修羅姫様と死神皇子   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

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「な、何故だ!? 何故生きている!?」

 

 ナイトフォール大帝国、帝城。

 絢爛豪華な扉が開き、そこから二人の男女が歩み出てくる。

 

 ふらつきながら、それでも鋭い眼光で敵を見据える美麗の皇子と、そんな彼に手を貸し、献身的に支える美しき姫君が。

 

「何故生きている、か。強いて言うなら『怒り』でしょうね、兄上」

「ひっ!?」

 

 服と包帯を剥ぎ取り、騎士王につけられた治りかけの傷を見せつける。

 戦争再開だ徹底抗戦だと息巻いていたくせに、この程度で震え上がり、今回の事件の黒幕は腰を抜かした。

 

「さあ、ラクジス。シュバルトは生きていたよ。シラユキ姫は犯人どころか、こんなにも献身的に夫を支えているじゃないか。君の言い分と随分食い違っているのだけど、どう思う?」

「え、あ、その、あの……!?」

 

 皇帝の絶対零度の視線に射抜かれて、黒幕──『皇太子』ラクジス・ナイトフォールは、ただただ狼狽えた。

 

「よりにもよって、タソガレの心の傷に付け込み、泥沼の戦争を起こしかけるとは……!」

「ち、父上……!?」

「ラクジス・ナイトフォール。君から皇位継承権を剥奪する。あれだけ派手に騒いだ責任を取ってもらうよ。……こんなことになって、とても残念だ」

「…………クソッ!! クソッ!! クソッ!! クソォォォォッッッ!!」

 

 敗北を悟り、彼はとうとう声を荒げた。

 人生で初めて、恥も外聞もなく喚き散らした。

 

「ふざけんなよぉ!! お前は皇太子だ、次の皇帝だって、生まれた時からやりたくもないことばかりを強いてきて!! たった一度の失敗で手の平を返して、挽回しようと頑張ったらこれか!? なんなんだ!? なんなんだよぉ!?」

「……連れていけ」

「離せ!! 離せぇ!!」

 

 ラクジスが連行されていく。

 この後は皇太子の地位を剥奪されて幽閉か、最悪は処刑だろう。

 

 政略結婚で結ばれた気の合わない相手の子供とはいえ、若い頃の自分に少し似ている実の息子の哀れな末路に、皇帝は悲しげに目を伏せた。

 

「気は晴れたか?」

「……虚しい」

「そうか」

 

 報復を果たした弟も、思ったほど良い気分にはなれなかった。

 もっと、ざまぁぁぁ!! という爽快感があるかと思ったが、疲労の方がずっと大きい。

 悲しみを晴らすどころか、紛らわすことすらできやしない。

 

「シュバルト。改めて、本当に無事で良かった」

「……陛下」

 

 断罪を終え、皇帝は死んだと聞かされていた我が子に話しかける。

 その目元は、化粧でごまかし切れないほど、赤く腫れていた。

 息子の生存を知っての嬉し泣き……だけではないことなど、誰にでもわかる。

 

「シラユキ姫も、ありがとう。息子を守ってくれて。これからも、シュバルトの良きパートナーでいてくれ」

「……もちろんです」

 

 こんな時でも、皇帝には悲しみに暮れる暇すらない。

 まるで思い通りにならない政治を、それでも、まだマシになるよう支えなければならない。

 

 権力は、変化を求める者にとっては大きな力だが、平穏を求める者にとっては大きな足枷。

 平凡な望みを何一つ叶えられず、大切なものを失うばかりの彼は、まるで大帝国の人柱のようだった。

 

「皇帝陛下。タソガレ殿は最期、あなたに同じ苦しみを味わわせずに済んだことを安堵して逝かれました」

「…………」

「相容れませんでしたが、素晴らしい武人でした。せめて敬意をもって葬ったつもりです」

「……ありがとう。少しだけ、救われたよ」

 

 皇帝の顔色が、目に見えて少しだけマシになった。

 敵への敬意。……かつてシュバルトが欺瞞と吐き捨てた行為。

 それで、ほんの僅かでも救われる者は確かにいた。

 

「……すまない、シュバルト。君を殺そうとした相手のために泣くことを、許してくれ」

「……いえ」

「けれど、けれどね……!」

「!」

 

 皇帝は、シュバルトを強く抱きしめて。

 

「生きててくれて良かった……! 本当に良かったと、思ってるんだ……! ごめん……! ごめんよ、シュバルト……! 守れなくて……! 喜ぶだけでいられなくて……! ダメな父で、本当にごめん……!」

「…………」

 

 皇帝ユウグレールは、そうして、しばらく泣き続けた。

 シュバルトは、そんな父に──どんな感情を抱けば良いのか、わからなかった。

 

◆◆◆

 

「お帰りなさいませ、姫様、シュバルト皇子」

「ハナ。もう出歩いて良いのか?」 

「ええ。どうにか」

 

 諸々終わった後、離宮へと帰還した二人は、全身に包帯を巻いたハナに出迎えられた。

 

「ヒヒーン!」

 

 隣にはスレイプニルの姿もある。彼も無事に帰ってこれた。

 

「…………本当に、終わったんだな」

「ああ。とりあえず今回の一件はな」

 

 色々あり過ぎたせいで、どこか地に足のついていない様子のシュバルトに、シラユキは告げる。

 

「影響力のあった奴が消えれば荒れる。騎士王も、皇太子も消えた。この先の大帝国は大荒れじゃろう」

「……そう、だな」

 

 戦いは終わらない。権力闘争は死ぬまで続く。

 なら次のことを考えよう。次は誰が敵だ? 何をすればいい?

 

『どうか、これで、ご勘弁を……!』

「ぁ……」

 

 脳裏に悪夢の光景がフラッシュバックした。

 全て終わるまではと、強引に目を逸らしていた悲しみが、追いついてくる。

 不確かな未来への警戒だけでは、この光景を塗り潰すには足りない。

 

『あー、こりゃ無理だ……。足潰れてるし挟まってる。動けないや』

「うぐっ……!?」

 

 最新の悪夢に呼応して、過去のトラウマまで蘇ってきた。

 人間不信の彼を支えていた、たった二つの繋がり。

 

 それが二つとも無惨に引き千切られた痛みは、苦しみは、忘れようとして忘れられるものじゃない。

 もっと明確で強烈な何かがないと、この感情から逃避することすら叶わない。

 

「ぅ、ぁ……」

 

 ああ、ダメだ。頭が痛い。胸が苦しい。張り裂ける。押し潰される。

 逃げ場もなければ支えもない。立っていられない。

 視界が滲んで、歪んで、足がもつれて──

 

「……本当に見てられん。心底憎んだ宿敵がなんてザマじゃ」

「……!」

 

 シラユキに抱き留められた。

 共に死線を越え、憎しみ以外の感情が混ざった妻が、夫の手を引いて、ある場所へと引きずっていく。

 

「ハナ、しばらく誰も入れるな」

「……かしこまりました」

 

 そうやって辿り着いた場所は──寝室。

 悪夢の初夜を頑張った部屋。

 大喧嘩の騒音すらシャットアウトしてくれた、最も防音性に優れた部屋。

 

「愛ある裏切りの痛みは知ってるつもりじゃ。ワシも昔、ハナに殺されかけたことがある」

「…………は?」

 

 唐突なカミングアウトに、一瞬頭が真っ白になった。

 

「ワシらの育ての親が謀反を起こした時、色々あってのう。無論、ハナは生きておるから、全く同じ経験ではない。しかし、ワシはその育ての親をこの手で斬った。総合的にドッコイドッコイの経験ではあるじゃろう」

「…………」

 

 言葉が出なかった。

 壮絶な体験をしてきているのは自分だけじゃない。

 辛いのは自分だけじゃない。

 

 ありきたりな慰め。

 なのに心に響く何かを感じてしまうほど、彼女の言葉は重かった。

 確かな実感の宿った言の葉が、重かった。

 

「貴様は遠慮なく喧嘩できる嫌な奴でないと困る。……だから今だけは、宿敵でも、修羅姫でも、武将でもなく、お主の妻の姫として慰めてやる」

 

 その時、シラユキは纏う雰囲気を変えた。

 大奥から逃げ、武将として再教育を受ける前。

 まだ苛烈な環境と、苛烈な母に育てられただけで、普通に女の子をやっていた頃を思い出しながら。

 

 

「──お疲れ様でした、旦那様」

「!」

 

 

 優しくて、柔らかい声が聞こえた。

 修羅姫様とは全然違う、弱り切った心を甘く解きほぐしてくれる、可愛らしい女の子の声が。

 

「大丈夫。もう大丈夫です。今は、今だけは安心して、お眠りください」

 

 もしかしたら、何事もなければ、本来はこう育っていたのかもしれない、心優しい『シラユキ姫様』の抱擁。

 泣きたくなるほど温かい感触が、傷ついた皇子様を包み込む。

 不思議なことに、心が全く拒絶反応を起こさない。

 

『はは、うえ……!』

『……不器用な男じゃのう』

 

 まるで何度も。

 

『行か、ないで……!』

『はいはい。どこにも行かんから安心せい』

 

 何度も何度も、この温もりに癒してもらったことがあると、心と身体が覚えているかのように。

 

「シラ、ユキ……」

「はい。ここにいますよ」

 

 初めて、公的な場以外で、ちゃんと名前を呼んだ気がする。

 

「シラ、ユキ……!」

「大丈夫。大丈夫」

 

 彼女を強く抱きしめる。

 傷口に薬を塗り込むように、グチャグチャの心に彼女の温もりを染み込ませる。

 何か致命的なことが起きてしまう気がしたが、今はこうしないと精神が無事で済む自信がなかった。

 

「シラユキ……!」

「良いですよ。今日は全部受け止めてあげます」

「ううう……!」

 

 爺やにすら吐き出せず、心の中で積もりに積もって、膿んで腐って、痛みを発していた苦しみの感情。

 

 心が壊れかけたことで、心の壁もかつてないほど弱り切り。

 ようやく限界寸前の堰を切って、あふれさせることができた。

 

「よしよし」

 

 今日だけは、彼女はずっと、心優しいシラユキ姫様でいてくれた。

 

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