迫る敵。迫る凶刃。
彼は努めて冷静に感情を殺し、流れるように腰に下げた銃を引き抜いた。
「ぬ……!」
フリントロック式の片手銃。
最適化された早撃ちの型を完璧になぞり、腰だめに構えて引き金を引く。
火打ち石が金属板に叩きつけられ、火花が散り、火薬に着火。
最高品質の銃は誤作動を起こすことなく、銃身内の火薬の炸裂で弾丸を押し出した。
パァン! という発砲音が鳴り響く。
「ぬん!!」
「……!」
だが、襲撃犯はなんと、短剣で弾丸を迎撃。
弾丸斬り。銃弾の見切り。それは『英雄』の領域に踏み入る条件の一つ。
目の前の量産型の黒装束Aみたいな奴は、断じて使い捨てのやられ役ではない。
本気で『死神皇子』を殺しにきた精鋭──
「ハナ、刀」
「かしこまりました」
──刃が、走った。
「がはっ……!?」
「!」
従者の手から引き抜き、放った変則的な抜刀術。
型に嵌まらぬ特殊な動きでありながら、本家抜刀術以上の加速を得た刃が、精鋭認定した敵を一刀のもとに斬り伏せる。
「襲撃じゃな。一応聞くが、狙われる心当たりは?」
「……さてな。多すぎてわからん」
「ハッ! じゃろうな」
刀を肩に担ぎ、残った敵を見据えるシラユキ。
これは突然の事態ではない。いきなりの大事件ではない。
そのうち来るとわかり切っていた来客。
なら、慌てる必要はどこにもない。
「さて」
敵は揃いの黒装束を着た連中が六人。感覚的に実力は今斬った相手と同等以上。
現在地は大通りを外れた狭い路地。
嫌がらせ通勤路のせいで強いられた、襲撃の隙があるスポット。
「あれが修羅姫」
「なるほど。強い」
「だが、ここは我らの領域」
敵は、仲間の死を見ても一切動揺せず、シュバルトのように冷徹な殺意を迸らせる。
一番厄介なタイプだ。
「銃も撃たせてしまった。警備隊が来る前に、早急に仕留めるぞ」
「「「了解」」」
建物を足場に、飛び立つ六人の黒装束。
狭い路地の中、建物から建物に飛び移り、立体的な動きで翻弄・包囲しながら迫ってくる。
戦場の兵士とも、武芸を磨く武人とも違う、専用の訓練を受けた者達の動き。
「矢が来るぞ!」
「!」
かと思えば死角から弓兵の狙撃。
シュバルトが狙われ、弾切れの銃を手放して引き抜いた剣で防ぐ。
見える敵で意識を引いておいて、見えない敵の攻撃でズドン。
不意打ちの常套手段だ。
「まだ何人か潜んどる! そこの暗がりに一人! そこの物陰に一人じゃ!」
「相変わらず反則的な索敵能力だな」
戦場で彼女を嵌め殺せなかった大きな要因の一つ。
人の気配や危険にやたら敏感な、鋭敏すぎる第六感。
敵であれば憎らしいが、味方になれば頼もしい。
「野生育ち万歳じゃ!」
不意打ち要員を見抜かれ、バレているなら仕方ないと更に二人が姿を現す。
一人は距離を取って第二の弓兵に、一人は立体包囲網に加わり、合計九人となった敵に──シラユキは猛然と突撃を開始した。
「「「!」」」
「ハッハー!」
威嚇するように口角を上げ、牙を剥き出しにして笑いながら、猫のようにしなやかな動きで建物の上へ。
躊躇なく足場を蹴って空中に踊り出し、地に足のつかない無茶苦茶な体勢から、全く気にせず、フルスイングの斬撃を繰り出す。
「秘技『獣剣修羅』!!」
「ッ!?」
黒装束の立体機動は、鍛錬によって身につけた、パルクールじみた人の技。
一方、シラユキのそれは本能と反射と柔軟性によって成り立つ獣の動きを『秘技』にまで昇華させた異質な動き。
「お、重い……!?」
彼女の攻撃を短剣で受けた黒装束は驚愕する。
とてもあんな体勢から繰り出したとは思えない、達人の奥義と遜色ない、重く鋭い斬撃だった。
修羅姫の特異性に即席では対応し切れず、黒装束Bは異質の太刀筋を受け流せずに斬られて果てる。
「背中が」
「ガラ空きだ」
だが、一人でダメなら二人で、三人で。
刀を振り切ったシラユキの背中を、二人の黒装束が狙う。
更に弓兵スナイパーも狙撃の矢を放ち、遠近三人がかりの連携攻撃。
「甘い!」
「「!?」」
シラユキは振るった刀を獣の尻尾のように使い、バランスを取って重心を整えながらクルリと一回転。
狙撃の矢を避けつつ、垂直の壁に両足をつけ、空中での全力攻撃の後に、タイムラグなしで二度目の跳躍。
背後を取っていたはずの黒装束CとDを、しっかり正面に捉えて突っ込んだ。
「朝霧一刀流『二度裂き』!!」
「何っ!?」
「ぐはっ!?」
交差。激突。決着。
シラユキの二連撃が、二人の暗殺者に叩き込まれる。
「ぐぅぅ……!」
「化け物め……!」
「む……!」
しかし、さすがは英雄の領域に足を突っ込んでいる精鋭。
仲間のやられる姿を見て学習し、なんとか致命傷は避けてみせた。
……いや、それを差し引いても傷が浅い。
(チッ。身体が重い……!)
シラユキは己の不調を自覚する。
普段より少し動きが遅い。感覚が鈍い。剣筋が荒い。
先程の大喧嘩のダメージと、それ以上に蓄積した疲労のせいだ。
慣れない種類の疲労を溜め込んだのが悪いのか、戦乱に次ぐ戦乱に明け暮れていた頃より調子が悪い。
「負傷した。サポートに回る」
「同じく」
「「「了解」」」
仕留め損ねた二人は、まだ動く身体で残る味方の援護に──
「させん。帝式剣術『連刺』」
「がっ……!?」
「くそっ……!?」
……向こうことはなく、シュバルトの剣に貫かれて倒れた。
フェンシングのようなステップによる平面での加速と、加速を乗せた二連突き。
シラユキの変態じみた秘技とは違う、機械のごとく精密な通常攻撃。
「どうした、修羅姫。動きが鈍いぞ。疲れているようだな」
「あぁん!?」
守りの剣で黒装束達の攻撃を危なげなく捌きながら、シュバルトはシラユキを挑発する。
「貴様にも案外可愛げというものがあったのだな。もういい。私の後ろで守られていろ。そうすれば多少はお淑やかな姫君らしさも出るだろう」
「ッッッ〜〜〜!!」
シンプルな煽りだが、言った本人への嫌悪感もあって効果は抜群。
怒りによって分泌された脳内物質が疲労を麻痺させ、彼女に一時的なブーストをかけた。
「初夜で○○○を☓☓☓で△△△されて○○○○○○になっとった軟弱者風情がぁ!! 舐めた口をぉ!!」
「ギャッ!?」
「こ、こいつ……!?」
「更に速く……!?」
あえて怒りに身を任せた動きで更に一人を撃破し、残り六人。
短剣使いが四。弓兵スナイパーが二。
「覚悟しておけ……! 今宵も地獄を見せてやる……!」
「その地獄は貴様にも大ダメージだがな」
「この身、朽ち果てようとも、貴様だけは許さんということじゃ!!」
シュバルトの側に着地し、怒りのエネルギーを補給してから再突撃。
冷静さを欠いたようにも見える彼女を、弓兵スナイパーが狙撃。
しかし、
「なっ……!?」
今度は狙撃の矢を避けるだけに飽き足らず、掴んでスケートのように回転。
軌道を曲げた矢を投げ返してきた。
「ぐっ……!」
弓兵スナイパーは矢を投げ返されるという異常事態にも対処し、体を捻ってダメージをかすり傷で済ませる。
当然のごとく矢には毒が塗ってあるが、使い手として耐性は得ているので問題な──
「ッッ!?」
体を捻って体勢を崩したところに、第二の刃が飛んできた。
短剣だ。仲間達の持つ取り回しの良い暗殺向きの武器。
発射地点はシュバルト。
倒した敵から奪った短剣を投げてきた。
「ナイフ投げ……!?」
騎士というより傭兵の技。
完璧なタイミングでそれが突き刺さり、残り五人。
「「死ね……!」」
ならばと、今度は投擲直後の隙を狙い、シュバルトに狙いを定める。
二人がかりの前後挟撃。
シラユキがおかしいだけで、本来そう簡単に対処できないはずの連携攻撃。
「う、らぁああああ!!」
「!?」
「グギャッ!?」
シュバルトの後ろから迫っていた黒装束に、またしても投擲された刃が突き刺さった。
今度の発射地点はシラユキ。
ただし、投げたのは短剣ではなく、修羅姫の愛刀。
メインウェポンを躊躇なく手放すという奇手。
短剣とは重さが違う、すなわち威力が違う大砲の一撃。
予想外を二つ重ねられて、また一人、黒装束が散った。
残り四人。
「何……!?」
そして、前後挟撃の片側を担っていたもう一人の攻撃を、シュバルトは剣で防ぐ。
黒装束は彼の挙動を見て驚愕の声を上げた。
攻撃を防がれたことにではない。
シュバルトは片手で剣を振るい、もう片方の手を後ろに伸ばして──敵に突き刺さったシラユキの刀を掴んだのだ。
視線も向けないまま。
「バカな……!?」
突発的な二刀流。
敵からすれば、いきなり新しい腕が生えてきたように感じる攻撃に虚を突かれ、斬られた。
残り三人。
「お、おおおおおお!!」
あまりに一方的な展開に、とうとう感情的になってしまった一人が、咆哮を上げながら、刀を投げて丸腰になったシラユキに迫る。
メインウェポンの投擲は、最優先で敵の数を減らすための奇手としてはアリだったかもしれないが、代償も大きい。
その隙を逃すまいと渾身の突きを繰り出し──
「アサヒ体術『空落とし』」
「!!?」
気づけば手首を取られていた。
突きの勢いを利用されて思いっきり引っ張られ、同時に足を払われ、身体が宙を舞う。
柔術。
散々滅茶苦茶な動きをしておいて、まともな達人技も使えるのか。
「うぐっ!?」
黒装束は驚いている間に地面に叩きつけられ、顔面に体重の乗った踏みつけを食らった。
最期に見た光景は、絶世の美少女のスカートの中。
残り二人。
「こ、こいつら……!? うっ!?」
最後の短剣使いの眼前に、刃。
シラユキの愛刀を、シュバルトが投げた。
もう彼の投擲も、メインウェポン級の投擲も、初見ではない。
だから、これだけでやられはしない。
だが、当然のように、受け流した刀を掴める位置にシラユキがいた。
「なんなんだ……!? その息の合い方は……!?」
滅茶苦茶な体勢から、投擲の勢いを余さず使い切った一閃。黒装束は死んだ。
残り一人。
「これは想定外……!」
最後に残ったもう一人の弓兵スナイパーは冷や汗を流す。
彼らは一人一人が英雄に近い強さを持つ精鋭部隊だ。
連携、奇襲、戦略をもって、その英雄すら何人も葬ってきた。
それが、いくら依頼主から『条件』をつけられていたとはいえ、戦闘開始から数分足らずで壊滅。
まさか宿敵同士の二人が、ああも完璧な二人三脚を披露するとは思わなかった。
「撤退……」
「させませんよ」
「カッ……!?」
意識を逃走へ切り替えた瞬間、後ろに気配。
次いで首に圧迫感。糸か何かで絞められている。息ができない。
「き、さま……!?」
なんとか後ろへ視線を向ければ、そこにいたのはメイド服姿の女性。ハナだ。
こいつが最初に倒した爺やと護衛の近くにいたから、人質戦法も使えなかった。
「お休みなさい」
「ッ、ッ……!?」
抵抗を許されず、最後の黒装束の意識が落ちる。生け捕り成功。
彼らはもっと早く、人数が残っているうちに逃走を決断すべきだったのだ……というのは酷な話か。
時間のない中、いきなり伏兵を見抜かれ、戦略が崩壊し、シラユキの珍しい戦闘スタイルに翻弄され、少しは慣れたと思ったら怒りで覚醒し、完全想定外の宿敵との連携まで始めて。
初見殺しと予想外の連打で、あっという間に押し込まれてしまった。
これはもう相手が悪かったとしか言えない。
そうして、白昼の襲撃者達は、怪物夫婦の共同作業によって、葬り去られた。