修羅姫様と死神皇子   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

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 帝都第四騎士団。

 高位貴族の庶子、政権争いに負けた名家の息子、社交界に馴染めなかった問題児。

 そういう家柄はあるが扱いに困るわけあり物件を押し込むために創設された騎士団。

 

 現在の所属騎士は約二百名。いずれも名誉の戦死でもしてくれたら儲け物という感覚で放り込まれた人員だったのだが……。

 

 何を間違ったのか、現団長『死神皇子』シュバルトの手腕によって戦争の英雄となり、周囲は手の平を返して賞賛の嵐を……送ってくれるほど世の中は単純ではなく。

 

 プライドの高い貴族(エリート)達の多くは、落ちこぼれと見下してきた連中の躍進を快く思わず、難癖をつけて足を引っ張ってくる始末。

 

 結果、命懸けで功績を上げたのに、より立場が微妙になってしまった悲しい騎士団。それが彼らなのだ。

 

「おうおう、良い殺気じゃのう。そんなにワシのことが嫌いか?」

「嫌いに決まってんだろうがぁ!!」

「テメェに斬られた傷が疼く……!」

「仲間達の仇!!」

「ま、そうじゃろうな。──ワシも貴様らが嫌いじゃ!!」

「「「ッ……!?」」」

 

 騎士達の殺気には殺気を返し、牙を剥き出しにして睨みつけるシラユキ。

 怒れる修羅姫に多大なトラウマがある第四騎士団は怯んだ。

 

「それでも戦は終わった。ワシはここに嫁いだ。今日は少しでも歩み寄るために来たんじゃ。このままだと襲撃とかされそうじゃからな」

「「「ギクッ……!?」」」

 

 何人かが反応した。やはり復讐心は立場や義務だけで抑え切れるものではない。

 

「よっと」

「「「ふぁ!?」」」

 

 その時、シラユキがいきなり服を脱ぎ出した。

 普段着用のドレスを脱ぎ捨て、薄手の肌着姿になる。

 

「ななな何を!?」

「お、お前、一応は女だろうが!?」

 

 憎い敵とはいえ、見た目だけは最高に可愛いお姫様の突然のストリップに、女の子に免疫のない騎士達は慌てた。

 

「よし、では、かかってこい!」

「「「はぁ!?」」」

 

 そんな騎士達をよそに、シラユキは拳を構えて突然の宣戦布告をする。

 

「いや、意味がわからないぞ!?」

「歩み寄りに来たんじゃないのか!?」

「歩み寄るために殴り合おうと言っとるんじゃ! わかりやすいじゃろ!」

「「「わかるかぁ!?」」」

 

 要するに、河原で殴り合って仲良くなるアレだ。

 一応は高貴なる一族の端くれである彼らには縁遠い世界。

 だが、いくら意味不明だと叫んだところで、この修羅は止まらない。

 

「来ないのなら、こちらから行くぞ! まずはそこの眼鏡、貴様じゃ!」

「えぇ!?」

 

 指名された眼鏡の若い騎士が顔面を蒼白にした。

 助けを求めて周りを見渡すが、仲間達は修羅姫の気迫に呑まれて動けず。

 頼みの綱の団長は。

 

「やれ、レンズ。団長命令だ」

「そ、そんな……!?」

 

 残念ながら話が通っているので静観の構え。

 団長命令と言われてしまえば逃げられない。

 眼鏡の若騎士は、生まれたての小鹿のように足を震わせながら、修羅の前に差し出された。

 

「レンズと言うのか。覚えとるぞぉ、貴様のことは……!」

「ひぃぃ!?」

 

 怯えるレンズに、シラユキはパキポキと拳を鳴らしながら、ゆっくりと近づいてくる。

 完全に腰が抜け、抵抗できない彼に向かって彼女は拳を振り上げ。

 

「平助の仇ッッ!!」

「ぶげっ!?」

 

 まずは横っ面に一発叩き込む。

 本気ではない。本気ならこの一発で挽肉になっている。

 

「あやつは良い奴じゃった! 我先にとワシの風呂を覗いたエロ猿じゃったが、スケベ心を忠義に変えて尽くしてくれた男じゃった!」

「ぎゃっ!? ぐべっ!?」

 

 恨み言を叫びながら拳を振るう。

 実力差以前に恐怖で硬直してしまい、一方的に叩き潰される展開。

 

「それを貴様は後ろから銃で一発……! 武士の誉れもクソもない死に方をさせおってッッッ!!」

「ごふっ!?」

 

 最後に腹に強烈な一撃。

 ゲロを吐き、腹を押さえながら蹲るレンズ。

 シラユキはそんな宿敵の胸ぐらを掴み上げて。

 

「どうしたぁ!? 真っ向勝負では何もできんか!? 卑怯者の腰抜けがぁ!!」

「う、うぅ……」

「弱く、醜い、悪党が!! 貴様が悪い!! 貴様らが悪い!! 言い返せぬなら、このまま天誅を下してくれる!!」

「ッ……!! 勝手な、ことを……!!」

 

 ボロボロの身体で若い騎士は──最も陰湿な殺意をシラユキに向けていた男は、胸ぐらを掴まれた状態から根性で頭突きを繰り出した。

 

「ぐっ……!」

「悪いのはお前らだろ!! 東の野蛮人!! お前らが先に攻めてきた!! フロントも、ブリッジも、クリングスも死んだ!! お前らが殺したんだぁ!!」

 

 本職は銃手である少年の、慣れていないパンチの連打。

 しかし、感情だけは大いに乗ったそれを、シラユキは避けることなく、防ぐこともなく、真っ向から受けた。

 

「先に攻めたじゃと? アサヒの秘宝にヨダレを垂らして食いついてきた西の豚がよく言う!」

「がっ!?」

「じゃが、それは責めんぞ! 奪わねば飢えて死ぬのが世の定め! ならば、せめて誇り高く戦おうというのが武士道じゃからな!!」

「うぐっ!?」

 

 可愛らしい顔を汚す血など気にも留めず、修羅姫は反撃を繰り出す。

 騎士レンズは吹き飛ばされ、地面を転がった。

 それでもまだ意識は絶っていない。

 

「ああ、わかっておる! 武士道だなんだと言っても、勝つためには卑劣な策も必要で、大事な者が死ぬのは辛く、仲間を殺した敵は殺したいほど憎い! ──それでも戦は終わった!!」

「「「ッ!?」」」

「ワシはここに嫁いだ!! ここで生きるしかないんじゃ!! 飲み込まんと先に進めんのじゃ!!」

 

 耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、恨みも憎しみも飲み込んで、仲直りした『ふり』をしなければいけないのが終戦。

 いつだって世界は、個々人の感情まで考慮してくれない。

 

「ワシにとって武士道とは、少しでも飲み込みを良くするための手段! そっちにも騎士道とかいう似たようなのがあったじゃろ!」

「いや、とっくに廃れたけど……」

「なんじゃとぉ!?」

 

 しかし、ここで想定外。

 勉強してきた知識が実態に即してなかった。

 でも、もう勢いで行くしかない!

 

「じゃが、『騎士王』はやっとった! 高潔な敵に敬意を払っておった! 貴様らもそれに倣え!」

 

 シラユキは髪をかき上げる。

 自らの血を整髪料代わりに前髪を上げ、修羅姫と呼ばれた武士の顔を剥き出しにする。

 

「貴様らは敬意を払うに値する敵だったと思わせろ! 貴様らもワシを敬意を払うべき敵だったと思い込め! 今日はそのために──喧嘩しに来たんじゃ!」

「「「!?」」」

 

 シラユキは凶悪に笑う。

 一回全力で喧嘩すればわかり合えるとか、どこの不良物語だ。

 まさにバカの発想。

 

 しかし、溜め込んだ感情が致命的なところで爆発するくらいなら、前もって一度爆発させておくのは意外と理に適っている。

 だから、シュバルトも静観しているのだ。

 

「来い!! 宿敵どもぉ!!」

「「「う、うぁあああああああああ!!」」」

 

 大喧嘩が始まった。

 

「バルグルを返せぇ!!」

「よくもミサンを!!」

「花二を斬った二人か!! ワシの胸を揉むまでは死ねんと宣った色男をよくも!!」

「「ぐはっ!?」」

 

 シラユキは攻撃を避けない。防がない。

 あえて一撃食らった後、それ以上の威力の反撃をお見舞いする、狂気のノーガード戦法。

 

「イヤカフの痛みを知れ……!!」

「佐戸丸を射抜いた弓兵……!! 才気あふれる未来の豪傑を、ただの尻好きの変態で終わらせおって!!」

「くっ……!?」

 

 一人倒すごとに、シラユキに傷が増えていく。

 英雄というのは圧倒的な強者ではあるが、数の暴力をものともしない人外の生物ではない。

 斬られれば痛いし、矢は刺さるし、銃弾はめり込む。

 こんな戦い方をすれば、無事では済まない。

 

「……なんなんだ、あいつは」

 

 熱狂の一歩外側にいるシュバルトが、眉根を寄せ、難しい顔をしてポツリと呟いた。

 

「理解できませんか? シュバルト皇子」

「……理屈はわからなくもない。第四騎士団は私の直属。今のうちに処理しておかねば、致命的なところで暴走するリスクがあるとは私も思っていた」

 

 そんなシュバルトへ話しかけたのは、主を立てて気配を消していたハナ。

 シラユキの夫と唯一の側近が、初めてきちんと話し合う。

 

「だが、あれは体を張り過ぎだろう。王の血族が選ぶ手段ではない」

「アサヒでは受けの良いやり方なのですよ。何せ、戦乱も、策謀も、和睦も、裏切りも絶えない国。昨日死ぬほど恨んだ敵と、今日隣で戦うことなど日常茶飯事」

「地獄だな」

 

 率直な感想だった。

 大帝国でもなくはないことだが、ここ数十年は安定していた中枢に限れば、少なくとも身内同士で物理的に大量の血を流す事態は滅多にない。

 せいぜい政治的に裏切られたり、処刑されたり、暗殺されたりする程度。

 いや、こっちも充分地獄か。

 

「それを受け入れねば生きられない。しかし当然、恨みも憎しみも消えない。だから、ああして総大将の子が自ら、わかりやすい『区切り』の機会を与えてくれるのは、ありがたいのです」

 

 とても飲み込めないほど苦い思いを、無理にでも飲み込むための儀式。

 剥き出しの涙をぶつけ合い、痛みをもってお互い様だと深く骨身に刻めたのなら……まあ憎しみをオブラートくらいには包めるかもしれない。

 

「それに姫様は生い立ちもあって仲間への情が深い。あのくらいやらないと姫様ご自身が納得できません」

「……仲間への情、か」

「これは湯吉の分じゃぁ!!」

「「「ぐはぁ!?」」」

 

 シュバルトが思い悩むように目を細めた。

 一方、シラユキは一層激しく暴れ回る。

 何度も叩いて叩かれてを繰り返すうちに、騎士達の反応は少し変わっていた。

 

「ワシを脱がせるためにと、温泉掘りを極めた名人を殺した罪は重いぞ!!」

「いや、お前の仲間変態多すぎだろ!?」

「東の男は皆そうなのか!?」

「うるさぁい!! 戦場ではエロ猿が湧くんじゃ! 仕方なかろう!」

「「「ぎゃああああああ!?」」」

 

 ああ、こいつも苦労してるんだな。

 ぶっ飛ばされながら、そんな感想が頭に浮かんできた。

 どうやら痛みと疲労で大分頭が茹だってきたらしい。

 

「どうしたぁ!! この程度か雑魚ども!!」

「「「な、舐めんなぁ!!」」」

 

 殴り合いは続く。

 疲れ果てるまで。出し切るまで。

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