帰還者と狙撃手   作:きょうりゅう

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本当に遅くなりました。


因縁

 

本戦が始まり、四十分が経過しようとしていた。

 

「さて、どう動くか……」

 

田園地帯の端、森林地帯との境界あたりに転送された俺は、すでに近場の二人のプレイヤーと戦闘になり、どちらも難なく片付けていた。今は、近くの民家に身を隠しながら、これからの方針を考えていた。

 

「キリトと合流するか?それとも別で探ったほうがいいか?」

 

この本戦での目的は、《死銃》の真相を探ること。依頼を受けたこともそうだし、事実として死人が出ている以上、これは最優先事項だろう。

だが、それはそれとして、優勝も狙う。何より、シノンとの約束もある。本気で戦わない理由はない。

「出会った敵は轢き潰しながら、初参加の四人の動向を探る。これでいこう」

そう考えているうちに、午後八時四十五分になる。サテライトスキャンが行われる時間だ。

俺は端末を取り出し、位置情報の更新を待った。

 

「……来た」

 

周囲一キロ圏内には、先程二人を片付けたこともあり、プレイヤーはいない。ひとまず、今後の方針を立てられそうだった。

他のプレイヤーの情報も見る。

 

「キリトとシノンは……あん?アイツら、一緒にいるのか?」

 

二人の光点が、同じ位置にあった。森林エリアの鉄橋あたり。動き回る様子はない。

それに、シノンは狙撃手だ。キリトの戦闘能力なら、近付けばやられているはず。となれば……何か、理由があるはず。

周辺の光点を見ると、《ダイン》の死亡状態を表す薄い光点。それ以外には何もない。

さらに情報を広げるため、マップ全体を表示すると、違和感に気づいた。

 

「……人数が足りねぇ」

 

マップ上の光点は、死亡者を含めて二十七。三十人には、三つ足りない。

確か、川底や洞窟に隠れていればスキャンには映らないはずだが、よっぽどのバカでなければそんなマネはしない。スキャン中に動けなくなる場所に潜むのは、自殺行為に近い。

 

「いねぇのは……《ペイルライダー》に《スティーブン》。それに——《ソルダート》か」

 

軒並み、初出場の奴らの名前が見当たらない。

——《ソルダート》。

酒場で名簿を見た時、何か引っかかった名前。

胸の奥で、何かがざわついた。だが、今はそれを追う時間がない。

 

「……ひとまず、キリトたちと合流するか」

 

俺の予想以上に、きな臭い。協力者であるキリトとは、共に動いた方が良さそうだ。

考えているうちに、スキャンの情報が消える。

移動のため、立ち上がった——その時。

周辺に、気配を感じた。

俺は素早くもう一度しゃがみ、民家の窓から外の様子を伺う。

 

(……なんだ?今の気配)

 

先程、マップには周辺にプレイヤーはいなかった。一番近いプレイヤーで、二キロは離れていた。この短時間での接近は、ありえない。

外には、他の民家や田畑が広がるのみで、プレイヤーは、やはり見当たらない。

 

(過敏になってんのか?)

 

そう考えて、再び移動しようと民家を出て、歩き出したその時。

 

È passato tanto tempo(久しぶりだな)

 

声が、聞こえた。

 

「——!?」

 

俺は咄嗟に飛び退くように距離を取り、振り向いた。

そこには、マントを羽織った男が立っていた。

 

(どういうことだ? いつからそこにいた? なぜ気づけなかった?)

 

様々な疑問が起こるが、中でも先程この男が発した言葉が、最大の疑問だった。

イタリア語。そして——久しぶり、という言葉。

 

「……Ci siamo già incontrati da qualche parte?(アンタ、どっかで会ったか?)

 

久しぶりに使ったイタリア語の問いかけに、男はフッと笑った。

そして、瞬時にこちらに距離を詰めてきた。その手には、ナイフ。

 

「チッ!」

俺も素早くナイフを取り出し、応戦する。

刃と刃が、仮想の火花を散らす。

 

「——!」

 

俺は、驚愕した。

その男の動きに。

洗練された、無駄のない動き。それは——俺の動きと、似たものだった。

そう、軍人の動き。それも、実戦を何度もくぐり抜けた人間の動き。仮想空間で覚えた動作じゃない。現実の戦場で、命のやり取りの中で磨かれた動き。

一合、二合、三合。刃を交えるたびに、確信が深まる。

俺は一度、後ろに飛んで距離を取った。

 

(……コイツ、何者だ?)

 

明らかに、一般のプレイヤーではない。訓練された者の動き。

そして——何処か、俺と似ている。

何故だ。

そう思考していると、男が口を開いた。今度は、日本語で。

 

「少し、訛ったか?日本人。かつてのお前は、もっとキレがあったように思うがな」

 

俺は、再び驚愕した。

俺の現実を知っている、言い回し。

そして、先程のイタリア語。

心当たりが、一人だけ、いた。

戦場で、俺に絡んできた傭兵。元イタリア陸軍。お気に入りの子ども兵に、的確な戦闘技術を教えてきた男。そして——最後の戦場で、反政府軍を裏切り、ルカを含む全てを壊滅に追いやった、男。

 

「テメェ……リカルドか」

 

俺の言葉に、男——リカルドが、笑った。

 

「ご明答。ここでは《ソルダート》だがな」

 

コイツが、初出場の一人だったか。

だが、今はそんなことは、どうでもよかった。

胸の奥で、ぐつぐつと、何かが煮え始めていた。最後の戦場、ルカを殺した原因を作った男。その男が、今、目の前にいる。

 

「……傭兵のお前が、何でこんなところにいやがる」

 

こんな平和な国に、用は無いはずだ。それなのに何故この国に来て、仮想の戦場なんかにいるのか。

 

「これも《仕事》のうちだ」

 

リカルドが、淡々と言った。

 

「知っているか?VR技術の軍事転用が考えられていることを。俺が今所属している所も、その可能性を探っていてな」

 

以前、立川が話していたことを思い出す。VR世界で訓練や、限りなく現実に近い戦場を経験できれば、何の危険もなく一流の兵士が出来上がる可能性がある。それを各国の軍や、軍事企業が研究をしている、という話。

 

「この国はVR技術の最先端だ。上からの指示で、データを取ってこいとのお達しがあった。そこで、銃を扱えるこの《ガンゲイル・オンライン》に、傭兵である俺がプレイしてみて、実際の戦場との差異等のデータを送ってる、というわけだ」

 

ソルダート——リカルドが、ここにいる理由を話す。

俺は口を開いた。

 

「成程。この大会は、テメェのデータ取りに絶好の場ってわけか」

 

リカルドが、笑いながら頷く。

 

「そういう事だ。そしてもう一つ、面白い理由もあるがな」

 

「理由?」

 

「お前は知っているだろう? 《死銃》の噂を」

 

「——!」

 

俺の体が、固まった。

 

「俺も《死銃》の噂を知り、奴に接触した」

 

「テメェ、まさか……」

 

「俺は《死銃》ではない。協力者……といったところかな?」

 

リカルドが、肩をすくめる。

 

「個人的な興味があったからな。仮想の銃弾が、現実のプレイヤーを殺す。とても、面白いと思わないか?」

 

「……思わねぇな。ゲームで人が死んでたまるかよ」

 

吐き捨てるように言った。本心だった。この世界でのプレイヤー達は、好戦的なプレイヤーが多いが、それはゲームの中だからだ。実際に殺そうとするやつなんかいない。そうなってしまえば、それはもうゲームではない。GGOが俺にとって"救い"だったのは、ここが現実じゃないからだ。死んでも、誰も本当には死なないからだ。それを、こいつらは——汚そうとしている。

 

「だが実際、《死銃》は二人の命を奪った。そして、この大会であと数人、葬るつもりのようだぞ?一人はもう、葬ったようだが」

 

その言葉に、先程のスキャンの情報を思い出す。

名前のなかったのは、《ペイルライダー》と《スティーブン》。

そのどちらかが死に、どちらかが《死銃》だということか。

そう考えていると、ある一つの疑問が浮かんだ。

 

「……お前、何で《アルバ》が俺だって分かった?」

 

「奴らからの情報提供だ。GGO最強の男、《白狼》。当然、お前もターゲットの一人だからな」

 

——それは、答えになっているようで、なっていなかった。

俺の思考が、急速に回り始めた。

《死銃》が、何故、《アルバ》が皆月暁だと知っているのか?

そもそも《死銃》は、何故リアルの情報を知る必要がある?ゲーム内の銃撃で殺せるなら、それで事足りるはずだ。

そこで、立川とした会話が、頭に蘇った。

 

『少なくとも、ゲーム側の処理だけで人が死ぬとは思えない。もし本当に偶然ではなく誰かの仕業なら、何か別のトリックがある。リアル側でな』

 

そして、先程リカルドが口にした、『奴ら』という複数形。

——線が、繋がった。

 

「……死銃は、複数犯か」

 

俺は、ゆっくりと口にした。

 

「ゲーム内の銃撃と同時に、現実で何らかの方法で、そのプレイヤーの肉体を殺す。そういう事だな?」

 

「……」

 

「だから、現実の情報を知る必要がある。だから——無差別じゃなく、ターゲットが絞られる。リアルの身元を特定できた相手だけ、狙える」

 

俺の推理に、リカルドが、わずかに目を見開いた。

 

「……俺との会話だけで、そこまで分かったのか。流石、頭が回るな、キョウ」

 

その口ぶりが、嫌になるほど懐かしかった。戦場で、俺の戦果を褒める時の、あの口ぶり。

俺は、それを振り払うように、問いを重ねた。

 

「お前が《死銃》じゃないなら、お前の目的は何だ?なんで俺の前に現れた?」

 

「昔の仲間に会いに来た、というのが一つ」

 

リカルドが、ゆっくりと言った。

 

「そして、もう一つは……何だと思う?」

 

——俺がターゲットだということは、俺のリアルは、知られているということ。

《ゼクシード》たちは、自室で死んでいた。つまり、住所も特定されている。

そこまで考えたところで、俺は、最悪の可能性に思い至った。

俺の家が知られているということは——その隣に住む、彼女も。

その可能性は、十分にある。

 

(——シノン!)

 

血が、引いた。

 

「正解」

 

リカルドが、薄く笑った。

 

「俺は、《死銃》があの女を殺すまでの——足止めだ」

そう言いながら、リカルドがアサルトライフルを向けてくる。

 

「くそ!」

 

俺は、慌てて走り出した。

弾丸の嵐を躱しながら、なんとか民家の裏の壁に身を隠す。リカルドが、ゆっくりと近付いてくる。

 

「お前が生きていると知って、嬉しかったよ、キョウ」

 

リカルドの声が、壁越しに聞こえる。

 

「お前は、使える奴だったからな。どうだ? また一緒に、傭兵でもやらないか?」

 

「は、誰が裏切り者のクソ野郎となんかやるかよ、バァカ」

 

その話を聞きながら、俺は端末の時計を見ていた。

午後九時のサテライトスキャンまで——あと、三、二、一。

きた!

素早く、必要な情報を確認する。シノンの位置。

都市廃墟の南。遠くない。

あとは——どうこいつを撒くか。

 

「あの女を助けに行く気か?」

 

「ああ。テメェに構ってる暇はねぇよ、リカルド」

 

「つれないな。しかし、どう俺を撒くつもりだ?」

 

「決まってんだろ。コレだよ」

 

そう言いながら、俺はあるものを、リカルドに向かって投げた。

 

「——! グレネードか!」

 

リカルドが慌てて走り出し、物陰に飛び込む。轟音とともに、爆風が広がる。

そこに、俺はさらにスモークグレネードを投げた。

白煙が、視界を覆う。

 

「じゃあな!クソ野郎」

 

俺は、森林エリアに向かって、AGIを全開にして走り出した。

ある程度距離が離れた所で、迂回して都市廃墟へと向かう。

 

「間に合え……!」

 

全速力で走る。

この世界での相棒を。現実世界での隣人を、助けるために。

——立川の言葉が、頭をよぎった。

 

『お前がこの先、守りたいと思った大切な人の為に生きろ』

 

あの時は、意味が分からなかった。誰の顔も、はっきりとは浮かばなかった。

だが今は走りながら、頭の中に浮かぶのは、彼女の顔だった。

非常階段で弁当を食っている顔。狙撃手の冷たい目。むくれた顔。そして——綺麗だと思った、あの笑顔。

立川の言葉を、俺は真には理解していない。

それでも今の俺は、シノンを失いたくない。

何故か。

いや…その感情に、名前をつけるのは——後でいい。

今は、ただ、走る。

俺は、ひたすらに森を駆け抜けた。夕日に似た、GGOの空の色が、木々の間から差し込んでいた。

その光は、あの戦場で見た夕日と、よく似ていたを

 

 

 




5月中にGGO編は完結させたかったですが、無理でした!すみません!
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