「らぁああああああああ!!」
「おおおおおおおおおお!!」
互いに強く大地を蹴り、踏み込んで剣を振るう。
少女は武術の一環として気迫を捻り出すために。
騎士は無様に揺らいだ心を強引にねじ伏せるために。
咆哮を上げて正面からぶつかる。
ぶつかる、ぶつかる、ぶつかる!
「秘技『鷹狩り』!!」
「ッ!」
吹き飛ばされた勢いで素早く樹木を駆け上り、枝から飛び降りて、重力を味方につけた重い一撃。
「こんなものぉ!!」
騎士王が舐めるなと片腕で振り払えば、空中一回転して即座に着地し、すぐに次の攻撃に繋げてきた。
「朝霧一刀流『下剋上』!!」
上からのフライングプレスじみた攻撃の次は、下段からの流麗な斬撃。
獣の技と人の技の融合。他に類を見ないわけではないが、ここまでの練度のものは、歴戦の騎士王をして経験にない。
「帝式剣術『両断』!!」
「うぐっ!?」
だが、格上を殺しにきた一撃を、最強の騎士は真っ向から粉砕。シラユキに浅くない傷が刻まれる。
「弁えろ格下……!」
物珍しさだけで倒せるなら、世界最強の一角と呼ばれはしない。
下剋上など許さない。人間の序列を身分制度でガチガチに固めた国の騎士らしい、強者の振る舞い。
「秘技『猫足』!!」
「この……!」
しかし、誰もが王に成り得る下剋上上等国家の姫は弁えない。
猫のようにしなやかに、何度でも体勢を立て直して向かってくる。何度でも、何度でも、何度でも。
「何故だ、修羅姫……!」
諦めが悪すぎる敵に、思わず彼は問いかけてしまった。
「貴様は何故、そうも必死に戦える!?」
理解できぬと男は叫ぶ。圧倒的格上相手に勇気を振り絞り、限界を越えて戦い続ける強いモチベーション。
戦争再開を止めるなんて使命感だけで、ここまでの気持ちを捻り出せるものなのか。
自分なら、それこそ己が死ねば皇帝が死ぬ、そんな極限状態でもなければ、ここまでできる気がしない。
「ハッ! 何故じゃと? あいにく、これがワシの普通じゃ!」
刀を振るう。敵に立ち向かう。死が頬を掠める。
「物心ついた時から、生きるために戦ってきた! 生きることとは戦うこと! 何故とか考えたこともないわ!」
「!」
この地獄が、彼女にとっての日常だった。
脳裏に蘇るのは母の言葉。一番最初の記憶で、一番心に残っている言葉。
『シラユキ! 強くなりなさい! 強くなければ生きる資格はないわ!』
……今思えば大分過激な言葉だ。
母と死に別れた後、野生を経て仲間を得た今なら、これが戦国の世でもかなり極端な思想であったとわかる。
『どれだけ泣いても私は助けない! 誰かに守られるのが当然と思うな! 何もできないなら死になさい!』
だが、母が完全に間違っていたとは今でも思っていない。
世界は理不尽だらけで、いちいち個々人に配慮なんかしてくれないのだから。
生きたければ戦え。そう刷り込んでくれた母には感謝しかない。
「修羅め……!」
騎士王の背筋に嫌な震えが走る。
根っこの考え方が自分達とは違う。
戦場でアサヒの将軍に、最強の敵に感じたのと同じ怖気を、二回りは歳下の少女に感じてしまって。
ゾッとした感覚を振り払うように、思わず必要以上の力を込めて剣を振るった。
「ぐっ……!?」
その一撃が、とうとうシラユキの手から刀を弾き飛ばし──
「アサヒ体術『苦角絞め』!!」
「なっ!?」
その状態から、彼女は空いた手で体操のように地面を押して、足でタソガレに絡みついてきた。
服を脱ぎ捨てたことで剥き出しの太ももが、首と右肩に巻きついて絞め上げる。
無事な右腕を封じつつ首を絞めての窒息狙い、あわよくば首を折ってやるという殺意の塊みたいな技。
一瞬の綻びに付け込まれた……!
「は、なせ……!!」
「かはっ!?」
両手が使えないならと、騎士王は樹木に突進して、壁にシラユキを叩きつけることでダメージを与えてきた。
痛い、苦しい、それでも拘束は緩めない。
この勝機を逃して堪るかと、全身全霊の力で絞め上げ続ける。
「こ、の……! ぐッッ!?」
「!」
その時、突然騎士王が苦悶の声を上げた。
見れば、彼の甲冑の継ぎ目に、刃が突き立てられている。
弾き飛ばされたシラユキの刀の切っ先が。
「はぁ……はぁ……! 任せていられない……!」
「死神皇子!」
死力を振り絞った、シュバルトの最後の一刺しだった。
それが最強の男に決定的なダメージを刻む。
激痛、内臓破裂、大量失血、そして酸欠。
常人なら一つでも致命傷となり得る大ダメージ。
「オオオオオオオオオオッッッ!!!」
「「ッ!?」」
最強はそれを──自らもまた死力を振り絞るための薪に変えた。
火事場の馬鹿力を捻り出し、絡みついた二人を振り払う。
まだ酸素の補給ができていない朦朧とした頭で。
だからこそ、今度こそ一切の雑念なき闘争本能の化身となって、騎士王は剣を振り上げた。
「決めてこい……!」
「うむ!」
そんな化け物に向かって修羅姫は進む。
返された刀を手に、何の恐れもない、迷いなき踏み込みで。
「朝霧一刀流『首斬りの太刀』!!」
「…………お、のれ」
騎士王の剣が振り抜かれる前に、走り抜け、振り抜いた神速の一太刀。
咄嗟の回避は、即死を避けるだけに留まり、最強の首筋から致死量の赤が噴き出す。
『騎士王』タソガレ・ラグナロックが崩れ落ちた。
「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……! ふ、ぐぅ……!」
必殺の手応えによって僅かに気が緩み、一気に溢れ出した疲労が、シラユキの足をふらつかせた。
それを堪え、最後の力を振り絞って前進する。
「遺言が、あれば、聞くぞ……!」
「…………」
ノロノロと近づいてくる死の化身が、辿り着くまでの僅かな猶予。
倒れ伏し、罰を噛みしめるように激痛と死を受け入れたタソガレは、その問いかけに顔を歪めた。
「……戦いの、苦しみは、理解、している、つもりだった。多くの仲間が、無惨に、死んだ。悲しく、耐え難かったが、それでも、耐えて、戦い、続ける、覚悟が、ある、つもり、だった」
タソガレは語る。多くの戦士が持つだろう、命を懸ける者の心構えの話を。
「だが、息子の、死だけは、別だった。自分でも、驚くほど、心が、言うことを、聞かなかった。勇敢に、戦った、結果だ、名誉の、戦死だ。何度、そう思おうと、しても、できなかった」
最強の男の瞳から涙があふれる。
復讐に狂った修羅ではない。忠義に全てを捧げた騎士の鑑でもない。愛する子供を失った一人の親がそこにいた。
「貴様も、子が、産まれて、心より、愛して、みれば。──英雄では、いられなく、なるかもな」
「…………」
まるで忠告のような言葉を、神妙に聞き届ける。
そうして、彼は最期に。
「ああ、だが、
裏切りが失敗に終わったことに、一欠片の安堵を抱きながら。
シラユキの刃が振り下ろされ、最強の男は逝った。
あっぱれとは言えないかもしれないが、敬意を払うに値する──強敵であった。