
その隙を突き、シュバルトをお姫様抱っこで回収して一旦距離を取ったシラユキ。
彼女は悪態をつきながらも、彼を守るように前に出て、告げる。
「こういうのも必要じゃと理解しとる。──よくやった。後はワシに任せて寝ていろ」
「…………くそっ」
シュバルトは力なく項垂れた。褒められると調子が狂う。
下着姿のくせに妙にカッコよく見えるのも気に障る。
……なんで、こんなに頼もしいと思ってしまうのか。
「さて、気分良くとはいかんが、ケリをつけるとしよう」
「……片腕を奪った程度で勝ったつもりか?」
騎士王は見せつけるように、右手の剣を振るった。
ブォォンッッ!! と空気を裂く強烈な風切り音が鳴り響く。
「舐めるな、小娘。貴様を殺した後で、ゆっくり治療させてもらう」
「それでこそ、じゃな!!」
最後の攻防が始まる。