帰還者と狙撃手   作:きょうりゅう

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転校初日ってこんな感じなのか?すべては想像でございます。


転校生

 

まだ暑さの残る9月始め。朝田詩乃は教室の自分の席に静かに座っていた。

 

――今日から、また始まる。

 

苦行とも思える学校生活の再開に、朝田詩乃は憂鬱になっていた。高校3年間の内、まだ折り返しも終わっていない。そう考えてさらに憂鬱になる。

登校してから今まで、誰とも口を聞いていない。いつものことだ。昇降口から教室まで、廊下を歩いていても誰も目を合わせない。合わせても、すぐ逸らす。夏休み前からそうだ。あの事件が知れ渡ってから、クラスの空気が変わった。腫れ物に触るような距離感。表立って何かされるわけじゃない。ただ、いない扱いをされる。その方が、ある意味楽だとも思う。関わられる方が面倒だ。

教室の中はざわめいていた。2学期開始の始業式が終わり、久々に再会した者たちの会話などが聞こえてくるが、詩乃に話しかけてくる人間はいない。あいさつを交わす程度の子たちはいるが積極的に関わっては来ない。あの事件の事を知っているからだ。

 

(それで、いい)

 

友達など必要ない。私は―強くならなければいけない。その為には、何も要らない。

窓の外を見る。まだ夏の名残を引きずった空が広がっている。空だけは、どこにいても同じだ。GGOの空とは違う。あっちの方が澄んでいる。乾いていて、余計なものがない。

現実の空は、少し濁っている。

そんな事を考えていると、ホームルーム開始を告げるチャイムが鳴り担任の教師がガラガラと扉を開けて入ってくる。

 

「みんな、おはよう。早速だけど、今日から転入生が来ます」

 

担任の言葉に、教室がざわめき立つ。そのざわめきを静止するように担任は続けた。

 

「静かに。じゃあ紹介するぞ。―皆月、入ってこい」

 

その言葉のすぐ後に、教室の扉が開く音。

靴音が一つ、二つ。歩幅が大きい。まっすぐで、変に迷いがない。

……そして、何より。

その足音が、妙に"静か"だった。

教室の床を踏んでいるのに、音が薄い。重いはずなのに、軽い。そういう歩き方をする人を、私は知らない。少なくとも、この学校にはいない。ゆっくりと、無駄のない歩きで教壇の前、担任の隣に男子が立つと、担任が続ける。

 

「皆月暁くんだ。じゃあ、自己紹介を」

 

その言葉に、皆月と呼ばれた男子が顔を上げる。顔立ちは整っている。身長は高く、少し短めに切り揃えられた黒髪。身体は細めだが、筋肉はあるように見える。なんというか、無駄なものを全て削ぎ落としたような、そんな印象。

そして目。

目つきが悪い、というだけじゃない。

視線が、鋭い。人を見ているようで、見ていない。もっと遠いところ――危険を常に測っているみたいな目。

教室のざわめきが少し大きくなる。

あからさまに顔を覗き込む男子。ひそひそ笑う女子。新しい"話題"が来た時の、あの感じ。

詩乃はその目を見た瞬間、何かが胸の奥で引っかかった。

言葉にならない。ただ、引っかかる。

 

「…皆月暁です。海外から来ました。向こうでの生活が長かったので、常識に疎いところがあるかもしれませんが、まあ、よろしく」

 

そう低い声で言うと、少しだけ頭を下げた。

そして担任が続ける。

 

「彼が言った通り、海外にいたんだが、事情があって戻ってきた。色々と配慮してやってくれ。……席は、朝田の隣が空いてるな。じゃあ、皆月、あそこに」

 

―うそでしょ。

 

 

一瞬で、少しだけ教室の空気が変わった。

 

視線が、詩乃に集まる。

あからさまじゃない。でも分かる。チラ、とこちらを見て、また逸らす。隣の席。朝田の隣。そのことが持つ意味を、クラス全員が何となく知っている。

詩乃の隣に座らされる人間は、だいたい困った顔をするか、露骨に席を離すかのどちらかだ。それが普通だった。

皆月は、どちらもしなかった。

 

 

 

           ◇ 

 

教室に入った瞬間、空気の流れが読めた。

興味、警戒、期待、退屈。――そういうのは、戦場じゃなくても同じだ。人間は変わらない。

自己紹介を終えた時点で、だいたいの"立ち位置"も決まる。

面倒がられるタイプか、面白がられるタイプか。もしくはその両方だろう。

 

「朝田の隣」

 

担任がそう言った瞬間、空気が一瞬で変わった。

……ああ、これ。

"地雷"に近い反応。誰かが触れたくないものがある時の、妙な間。

視線が一斉に一点へ向く。向けられた側が、息を殺す。

その空気を感じながら、ゆっくり歩く。席へ向かいながら、その"一点"を確認する。

黒髪のショートで、眼鏡をかけている。湾曲がないから伊達だろう。顔立ちは整っているのに、表情が固い。背筋は伸びているが、肩だけが微かに内側に入っている。

外からの視線を、受け流すことに慣れている姿勢だ。

軽く顎を引く程度の挨拶を交わす。

 

「……よろしく」

 

そう言うと、俯いていた彼女がこちらを向き、目が合う。

その目を見た時、妙な感覚が走った。

"似ている"。何かが。具体的に言葉にはできない。強さでも、弱さでもない。もっと別の何か。抱えているものの、重さの質、みたいなもの。

 

「…朝田です。よろしく」

 

そう言って軽い会釈をした後、再び俯く。そんな彼女を見て、少し考える。

視線を戻しながら、俺は鞄を机の横にかけた。

周囲の視線がまだちらちらとこちらを見ている。詩乃と俺を交互に見て、何かを測っている。

 

(…この女、浮いてるな)

 

単純な孤立じゃない。クラスが"距離を置いている"タイプの孤立だ。本人が拒絶しているのか、周囲が避けているのか、あるいは両方か。

詳細は知らない。知る必要もない。だが、その空気の読み方だけは戦場で嫌というほど鍛えられた。

 

(…ま、俺には関係ねぇか)

 

そう結論づけて、鞄を机の横に掛けた。

 

 

          ◇

 

 

彼が席に来て、短く挨拶した。

距離感が、妙に正確だった。近すぎない。遠すぎない。

まるで、踏み込んだら相手が壊れる境界を知っているみたいに。

私は遅れて、口を開いた。

 

「……朝田です。よろしく」

 

自分の声が少しだけ硬い。顔を上げると、その鋭い目がこちらを見ていた。観察するような、見透かすような目。その目から逃げる様に、再び私は俯いた。

彼――皆月は少しの間詩乃の方を見て、その後何でもない様に席に座った。それを確認した担任が口を開いた。

 

「じゃあ、連絡事項を話していくぞ。まず――」

 

 

ホームルーム終了のチャイムが鳴り、担任が教室を出ていく。その瞬間、クラスの何人かがさっそく彼のところへ寄ってきた。

男子が二人、女子が一人。夏休み明け特有の、新しいものへの食いつき方だ。

 

「皆月ってさ、海外ってどこ? 英語できんの?」

 

「…アメリカにいた。まぁ。必要なら喋る」

 

「え、かっこよ。部活とか入る?」

 

「今は考えてねぇ」

 

「へえ。スポーツとかやってたの?」

 

「特には」

 

質問に淡々と必要事項だけ話すような喋り方。

口の悪さが目立つ。でも、わざと感じ悪くしてるわけでもない。質問に対して、必要な情報だけ返す。

その割に、目は相手をちゃんと見ている。無視はしない。

たぶん、彼なりに"人当たりを良くしよう"としているのだろうとその光景を横目に見ていた。

視線を教科書に落としたまま、詩乃は耳だけで会話を拾っていた。

直接見るのは違う気がして、でも気にならないわけでもなくて。その中途半端な状態が少しだけ居心地悪い。

 

「皆月さ、前の学校どんなだった?」

 

「普通」

 

「普通ってなにさ」

 

「……面倒くせぇな、お前」

 

言い方は悪い。けど、笑っていないわけでもない。

男子が「うわ、怖っ」と言いながら笑って、引き下がる。

皆月は追い払わない。ただ、必要以上に受け入れもしない。

その反応を見て、詩乃は少しだけ考えた。

普通、転入初日にあの態度を取れば、空気が悪くなる。感じ悪い、近寄りたくない、そういう判断をされて終わる。なのに、周囲の反応が微妙に違う。引いているのに、引ききらない。怖い、と言いながら笑う。

皆月の"距離感"が、絶妙に相手を傷つけない位置に収まっているからだ。

突き放しているのに、無視ではない。

それが計算なのか、天然なのか。

詩乃には判断がつかなかった。

 

しばらくして、再びチャイムが鳴って、担任が入ってくる。

 

「はい席につけ。授業始めるぞ」

 

皆月の周りが散っていき、教室が授業の形になる。

静けさが落ちた瞬間、隣の席の存在が急に大きくなった。

机と机の間の、たった数十センチが近い。

私は少しだけ息を整えて、前を向いた。

授業が始まる。黒板に文字が並ぶ。先生の声が教室に広がる。

隣では皆月が、ノートを開いている。ペンの持ち方が、少し変わっていた。普通の持ち方じゃない。力の入れ方が違う。どこかで、違う使い方を覚えた人間の持ち方だ。

気にしなければいい。でも、目が行く。

授業の内容が頭に入ってこない。それが少し、腹立たしかった。

 

(…似てる)

 

雰囲気が似ている。数日前に、もう一つの世界で出会った男に。白狼と呼ばれる、異常な強さを持ったあの男に。

あの歩き方。視線の動かし方。距離の取り方。

現実でもGGOでも、同じ種類の"静けさ"を持っている人間がいる。

 

(…ありえないよね。何考えてるんだろ)

 

自分の思考を否定し、詩乃は教壇で話し始める教師に目を向けた。

 




いや頭の中の光景を文字に起こすの難しいですね。文章変じゃないといいんですけど。
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