帰還者と狙撃手   作:きょうりゅう

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初戦

 

「ギリギリだったな」

 

総督府の端末でエントリーを終えて、俺は深く息を吐いた。

 

「まったく。心配させないでよね」

 

シノンが胸を撫で下ろした、という顔をしている。一安心、という感じで、空色のショートヘアが揺れる。

 

「いや予定ではもっと余裕のハズだったんだけどな。誰かさんがムキになるから」

 

俺はやれやれと大げさに首を振った。

 

「あ、あんたが煽ってくるからでしょ!」

 

シノンがそう言って、そっぽを向いた。頬がほんの少しだけ赤い。

その仕草に俺は先程のことを思い出す。

なぜ心臓が跳ねたのか。なぜ綺麗だと思ったのか。考えても、答えは出なかった。出ないまま、何度も思い出してしまう。それが、自分でもよく分からなかった。

 

「ちょっと、アルバ?」

 

ハッとすると、シノンが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。距離が、近い。

 

「どうしたのよ?大丈夫?」

 

俺は、その顔をじっと見つめた後、目線をそらす。

 

「問題ねぇ。少し考え事をしてただけだ」

 

「そ、ならいいけど」

 

ホッとしたようなシノンの顔を見て、変な心配をかけたな、と反省する。

そこへキリトが近付いてきた。俺は思考を変えるようにキリトに声をかけた。

 

「終わったか?」

 

「ああ。本当にありがとう、二人とも」

 

シノンが質問をしてくる。

 

「二人とも、ブロックはどこだったの?」

 

俺が答える。

 

「俺はFの十二番」

 

キリトも続いた。

 

「ええっと……Fの三十七番」

 

シノンがそれを聞いてトーナメント表を見る。

 

「同ブロックか……。ええっと……よかった。二人が当たるとしたら決勝ね」

 

「お、潰し合わなくて済んだなキリト」

 

「どういうことだ?」

 

「同ブロックから本戦に進めるのは決勝に行った二人なんだよ。俺らは別の山だから決勝でしか当たらない」

 

「なるほど……」

 

納得するキリトをよそに、俺は時計を見た。一回戦開始まで、まだ少し時間がある。

 

「さっさと会場に行くか。シノン、どこだっけ?」

 

シノンに向き直って言う。

 

「あそこのエレベーターよ。行きましょ」

 

シノンが先導する。俺とキリトはその後を付いていった。

 

 

 

 

 

 

総督府の地下二十階。参加者専用の更衣室に俺達はいた。シノンとは別の更衣室で別れ、俺とキリトの二人だけだ。

キリトがふー、と息を吐く。

 

「すごい威圧感だったな……」

 

この更衣室に来るまでにすれ違ったプレイヤーたちのこと言っているのだろう。俺は思っていることをそのまま口にする。

 

「ありゃ全員予選落ちだな」

 

「あ、あの人達が?!」

 

「得物を戦う前から見せびらかすアホがいるかよ」

 

「あ、ああ……なるほど……」

 

そんな会話をしながら、俺たちは手早く着替えを済ませた。実際、俺の経験則では、本物の強豪ほど目立たない。逆に、自分の装備や強さを誇示するタイプは、本番で脆い。

更衣室の中央のベンチで装備のチェックをしながら、キリトが小声で聞いてきた。

 

「なあアルバ、あの中に《死銃》がいると思うか?」

 

俺は肩をすくめた。

 

「さてね。そもそも本当に出場してくるかも怪しいだろ」

 

「それは、そうだけど……」

 

「ま、なんにせよ予選のうちは何も起こらないと思うぜ」

 

「どうしてそう思うんだ?」

 

「この予選、対戦相手は完全にランダムだからな。ターゲットにしている奴と当たる可能性はほぼない。狙うのは、本戦出場者が決まってからだろうからな」

 

「そうか……それもそうだな」

 

キリトが頷いた。

 

「確かに、無差別ではなくターゲットを絞っているなら、この予選ではほぼ不可能か……」

 

「そういうこと。とりあえず俺とお前は明日の本戦に出ることだけ考えておこうぜ」

 

「ああ、そうだな」

 

——本当のところを言えば、俺の中ではもう一つ別の警戒があった。

死銃が予選で尻尾を出さないとしても、出場者を観察する必要がある。シノンが、あるいは俺自身が、既に観察対象になっている可能性は——ある。

ただ、その不安をキリトに共有する必要はなかった。共有したとして、対策は不可能だ。

考えながらキリトと共に更衣室から出ると、シノンが待っていた。

 

「ずいぶんのんびりしてたのね?何してたの?」

 

「お話だよ、お話」

 

「何の?」

 

「お前には関係ねぇよ」

 

「何よそれ」

 

そんな会話をしながら、俺たちはボックス席に座った。コの字型のソファに、俺、シノン、キリトの順に各辺に一人ずつ。中央のメインホールには、巨大なカウントダウンの表示が浮いている。残り十五分。

 

「んじゃ予選のルールを説明するぞ。……シノンさん、お願いします」

 

「なんで私なのよ?」

 

シノンが眉を上げた。だが、すぐに諦めたように口を開いた。

 

「まあいいけど……。中央にカウントダウンがあるでしょ?あのカウントダウンがゼロになったら、ここにいるエントリー者は全員、どこかにいる予選一回戦の相手と二人だけのバトルフィールドに自動転送される」

 

「ふんふん」

 

「フィールドは一キロ四方の正方形、地形タイプや天候、時間はランダム。最低五百メートル離れた場所からスタートして、決着したら勝者はこの待機エリアに、敗者は一階ホールに転送される。勝ったとして、その時点で、次の対戦者の試合が終わってればすぐに二回戦がスタート。終わってなければ、それまで待機。あなたとアルバのFブロックは六十四人だから、五回勝てば決勝進出で本大会の出場権が得られるわね」

 

「なるほど……五回も勝たないと行けないのか。結構厳しいな」

 

「お前ならいけるだろ」

 

俺はそう言いながら、キリトに笑みを向ける。

 

「……決勝に上がってこいよ? あの件もあるし……なにより、お前と戦ってみたいからな」

 

ニヤリと笑ってみせると、キリトは少しだけ緊張した笑みを返してきた。

 

「ああ、楽しみにしてるよ」

 

その会話を聞いていたシノンが、俺の袖をくいくいと引っ張った。

そちらを向くと、シノンがムスッとした表情で俺を見ていた。

 

「ちょっと……私にはないの?」

 

「お前が予選落ちなんかするわけないだろ」

 

「そうだとしても、なにかないわけ?」

 

「ないだろ、特に」

 

その言葉にさらにむくれるシノン。ふんっとそっぽを向いた。

俺は訝しんだ。シノンが俺に対してこの距離感を要求してくる時、俺はどう反応していいか分からなくなる。何か、こっちが察するべきポイントがあるのは分かる。でも、それが何なのかが、いつも掴めない。

ふと隣のキリトを見ると、ニヤニヤしているのが目に入った。

 

「なんだよ」

 

「いや、別に」

 

そんなやり取りの後――

 

「やあ、シノン、アルバ。遅かったね」

 

そんな声が、横から響いた。

振り向くと、銀髪のアバターのプレイヤーが立っていた。

シュピーゲル。シノンの友人で、俺もリアルで少しだけ親交のある数少ない人物だ。

 

「こんにちは、シュピーゲル」

 

シノンが挨拶を返す。

 

「……あれ、あなたは今回出場しないんじゃなかった?」

 

「うん、二人の応援にね。ここなら大画面で見えるし」

 

シュピーゲルはにこやかに答えた。それから、軽く首を傾げて聞いてきた。

 

「それにしても、何かあったの?なんか急いで来たみたいだけど」

 

俺が答える。

 

「ちょっと野暮用でな」

 

「野暮用?」

 

「ああ。コイツの案内をな」

 

そう言いながら、俺は正面のキリトに目線を向けた。シュピーゲルも合わせて目線を向ける。

 

「どーも、コイツです」

 

女声で喋るキリト。

 

「は、はじめまして。……ええっと、アルバの知り合い?」

 

シュピーゲルが、少し動揺した顔で、シノンに気まずそうな視線を向けた。

その視線に気づいたシノンが、即座に答えた。

 

「騙されないで。男よソイツ」

 

「ええっ!?」

 

「キリトといいます。男です」

 

困惑している様子のシュピーゲル。そりゃそうだ。どっからどう見ても美少女だからな今のキリト。

 

「俺の知り合いでな。今日コンバートしてきて初日なんだよ」

 

俺は説明した。シュピーゲルは「ふぅん」と小さく頷いた。表情はまだ少し戸惑っている。

 

「初日で、いきなりBoBか。すごいなぁ」

 

「まあ、ちょっと事情があってね」

 

キリトが曖昧に答えた。シュピーゲルは深追いしなかった。

そして、その時。

荒々しいファンファーレが響き渡った。

 

『大変長らくお待たせしました。ただ今より、第三回バレット・オブ・バレッツ予選トーナメントを開始いたします』

 

「お、始まるな」

 

俺は立ち上がった。

立ち上がったその瞬間、シノンから声をかけられた。

 

「アルバ」

 

「あん?」

 

シノンが、まっすぐ俺を見据えていた。さっきまでのむくれた顔は、もうない。代わりに、狙撃手の目があった。

 

「必ず——必ず、本戦まで上がってきなさい」

 

その目に、俺は引き寄せられた。

 

「あなたを最初に撃ち抜くのは、私よ」

 

その言葉に、俺は彼女とのコンビ結成のやり取りを思い出した。

 

『いつか、あなたを撃ち抜く』

 

たった三ヶ月前のことなのに、ずいぶん昔の事に感じる。あの時のシノンと、今のシノンは、同じ言葉を言っているはずなのに、温度が違う。三ヶ月で、俺たちはたぶん、何かを共有しすぎた。

俺はフッと笑みをこぼしてから、応えた。

 

「ああ、楽しみにしておくよ」

 

そのすぐ後に、俺の体が光に包まれた。

転送が始まる。

意識の最後の数秒、俺は隣のシュピーゲルの目が代わった気がした。俺の応援――というには、何か違う何かが、その目に混じっていた気がした。

 

 

 

 

転送されたフィールドは《堕ちたイカロス》。

かつての探索艦だったイカロスという船が墜落後、廃船としてその場に残されているという設定のマップ。入り組んでいるところはないが、艦というだけあって縦に長い。その代わり遮蔽物も多く、上にも広くない。

身を隠すところもあるので、やりにくくはないマップだ。

 

「さて。やるか」

 

愛銃の《ヴァナルガンド》を装備し、俺は獰猛な狼そのものの様な笑みを浮かべた。

——一回戦の相手は、知らないプレイヤーだ。だが、BoB予選にエントリーしてくる時点で、それなりの腕はあるはず。

だが、それだけだ。

俺は静かに動き出した。

 

 

 

 

 

 

(——どこだ?どこにいる?)

 

アルバの対戦相手の男は、艦の中段デッキで身を伏せていた。

一回戦開始から、もう十分が経過していた。フィールドの八割は探索済み。だが、敵の気配が、微塵も感じられない。

相手はあの《白狼》。ソロでスコードロンを潰して回っている男。今までのBoBには出ていなかったから、今回が彼のBoB初参戦になる。だが、噂は数えきれないほど聞いていた。会場で姿を見た時、プレイヤーたちが小声で話していたのも記憶に新しい。

——あいつが、今回の本命だ。

できれば決勝まで当たりたくはない、そう願っていたのに、一回戦で当たってしまった。最大限の警戒で、これまで身を隠しながら進んできた。だが、影も形もない。

 

(一体どこへ……)

 

そう思った瞬間。

カチャリ、と背後から音がした。

冷や汗を流しながら振り向くと——

白い狼が、自身の頭に銃口を突きつけていた。

 

「……いつの間に……」

 

「警戒はいいが、後ろに注意(チェック・シックス)だぜ?」

 

そう聞こえた瞬間、引鉄が引かれた。白い稲妻が奔り、視界が吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

「まあ、こんなもんか」

 

俺は《ヴァナルガンド》のグリップに残った熱を一度確認してから、ホルスターに収めた。

正直、優勝以外はありえないと思っている自分にとって、予選は消化試合だった。この予選唯一の楽しみは決勝戦、《黒の剣士》との対戦のみだ。

転送の光に包まれて、俺は待機エリアに戻った。

 

「シノン……はまだ試合中か。キリトは……」

 

辺りを見回すと、キリトの姿があった。試合は既に終わったらしい。俺より早く終わらせるとは、流石に伊達じゃない。

そのキリトと——

灰色のマントの男が、何やら喋っていた。

 

「……?」

 

俺は、足を止めた。

灰色のマントの男。背は、キリトより少し高い。フードを目深に被っていて、顔ははっきり見えない。だが、佇まいが——

 

(……何だ、こいつ)

 

俺の戦場の癖が、警鐘を鳴らした。

普通のプレイヤーじゃない。それは確かだ。だが、それだけじゃない。立ち姿、相手との距離の取り方、気配を消そうとしている動作。熟練のプレイヤー、いや——もっと、何か別のもの。直感でそう感じた。

二人は何かを話し合っていた。距離は遠くて、声は聞こえない。だが、キリトの肩が、明らかに固まっていた。緊張、というより、恐怖に近い種類の硬直。SAOで死線を潜り抜けたあの男が、こんな顔をするのか。

会話が終わったらしい。マントの男は、キリトに何か最後の言葉を掛けて、そして——背を向けた。

その背中が、俺の方に近づいてきた。

距離が縮まる。

すれ違う寸前、男のフードの隙間から、声が聞こえた。

 

「…《白狼》、お前も、殺す」

 

殺す。その言葉に俺の中の何かが騒ぐ。だが、今はその時ではない。俺はその何かを理性で強く抑えた。

男はそのまま俺の脇を抜けて、エリアの奥の暗闇に消えていった。

俺はしばらく、男が消えた方向を見つめていた。

俺は一つ息を吐き――それから、ゆっくりキリトの方を振り返った。

 

 

 

 

 

 

キリトは、ボックスシートに力なく座り込んでいた。

俺は先程の様子から心配もあり、声をかけに行った。キリトは考え事をしているのか、近付く俺に気づかない。

よく見れば、全身が震えている。

 

「おい、キリト?」

 

その声に、ようやくこちらを向くキリト。

その顔は、蒼白だった。

まるで、深い恐怖を思い出したかのような顔。

 

「……ああ、アルバ……」

 

掠れた、震えた声で返事をするキリト。俺は聞いた。

 

「……さっきのプレイヤー。知り合いか?」

 

それにびくり、と肩を震わせるキリト。

 

「……いや、何でもないんだ……何でも……」

 

「その様子で何でもないは無理があるだろ」

 

俺はそう言いながら、キリトの正面に腰を下ろした。

恐怖に彩られたキリトの様子は、先程までの不敵なプレイヤーと同一だとは到底思えなかった。SAOで二年間、死の隣で戦い続けた男が、ここまで動揺している。それが何を意味するか、考えるまでもなかった。

キリトは、しばらく無言だった。震えだけが、断続的に伝わってくる。

俺は急かさなかった。しばらくして、キリトがゆっくり口を開く。

 

「……もしかしたら、アイツが、死銃かもしれない」

 

「なに?」

 

その言葉に、辺りを見回す俺。だが、もう男の姿は見えない。

キリトは言葉を続けた。

 

「それに、それにアイツは……もしかしたら……SAOの……」

 

「SAO時代の知り合いか?」

 

「……分からない……分からないんだ……」

 

キリトが顔に手を当てた。指の間から、押し殺された息が漏れる。それきり、キリトは顔を俯かせたまま、震えていた。

 

「ちょっと、どうしたの?」

 

一回戦を終えたシノンが、ただならぬ様子に気づいて、声をかけてきた。

俺もキリトも、返事をしない。キリトは顔を俯かせたまま、俺はそのキリトを見ている。

シノンが俺とキリトを交互に見て、もう一度声をかけようとしたところで——

キリトの体が、淡い光に包まれた。二回戦の転送だ。

光は数秒続いて、消えた。後に残ったのは、空のボックスシート。

俺は、キリトがいた場所をまだ見ていた。

 

「ちょっと、本当にどうしたのよ? あの人、只事じゃない様子だったけど……」

 

シノンが声をかけてきた。それにようやく応える俺。

 

「……どうやら、訳ありらしいぜ」

 

「訳あり?」

 

「ああ」

 

俺は頭の中で、さっきの灰色のマントの男を、もう一度思い出していた。

——あいつ、SAOの何かと関係あるのか。死銃と関係あるのか。あるいはその両方なのか。

俺自身は、SAOには直接の関わりはない。あの事件が起きた時、俺はまだ戦場にいた。だから、灰色のマントの男に対して、俺自身の警戒の根拠は薄い。だが、あのマントの男は、殺意を持っていた。いつかのチンピラなんか比にならない。本物の殺意。故に、俺はヤツを警戒対象とした。戦場で培った感覚が警鐘を鳴らしていた。

そこまで考えたところで、俺の体が淡い光に包まれた。二回戦の転送が始まったらしい。

 

「まあなんにせよ、サクッと予選抜けようぜ、シノン」

 

俺は短く言った。

 

「言われなくてもそうするわよ」

 

シノンが、いつもの調子で答えた。

その言葉に笑みをこぼしてから、俺は転送が完了するまでの数秒、シノンの顔を見ていた。

空色のショートヘア。狙撃手の目をした顔。先程の決意の顔。少し前まで、ムスッとしていた顔。バギーで風を受けて笑っていた顔。

 

(……お前を、巻き込むわけにはいかねぇな)

 

そう、思った。

《死銃》。マントの男。何か、嫌な動きが、もう始まっている。それに巻き込む訳にはいかない。

シノンは、朝田詩乃は、過去のトラウマに苦しみながらも、それを乗り越えようとしている。一歩ずつ。少しずつ。

そして、キリトも――

 

(——アイツもきっと、お前と同じ過去に囚われるべきじゃない人間だよ、朝田)

 

(俺とは違う、前に進むべき人間だ)

 

俺は心の中で、そう呟いた。

 

 




GWが終わってしまう…
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