修羅姫様と死神皇子   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

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 ナイトフォール大帝国帝城内、トワイライト教会。

 大帝国の頂点、第十六代皇帝を始めとする大物達が一堂に会す中、厳かにその式は始まった。

 

「新郎新婦、入場」

 

 微笑みの仮面を張りつけ、二人の男女が寄り添うように歩いてくる。

 華やかな礼服に豪奢なマント、下品にならぬよう計算された数々のアクセサリーで着飾った、麗しき皇子。

 大帝国では珍しい東方の美貌を、西方のウェディングドレスで美しく飾り立てた、可憐なお姫様。

 

「おぉ……」

「ふむ……」

 

 軍部以外の戦場と縁の少ない多くの貴族は、稀に見る美しき新郎新婦に熱の籠もった眼差しを向ける。

 音に聞こえた『死神皇子』と『修羅姫』の悪名すら、少なくとも対岸の火事を眺めていただけの者達からは吹き飛ばすほどの魅力が、華が、この二人にはあった。

 

「神は仰られた。許し合い、手を取り合うことは、尊きことであると」

 

 教会の神父が朗々と語り出す。

 この結婚を肯定する、都合の良い神の言葉を。

 

「今ここに、わだかまりを捨て、真実の愛を遂げようとする二人の男女がいる。神はきっと彼らを祝福されるだろう」

 

 何が真実の愛だ。悍ましい。吐き気がする。祝福とかいらんわ。

 二人の内心に一通りの罵詈雑言があふれたが、表には出てこなかったからセーフ。

 

「汝、シュバルト・ナイトフォールよ。そなたは生涯、シラユキのみを愛すると誓うか?」

「誓おう」

「汝、アサギリ・シラユキよ。そなたは名を『シラユキ・ナイトフォール』と改め、シュバルトを生涯愛することを誓うか?」

「誓います」

 

 ストレスで死にそう。

 だが、まだ終わらない。誓いの言葉程度では終わらない。

 ここからが最大の難所だ。

 

「では、誓いの口づけを」 

 

 ついに来てしまった悪夢の瞬間。

 舞台袖で見守るハナと爺やは、悪い意味でハラハラドキドキしながらそれを見守る。

 本人達の失態で式が台無しになるとしたら、間違いなくここが最有力候補だが、果たして。

 

「永遠の愛に、神の祝福あれ!」

 

 二人は──使命を果たした。

 神父が祝福の祈りを捧げ、列席者達の万雷の拍手が響き渡る。

 そのまま退場の瞬間まで、二人は全力で気を張り続け。

 

「「オェエエエエエエエエエ!?」」

 

 安全地帯まで下がった瞬間、とうとう限界に達した。

 

「よく頑張りました姫様。消毒液です」

「殿下もご立派でしたぞ。消毒液をどうぞ」

 

 二人は差し出された消毒液をバッと引っ掴み、無言で徹底洗浄。

 唇が取れるんじゃないかってくらい念入りに洗って、ようやく平常心を取り戻した。

 

「行くぞ……。戦いは始まったばかりだ……」

「しんどいのう……」

 

 もう襲撃者が来ても戦えそうにないほど消耗した心身を引きずって、二人は次の戦場へ向かう。

 

◆◆◆

 

 帝城内、大広間。

 この日のために絢爛豪華に飾りつけられ、贅を尽くした料理の数々が並び、一流の楽団が穏やかなBGMを演奏する、高貴なる空間。

 そこでようやく許された異国の姫との語らいを求め、多くの紳士淑女達で賑わっていた。

 

「やあ、東方の姫君。ようやく会えて嬉しいよ」

 

 そこで先陣を切ってシラユキに話しかけてきたのは、そのへんにいそうな四十代くらいの普通のおじさんだった。

 

 顔立ちはそれなりに整っていて、覇気のない穏やかな笑顔を浮かべている。

 ただし、その身に纏う装束はシュバルトをも越えた最高品質。大帝国の権威の塊。

 

「お会いできて光栄です、皇帝陛下」

 

 彼こそがナイトフォール大帝国、第十六代皇帝ユウグレール・ナイトフォール。

 大陸最大最強の国の王である。

 

「すまないね。私はすぐにでも会いに行きたかったんだけど、部下達が止めるものでね。会ってみれば『修羅姫』なんて物騒な呼び名の似合わない、とても可愛らしいお姫様じゃないか」

「恐れ入ります」

 

 異名の方が何かの間違いだったのではと思うほど、見事にお淑やかなお姫様を演じるシラユキ。

 ただし、頑張ってるだけの不得意分野なので、メッキの持続時間には注意が必要。

 

「陛下、彼女は慣れない土地で疲れております。長話はご容赦ください」

「ああ、すまない、シュバルト。まあ、色々あったわけだけど、私は君を歓迎するよ。仲良くやろう」 

 

 皇帝が去っていく。

 最高権力者が真っ先に受け入れたことで、そういう雰囲気ができた。

 凶悪な狼のようだったシラユキの父とはえらい違いだ。

 これがお国柄というやつか。

 

「俺もご挨拶よろしいかな、『修羅姫』殿」

 

 ……次に話しかけてきたのは、わざわざ異名の方で呼び、皇帝が作った雰囲気をぶち壊す敵対的な輩。

 こちらも皇帝やシュバルトに負けないほど豪華な衣装を纏った二十代後半くらいの男だ。

 彼こそは──

 

(…………やばい。誰じゃこれ?)

 

 シラユキは冷や汗を流した。

 多分皇族だとは思うが、皇子やそれに類する存在はシュバルトを含めて何人かいるので、その中の誰なのかがわからない。

 どうする? 知ったかぶりで乗り切れるか……?

 

「……皇太子ラクジス・ナイトフォール」

「!」

 

 その時、隣から小声で補足が入った。

 宿敵の助けに凄まじく複雑な気分になったが、なんとか飲み下して目の前の問題に向き合う。

 

「お会いできて光栄です、皇太子殿下」

「ハッ! 嫌味か? 貴様らのせいで落ちぶれた男に向かって」

 

 なんのこっちゃ? と一瞬思ったが、そういえばと思い出す。

 皇太子ラクジスはアサヒとの戦争の総大将であり、朝霧将軍自らが率いた軍にこっ酷くやられたことが、そういえばあった。

 シラユキも参加した戦いだったものの、その後、ラクジスの名前を全く聞かなくなったので忘れていた。

 

「まあいい。正式に嫁いできた以上、皇族の誇りにかけて無碍には扱わんと約束しよう」

 

 ラクジスは妙に胡散臭いというか、硬い笑みを浮かべて、それでも言葉の上ではシラユキを歓迎するようなことを言った。

 

「だが、誰もが俺のように物わかりが良くはない。貴様を歓迎しない者も多い。──この男のようにな」 

「!」

 

 ぬっ、と皇太子の後ろから、一人の男が現れる。

 鍛え上げられた巌のような筋肉。二メートルを越える熊のような巨体。

 一目で強いとわかる圧倒的な覇気。

 

「お久しぶりです。『騎士王』様」

「…………」

 

 ナイトフォール大帝国、帝都第一騎士団長タソガレ・ラグナロック。

 

 大半が血筋最優先の凡将ばかりだった大帝国軍において、例外の死神皇子、叩き上げの傭兵部隊、同盟国の精鋭などを含めてもなお『最強』と呼ぶに相応しかった大英雄。

 

 朝霧将軍と対等に渡り合い、シュバルトを蛇蝎のごとく嫌うシラユキをして、敬意を払わざるを得ないと思わされた男。

 

「…………」

「「「!?」」」

 

 大陸全土に『騎士王』の雷名を轟かせる男は、今にも戦いを始めるのではないかという威圧を放つ。

 空気が震え、ピシッ、ピシッ、とコップや窓ガラスにヒビが入り、シラユキも、シュバルトも、ついでにラクジスも周りの貴族達も冷や汗を流した。

 

『万が一は起こり得る。その時は絶対に死ぬな』

 

 結婚式の前に言われた言葉を思い出す。

 起こり得る万が一の事態。

 まさかこんな正面突破で勃発するのかと覚悟したところで。

 

「…………ふぅ」

 

 タソガレは小さく息を吐いて、威圧を霧散させた。

 そのままクルリと踵を返し、パーティー会場から出ていく。

 突然の終息に、周りは呆気に取られるしかない。

 

「相変わらず顔の怖い男だ。おまけに無口だから手に負えない」

 

 皇帝ユウグレールが声を上げる。

 戯けた様子で肩を竦め、なんでもないような気楽な声で。

 

「案外、姫君の美しさに見惚れただけだったりしてね。さあ、パーティーを続けよう。音楽が止まってるよ。料理も冷める前にいただかないと」

「ハ、ハハ、そうですな」 

「陛下の仰る通りです!」

 

 パーティーに喧噪が戻ってくる。

 冷え切った空気をあっという間に戻してみせた。

 

(……なるほど。あれが皇帝か)

 

 そのへんにいそうな普通のおじさんという評価は見当外れもいいところだった。

 力で支配するアサヒの将軍とは違ったタイプの支配者。

 ああいう王もいるということだ。

 

「兄上、今日のところは、このあたりで」

「ッ……! そ、そうだな」

 

 まだいた皇太子ラクジスも、シュバルトに言われて離れていく。

 

「『修羅姫』と『死神皇子』。元宿敵同士の結婚生活は大変だろうが、まあ頑張れ」

 

 ……もう既に限界まで頑張っとるわ。思わずそう叫びたくなった。

 なんというか、妙に癪に触る男だ。

 まあ、恨みがあるのだから当然か。

 

「少々過激な挨拶だったな。大丈夫か、シラユキ?」(訳:まさかもう爆発寸前じゃないだろうな?)

「ご心配ありがとうございます。大丈夫。私は平気ですよ、シュバルト様」(訳:舐めるな。まだまだ余裕じゃ)

 

 その後も、他の皇族や貴族、教会の聖職者に、各大臣職、地方領主などなど、様々な人物を捌いていく。

 

 ほぼ全員が腹に一物を抱え、笑顔の裏で色々と画策している感じだったが、表面上はニコやかに接してくるのが殆ど。

 そのうちに料理が下げられて舞踏会が始まった。

 

「とりあえず、君がこの国に受け入れてもらえて安心した。皆に失礼のないようにな」(訳:重要人物の顔くらい覚えただろうな?)

「ふふ。頑張ります。でも、皆さん良い人ばかりで、甘えてしまいそうです」(訳:西方人の顔は皆同じに見えるのう)

「ハハ。そうか」(訳:バカが)

「うふふ」(訳:死ね)

 

 嫌いが一周回って、テレパシーのごとく雰囲気だけで罵倒の意思疎通ができるようになった二人。

 無駄に高度なことをしながら、散々練習したダンスを共に踊る。

 

「まあ、なんて息の合ったダンス!」

「気持ちが通じ合っていますね」

「実に素晴らしい!」

 

 まあ、ある意味その通り。

 

「姫君、私とも一曲よろしいかな?」

「私ともぜひ」

「ええ。もちろん」

 

 舞踏会というのは、一人と踊っただけでは終われない。主役なら特にだ。

 

 なんとかボロを出さないように精神を擦り減らしながら、シラユキは必要最低限の使命を果たしていく。

 そして、いい加減マジで限界というところで。

 

「失礼。そろそろ帰らせていただく。大事な日に、妻の身体にあまり負担をかけたくないのです」

「おお、そうですな!」

 

 シュバルトの中断が入り、舞踏会からも退却。

 これにて公式のイベントを全て乗り切ることに成功した。

 

◆◆◆

 

「つ、疲れたぁ……!」

 

 シュバルトの離宮に戻り、ベッドへダイブするシラユキ。

 もう精神的に疲労困憊。すぐにでも寝てしまいたい。

 ……だが、そうもいかない。

 

「それにしても、思ったより普通に受け入れられたのう。恨みが随分薄かった」

「所詮は戦場の悲惨さを知らぬ貴人だからな。それに騒ぐような派閥はそもそも呼んでいない」

 

 シラユキの疑問の声にシュバルトが答えた。

 当然、親切心の類ではなく必要だから。

 

「とはいえ顔芸も腹芸も大得意な連中だ。引き続き警戒しろ。決して隙を見せるな。失言すれば終わりと思え」

「……大帝国は面倒じゃのう。アサヒなら多少失言したところで、戦で負けねばどうとでもなるというのに」

「蛮族が」

「うるさい腹黒族」

 

 そして流れるように罵り合い。もうただのストレス発散の手段になっている気がする。

 

「とにかく、貴族は何かやるとしても策略か暗殺だろう。表舞台でのアレコレとなると、警戒すべきは民と兵だ」

「当事者か。さぞ恨まれてそうじゃ」

 

 戦争によって最も被害を受けるのは権力者ではない。

 戦って死ぬ兵隊と、暮らしを滅茶苦茶にされる民衆だ。

 当然、彼らの恨みが最も強い。

 

「帝都は戦地から遠い。ゆえに前線に比べればマシだが、それでも戦乱の余波を食らって民は荒れている。よって、しばらく民衆の前に貴様を出すつもりはない」

「つまり、現状一番怖いのは……」

「ああ。兵ということになるな」

 

 つまり、戦場で英雄として名を馳せた『死神皇子』の部下の大部分ということだ。

 彼らとの接触も避けては通れないだろう。

 

「……さて、明日以降のことを考えるのはここまでだ。やるぞ」

「……なんとか後日に持ち越せたりは」

「不可能だ。部屋の前に皇帝の遣いが待機している」

 

 凄まじく険しい顔になる二人。

 現在、二人は離宮の寝室にいる。

 就寝用の服に着替えさせられて、ここにいる。

 扉の向こうには、ここまでの流れを監視している皇帝直属の配下。

 

 そう。これは権力者の義務にして、一日の最後にやってきたラスボスイベント。

 夫婦の営み『初夜』である。

 

「子を成すことは義務だ。これを避けては婚姻の正統性を疑われる」

「そしたら和睦も白紙じゃろ? わかっとる。正直泣いて逃げ出したいが──覚悟は決めた」

 

 戦場に赴くより深刻な顔で、ラスボスに立ち向かう勇気を振り絞る二人。

 緊張と悪寒で手が震え、心臓が悪い意味で高鳴り、顔色はロマンチックに赤く染まることなく、怖気で真っ青に染まった。

 

「言っておくが、ワシが上じゃぞ」

「は? 貴様にマウントポジションを明け渡せと? そのまま絞め殺されない保証がどこにある?」

「それを言うならお互い様じゃろ! ワシとて貴様に身など委ねられるか!」

 

 覚悟を決めたは良いものの、今度はポジションの取り合いで争い始めた。

 あるいは、少しでもこの深刻な空気をギャグタッチにせんとする防衛本能なのかもしれない。

 

「ほれ力を抜け! 天井の染みを数えとるうちに終わる!」

「断る! 貴様こそ大人しくしておけ!」

 

 色気なんてどこにもない。義務感のみで行われる夫婦の営みが幕を開けた。

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