帰還者と狙撃手   作:きょうりゅう

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遅くなってしまいました。


彼女の過去

 

「皆月。皆月ってば」

 

「……んぅ」

 

心地よい微睡みの感覚が、その声によって霧のように散っていく。まだ重たいまぶたを無理やり開けると、視界の隅に朝田が立っていた。

 

「起きなさいよ。もう昼休みよ?」

 

「あー……。寝てたか、俺」

 

「それはもう、ぐっすりね」

 

そう笑いながら言う朝田。どうやら俺は四時限目の数学の授業中にガッツリ寝てしまっていたようだ。数学は苦手なこともあり、どうにも眠たくなる。

 

「やべぇ。ノート取ってねえ」

 

黒板の板書は消されている。こんな時に限って仕事の早い奴が日直らしい。

 

「仕方ないわね。後でノート見せてあげるわよ」

 

「マジで助かる」

 

「とりあえずお昼よ? 先に行ってるわよ」

 

「あいよ」

 

そう言って教室を出ていく朝田。俺も教科書やらノートやらを片付け、コンビニ袋を手に取る。いつも通り、適当にパンを三つ。いつもの昼食場所、非常階段に向かうために立ち上がる。

ふと、朝田の席を見ると、野菜ジュースのパックが置かれていた。どうやら朝田が忘れていったようだ。

——少し前のあいつなら、こんな忘れ物はしなかっただろう。

なんとなくそう思った。どうせ一緒の場所で昼食を取るので、ついでに持っていくかとパックを手に取る。

その時、背後から声が飛んできた。

 

「ねぇ、転校生。ちょっといい?」

 

振り向くと、女子が三人。同じクラスの不良っぽいやつらで、名前は確か……遠藤だったか。あとの二人はまったく分からん。取り巻きと呼称しよう。

 

「……なんだよ?」

 

特にコイツらとは話もしたことはない。そんな奴らが何の用があるのか伺うと、リーダー格なのであろう遠藤が、何が愉しいのかニヤニヤと笑みを浮かべながら喋る。

 

「朝田と仲いいみたいだけどさー、知ってるのかなって思ってさ」 

 

「何をだよ」

 

俺が短く返すと、遠藤は楽しそうに息を漏らした。一拍、焦らすように間を作ってから、口を開く。

 

「朝田ってさ——昔、人殺してるんだよ」

 

隣の女子が口を挟む。

 

「郵便局の強盗を撃ち殺したんだって。しかもその強盗の銃を奪って」

 

もう一人が言う。

 

「やばくない?だからみんな避けてるんだよねー」 

 

嘲るような笑みを浮かべる遠藤たちを余所に、俺は妙な納得感を得ていた。

 

(……ああ、そういうことか)

 

初対面の時に感じた、あの違和感。肩の内側に入った姿勢。視線を受け流すことに慣れた構え方。GGOでの狙撃手としての冷たさと、現実での発作。

全部、繋がっている。

同じ、引き金を引いたことがある人間の傷だ。俺の引き金は自分で選んだ末のものだった。あいつのそれは、母親を守るための——選ばされた末のもの。形は違うが、根は同じだ。

 

(……同類かよ、お前)

 

胸の奥で、奇妙に静かな感情が落ちる。同情じゃない。憐憫でもない。ただ、"見つけた"みたいな感覚だった。

 

「だから、あいつと関わらない方がいいよ?」

 

遠藤がそう笑いながら言う。恐らく、彼女の過去を学校に広めたのもコイツだろう。なんとなく、そう思った。せっかく孤立させた人間が、何も知らない転校生によって人との関わりを得ている。それが気に食わないのだろう。

だが、そんなもの俺には関係ない。

 

「あ?なんでだよ?」

 

その言動に苛立ちながら放った言葉は、荒っぽくなった自覚がある。普段朝田以外の学校の奴らにはなるべく素を出さないようにしているが、コイツらは別だ。

 

「だって、人殺しなんだよ?あいつ」 

 

「気持ち悪くない?」

 

恐らく、共感を得られると思っているのだろう。この国では人を殺したことのある人間など希少で、忌避の対象であり、それが普通だ。故に彼女たちは同じような共感をしてくれると疑っていない。

だが、俺は違う。"普通"なんかじゃない。

俺は思っていることをそのまま返した。

 

「別に?」

 

遠藤たちが、目を丸くする。まったく予想外だったような反応。その反応すらも無視し、俺はそのまま続けた。

 

「あいつが過去に人を殺してようが、今、俺を殺そうとしてる訳でもねぇだろ。なのに、そんなもん気にする意味がわかんねぇわ」

 

三人の表情が、いや、教室全体の空気が固まったように感じた。遠藤の笑いが、少しだけ引きつった。

俺は煽るようにして続けて言った。

 

「むしろ、本人のいねぇ所で他人の過去を話のタネにするような、そんなゴミみてぇなことしてるお前らの方がよっぽど気持ち悪ぃわ」

 

「は、はあ!?」

 

遠藤の声が尖る。

 

「なにそれ!意味わかんないんだけど!」

 

期待してた反応と違ったから、ムカついたんだろう。喚いているが俺は無視して荷物を持つ。

 

「もういいか?腹減ってんだよこっちは」

 

そう言い捨てて、俺は三人の脇を通り抜けた。肩をぶつけない距離で、平然と。背後で「マジ意味わかんないんだけど」とか「何あいつ」って声が聞こえたが、どうでもよかった。教室を出る時、視線をそこら中から感じたが、無視してそのまま扉を閉めた。

非常階段の方に顔を向けると、人影が角を曲がるのが見えた。やたらと見覚えのある背中だった。

 

(……あいつ)

 

俺はその後を追うようにして歩き出した。

 

 

 

 

非常階段のドアを開けると、冷たい風が頬を撫でた。

十一月も終わりに差し掛かっている。この日本の寒さにはまだ慣れない。ここ以外の昼食場所も探すべきかなと思いながら扉を閉める。前を向くと、いつもの踊り場に朝田が座っている。弁当を膝に置いて、でも箸が止まっていた。その背中は小さく、顔は俯いていた。

俺はゆっくりといつものように彼女の近くまで行く。

 

「朝田、忘れもん」

 

ジュースの紙パックを差し出す。

 

「……ありがとう」

 

受け取る指先が、震えている。視線が合わない。目が、逃げている。

 

——やっぱり聞いてたか。

 

「盗み聞きとは感心しないぜ?」

 

その言葉に朝田が体をビクリと震わせる。そして、おそるおそるといった様子で顔を上げた。その顔は、不安、困惑、様々なものが入り混じった表情だった。

 

「……気づいてたの?」

 

「たまたま背中が見えただけだよ」

 

俺はそう言いながらいつも通りに彼女の隣に腰を下ろした。朝田は何か言いたそうに視線を彷徨わせている。俺はそれに気づきながらも普段通りパンを取り出し、袋を開ける。それを見て、朝田が震えた声で口を開いた。

 

「……どうして?」

 

「あ?何がだ?」

 

俺が聞き返すと、朝田はキュッと口を結んだあと、覚悟を決めたように喋りだす。

 

「私の過去、聞いたんでしょ?」

 

「ああ」

 

「……どうして、そんな普通にしてくれるの?」

 

どうして、か。

多分、今までは彼女の過去を知った人間は、皆離れていったのだろう。事実、現在学校でも彼女に話しかける人間はほぼ俺だけだ。銃を撃ったことのある人間、人を殺したことのある人間など平和なこの国では異常に他ならない。それを理解しているからこそ、彼女も自分が避けられている現状に何も言わない。故に、困惑しているのだろう。どうして自分から離れていかないのか、と。

俺は朝田の方を向くことなく先程の問いの答えを返す。

 

「聞いてたんじゃねえの?どうでもいいから」

 

朝田の目が揺れる。

 

「人を……殺したのよ?」

 

「で?」

 

「で?って……」

 

「言ったろ。治安の悪い所にいたって。殺人なんざザラにあった。俺にとっては、そんなもんただの日常だ」

 

言いながら、俺はパンを齧る。少し前の俺にとっては、人が死ぬ、誰かに殺されるなど当たり前の出来事だ。それが、俺にとっての"普通"。だからこそ、そんなもの気にするものでもないのだが朝田はまだ納得してない顔だ。それを横目に見ながら俺は続ける。

 

「誰かが誰かを殺すなんざ、今この瞬間も世界の何処かで起きてる。それをいちいち気にすんのか、お前は?」

 

朝田が言葉に詰まる。

 

「それは……」

 

「さっきも言ったが、お前が過去に犯罪者を殺してようがどうでもいい。他人の過去なんか俺には関係ねえことだしな」

 

「……」

 

朝田は俺の言葉を黙って聞いている。

俺はパンをもう一口食べてから、少しだけ空を仰いだ。言おうと思った言葉が、喉の途中で一度止まった。照れ臭いとか、そういうんじゃない。あまりにも、本気の言葉だから。

 

「それに」

 

少し間を置いてから、俺はもう一つ、口にした。俺があの場所で銃を握り続けた、引鉄を引き続けた最大の理由を。

 

「その結果として今、お前はこうして生きている。それだけで上等だろ」

 

朝田の目が丸くなる。まるで、想像していなかった言葉をぶつけられたみたいに。

風が吹いて、髪が揺れる。遠くで体育館の方からボールの音がする。ここは相変わらず、静かだ。

朝田は小さく息を吸って、吐いた。その呼吸が、さっきより少しだけ深くなった。

 

「……そんな言い方、ずるいわよ」

 

「は?何が」

 

「……なんでもない」

 

朝田は目を逸らして、弁当の袋をぎゅっと握り直す。泣きそうじゃない。むしろ、泣くのを許さない顔だ。その強がりを、俺は見なかったフリをする。

俺はパンを一口かじって、口の中の乾きを飲み込んだ。

 

「……昼休み終わんぞ。早く食えよ」

 

「……うん」

 

朝田も、箸を動かし始めた。

それを見て、俺は思っていたことを聞いてみた。

 

「じゃああれか。あの発作は、その事件が原因か」

 

それを聞いた朝田は、ほんの少しいつもの声色に戻った声で答えてくれた。

 

「……うん。銃、モデルガンとか、銃の写真とか映像とか、そういうものを見るとダメなんだ」

 

「……そうか」

 

辛かったな、なんて言葉は言わない。そんなもの、慰めにもならないと分かっているから。

その会話を最後にしばらくは音だけが響いていた。噛む音、袋の擦れる音、風の音。そして、朝田がぽつりと言った。

 

「……いつか」

 

「あん?」

 

「いつか、私はあの記憶を乗り越えることができるのかな」

 

それは、誰に対してでもない呟き。自らの未来を憂う、問いかけ。

その答えを俺は、持っていなかった。

 

「さあな」

 

そう答えると、朝田はいつもの様にムッとした顔でこちらを見てきた。

 

「……無責任ね」

 

「そりゃそうだろ。お前のそれは、お前自身で折り合いをつけるしかないモンだ。それは、お前が一番よく分かってるだろ」

 

その言葉に、朝田は一度目を見開いた後、どこか納得したように頷いた。

 

「……そうね。その通りだわ」

 

「ま、なんにせよ隣人のよしみだ。GGOでも現実(リアル)でも、お前が満足するまで付き合ってやるよ。いつか、俺を倒すんだろ?」

 

その言葉に、朝田の目がいつもの狙撃手の目に戻った。

 

「もちろんよ。来月のBoB、楽しみにしてなさい。必ずあんたを撃ち抜いてあげる」

 

そう笑いながら言う朝田。いつもの調子に戻った彼女を見て、なんとなく安心した俺はそれに答える。

 

「やってみろよ。《氷の狙撃手》」

 

「首を洗って待ってなさい、《白狼》さん?」

 

そう言う朝田には先程までの弱々しさは感じられなかった。俺達は互いに少しだけ笑い、食事に戻った。

昼休みもあと少しで終わってしまう。

ちらりと弁当を食べる朝田を横目に見たあと、俺は空を見上げた。薄めたような空の色。吸い込まれるような空が、どこまでもどこまでも広がっている。

俺はその空を見ながら思った。

 

(いつか、お前なら前に進める時がくるよ)

 

根拠も確信もない。だが、それでも彼女と出会ってからの姿を見ている俺はそう思えた。

そして、同時に羨ましくもあった。彼女には、生きる意味がある。その記憶を乗り越えるため、という意味が。

 

——だが、自分にはない。

 

あの時、生きると決めた。そしてその結果、生き延びた。でも生き残った先には、何もなかった。そして今、意味もなく生きている。ただ、母と友の願い(のろい)を背負って。空っぽのまま、生きている。

朝田に「生きている、それだけで上等だ」と言える俺自身が、その言葉を自分には使えない。

 

(……だめだな)

 

どうしてもこんな思考になってしまう自分に嫌気が差す。俺はその思考を振り払う様にパンの袋を握りつぶし、朝田が弁当を食べ終わるのを静かに待っていた。

 




通算UAまさかの10000超え。ありがとうございます。
先週だけで4000UAもありまして震えておりました。
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