2025年10月末。VRMMO《ガンゲイル・オンライン》では、ある大会が開かれていた。
Bullet・of・Bullets、通称BoB。簡潔に言えば、GGOで最強の奴を決めようぜという大会である。今回開かれるのは第2回。今現在その本戦の真っ只中であるが、俺——アルバは、その本戦を総督府地下二十階の待機エリアにて、つまらなさそうにモニターを見ていた。敗退したプレイヤーはこの待機場に戻ってくるが、俺はそういう訳じゃない。そもそも、この大会に出ていないのである。
「……はぁ」
椅子に深く座ったまま、ため息が漏れる。モニターの向こうでは、予選を勝ち抜いた連中が本戦のフィールドを駆け回っている。この本戦とは別に昨日、本戦に出るための予選が行われた。その予選とはブロックごとに分かれた一対一のトーナメント型で、各ブロックの決勝を勝ち抜いた上位二名、合計三十名が総当たりで挑むサバイバル型の本戦に進出する、というものだ。当然、俺はその予選に参加予定だったし、何だったら本大会で優勝するつもりでいた。だが、俺はその予選に深い事情があり、出場する事が出来なかった。
それは昨日のこと、予選開始時刻の午後四時の五分前に俺は今現在いる待機場に来た。そこに先に来ていたシノンと、シュピーゲル——シノンのフレンドで、このゲームにシノンを誘った人物であり、俺も何度かMob狩りを一緒にしたことがある——がいたので、声をかけた。
『よう』
そう声をかけた俺にシノンとシュピーゲルが目を丸くして、とある質問をしてきた。
『アルバ、あなたエントリーは?』
その言葉に俺は素で聞き返した。
『エントリーって?』
深い事情とはそう、エントリーを忘れていたのである。
なんとこの大会、出場するには事前にエントリーが必要だったらしい。知らなかった。いや、正確には、説明を読んでなかった。大会がある。開始時刻は午後四時。そこまでは頭に入れていた。だが俺はその手前にある「受付」って概念を丸ごと無視していた。説明とか規約とか、そういうのを読むのが嫌いなのである。面倒だから。
——まあ、ゲームだしな。現実の戦場と違って死にゃしねえんだから、適当でいいだろ。
そんな感覚で、開始時刻と集合場所だけ頭に入れてそのまま。結果、ログインした時には受付終了。予選参加不可。俺のBoB、終了。もう本当に、やらかした。
そんなこんなで、俺は今回のBoBに出ることが出来なかった。シノンが呆れ顔で小言を言ってきた。なんで確認しなかったの、だの、せめてもう少し早く来てれば、だの。全面的に俺が悪いので何も言い返せなかった。
それで今、俺はこうして本戦を観戦している。クソつまらないが、コンビを組んでいるシノンが出ているので、まあ流石に応援するかとこの待機エリアにいる。周囲から、「あれ白狼だろ?」「なんで出てないんだ?」とか言われている。エントリーを忘れたなんて口が裂けても言えない。
「アルバ、おつかれ」
聞き覚えのある声に顔を上げる。銀髪で長身のアバター。シノンの友人で、リアルでも少しだけ親交のあるシュピーゲルが、待機エリアの人混みを縫ってやってきたところだった。
「よう。予選は惜しかったな。もう少しでお前も本戦だったのに」
俺が言うと、シュピーゲルは困ったように笑った。
「ありがとう。でも、予選の準決勝で負けちゃったからね……。本戦は遠かったよ」
「いや、紙一重だったと思うけどな」
実際惜しかった。強いていえば——あと少し、VIT(生命力)を上げていれば、という試合だった。
このゲームでは経験値がある程度増すと、自分の能力値を上げることができる。決められた六つの——STR(筋力)、VIT(生命力)、AGI(敏捷性)、DEX(器用)、INT(知力)、LUX(幸運)の「能力値ステータス」を基礎に、数百種に及ぶ「技能スキル」を、自分の伸ばしたい構成でポイントを割り振り伸ばすことができる、というシステムだ。
シュピーゲルのタイプはいわゆるAGI一極型、敏捷性だけにほぼ全振りしたタイプで、敵の弾丸を回避して相手より早く弾丸を当てるという戦闘スタイルだ。GGO初期に流行したビルドで、このスタイルは確かに強いが、明確に打たれ弱いという弱点がある。実際、現在徐々にではあるが性能のいいレアな銃が出てき始めて、銃自体の命中精度が上がっているため、このタイプでは厳しくなるのではと言われている。事実、シュピーゲルの対戦相手の銃はレアなもので、彼の回避力を上回り多くの弾丸を命中させられて敗北していた。
「やっぱり、AGI一極だと厳しいのかな、最近は」
ぽつりとシュピーゲルが漏らす。その声が、いつもより少しだけ固い。
「まあ、また次回頑張ろうぜ」
「うん……」
そう返事をするシュピーゲルはあからさまに暗い顔だった。そこまで落ち込まなくても、と思ったが、励ます言葉も見つからなかったので、俺はシュピーゲルから目を離し、モニターに目を向けた。モニターにはちょうど、本戦フィールドに散ったプレイヤーたちの位置情報が映っている。シノンのアイコンが端のほうにいた。遮蔽物の多い地形を選んで動いている。悪くない。
「シノン、結構慎重に動いてるね」
横を見ると、シュピーゲルが俺と同じくモニターを見ていた。
「あいつ、ヘカート持っていかなかったのかよ」
シノンの装備を見て俺は呟いた。今装備しているのは俺がシノンにあげたアサルトライフル《AK-47》カスタムだった。シュピーゲルがモニターを見ながら頷いた。
「そうみたいだね。でも、ソロの遭遇戦なんだから、スナイパーは不利じゃない?」
「まあ、確かに不利かもしれねぇけど」
俺は椅子の背にもたれたまま、シノンの動きを目で追う。
「それでもシノンなら、確実に上に行けたぜ。近接戦も俺が教えてるからある程度は行けると思うけどな。それでも、あいつはスナイパーとしての能力の方が高い。不確定要素が大きい分、自分の得意分野で戦った方がいいと思うがな」
そう言っているうちにモニターの中でシノンが動く。伏せ、止まり、索敵し、距離を取り、ルートを選ぶ。ヘカートがない分、普段よりさらに慎重だ。
「……今の判断はいいな」
「アルバって、シノンのことになると評価が細かいよね」
「そりゃ組んでるからな」
「そ、そうだけど……」
シュピーゲルは苦笑いした。その横で、モニターの状況が変わる。シノンが接敵した。中距離。相手はアサルトライフル持ち。シノンは遮蔽物を使って射線を切りながら、短いバーストで牽制し、回り込む。いい動きだ。無駄に焦ってない。
「そこ、詰めすぎるなよ……」
思わず口に出た。シノンは半歩引いて、すぐ別のルートへ。よし。数秒後、相手のアバターが砕け散る。一人目撃破。
「やるね、シノン」
シュピーゲルがほっとしたように言う。俺も心の中で称賛を送った。しばらくして、再びシノンが接敵した。相手はサブマシンガンを携行し、接近戦を仕掛けてくる。遮蔽を使い敵の接近を防ぎながら、確実にダメージを与えていくシノン。そして、致命的な一撃を与え、勝利した直後だった。俺は呟く。
「油断したな」
「……あ」
シュピーゲルが小さく声を漏らした。シノンのアバターが砕け散る。スナイパーによる一撃だった。スナイパーがスナイパーにやられるとは、なんとも皮肉な最後だ。
十六位。
惜しいとか、そういう次元じゃない。悔しいだろうな、あいつ。半分以上にも入れなかったんだから。数秒後、待機エリアの転送ポイントが淡く光り、シノンが戻ってきた。青緑の髪が少し揺れる。足取りはいつも通り。だが、表情は硬い。
「おつかれ、シノン。惜しかったね」
シュピーゲルがすぐに駆け寄る。シノンは短く「……うん」とだけ返した。俺も立ち上がった。
「よう。おつかれ」
シノンがこっちを見る。悔しさを飲み込んだ顔。吐き出し先を探してる顔。
「……負けた」
「見りゃわかる。最後の戦闘が終わった瞬間、油断したところを狙われてたな」
「分かってる。そういうとこよ」
「事実だろ」
俺が言うと、シノンは少しだけ目を細めた。その顔が、ほんの少しだけいつもの調子に戻っているのを見て、内心で息を吐く。シノンが悔しそうな顔で言う。
「……ヘカートを持っていくべきだったかも」
「かも、じゃなくて、その通りだな。まあでも、あの場面までは悪くなかった」
「慰め?」
「いや?素直な評価」
シノンは鼻で笑った。完全には納得してないが、事実良かった。運も絡んだってところだ。その後、本戦は最終局面に入っていく。残ったのは《闇風》と《ゼクシード》の二人。待機エリアの空気が少し変わった。敗退者たちも、さすがに最後の決着は見るらしい。ざわめきが静まり、皆モニターに目を向ける。シノンが話しかけてくる。
「あんた、あの二人と戦ったことあるのよね?」
俺は記憶を探りながら答える。
「あー……まだお前と一緒に行動する前の話だけどな。たまたま遭遇して戦闘になってな。結果的に両方俺が勝った」
シュピーゲルが言う。
「つまり……あの二人のどちらよりも、アルバは強いってこと?」
俺は肩をすくめながら答える。
「そんな簡単なものじゃないと思うけどな。まあ、勝ったって事実はある」
その言葉を聞いたシュピーゲルが、少しだけ複雑そうな表情をする。その真意が分からなかった俺は、彼から目を離しモニターに顔を向けた。
闇風は速い。名前の通り、影みたいに動く。シュピーゲルと同じ、AGI偏重の回避型。足を止めない。射線をずらし、回り込み、ひたすら動いて相手を削るタイプ。ランアンドガンというらしい。対するゼクシードはバランス型。装甲もかなりレアなもので、銃もレアなもので火力も精度もある。動きは速くないが、読みが強い。真正面からねじ伏せるだけじゃなく、相手のルートを絞るのが上手い。
「ねぇ、両方に勝ったあなたとしては、どっちが勝つと思う?」
シノンが聞いてきた。
「ゼクシード」
俺は即答した。
「なんで?」
「闇風の動きは確かに速い。だが、それに頼りがちになるところがあるんだよ。俺とやり合ったときもそうだった。ゼクシードはその辺の読みが上手いからな。恐らく、動きをある程度掴んだところで、銃の性能でゴリ押しされて闇風は負ける」
その発言を聞いていたシュピーゲルが反論してくる。
「でも……そんな簡単に掴めるのかな? AGI型のスピードは見切れるものでもないと思うけど」
その声には、さっきよりほんの少しだけ熱がこもっていた。
「人間だからな。どうしても決まったパターンが出来ちまうものなんだよ。そこを読まれたらいくら速かろうが、ルートを予測されて弾を置かれたら終わりだ」
シュピーゲルは尚も納得できなさそうな顔をしながらモニターに向き直る。シノンは黙ってモニターを見ていた。
戦闘は長くなった。闇風は速い。確かに速い。ゼクシードの弾を何度も紙一重で避ける。ステップ、ダッシュ、スライド。見てるぶんには派手だ。だが、速さだけじゃ決め手にならない。ゼクシードは焦らない。足を止め、撃ち、待ち、動く。闇風の次の行動を潰すように弾を置いていく。そしてついに、闇風の回避ルートが一つ潰れた。その一瞬を逃さず、ゼクシードが一気にゴリ押す。決着。
「……そんな」
シュピーゲルが呟いた。俺は肩をすくめる。
「だから言ったろ」
優勝はゼクシード。観客席と待機エリアから拍手が起こる。俺は手を叩く気にはならなかったが、実力で勝ち切ったのは事実だ。やがて、優勝インタビューが始まる。
ゼクシードが中央モニターに大写しになり、司会役のNPCだかGMだかにマイクを向けられる。勝因だの、今の感想だの、そんな定型的な質問が続く。だが、途中で話が装備とステータス構成に移った時、ゼクシードは少し得意げな顔をして言った。
「正直、AGI型はもう時代遅れですね」
待機エリアがざわつく。ゼクシードは構わず続ける。
「避けて戦う時代じゃない。火力と耐久、それにプレイヤー自身の読み合いで押し切るのがこれからの主流ですよ!」
「……へぇ」
思わず声が漏れた。シノンがちらりとこっちを見る。
「なに、その顔」
「別に」
答えながら、モニターに映るゼクシードを見た。言ってることは、半分は正しい。だが半分は、ただの慢心だ。
AGI型が時代遅れ? 速さだけじゃ勝てない? それはそうだ。だが、速さしかないやつと、速さを武器にできるやつは別物だ。俺自身、STR、VIT、AGIを重視して上げているが、これについては現実での経験を活かすためっていう側面しかない。結局、プレイヤー自身の力量次第でどうとでもなる。それが俺がこの世界にしばらく身をおいて出した結論だ。深く椅子の背にもたれ直した。
「……大会ってのは、出ねぇとつまんねぇな」
小さく呟くと、シノンが隣でため息をついた。
「まず次は、エントリーをすることね」
「わかってるよ……」
あたりは喧騒に包まれている。インタビューはまだ続いている。優勝者を称える声。野次。様々なものが入り混じっていたが、俺は気づいていなかった。ゼクシードのインタビューを見つめるシュピーゲルの表情に。その、絶望と憎悪に彩られた表情に。
もし、それに気づけていれば、あんな事件は起こらなかったかもしれない。
そう思ったのは、これよりずっと後になってからだった。
シュピーゲルがステータスに行き詰まり悩んだの、多分この辺りからだとは思うんですよね。完全に想像ですけど。