修羅姫様と死神皇子   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

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「…………ん、ぅ」

 

 意識が浮上する。眠りから覚めていく。

 ……随分と久しぶりに快眠できた。

 

 いつだって眠りは安らぎと程遠く、寝首をかかれる不安との戦いだった。

 それを差し引いても、休眠のために目を閉じれば、心の奥にこびりついた恐怖の記憶ばかりが、まぶたの裏に浮かんでいた。

 

 だから、ここまでの快眠は久しぶりどころか、生まれて初めてかもしれない。

 

「…………?」

 

 しかし、なんだか寝る前の記憶が曖昧だ。

 それに、ここ最近のことを思えば、快眠どころか衝動的に永眠を選んでもおかしくない精神状態だったはず──

 

「お。起きたか」

「………………………………ふぁ?」

 

 もの凄く近くから、聞き慣れた女の声がした。

 具体的に言うと、頭のすぐ上あたりから。

 

 あと身体の感覚がおかしい。

 何か柔らかくて温かいものを全身で抱きしめているような感触が……。

 

「よしよし。ちゃんとこっちに戻ってきたな。偉い偉い」

「な、な、な……!?」

 

 ありうべからざるほど優しい声に驚いて、まぶたを開ける。

 

 ──肌色面積の多すぎる宿敵の姿が目に飛び込んできた。

 

 お互いに、裸で、シラユキと、抱き合っていた。

 

 しかも、何をトチ狂ったのか、彼女はシュバルトの顔を胸に抱いたまま、優しく頭を撫でてくる始末。

 

「なんだ、これは……!? 貴様、私に何をした!?」

「む? いつもの調子に戻ったのか?」

 

 反射的に抜け出して距離を取り、警戒しながら睨みつけると、シラユキは少しだけ残念そうにしながら、恥じらいの欠片もない様子で服を着始めた。

 

「しかも、記憶が飛んでおるようじゃのう。まあ、あれだけ乱れれば無理もないか」

「乱、れ…………ッッ!?」

 

 思い、出した。

 精神的に追い詰められ、錯乱して、あろうことか、この女に甘えて全てを委ねてしまった。

 

 まるで別人のように優しかった彼女に、幼子のようにすがりついて、何度も何度も……!

 あれで快眠できたのなら、昨日の自分をぶん殴ってやりたい。

 

「ま、調子が戻ったなら何より。お主も早く着替えてこいよ、シュバルト」

 

 ……少し棘が抜けて、気安くなった口調で、シラユキはそう言って扉の外に消えていった。

 まるで事後に余裕たっぷりなイケメン。残されたのはバクバクと煩い心臓の鼓動に翻弄される乙女男子が一人だけ。

 

「なんなんだこれは……!?」

 

 頭を抱える。ドキドキ、ドキドキと、不整脈が煩わしい。

 不意に悪夢のフラッシュバックが襲ってきても、全て桃色の記憶に直結していて、雑に上書きされていた。

 

 最悪だ。人の心を落書きみたいに滅茶苦茶にしやがって……!

 

「…………くそっ」 

 

 顔が熱い。不整脈が収まらない。死にそうなほど重かった身体が、不自然なほど活力に満ちて、羽のように軽いのが逆に不快だ。

 

「一夜の過ちだ……! 忘れろ、忘れろ……!」

 

 そんなことを言い訳のようにブツブツと垂れ流しながら、シュバルトは服を着た。

 

◆◆◆

 

 ──数日後。

 

「汝、シュバルト・ナイトフォールよ。その忠義と功績に報い、汝にビャッコ辺境伯の称号と土地を与える。大帝国の封臣の一人として、国土の守護者の一翼として、その名は神の目録に永く刻まれるであろう」

「──謹んで拝命いたします」

 

 辺境伯領の反乱鎮圧、騎士王の凶行阻止に対する報酬という名目で、シュバルトはビャッコ辺境伯領を授けられた。

 

 ……結局、不良債権の丸投げは避けられなかった。

 大帝国の防波堤をなんとか建て直すのが、彼に与えられた次の無理難題。

 台詞を読み上げる皇帝が、もの凄く申し訳なさそうな顔をしている。

 

「さあ、シュバルト。いや、新ビャッコ辺境伯よ。国民が君を待っているよ」

 

 もの凄く申し訳なさそうな顔のまま、形式上そう言うしかない皇帝に導かれ、帝城のバルコニーへ。

 眼下に集った民衆に、皇子として手を振る。

 

「「「おおおおおおおお!!」」」

「シュバルト殿下、ばんざーい!」

「新ビャッコ辺境伯、万歳!」

「本当に生きてたんだ!」

 

 歓声が上がる。

 これは巷に流れた死亡説の完全な否定と、新たな大帝国の盾の誕生によって、国民を安心させて暴動を抑制するための儀式だ。

 

「凄いぜ! アサヒの修羅姫を飼い慣らして力にするなんて!」

「あの方がいれば安心だ!」

 

 当然、都合の良い情報は拡散済み。しかし、これだけ大々的にやれば、注目するのは民衆だけではない。

 より厄介なのは、貴人達の方。

 

「いやぁ、おめでとうございます、シュバルト殿下!」

「新たな大帝国最強が治めてくれるなら、国境は安泰ですなぁ!」

「その通り! これは国境どころか、次世代すら安泰かもしれませんな! ウフフフ!」

 

 国民への顔見せの後、貴族向けのお披露目パーティーにおいて、何人かの貴族がシュバルトにすり寄ってきた。

 

 皇太子が失脚し、皇位継承が完全に先行き不透明になったことで、あわよくばを狙って恩を売りたい輩が大量発生し。

 騎士王と皇太子を潰したことで、それ以上の敵を作ってしまった。

 本当に勘弁してほしい。 

 

「お疲れ様です、シュバルト様」

「……シラユキ」

 

 そうして内心辟易していたところに、奴が現れた。

 普段使いとは違う華やかなドレスで着飾り、外行き用の表情と言葉遣いをしたシラユキに、思わずドキリとしてしまう。

 あの優しいお姫様モードに少し似ているから。

 

「私と踊ってくださいますか?」

「……ああ。喜んで」

 

 舞踏会での重要な仕事として、二人で優雅にダンスを踊る。

 シュバルトがシラユキに教えたステップ。

 ある意味、初めての共同作業の成果。

 

(意識するな!)

 

 顔が赤くなりかけてしまった。色んなところに感情の導火線があって大変である。

 

「これから大変そうですね」

「……そうだな」

 

 逃避するように周囲に意識を向ければ、突き刺ってくるのは会場中の視線。

 

 目をギラギラさせる他の皇族達。

 誰に味方すべきか、誰を蹴落とすべきかと、思惑を巡らせる有力貴族達。

 辺境伯領なんて荷物を背負わされた以上、あの中から有用な相手を選んで味方につけ、蹴落とそうとする敵を叩き潰し、今まで以上の権力闘争に励まなければ立ち行かない。

 考えただけでゲッソリしてくる。

 

「大丈夫。こうなった以上、私もとことん、お支えします」

「!」

 

 ──ドキッと、またしても心臓が高鳴る。

 シラユキは、ダンスの中で自然に、グイッと顔を近づけてきて。

 

「もうやるしかないからのう。ま、せいぜい頼るがよい!」

「ッ!?」

 

 心臓の鼓動がうるさい。顔が熱くて苦しい。

 ……これは恋愛感情なんて綺麗なものじゃない。

 弱みに付け込まれてハニートラップを仕掛けられたようなもの。

 それが、たまたま急所に直撃して致命傷になってしまっただけ。

 あるいは、ただの吊り橋効果だ。

 

「シュバルト?」

 

 だから、優しいお姫様の顔も、憎たらしい本性すらも──愛おしいと思ってしまったなんて、何かの間違いに決まっている。

 

「……ふん。せいぜい、こき使ってやるから覚悟しておけ」 

「それは断る。ちゃんと、お姫様として尊重しろ」

「わかった。修羅姫として尊重して、血なまぐさい仕事を回してやる」

「おい」

 

 これは歴史上何度も激突してきた敵国同士に生まれ、殺し合いを繰り返し、その果てに奇妙な縁で結ばれた、とある夫婦の物語。

 

 

 

 ────修羅姫様と死神皇子 〜完〜

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー! 疲れたぁ!」

「お疲れ様です、姫様」

 

 叙任式まで終わり、本当の意味で今回の騒動が終結した後。

 辺境伯領への引っ越しが迫り、残り少ない離宮での時間を味わうように、シラユキは備えつけの浴場を満喫していた。

 

「ッ……! まだ治らんか。しみるのう」

「だから言ったでしょう。まだ入浴はやめておきましょうと」

「仕方なかろう。あの危険地帯に行ったら、次はいつ、ゆっくり湯に浸かれるかわからんのじゃ」

 

 包帯とメイド服を装備したまま、全裸の主に呆れた視線を送る側近。遠慮のなさは、仲が良い証拠である。

 

「しかし、辺境伯夫人ですか。肩書だけ見れば立派なものですね。死ぬ気で頑張れば、使える手札にできるかもしれません」

「そうじゃのう。やはりワシらには、血なまぐさい苦労がよく似合うということか」

「悲しい自虐ですね。一切否定できないところが特に」

 

 アサヒの女は、そういう星の下に生まれているのかもしれない。ため息が出そうだ。

 

「ですが姫様。そういうことなら此度の一件、失策があったかもしれません」

「失策?」

「ええ」

 

 ハナはシラユキの髪を洗いながら、無防備な彼女の後ろを取りながら、言った。

 

 

「騎士王を殺した後なら、戦を再開しても良かった」

 

 

「!」

 

 冷酷な顔で、アサヒの暗部出身の女傑は告げる。

 

「あの後にこそ隙を見てアサヒに逃れ、此度の件の報復として攻め入っても良かった。大帝国は最強を失い、混乱の最中。戦の口実としても完璧でしたから」

 

 温度のない声音。ひたすらに国益を求める、愛国の修羅の思考回路。

 

「いや、それは……」

「考えもしませんでしたか? まさか、シュバルト皇子に情が湧いて、絶好の機会をふいにしたわけではありませんよね?」

 

 後ろから圧がかかる。かつて殺されかけた強者の威圧。

 心から信頼しているし、彼女になら殺されてもいいとまで思っているが──この女は修羅姫の盲目的な信者では決してない。

 

「忘れないでください。大殿様が命に替えて守ったアサヒのために。それが、あの時、裏切り者の私を死なせてくれなかった、あなたの口説き文句です」

 

 主の頭をそっと掴んで、覗き込むように眼を合わせながら、最愛の一の臣下は語る。

 姉のように慕う相手の真剣な眼差しに、シラユキは──

 

「アホ」

「あうっ」

 

 軽いデコピンを放って、可愛らしい悲鳴を上げさせることで答えた。

 

「これ以上潰し合えば、北か南に漁夫の利をかっ攫われて共倒れじゃ。あの戦大好きな父上が和睦した理由を忘れたのか?」

「……それは、そうですが」

 

 凄く真っ当に諭された。ハナは気まずそうに眼を逸らす。

 

「心配せずとも、お主との約束を違えはせん。ただ、ワシは父上と違って、戦なんぞ少しでも減らした方がアサヒのためと思っとるだけじゃ」

 

 今度はシラユキの方から、ハナの頬に両手を添えて、安心させるように、そう語る。

 ……できることなら、こうして触れ合ってるだけで世界が平和になってくれれば良いのにと、そんなアホみたいな考えが脳裏を過った。

 

「しっかりしてくれよ、ハナ。お主はワシより頭が良いんじゃから、騎士王のように暴走されたら手に負えんぞ」

「……申し訳ありません。肝に銘じます」

「うむ。あ、そうじゃ! 罰として、お主も脱げ! 久しぶりに、そのデカく実った果実を優しく洗ってやる!」

「お断りします。敵地で隙を晒す行動は慎むべきです」

「チッ!」

 

 とことん盲目的とは正反対の行動をする、できた側近だ。

 とても心強いが、同時にアサヒのためと思えば何をするかわからない怖さがある。

 

 そのアサヒも、辺境伯領なんてわかりやすい足場ができた以上、そろそろ何か仕掛けてくるだろう。

 シラユキと同じ穏健派なら良いが、過激派が来たら目も当てられない。

 

「まったく、前途多難じゃなぁ」

 

 難題に塗れた結婚生活は、これからも波乱万丈の道のりが続きそうで。

 修羅姫様は湯船に深く沈み込んで、今のうちに少しでも疲れを取っておくことに全力を尽くした。

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