「まだ、じゃ……!」
騎士王を撃破した後、シラユキは疲弊した身体を根性で動かした。
早く大将の死を伝えて、ハナが止めている敵兵の戦意を折らねばならない。
まだ、倒れるわけにはいかない。
「……本当に、お前にも疲労という概念があるのだな」
「死神皇子……」
ふらつくシラユキを、それ以上に重傷のシュバルトが支える。
一人では立つこともままならない二人が、支え合って、どうにか動く。
「気合いを入れろ。最大の難関を越えたんだ。ここで倒れたら損だぞ」
「……ハッ! 言われるまでもないわ」
共に死線を乗り越え、二人の距離は近づいた。
恨みも、怒りも、消えはしない。残っている。
それでも、それ以外の色が混ざる余地があった。
苦しみを飲み下さねばならない時代だからこそ、混ぜ込めた
「ヒヒーンッ!」
「おお、スレ丸……」
満身創痍二人がフラフラしてるところに、スレイプニルが寄ってきてくれた。
彼を釘付けにしていたペガサスは、静かに主人の屍を見ている。
仇討ちに燃えるでもなく、ただただ、悲しそうに。
けれど──この世は、そうやって苦しみを飲み込める大人ばかりではない。
「かはっ……!?」
「ハナ!?」
ボロ雑巾のようになった忠臣が、吹き飛ばされてきた。
「だ、団長……?」
「嘘だ……嘘だぁ!?」
「修羅姫ッッ!! よくも……!! よくもぉ!!」
彼女がせき止めていた敵兵達が、冷静さの欠片もない様子で、全てが終わった舞台に辿り着いてしまった。
ペガサスとは真逆。どこまでも感情的に、仇討ちの熱に燃えて、武器を構える。
「マズい……!?」
大将の死で止まる雰囲気じゃない。
これ以上は戦っても無駄だとか、騎士王を失った状態で計画を進めて上手くいくわけないだろとか、そんな正論が通じる雰囲気じゃない。
彼らはもう騎士でも軍隊でもなく、騎士王の復讐に共鳴し、取り憑かれた、ただの修羅だ。
説得の通じる相手ではな──
「お待ちくださいッッ!!」
「「「!?」」」
しかし、そんな修羅達の足を止める一喝が、彼らの『後ろから』響いた。
声を張り上げた人物が、シラユキ達と、騎士達の間に歩み出てくる。
「爺や……!」
裏切りの忠臣。シュバルトにとっての、もう一つの最難関。
「タソガレ様は、これ以上を望まれません。あの方の願いは、あくまでもアサヒの殲滅。最高戦力を欠き、勝ち目のなくなった戦争に、皇帝陛下を巻き込みたいなど、断じて思うはずがない」
「ッ!」
「し、しかし……!」
仇ではなく、味方からの言葉に、敵の心が少し揺らぐ。
「そんなことはわかってんだよ!!」
「そうだ!! それでも、俺達は……!!」
当然、揺らぐだけで、止めるには至らない。
感情は、そう簡単に制御できない。
「あんた、シュバルト皇子の元配下だろ!? ここで恩を売って、元の鞘に収まる気か!?」
「汚いぞ!! そんな奴の言うことなんて……!!」
自然と、ヘイトは爺やにまで向いた。
言葉は、何を言ったかより、誰が言ったかの方が大事だから。
都合の悪いことを言う奴は貶めたくなる。
人格を否定して、発言の効力を消してしまいたくなる。
「そんなつもりは毛頭ありません。この戦いの引き金を引いた裏切り者として、ケジメと始末をつけること。それが、この老いぼれの最後の仕事です」
そう言って、爺やは、懐からあるものを取り出した。
前回の戦いでシュバルトに向け、結局突き刺せなかった短剣。
今回それを向けるのは──罪深き己自身。
「ぬんッッ!!」
「「「!?」」」
「…………ぇ?」
爺やは、握った短剣を、自らの腹に突き刺した。
介錯人もつけず、激痛の中で、命懸けの言葉を遺す。
「切腹。不始末を命で償うアサヒの風習。そう聞き及んでおります」
「爺、や……!?」
生まれた時から傍にいた男が、何度も、何度も、血で罪を洗い浄めるがごとく、刃で腹をかっ捌く。
狂気的で衝撃的な光景に、騎士達も言葉を失っていた。
「皆様……! どうか……どうか……!」
……言葉は、何を言ったかより、誰が言ったかの方が重要。
そして、言葉の重みは、説得力は、行動によって変動させられる。
「どうか、これで、ご勘弁を……!」
最期に、その瞳に、裏切りたくなかった主の姿を映して。
──死神皇子の唯一の忠臣は、血溜まりの中で動かなくなった。
「ぅ、ぁ……」
理解できない。理解したくない。
シュバルトの脳に、処理できないグチャグチャの感情の濁流が押し寄せてくる。
なんだこれは? なんなんだこれは?
何故死んだ? そもそも何故裏切った? 何故大昔の恩義より自分を優先してくれなかった?
信じていたのに、大事だったのに──家族のように想っていたのに。
理屈以前に心が納得してくれない。
どうして、どうして、どうして、どうして。
そんな思いばかりが頭の中をグルグルして、苦しみの螺旋から抜けられない。
「ああああああああああああああああッッッ!?」
絶叫が響く。
冷酷で有名な死神皇子が子供のように泣きじゃくり、シラユキがその背中をそっと撫でた。
もう誰も、何も言えなくて。
戦争再開を求めた騎士王の凶行は、悲しみをもって強制的に幕が下ろされた。