修羅姫様と死神皇子   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

30 / 32
30

「まだ、じゃ……!」

 

 騎士王を撃破した後、シラユキは疲弊した身体を根性で動かした。

 早く大将の死を伝えて、ハナが止めている敵兵の戦意を折らねばならない。

 まだ、倒れるわけにはいかない。

 

「……本当に、お前にも疲労という概念があるのだな」

「死神皇子……」

 

 ふらつくシラユキを、それ以上に重傷のシュバルトが支える。

 一人では立つこともままならない二人が、支え合って、どうにか動く。

 

「気合いを入れろ。最大の難関を越えたんだ。ここで倒れたら損だぞ」

「……ハッ! 言われるまでもないわ」

 

 共に死線を乗り越え、二人の距離は近づいた。

 恨みも、怒りも、消えはしない。残っている。

 それでも、それ以外の色が混ざる余地があった。

 苦しみを飲み下さねばならない時代だからこそ、混ぜ込めた(こころ)があった。

 

「ヒヒーンッ!」

「おお、スレ丸……」

 

 満身創痍二人がフラフラしてるところに、スレイプニルが寄ってきてくれた。

 彼を釘付けにしていたペガサスは、静かに主人の屍を見ている。

 

 仇討ちに燃えるでもなく、ただただ、悲しそうに。

 けれど──この世は、そうやって苦しみを飲み込める大人ばかりではない。

 

「かはっ……!?」

「ハナ!?」

 

 ボロ雑巾のようになった忠臣が、吹き飛ばされてきた。

 

「だ、団長……?」 

「嘘だ……嘘だぁ!?」

「修羅姫ッッ!! よくも……!! よくもぉ!!」

 

 彼女がせき止めていた敵兵達が、冷静さの欠片もない様子で、全てが終わった舞台に辿り着いてしまった。

 ペガサスとは真逆。どこまでも感情的に、仇討ちの熱に燃えて、武器を構える。

 

「マズい……!?」

 

 大将の死で止まる雰囲気じゃない。

 これ以上は戦っても無駄だとか、騎士王を失った状態で計画を進めて上手くいくわけないだろとか、そんな正論が通じる雰囲気じゃない。

 

 彼らはもう騎士でも軍隊でもなく、騎士王の復讐に共鳴し、取り憑かれた、ただの修羅だ。

 説得の通じる相手ではな──

 

 

「お待ちくださいッッ!!」

 

 

「「「!?」」」

 

 しかし、そんな修羅達の足を止める一喝が、彼らの『後ろから』響いた。 

 声を張り上げた人物が、シラユキ達と、騎士達の間に歩み出てくる。

 

「爺や……!」

 

 裏切りの忠臣。シュバルトにとっての、もう一つの最難関。

 

「タソガレ様は、これ以上を望まれません。あの方の願いは、あくまでもアサヒの殲滅。最高戦力を欠き、勝ち目のなくなった戦争に、皇帝陛下を巻き込みたいなど、断じて思うはずがない」 

「ッ!」

「し、しかし……!」

 

 仇ではなく、味方からの言葉に、敵の心が少し揺らぐ。

 

「そんなことはわかってんだよ!!」

「そうだ!! それでも、俺達は……!!」

 

 当然、揺らぐだけで、止めるには至らない。

 感情は、そう簡単に制御できない。

 

「あんた、シュバルト皇子の元配下だろ!? ここで恩を売って、元の鞘に収まる気か!?」

「汚いぞ!! そんな奴の言うことなんて……!!」

 

 自然と、ヘイトは爺やにまで向いた。

 言葉は、何を言ったかより、誰が言ったかの方が大事だから。

 

 都合の悪いことを言う奴は貶めたくなる。

 人格を否定して、発言の効力を消してしまいたくなる。

 

「そんなつもりは毛頭ありません。この戦いの引き金を引いた裏切り者として、ケジメと始末をつけること。それが、この老いぼれの最後の仕事です」

 

 そう言って、爺やは、懐からあるものを取り出した。

 前回の戦いでシュバルトに向け、結局突き刺せなかった短剣。

 今回それを向けるのは──罪深き己自身。

 

 

「ぬんッッ!!」

 

 

「「「!?」」」

「…………ぇ?」

 

 爺やは、握った短剣を、自らの腹に突き刺した。

 介錯人もつけず、激痛の中で、命懸けの言葉を遺す。

 

「切腹。不始末を命で償うアサヒの風習。そう聞き及んでおります」

「爺、や……!?」

 

 生まれた時から傍にいた男が、何度も、何度も、血で罪を洗い浄めるがごとく、刃で腹をかっ捌く。

 狂気的で衝撃的な光景に、騎士達も言葉を失っていた。

 

「皆様……! どうか……どうか……!」

 

 ……言葉は、何を言ったかより、誰が言ったかの方が重要。

 そして、言葉の重みは、説得力は、行動によって変動させられる。

 

 

「どうか、これで、ご勘弁を……!」

 

 

 最期に、その瞳に、裏切りたくなかった主の姿を映して。

 ──死神皇子の唯一の忠臣は、血溜まりの中で動かなくなった。

 

「ぅ、ぁ……」

 

 理解できない。理解したくない。

 シュバルトの脳に、処理できないグチャグチャの感情の濁流が押し寄せてくる。

 

 なんだこれは? なんなんだこれは?

 何故死んだ? そもそも何故裏切った? 何故大昔の恩義より自分を優先してくれなかった?

 信じていたのに、大事だったのに──家族のように想っていたのに。

 

 理屈以前に心が納得してくれない。

 どうして、どうして、どうして、どうして。

 そんな思いばかりが頭の中をグルグルして、苦しみの螺旋から抜けられない。

 

「ああああああああああああああああッッッ!?」

 

 絶叫が響く。

 冷酷で有名な死神皇子が子供のように泣きじゃくり、シラユキがその背中をそっと撫でた。

 

 もう誰も、何も言えなくて。

 戦争再開を求めた騎士王の凶行は、悲しみをもって強制的に幕が下ろされた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。