帰還者と狙撃手   作:きょうりゅう

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笑顔

 

「ところで……今日初めてGGOに来たのよね? お金は大丈夫なの?」

 

シノンがそう言ったのは、装備コーナーの棚を見回しているキリトの背中に向けてだった。

 

「……あ」

 

そう言えば、といった感じで、俺はキリトを振り向いた。

 

「お前、所持金いくらだ?」

 

慌ててステータス画面を開くキリト。表示された数字を見て、苦笑いした。

 

「……千クレジット」

 

「バリバリ初期金額ね」

 

シノンが額に手を当てた。

うーん、と俺とシノンは同時に唸った。

 

「小型レイガンか、中古のリボルバーぐらいか? でもなぁ……」

 

「BoBに出るなら、戦えないわよね……」

 

普通のハンドガンでも数万クレジットはする。アサルトライフルクラスとなると十万超え。GGOのトップ層が使う武器は十五万以上が当たり前。千クレジットでは、まともな装備は揃えようがない。

その時、俺はあるものを思い出した。

 

「あ」

 

「どうしたのよ?」

 

「うーん……。まあ、しゃーないか。アレやらせよう」

 

そう呟きながら歩き出した俺の背中に、シノンがハッとしたような声をかけた。

 

「アレって……。まさか、あんなインチキゲームをこの人にやらせるつもり?」

 

「手っ取り早く稼げるだろ。キリト、ついてこい」

 

足を止めない俺を、二人が追ってくる。

 

「アレって?」

 

そうシノンに問うキリト。シノンははー……とため息をついた。

 

「行けばわかるわ」

 

 

 

 

 

 

店の奥の一角にある、なにやらピカピカと電飾が瞬く巨大な装置の前で、俺たちは立ち止まった。

 

「……これは?」

 

キリトが指を指しながら俺たちに聞く。

 

「一種のギャンブルゲームみたいなもんだよ」

 

俺は装置を顎で示しながら説明した。

 

「手前のゲートから入って、奥のガンマンの銃撃をかわしながらどこまで近づけるかっていうな。ガンマンに触れれば今までのプール金が全額貰える」

 

「ぜ、全額!?」

 

キリトが目を見開いた。

 

プール金額の表示は、現在三十九万八千クレジット。新規プレイヤーが本戦に出るための装備費としては、十分すぎる金額。

 

「ちょっと、ほんとにやらせるつもり?」

 

シノンが俺の袖を引いた。

 

「そんなに難しいのか?これ」

 

疑問に思ったキリトが聞く。シノンが、その疑問に答える。

 

「あのガンマン、八メートルラインを超えるとインチキな早撃ちになるんだ。リボルバーのくせに、ムチャクチャな高速リロードで三点バースト射撃するの。予測線が見えた時にはもう手遅れ」

 

「予測線……」

 

「お、キリト見とけ。プールを増やす奴が行ったぞ」

 

ちょうど一人のプレイヤーが挑戦するところだった。

俺たち三人は装置の手前で見物に回った。挑戦者は中堅クラスの装備をしたプレイヤー。緊張した面持ちで、ゲートを潜る。

ガンマンが銃を撃ち、プレイヤーが躱す。距離十二メートル。プレイヤーが慎重に銃撃を躱しながら進む。十メートル。九メートル。

——八メートル。

その瞬間、ガンマンの動きが切り替わった。リボルバーのクセに超高速のリロード。三発連続で乾いた音。プレイヤーの体に弾道予測線が走った時には、もう弾は飛んでいた。

数十秒後、へろへろへろ〜と情けないファンファーレが流れた。ガンマンは口汚く勝利の言葉を喚き、その背後のプール金額表示が軽やかな金属音とともに五百クレジットぶん上昇した。プレイヤーは肩を落とし、すごすごとゲートから外に出た。

 

「ね?めちゃくちゃでしょ?」

 

「なるほど……」

 

キリトが装置をじっと見つめている。視線の動かし方が、さっきまでと違う。観察、というより——分析の目になっていた。

 

「今のが予測線か。ちなみにクリアした人はいるのか?」

 

「噂じゃ、一人だけいるらしいわよ。と言っても、眉唾ものだけどね」

 

シノンがそう言いながら肩をすくめた。

 

「じゃあ、いけるな」

 

キリトがそう言って一歩前に出た。

 

「ちょ、ちょっとあなた……」

 

シノンが慌てて止めようとする。俺は止めなかった。代わりに、キリトの背中に声をかけた。

 

「キリト。コツは、予測すること。以上」

 

その言葉に、キリトはゆっくり振り向いた。そして——確信を持った笑みを浮かべた。

 

「オーケー」

 

「ちょっと、どういうことよ?」

 

シノンが俺に詰め寄ってきた。

 

「クリアするコツを言っただけだ」

 

「クリアするコツって……。あんた、まさか……」

 

シノンが目を丸くした。

 

「これはクリアできるゲームだぜ?」

 

俺は装置の方を見たまま、肩をすくめた。

 

「プール金もいい感じに溜まってたから、そろそろもう一回と思ってたけど、キリトに譲るわ」

 

「あんた、これクリアしたことあるの……?」

 

シノンの声が、驚きと呆れを含んだものに変わっていた。

 

「一回な」

 

「……何それ。聞いてないわよ」

 

「聞かれてないからな」

 

そう答えながら、俺はキリトがゲートを潜るのを見た。装置の奥で、ガンマンがニヤニヤと笑う。プレイヤー側のキリトは、装備もないままだ。エントリーに五百クレジット取られるので、キリトは残金がほぼ無くなった。これでクリアできなければ、今日のキリトは試合にすら出られない。

俺は小さく呟いた。

 

「お手並み拝見させてもらうぜ? 《黒の剣士》」

 

——大げさなガンマンの絶叫と、狂ったようなファンファーレが店内に鳴り響くのは、その数十秒後だった。

 

 

 

 

 

 

大金を手にして出てきたキリトを、俺はサラッと迎えた。

 

「はいお疲れ。流石だな」

 

「なんとかなってよかったよ。アドバイスサンキュー」

 

「つっても、お前ならあんな助言無しでもクリアしてたろ」

 

「どうかな……」

 

キリトは謙遜した。でも、表情は明らかに自信に満ちていた。

シノンが、信じられないものを見たような声色で聞いた。

 

「……あなた、どういう反射神経してるの……?最後、目の前……二メートルくらいのとこからのレーザーを避けた……あんな距離だともう、弾道予測線と実射撃の間にタイムラグなんてほとんどない筈なのに……」

 

それに答えるキリト。

 

「さっき、アルバが言ってたじゃないか。予測しろって。だから、弾道予測線を予測しただけだよ」

 

「ま、ぶっつけ本番でやるとは思ってなかったけどな」

 

俺はそう付け加えた。

 

「予測線を、予測……」

 

シノンが、新しい概念に直面したような顔で呟いた。俺は補足した。

 

「敵の目線や動き、銃口の向きとかで射撃のタイミングを読む。まあ、あのガンマンはあからさますぎるけどな。実戦じゃあそもそも銃口を向けられない動きをする事が大事」

 

シノンがジト目で俺を見ながら言った。

 

「……今度、教えなさいよ」

 

「いいぜ。教えるだけならタダだからな。出来るかはさて置いて、な」

 

からかうような笑みをシノンに向けた。シノンの目が、さらにジト目になる。

今日最初に会った時の動揺が、もう完全に消えている。いつものシノンに戻っている。むしろ、いつもより少しだけ、機嫌が良さそうにすら見える。

なんでさっきあんな顔してたのか、俺にはやっぱり分からなかった。だが、機嫌が直ったならそれでいいか、と思った。

 

「さて」

 

俺はキリトに向き直って、歩き出した。

 

「お前のメインウェポンを買いに行くか」

 

「でも、俺は銃なんか撃ったことないぞ?」

 

「いいからついてこいよ」

 

その背中についていくキリトとシノン。俺たちはそのまま、店の奥のさらに別の棚へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「アルバ、あなたふざけてるの?」

 

シノンが、馬鹿なものを見る目で俺を見ながら言った。

 

「大真面目だわ。人聞きの悪い」

 

「こんなものを勧めるなんて、どう考えてもふざけてるでしょ……」

 

俺たちが立っている棚の前には、SF映画じみたデザインの柄が並んでいた。

キリトが俺たちの顔を交互に見ながら言う。

 

「これ、何なんだ?」

 

シノンが答える。

 

「コウケンよ」

 

「コウケン?」

 

「光る剣と書いて光剣。正式名は《フォトンソード》だけど、みんなレーザーブレードとか、ライトセーバーとか、ビームサーベルとか、適当に呼んでる」

 

その瞬間、キリトの目が光った。

 

「この世界にも剣があるのか!」

 

俺は予想通りの反応に、心の中で笑った。

 

「よし、キリト。この一番高いやつ買っとけ」

 

「おう!」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

「え?」

 

「本気? こんなの、実戦で使えるわけないじゃない」

 

「ほぼナイフ一本でスコードロンを壊滅させる奴が目の前にいるけど?」

 

「あんたは特別よ、特別。初心者にこんなものを勧めるなんて……あ」

 

シノンが言い終わる前に、キリトが光剣を購入した。

 

「あーあ……。アルバのせいだからね」

 

「なんでだよ」

 

「いやいや、売ってるってことはコレでも戦えるってことだよ」

 

そう言いながら、剣を振るキリト。

——その剣筋は、明らかに洗練されていた。

体幹のブレがない。腕の振りに無駄がない。足の運びと剣の軌道が、寸分違わず連動している。これは、恐らく――毎日のように剣を振るい続けた、死線を超えてきたものの動き。

 

「へーえ、サマになってるわねぇ」

 

シノンも感心した声を出した。

 

「ど、どうも」

 

キリトが少し照れた顔をした。

 

「さて、メインは決まったから、後はサブウェポンか。まあ、手頃なハンドガンでいいだろ。さっさと決めて試射しに行こうぜ」

 

「ちょっと、防具とかその他の小道具も買わないとでしょ」

 

「あーそうか。……なんか、ダルくなってきたな。シノン、後任せていい?」

 

「あんたの知り合いでしょ。最後まで付き合いなさい」

 

「……あーい」

 

その会話を聞いていたキリトが、口の端を微かに上げた。何か言いたそうな顔だった。

 

「なんだよ」

 

俺が聞くと、キリトは首を振った。

 

「いや、何でもない」

 

そのキリトの目を、シノンは見ていなかった。だが、俺はその"何でもない"の意味が、少しだけ気になった。

 

 

 

 

 

 

装備を一式揃えて、俺たちは店の地下の射撃練習場に来た。

そして——キリトの初めての射撃を見て、俺は言った。

 

「うん、お前センスねぇわ」

 

「ひどいな?!」

 

「いやーにしても当たらなさすぎだわ。これは牽制で適当にばら撒くぐらいだな」

 

「そうね……。ここまで的を外すとなるとね……」

 

シノンも苦笑いしながら言った。

 

「……よくみんな当てれるなあ」

 

キリトがしみじみと呟いた。

 

「《バレットサークル》があるのにそんなに外すお前の方が珍しいわ」

 

すかさず突っ込んだ。キリトがぐ、と苦い顔になる。

 

「そういう二人はどうなんだよ」

 

その言葉に、シノンと俺は顔を見合わせて、同時に肩をすくめた。

 

「こんな距離で外すかよ」

 

「左に同じ」

 

「なら、お手本を見せてくれよ」

 

「だとよ、シノン」

 

「私なの?まあ、いいけど……」

 

 

そう言いながら、シノンが試射用のハンドガンを構えた。五発撃ち、その全てが的の真ん中付近に集まっている。

 

「……こんなものね」

 

「へぇ、すごいな」

 

その的を見て、俺はシノンの横のレーンに入った。同じように五発。

——シノンよりも、真ん中。

シノンを見て、俺はニヤッと笑った。

 

「俺の勝ち」

 

その言葉に、シノンの眉間に皺が寄った。

シノンが、もう一度五発撃つ。先程よりも真ん中に集まっている。

俺もまた五発。シノンよりも、真ん中。

再びシノンを見て言う。

 

「はい、俺の勝ち。まだまだだなーシノン」

 

その言葉に、シノンの肩がぴくっと跳ねた。

 

「……あっちに狙撃用のレーンがあったわね。行くわよ」

 

「え、スナイパーライフルは卑怯じゃね?てか、時間……」

 

「うるさい」

 

「はい」

 

煽ったことを、俺は早くも後悔し始めていた。シノンが本気でムキになると、止めるのは至難の業だ。最近、それを学んだばかりだった。

 

 

 

 

 

 

狙撃勝負はシノンの勝利で終わり、現在、俺たち三人は全力で走っていた。

 

「あーあ。シノンがムキになるから」

 

「あ、あんたが!煽るからでしょ!」

 

「な、なあ!エントリーは何時までなんだ?」

 

息を切らしながらキリトが聞く。

 

「三時でエントリー締め切りよ! 総督府まであと三キロはあるから急がないと……!ていうか、先にエントリー済ませなさいよ!」

 

「いやー余裕のはずだったんだけどなぁ」

 

「いいから走りなさい!あんたが大会に出ないと、意味ないのよ!」

 

時計を確認する。十四時五十一分。ギリギリだ。

辺りを見回した。あるものを見つける。

 

「シノン、来い!キリトも!」

 

「きゃっ……! ちょ、ちょっと……!」

 

俺はシノンの手を引いた。

その瞬間、シノンの頬が一瞬で赤くなったのが、目の端に映った。

なぜ赤くなる、と一瞬思ったが、考える時間はなかった。俺はシノンの手を引いたまま、《レンタバギー》のコーナーに走った。

キリトも遅れずついてくる。

 

「キリト! 運転できるか!?」

 

俺はバギーに飛び乗りながら叫んだ。

 

「あ、ああ!多分行けると思う!」

 

別のバギーに飛び乗ったキリトが返事した。

 

「よし! ついてこいよ!」

 

「オーケー!」

 

「シノン! 捕まってろ!」

 

俺はシノンを後部座席に乗せた。シノンが小さく頷く——その表情を確認する暇もなく、俺はバギーをフルスロットルで発進させた。

 

「きゃっ……!」

 

後ろで、シノンが小さく可愛らしい悲鳴を上げた。

その両手が、俺の腰に回された。

シノンの手の温度が、装甲服越しに伝わってくる。仮想空間とは思えない、確かな質量感。GGOの触覚再現はそこまで精緻じゃないはずなのに、なぜか、その手の感触だけはやけに鮮明に感じた。

俺は、そのことを意識するのをやめた。今は、走ることだけだった。

 

 

 

 

二台のバギーが、グロッケンの大通りをフルスピードで駆け抜けていた。

GGOのバギーは、現実のバギーとは挙動が違う。仮想空間特有の、地形にカチッと吸い付くような走り方。それが分かっていれば、思い切ったコース取りができる。俺は前のバスを避けながらも、スピードを落とさなかった。

シノンが、風を受けながら俺の耳元で言った。

 

「あんた、バイクの運転なんてできたの?!」

 

「は、俺だぜ? 余裕だよっ……と」

 

前の大型バスを避けながら、俺は答えた。実際、戦場では装甲車もバイクもジープも全部運転した。バギーくらい、目を瞑っても走らせられる。とは、口にしないが。

その時——

シノンから、笑い声が聞こえた。

 

「……?」

 

俺は驚いて、ほんの一瞬、振り向きそうになった。

 

「どうし……」

 

「あはは……凄い、気持ちいい!」

 

シノンの声が、風に乗って、はっきりと俺の耳に届いた。

——笑っていた。

シノンが、心から、笑っていた。

俺は、バイクを運転しながらもバックミラー越しにシノンの顔を一瞬だけ確認した。

青緑の髪が風に流れている。頬は紅潮している。目は——細められて、まっすぐ前を向いて、笑っている。

普段のシノンの笑顔とは、違っていた。学校の昼休み、非常階段で見せる、ほんの少しだけ強がりが混じった笑顔とも違う。GGO内で見せる、戦闘後の達成感に染まった笑顔とも違う。

ただ、純粋に——楽しい、と思っている顔。

その瞬間、俺の心臓が、跳ねた。

 

(……何だ、これ)

 

理由が、分からなかった。今までシノンの色んな表情を見てきた。怒った顔、泣きそうな顔、必死な顔、優しい顔。どれも印象に残った。だが、心臓が跳ねたことはなかった。

 

「ねえ、もっと……もっと飛ばして!」

 

シノンが叫んだ。耳元で。風と、笑い声が混ざった声で。

 

「……あ、ああ!」

 

俺は反射でアクセルを踏み込んだ。バギーがさらに加速する。シノンが、また小さく笑った。

その笑い声を、聞きながら——

俺はバックミラー越しに、もう一度だけ、シノンの顔を確認した。

風で乱れた髪。紅潮した頬。光る瞳。そしてそれを縁取る、純粋な笑み。

 

(……綺麗だな)

 

そう、思った。

なぜそう思ったのかは、自分でもよく分からなかった。

ただ、その笑顔を、俺は忘れたくないと思った。それくらいの感覚が、心臓の奥に小さく残った。

シノンの両手は、俺の腰にしっかり回されたままだった。

風の音に紛れて、シノンがもう一度、小さく笑うのが聞こえた気がした。

 




雀魂という麻雀ゲームにSAOコラボが来ているのですが、そのガチャで引いたシノンが可愛すぎて悶えた作者でございます。着せ替えも鬼の可愛さ。最高です。
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