「くー……くー……」
「なんなんだ、こいつは……」
第四騎士団からの帰りの馬車の中。
ハナの膝枕で爆睡をかますシラユキを見て、シュバルトが疲れたように呟いた。
とんでもない暴露をされそうになって、傷だらけのシラユキより疲弊していた。精神的に。
「ご安心を。爆睡しているように見えて本能は働いております。このように殺し技を繰り出すと──」
ハナの手刀が膝の上のシラユキに向かう。
まるで日常動作のように繰り出された、あまりにも自然で、恐ろしく早い手刀。
いきなり過ぎてシュバルトは見逃しかけた。
「!」
「この通り、ちゃんと防いで反撃してきます」
ハナの手刀を、シラユキは歯でガード&キャッチ。
咬合力で勢いを完全に殺し、従者の手に歯型をつけたところで、それがハナの味であると確認したかのように顎の力を緩め、再び睡眠に入る。
「敵の脅威度によっては飛び起きますので、隙はございません」
「…………私は何を見せられている?」
「半分は私が育てました」
「聞いていないし、何故したり顔……」
鉄仮面従者の珍しいドヤ顔。
シラユキに隠れて目立たないが、この人も中々愉快な存在なのかもしれない。
「先程は姫様が失礼をいたしました。どうかお許しください、シュバルト皇子」
「……従者風情が、勝手に主の代弁をしていいのか?」
「夫婦間の問題であれば、積極的に間に立ってくれと申しつけられておりますゆえ」
ああ、だから、さっきも話しかけてきたのかと納得した。
本人同士では喧嘩になることがわかり切っている以上、良い選択なのかもしれない。
「くー……くー……」
「よく寝ているでしょう?」
「本能は起きているらしいがな」
「本能しか起きていられないほど疲れているのです。ここしばらくは本当に激動でしたから」
ハナはここ最近のことを、シラユキ視点でシュバルトに話した。
長き戦乱の日々は言うに及ばず。
それが終わると思ったら、終わらせるために宿敵との婚姻を申しつけられ。
苦手分野の礼儀作法やら何やら、しかも縁のない大帝国式を強引に詰め込まれ。
次は和睦に反対する者達の刺客を退けながら、隠れ潜んでの長旅。
大帝国に辿り着けば、案の定仲良くできない結婚相手といがみ合い。
休む間もなくダンスなどの最後の追い込み。
そして、心擦り減る結婚式や悪夢の初夜を経て、最低限和解しておかないといけない戦力との対話を終えて、今だ。
「おまけに慣れない西方の酒、慣れないドレス、慣れない文化、慣れない食事、全てが慣れないことだらけの生活。姫の定めとはいえ、見た目以上に疲弊していることはご理解ください」
「…………」
今度は複雑な顔で、シュバルトは寝顔を晒すシラユキを見た。
修羅姫の、戦場の化け物のイメージが先行していたが、彼女とて人間。
無限の体力を持っているわけではなく、不慣れなこと、嫌なことでは大きく体力気力を消耗する。
酷使し過ぎれば、いずれは倒れる。
「愛はなくとも構いません。ただ、道具として必要である限りは、壊れない程度のご配慮を、どうかお願いいたします」
ハナは深々と頭を下げた。
そこに感じるのは、確かな愛情。
母か、姉か。シュバルトが随分昔に切り離してしまった温もりがそこに──
「貴様は……」
「ふごっ!?」
「!?」
その時、ハナが悲鳴を上げた。
原因は膝枕をしていたシラユキ。
それが突然飛び起きたことで、深々と頭を下げていたハナはヘッドスマッシュを食らってしまったのだ。
「ぐぉぉ……!?」
「敵じゃ」
「は? ……ッ!」
唐突すぎて一瞬頭に「?」を浮かべてしまったが、すぐに悶絶中のハナの言葉を思い出す。
敵の脅威度によっては飛び起きる。
散々手を焼かされてきた、修羅姫の獣じみた直感の鋭さを、今さら疑いはしない。
「「「殿下ッッ!!」」」
「!?」
外から護衛達の叫び声が聞こえ、次の瞬間──馬車が横転した。
中にいたシュバルト、シラユキ、ハナの三人は素早く脱出。
外に出て、目に飛び込んできたのは。
「爺や!!」
「う、ぐ……!」
御者を務めていた爺やの負傷した姿。
加えて護衛達も、忠誠心最優先の面子とはいえ、僅か数秒で壊滅。
動揺する暇もない。敵はもう目と鼻の先にいる。
黒装束を纏った何者かが、短剣を構えてシュバルトに肉薄してきた。
「死神皇子、お命頂戴する」