帰還者と狙撃手   作:きょうりゅう

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すごい間が空きました。すいません!あーでもないこーでもないと試行錯誤してました!


責任

 

「あの国には、父さんの仕事の都合で住んでたんだ」

 

アルバは、淡々と自分の過去を語りはじめた。

フィールドライトの淡い光が、彼の白い髪を、ぼんやりと縁取っている。その横顔は、洞窟の薄闇に半分溶けていた。

 

「建設会社の駐在員だった父さんと、母さんと三人で一緒に暮らしてた。まったく慣れない土地で、大変なこともあったけど、楽しかったよ。子供ながらに、目新しいものばかりだったからな」

 

そういうアルバの顔は、僅かに笑みを浮かべていた。

でも、それと同時に——辛そうでもあった。幸福だった記憶を語ること自体が、今の彼にとっては痛みなのだと、その表情から伝わってきた。

 

「でも、あの国に住み始めてしばらく経ったある日、それは起きた」

 

少し、声のトーンが変わったのが分かった。柔らかかった響きから、何かを押し殺したような、平坦な響きへ。

 

「俺は学校帰りで、タクシーに乗ってた。街の様子が変で、不思議に思ってたら、急にドンって音がして地面が揺れた。そしてすぐ近くから、銃声が聞こえてきた。街が、反政府を掲げる軍隊に襲われたんだ」

 

「……テロ、か?」

 

キリトの言葉に、アルバは頷く。

 

「そうだ。街は瞬く間に、戦場になった」

 

そう言った後、アルバは目を瞑った。

まるで、瞼の裏に焼き付いた光景を、今この瞬間にも見ているかのように。その目蓋の動きが、わずかに震えていた。

 

「その後、家の近くまで走ったら、母さんと合流できて……逃げようとした。でも……遅かった。目の前に、銃を持った集団が現れた。街を襲った反政府軍の小隊だった」

 

私は、息を呑んだ。

その先に何が起きたのか、聞きたくないのに、聞かなければならない気がした。

 

「そいつらから俺を守ろうとした母さんは……撃たれて、死んだ」

 

「……」

 

何も、言えなかった。

アルバの表情は、今まで見たことがないものだった。

いつもの、飄々として、何にも動じない彼とは違う。弱々しい顔。後悔している顔。九歳の子どもが、目の前で母を失った、あの瞬間の顔が、今もそこに残っているような——そんな顔だった。

 

「その後、俺はソイツらに連れて行かれた。連れて行かれた所には、俺と同じくらいの子どもが、たくさんいた」

 

「……どうして?」

 

私は、掠れた声で問うた。

 

「兵士の補充だよ」

 

アルバの声は、ぞっとするほど、淡々としていた。

 

「子どもは、素直で従えやすく、逃げる力もない。紛争地域じゃ、子どもを攫って兵士として使うなんて、よくあることさ」

 

そんなことが、よくあること。その言葉の重さに、頭が追いつかなかった。

 

「……銃を持った兵士が言った。銃を取れ。戦えってな。当然、断るヤツもいたよ」

 

「断った人は……どうなったの?」

 

聞いてしまってから、後悔した。

答えは、分かっていた。

 

「殺されたよ」

 

ビクッと、私の体が跳ねた。

キリトも、目を見開いていた。SAOで死線を越えてきたはずのキリトでさえ、言葉を失っている。そんな事が、ゲームでも、フィクションでもなく、現実に存在するなんて。

 

「選択肢なんて、最初から無かったんだ。死ぬか、生きるか。それだけだった」

 

アルバが、続ける。

 

「死ぬと分かっていても、兵士になるのを断るヤツもいたよ。でも俺は、死ぬ訳には行かなかった」

 

そこで、彼の声が、ほんの少しだけ、揺れた。

 

「母さんが最期に……生きてって言ったんだ。貴方だけは生き延びてって。だから……俺は銃を取った。生きる為に」

 

——母の最期の願い。

私は、自分の母を思った。郵便局で、私が守ろうとした、あの母を。もし、あの時、母が私に「生きて」と言い遺して死んでいたら。私は、彼のように、生き続けられただろうか。

 

「そこからもまあ……地獄だったよ」

 

アルバの口調は、もう、感情を排したものになっていた。感情を込めて語れば、壊れてしまうから。そうやって平坦に語ることでしか、口にできない記憶なのだと、分かった。

 

「弱音を吐けば殺されるような訓練に耐えて、戦場に出て……引き金を引いた。生きる為に、人を殺した。殺し続けた。何人も、何人も」

 

洞窟の中が、静まり返っていた。

 

「そして五年間戦い続けて……戦争は終わり、俺は生き残った。その後は、立川と出会って、色々あって日本に来て、今に至るって訳だ」

 

語り終えたアルバは、ふう、と短く息を吐いた。長く抱えていた何かを、ほんの少しだけ、外に出したような息だった。

 

 

 

 

 

 

彼の過去を聞き終えて、私とキリトは、何も喋れなかった。

親を目の前で殺されて、戦うことを強要され、生きる為に戦い続けた。そんな経験をしている人など、この日本に、彼だけだろう。

私もキリトも、人より壮絶な過去なのだろう。母を守るために人を殺した私。デスゲームを二年間生き抜いたキリト。それでも、私たちは——生きていくことができた。守られながら。誰かに支えられながら。

でも、彼は。彼の過去は、あまりにも。

9歳の子どもが、たった一人で、五年間。

 

「どうして……今、話してくれたの?」

 

つい、そう口をついて出てしまった。

こんな重いものを、なぜ今、私たちに。なぜ、今まで誰にも言わず、ここで明かそうと思ったのか。

アルバは、ふっと笑って答える。

 

「お前にはいつか話そうと思ってたんだよ。フェアじゃねえだろ?俺だけお前の過去を知っておいて、自分だけ隠してるなんて」

 

そう言うアルバの顔は、いつも通りの、余裕を感じさせる表情だった。

あれ程の過去を生きてきた人とは、思えないくらいの。むしろ、その余裕こそが、彼がどれだけのものを内側に押し込めて生きてきたかの、証のように思えた。

 

「その過去を乗り越えたから、今貴方はそんなに強いんだね……」

 

私は、思ったことを、そのまま口にした。

すると——

 

「それは違う、シノン」

 

その声に、私は顔を上げた。

アルバが、こちらをまっすぐ見ていた。さっきまでの遠い目ではなく、私だけを見る、まっすぐな目で。

 

「人は、過去を乗り越えることはできない」

 

「え……」

 

「俺は、今でもまだ夢に見る。あの戦場を。母さんが目の前で殺された日のことを。そして、きっと……これからも絶対に、忘れることは無いだろう」

 

アルバの言葉は、静かだったが、確かな重みがあった。

 

「多くの仲間を失って、多くの命を奪い続けた。そして、ただ一人、生き残ってしまった。そんな俺に生きる意味が、生きる資格があるのかって、ずっと思ってる」

 

「……」

 

それは、彼がずっと抱えてきた問いなのだと、分かった。立川さんと出会って共に過ごし、日本に来て、私と出会い、笑い合っていても、その奥でずっと、消えずにあった問い。

 

「でも、それでいいんだと思う」

 

そう言いながら、微笑むアルバ。

その微笑みは、諦めでも、強がりでもなかった。何か、もっと深い場所で出した結論のような、静かな微笑みだった。

 

「いつか、お前に言ったよな?お前の過去は、お前の中で折り合いをつけるしかないって」

 

「う、うん」

 

あの非常階段で、彼がくれた言葉。

 

「それは、過去をきれいさっぱり忘れるってことじゃないと、俺は思う。だって、その過去があったからこそ、今の俺が、今のお前があるだろ?」

 

アルバの声に、力が籠もる。

 

「忘れてしまいたいものでも。その過去に苦しめられているとしても。それが、罪だとしても。なら、それを否定し、綺麗さっぱり忘れるなんてことは、自分自身の否定と同じだ」

 

アルバは、目を瞑った。

 

「その過去を受け止め、向き合い、悩みながら考え続け、生きていく。それが、命を奪ったことに対する責任だと、生き残った責任だと、俺は思う」

 

そして、ゆっくりと目を開いて、続けた。

 

「でないと……死んでいった奴らに、俺に生きてくれと願った人たちに、顔向けが出来ねぇしな」

 

——その言葉は、彼自身に向けた誓いのようでもあった。

母に。仲間に。そして、彼が口にしなかった、誰かに。彼は、その人たちの願いを背負って、生きることを選び続けている。過去から逃げるのではなく、過去を抱えたまま、前へ。

 

「受け止め、考え続ける……。私には、そんな事……できない……」

 

か細い声で、私は呟いた。

私には、できない。あの恐怖と、向き合いながら生きていくなんて。さっきだって、あの銃を見ただけで、全部が崩れてしまったのに。

 

「できるさ」

 

そう、力強く、確信めいた口調で言うアルバ。

私は、顔を上げた。

 

「だって、お前は戦い続けてきただろ。辛いはずの過去から目を逸らさずに、真っすぐに。それは紛れもない、お前の強さだ」

 

「私の……強さ……」

 

「ああ」

 

アルバが、頷く。

 

「お前は、自分の弱さから逃げなかった。銃が怖いのに、銃を握る世界に飛び込んだ。発作が出るのに、過去と向き合おうとした。それを、弱さだと思ってるかもしれねぇけどな。逃げずに立ち向かい続けること——それこそが、本物の強さだよ」

 

その言葉が、胸の奥に、じんわりと染みていく。

ずっと、私は自分を弱いと思っていた。シノンという仮面をかぶらなければ、立っていられない、弱い詩乃だと。でも、彼は——その弱い詩乃ごと、強いと言ってくれた。

 

「だからきっと、お前は前に進めるよ」

 

「……そう、なのかな……」

 

「そうだよ。お前はもう、何にも代え難い強さを持ってる。俺なんかより、ずっとな」

 

アルバが、ふっと笑う。

 

「だから……自分を信じろ、シノン」

 

——自分を、信じる。

彼の言葉は、私に、一つの答えをくれたようだった。

過去を消そうとするんじゃない。乗り越えようと、無理をするんじゃない。ただ、抱えたまま、それでも前を向く。それでいいんだと、彼は言ってくれている。あれほどの過去を抱えて、それでもまっすぐ立っている彼が言うのだから——きっと、本当なのだろう。

私は、震える指を、そっと握りしめた。さっきまでの震えが、少しだけ、和らいでいた。

 

 

 

 

 

 

暫く、沈黙が続いた。

その沈黙は、重苦しいものではなかった。むしろ、互いの過去を打ち明けた者同士の、奇妙に穏やかな沈黙だった。

ふと、キリトが呟く。

 

「そういえばアルバ……。《ソルダート》と戦ってる途中に、シノンが危ないって分かったって言ってたよな?どうしてだ?」

 

キリトの言葉に、アルバがハッとした。

 

「ああ、そうだった……。それについても、話さねぇとな」

 

アルバの表情が、再び引き締まる。さっきまでの、過去を語る顔から、戦う者の顔へ。

 

「……落ち着いて聞けよ、お前ら。特に、シノンはな」

 

「え?」

 

「まず、死銃のタネが分かった」

 

「ええ!?」

 

驚くキリト。

 

「キリト。お前はどう考えた?あの銃で撃たれた人間が、死んだことについて」

 

「どうって……。なにかあの銃に、トリックがあって……」

 

「違う。そこじゃない。もっと根底の部分だ」

 

「え……?」

 

「こう考えなかったか?『仮想世界で、現実のプレイヤーを本当に殺せる訳がない。《ソードアート・オンライン》じゃあるまいし』、ってな」

 

「それは……そうだな……」

 

「その通りなんだよ」

 

アルバが断言する。

 

「仮想世界から、本当に現実世界のプレイヤーの命を奪う。そんな事が出来たのはこの世界でただ一人……茅場晶彦だけだ」

 

アルバの言葉に、キリトは俯いた。

あの世界での記憶が、呼び起こされているのだろう。私には想像もつかない、二年間の記憶が。でもすぐに、キリトはアルバに向き直り、質問した。

 

「なら……《ペイルライダー》は?俺達の目の前で、本当に死んだかもしれないんだぞ?」

 

「違う。お前らが見たのは、あの拳銃に撃たれる所だ。人の死を見たわけじゃない」

 

アルバの言葉に、私とキリトはハッとした。

確かに——本当に殺されたかなんか、分からない。あの銃に撃たれた。回線が落ちた。私達が見たのは、それだけだった。「現実で死んだ」というのは、あくまで状況からの推測でしかなかった。

 

「なら、ならどうやって……」

 

「簡単な事だ。現実世界での死は、現実世界からでしか迎えられないんだよ」

 

アルバは一息ついて、口にした。

 

「死銃は複数犯だ」

 

「……!」

 

「この《GGO》であの銃でターゲットを撃つと同時に、現実世界でターゲットの部屋に侵入した、もう一人が——無抵抗に横たわる、そのプレイヤーを殺す。それが、死銃のトリックだ」

 

私の背筋を、冷たいものが走った。

 

「共犯者は……SAO時代の仲間ってところか」

 

それは、衝撃だった。にわかには、信じられなかった。

 

「そんなの……無理よ。どうやって、現実の家を……」

 

「総督府だ」

 

アルバが、即座に答える。

 

「あそこで端末に、現実の住所や名前を入力する欄があっただろ」

 

——あった。

BoBの賞品を受け取るために、現実の連絡先を入力する欄。誰もが当たり前のように入力する、あの欄。まさか、あれが。

 

「それを覗き見たっていうの?無理よ。あんなの、誰にも見られないように……」

 

「俺もさっきまでは無理だと思ってたよ。でも、あんなアイテムがあるなら話は別だ」

 

「あの、光迷彩か」

 

キリトが呟く。その顔は、恐怖、後悔、失念——様々なものに染まっていた。全てを理解しているようだった。

 

「そうだ。恐らくあれは、フィールド以外でも使える。昨日の予選で、待機エリアで奴は急に消えたからな」 

 

私は、アルバの話を、呆然と聞くしかなかった。理解が、追いついていないのかもしれない。理解することを、心のどこかが拒んでいるのかもしれない。

 

「あれと、望遠アイテムを組み合わせれば、簡単に情報は取れる。あとは現実世界の家の鍵だが、死んだ《薄塩たらこ》と《ゼクシード》は一人暮らしで、古いアパートだ。鍵もおそらく、旧式のものだろう。マスターキーがあれば、簡単に空く」

 

「死因は?心不全だっただろ?」

 

「何らかの薬品だろうな。二人の死体は腐敗が進んでいたらしいし、本格的に調べなければ分からない。事件性がなければ、そんな調査はしないだろうからな」

 

「……そんな……」

 

声が、出なかった。

ただ、悪意を持って、人を殺す。自分の身を守るためじゃない。誰かを守るためじゃない。生きるためですらない。ただ、殺すために——殺す。

私が知っている"殺し"とは、まったく違うものだった。私は、母を守るために、生きるために、引き金を引いた。彼らは、生き延びるために、戦い続けた。でも、こいつらは。

 

「狂ってる……」

 

「本当に、な」

 

私とアルバの言葉を聞いて、キリトが、静かに話した。

 

「奴らは、そうまでしても《レッドプレイヤー》であり続けたかったんだ。あの世界での事を、忘れられずに……」

 

その声には、複雑な感情が滲んでいた。同じ世界を生きた者として、その狂気の根を、理解してしまえる悲しさのような。

 

「……お前が言うなら、そうなんだろうな」

 

そう言ったあと、アルバが、こちらを向いた。真剣な眼差しで。

 

「シノン、落ち着いて聞け」

 

「な、なに……?」

 

「アイツは、あの拳銃でお前を撃っていた。それはつまり……お前がターゲットで、その準備が完了したことを意味する」

 

「準備……?」

 

「今、恐らくお前の部屋には、死銃の片方……現実世界の共犯者がいる。あの拳銃でお前が撃たれるのを、待っている」

 

——何を言っているのか、分からなかった。

今、私の部屋に。私が、横たわっているベッドの、すぐ横に。誰かが、いる。

その光景を想像し、理解すると同時に、激甚な拒否反応が、体を巡った。

 

「いや、いやよ……。そんなの……」

 

私の現実の体が、無防備に横たわっている。その傍らに、ナイフか、注射器か、何かを持った誰かが、立っている。そして、私がGGOで撃たれる、その瞬間を待っている——。

 

「落ち着け、シノン」

 

そう言って、アルバは私を抱き寄せた。

突然のことに、体が硬直する。でも、その腕の力に、私の混乱が、少しずつ、ほどけていく。

 

「今、自動切断したらマズい。犯人と鉢合わせた方が危険だ。今すぐお前が殺されることはない」

 

「でも……でも……」

 

「あの拳銃で撃たれない限り、現実世界で殺せない。それが、奴らが自ら定めたルールだからな。だから、落ち着け」

 

「……」

 

アルバの心臓の音が、聞こえる。

一定のリズムで、力強く、刻まれている。

ドク、ドク、と。

その音が、不思議と、私の心を落ち着かせてくれた。彼は、生きている。私を抱き寄せる、この腕も、この胸も、確かにここにある。仮想空間のはずなのに、その存在の確かさだけが、私の足場になっていた。

 

「落ち着いたか?」

 

「……頭」

 

「あ?」

 

「頭、撫でて」

 

我ながら、子どもじみた要求だと思った。でも、止められなかった。

 

「……まあ、それで落ち着くならいいけどよ」

 

そう言って、アルバは私の頭を撫でた。

その大きな手が、ゆっくりと、私の髪を梳く。少しぎこちない手つきだったけれど、その不器用さが、かえって安心感を呼んだ。

すっかり落ち着いた——と同時に、私はこの場にいる、もう一人の存在を、すっかり忘れていたことに気付いた。

キリトの方を向くと、なんだか生温かい視線を、こちらに向けていた。

 

「……なによ?」

 

「いや、隠さなくなってきたなって」

 

「……今更でしょ」

 

「まあ、そうだな」

 

キリトが、くすくすと笑う。

 

「何の話だよ?」

 

私とキリトの会話を聞いていたアルバが、聞いてくる。本気で、分かっていない顔だった。

 

「アンタは黙ってて」

 

「えぇ、理不尽……」

 

アルバの反応を見て、つい、クスッと笑ってしまった。

自分が命の危険にさらされていることなど、忘れているかのように。それ程までに、私はこの瞬間、妙な安心感を得ていた。彼の隣にいるだけで、世界の何もかもが、なんとかなる気がした。

一つ咳払いをして、私はアルバに問う。

 

「これから、どうすればいいの?」

 

私のハッキリとした質問と様子を見て、大丈夫だと判断したのか、アルバが話し始める。

 

「死銃を倒す。それで一旦は解決する。あの拳銃で撃てなければ、殺す理由が無くなるからな」

 

「単純明快で助かるよ」

 

キリトが、笑いながら言う。

 

「でも、アイツは相当強いわよ」

 

「そうなんだよなぁ……。でも、アルバと二人がかりでなら何とか……」

 

「いや、そりゃ無理だ」

 

アルバが、キリトの案を否定した。

 

「もう一人、厄介なのがいんだよ。《ソルダート》ってやつ」

 

「あなたと戦ってたヤツよね」

 

「ああ。アイツも、死銃の協力者だ」

 

「え?」

 

「そうなのか?」

 

「ああ。自分で言ってたから、間違いねぇだろ。それに、アイツは——俺でも勝てるか、怪しい」

 

「え……?」

 

私は、思わず聞き返した。

アルバは、このGGOで最強だと、私は思っている。そのアルバが、勝てるか怪しいと言う相手。そんな存在が、いたなんて。

 

「アイツ……俺の昔の仲間なんだよ。裏切ったクソ野郎だけどな」

 

その言葉に、私とキリトは、驚愕した。それと同時に、理解が追いつかない。

昔の仲間。それはつまり——あの戦場の。

 

「話すと長えから、説明は後でするわ」

 

アルバが、手を振った。

 

「とりあえず、死銃の相手はキリトに任す。俺はお前らの戦いの邪魔をさせないよう、ソルダートの相手をする。シノンは、後方で狙撃準備しといてくれ。絶対に、死銃の前に姿を晒すな」

 

「りょ、了解」

 

「……後で説明は、してよね」

 

「わかってるよ」

 

そう言って、アルバが時計を確認する。

 

「次のスキャンで、俺とキリトが映るから、多分それで奴らも来るだろ。あのライフルの狙撃は……どうにか避けろ。頑張れキリト」

 

「……すごい無茶言うな……」

 

キリトが、苦笑する。

 

「それしかねぇんだよ。あんな迷彩、反則だぜ」

 

そう言って、アルバが私の方を向く。

 

「で、位置が割れた死銃を、シノンが狙撃」

 

「無茶を言うわね……」

 

「お前ならいけるだろ」

 

それは——アルバからの、揺るぎない信頼だった。

さっき、引き金を引けなかった私に。それでも、彼は「お前ならいける」と言う。その信頼が、重くて、でも、嬉しかった。応えたい、と思った。この人の信頼に、応えられる自分でありたい、と。

アルバが、時計をもう一度確認して言う。

 

「時間まで、もう少しか……。まだ休んでおくか」

 

そこで、キリトが、怪訝なことを言った。

 

「あの……さっきから気になってたんだけど、これ、なんだ?」

 

キリトの指差すほうには、赤い丸が点滅していた。そして、その上には、水色の同心円。

 

「なにこれ?」

 

アルバも、何がなんだか分かっていないようだった。

私は、それを見て——血の気が引いた。

 

「……ライブ中継カメラよ。人数が減ったから、こんな所まで来たのね」

 

「ふぅん……。あれ?じゃあ今のこの状況、放送されてるのか?」

 

そう言ったアルバ。

それに、私もハッとする。

アルバの体に、もたれかかり、甘えてしまっている私。頭を撫でられて、うっとりしていた私。それが——全部。

全国のGGOプレイヤー、いやMMOストリームで放送されているから全てのVRプレイヤーに、生中継されていた。

気恥ずかしさが、一気にこみ上げてくる。でも、ここで慌てふためくのは、もっと恥ずかしい。私は、必死に取り繕った。

 

「い、今更ジタバタしても、恥ずかしいだけよ。当たり前のようにしましょう」

 

「ま、いんじゃね?俺とお前は常に一緒だし、違和感ないんじゃねえの?」

 

「まあ、そうだけど……」

 

まったく焦る様子のないアルバに、なんとなく、面白くなさを感じる。

私がこんなに恥ずかしいのに、この男は、どうしてこう、平然としているのか。私を抱き寄せて、頭を撫でて、それが中継されていて、それでも涼しい顔。鈍いのか、図太いのか。

その時、キリトが、悪い笑みを浮かべながら、アルバの隣に来た。そして、アルバの体に、しなだれかかる。

 

「何やってんのお前。……とうとう目覚めたか?」

 

「いや、こうすると面白いかなって」

 

「あ?」

 

「見た目だけだと、女の子二人に甘えられる構図だぞ?」

 

「……オイ離れろ。なんか面倒くさいことになりそうだ」

 

悪い顔を浮かべるキリトは、離れようとしない。珍しく焦るアルバの様子に、つい、笑みが溢れる。

 

「おいシノン、笑ってないで、このネカマ野郎を引き離してくれ」

 

「んー?いいじゃない別に。両手に花ってことで」

 

「いや、マジで……。あ、消えやがった!うわ、なんか絶対めんどくせぇことになってる気がする!」

 

中継カメラに向かって、ありもしない誤解が広まることを察したのか、アルバが珍しく慌てている。

そのアルバの様子に、私とキリトは、可笑しくなって、笑っていた。

——ほんの少し前まで、絶望の底にいたのが、嘘みたいだった。

死銃は、まだそこにいる。私の現実の体は、まだ危険に晒されている。これから、命を懸けた戦いが、待っている。

それでも——今この瞬間、私は笑えていた。

彼の隣で。彼が、隣にいてくれるから。

その事実だけで、私はもう一度、立ち上がれる気がした。

引き金を、引ける気がした。

——だから、戦おう。彼の隣で、もう一度。

私は、震えの止まった指で、ヘカートのグリップを、静かに握りしめた。

 

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