修羅姫様と死神皇子   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

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「ふん! どんなもんじゃ!」

「はぁ……はぁ……」

「もう立てねぇ……」

「痛い……」

 

 一時間後。死屍累々の地獄の中で、シラユキはただ一人立っていた。

 全員が血塗れの青痣だらけ。でも不思議と気分は悪くない。

 

 なんというか、彼女は戦い方が上手い。

 アサヒで言うところの横綱相撲。

 双方が全力を出し切れるように戦うから、痛みと不快感だけじゃなく、完全燃焼の心地良さが残る。

 

 どれだけこの形式の戦いに慣れているのだろうか。

 深く考えると、とんでもない闇がありそうで怖い。

 

「さあ、最後は貴様じゃ死神皇子! かかってこい!」

「……やめておく。貴様と違って明日以降も予定があるのでな」

「ケッ! しみったれた男じゃ!」

 

 シラユキは吐き捨てた。

 一番仲良くしないといけない相手の好感度が最低のままである。

 

「まあいい。ハナ! 酒じゃ!」

「かしこまりました。爺や様」

「どうぞ。セーゴード産のワインになります」

「「「酒……?」」」

 

 使用人達が馬車から樽ワインを運び出し、素早く騎士達へ配っていく。

 シラユキも同じ酒の入ったジョッキを受け取り、ドカッと地面に座り込んで。

 

「ほれ、乾杯!」

 

 真っ先にグビッと飲み干した。

 

「ぷはっ!」

「えーと……」

「これは……?」

「あん? こういう時は共に酒を飲み交わすもんじゃろ? まさか大帝国はこれすらせんのか?」

 

 ボロボロの第四騎士団は顔を見合わせる。

 ある、と言えばあるが、彼らの知っているものと大分違った。

 

「こんな雑にはやらない」

「もっと格式ばった感じで……」

「あと身分差があると一緒に飲めない」

「堅っ苦しいのう!? 今日のところはワシに合わせよ! 無礼講じゃ!」

「「「ぶれーこー?」」」

「そこからか!?」

 

 文化の違いに驚くばかりである。

 シラユキは説明を開始。

 カクカクシカジカ。無礼講とは要するに、身分の違いを抜きにして騒ごうの会だ。

 

「えぇ……。あんた向こうの皇族みたいなもんだろ……?」

「大丈夫なのかそれ……?」

「いいから飲め!!」

「ぐぼぉ!?」 

 

 一番近くにいたレンズがジョッキを口に突っ込まれた。

 傷だらけになっても失われない美貌、それと至近距離にいるから良い匂いがして、レンズの脳はグチャグチャにされた。

 

「ここはお前らの城じゃろ! すぐ後ろには民の喧噪! ごまかしは利く! まだワシの酒が飲めん理由があるか!?」

 

 理由つきの勢いでゴリ押してくる。

 なんか出来上がった謎の雰囲気が、理性のネジを緩めていく。

 

「ほれ! 改めて乾杯じゃ! 乾・杯!!」

「「「か、かんぱーい……」」」

 

 とうとう勢いに負けてワインを一口。

 酒が入ってしまえばこっちのもの。もう止まらないし、止められない。

 

「こんな風に飲むの初めてだ……」

「あぁ? 戦場でも飲まんかったのか? あそこから酒を取ったら生きていけんじゃろ?」

「まあ、生きた心地はしなかったな……」

 

 酒で口が軽くなり、騎士達の押し殺していた気持ちがポロポロと零れ始めた。

 

「貴族の酒宴には呼ばれない。なのに貴族の端くれだから兵の宴会にも交ざれない……」

「身内で騒ごうにも団長に殺されそうで……」

「それな。ちょっとでもハメを外すと、宮廷の奴らがグチグチ言ってくるし」

「団長、そういうの凄い気にするから」

「マジか! 死神皇子最低じゃな!」

 

 流れ弾がシュバルトに行った。

 イケメン顔が微妙に引きつり、代わりにシラユキと第四騎士団の心の距離が少し近づく。

 

「あとアレだ。女の子と仲良くできないのが本当に辛い……!」

「わかる……! 看護の子達には怖がられるし、そういうお店は高級だと地位が足りない、中流以下だと家柄が邪魔で……!」

「もう修羅姫でいいよ! ずっと言えなかったけど、顔だけはホント好みなんだ!」

「ワシを遊女扱いか! 良い度胸じゃ!」

「ぐっはぁ!?」

「今のはお前が悪い」

「この化け物をそういう目で見るとか引くわぁ」

 

 ドツキ漫才が入ってきた。シラユキのお家芸だ。どんどんフィールドが彼女色に染まっていく。

 

「お前らアレじゃぞ! あの戦い方はどうにかならんかったのか!? 味方を使い潰してワシらが疲弊したところを狙うのが基本! 真っ向勝負なんぞ一回もない! これではワシでなくとも大嫌いになるわ!」

「あぁ、アレなぁ。確かに敵より味方からの方が『死神』って呼ばれるのはどうかと思った」

「いや、外道の所業だとは思ってたよ? でも普通にやってたら俺達の方が使い潰されてたし」

「犬死にするか、悪魔の言う通りにして生き残って家族を見返してやるかって言われたら、なあ?」

 

 段々彼らが何を考えて戦っていたのかわかってきた。

 そこに筋が通っていれば、何も知らない仇だった時よりは心情的にマシになる。

 

「えぇ!? 山奥で育った!?」

 

 話は続く。酒の席での鉄板ネタ、身の上話だ。

 

「ああ。四つの頃に母上が大奥、こっちだと愛人用の離宮か? で暗殺されてのう。咄嗟に大自然の中に逃げて、追手と戦いつつ、獣の技を学んで必死に生き延びたんじゃ」

「だから戦い方が獣っぽいのか!」

「子供の頃の経験は一生ものと言うからな……」

 

 圧倒的納得があった。

 顔面は「鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰?」で検索したらヒットしそうなくらい整ってるくせに、中身はモノノケの方の姫だもの。

 

「結局捕まって、面白がった父が配下の武将にワシを預けた。大奥からも父からも離れた新天地。そこで母以外の味方が誰もおらんかったワシに、生まれて初めて助けてくれる大事な仲間達ができたんじゃ」 

「「「…………」」」

「その後、八つで初陣。国内の謀反を鎮めて周り、十三の頃に大帝国と会戦。孤独なワシを救ってくれた恩人達を、お前らにわんさか殺られたわけじゃな」

「「「うっ!?」」」

 

 想像以上に苛烈な人生で、想像以上に子供だった。

 大帝国の騎士はどれだけ厄介者扱いされていても、十五歳くらいまでは前線送りにならない見習いとして扱ってくれる。

 文化の違いとはいえ、そんな子供だった奴を声高に責めていたと思うと、バツが悪いと思う者も少なくない。

 

「ふん! 謝らねぇぞ!」

「そ、そうだ! 仲間を殺されたのはお互い様だからな!」

「そう。お互い様じゃ。だからこうして手打ちにしようと、共に酒を飲んどるんじゃろ」

「「「…………」」」

 

 まだ二十歳前くらいの美少女のくせに、誰よりも達観したことを言うシラユキ。

 妙に重みのある言葉。憂いのある悲しげな横顔。

 

 ……本当に顔は良いから、そういう顔をしていると、ちゃんと祖国のために身を捧げた気高い姫君に見える。

 

 一応は騎士の端くれとして、もの凄く責めづらい顔だ。

 というか、正直グッとくるものすら感じるというか……。

 ズルい。これは、ズルい。

 

「あー、えっと、その……」

「そ、そういえば! その生い立ちって団長にちょっと似て……」

「おい」

「「「ッ!?」」」

 

 その時、ここまで静観を貫いていたシュバルトが口を挟んだ。

 

「そのくらいにしておけ。どうも飲み過ぎているようだ」

「「「も、申し訳ありません!!」」」

 

 鋭い眼光で睨みつけられて一瞬で酔いが吹っ飛び、ビシッと敬礼!

 うっかり悪魔と呼んでしまった自分達の大将が一番怖い。

 

「なんじゃぁ? お主も過去になんかあったのかぁ? そういえば、お主も皇帝の庶子じゃったなぁ」

「ちょ!?」

「うわ、顔真っ赤!?」

「あんたが一番酔ってどうする!?」

 

 しかし、同格の威圧など利かないシラユキの酔いだけは継続。

 飲み慣れない他国の酒のせいか、無礼講の文化に慣れてしまったからか。

 顔を赤らめ、大帝国貴族なら絶対ありえない、死神皇子へのうざ絡みを始めた。

 

「教えろぉ! ワシは妻じゃぞ! 不本意じゃけど! 吐き気がするけども! 子作りして、しばらく人生を共にせねばならん仲じゃぞ!」

「ゴフッ」

「「「ほぁ!?」」」

 

 死神皇子が思わず咽るパワーワードが出た。

 第四騎士団は反射的に目の前の二人のそういうシーンを想像してしまい、興奮やら憐憫やら妄想やらで混乱して奇声を上げる。

 

「それとも搾り出してやろうか情報をぉ! 昨日も結局そんな感じに……むぐぅ!?」

「本日の交流はここまでとする。各自、怪我の治療をして明日以降に備えろ。以上だ」

「むー! むー!」

 

 シュバルトに口を鷲掴みにされ、そのまま引きずられて連行されていくシラユキ。

 これ以上余計なことを喋らせて堪るかという強い意志を感じた。

 体力を消耗したシラユキではそれに抗えず、ドナドナされて練兵場から消えていく。

 

「…………団長、尻に敷かれてんのか」

「物理的にな」

「なんというか、凄い一日だった……」

 

 恨みに恨んだ宿敵と殴り合って、感情をぶつけ合って、一緒に酒を飲んで、不覚にもグッとくるものを感じてしまって、悪魔の団長とのイチャイチャまで妄想してしまった。

 

 ……並べてみるとわけがわからない。

 わけがわからないけど、気づけば胸の中にあった憎悪の炎が随分と小さくさせられていて。

 なんというか、修羅の国の和解交渉って凄いんだなと、ただただ思わされるばかりであった。

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