帰還者と狙撃手   作:きょうりゅう

40 / 42
キャリバー編、いきます。


キャリバー編
聖剣


 

十二月二十八日、日曜日。

冬休みに入って、四日目の朝だった。

目が覚めると、カーテンの隙間から、薄い冬の光が差し込んでいた。天井。見慣れ始めた、マンションの天井だ。

首を少し傾けると、頭の上、五十センチの位置にベッドの縁がある。その上は、もう空だった。台所の方から、包丁がまな板を叩く小気味良い音と、味噌汁の匂いが流れてくる。

俺はまだ、床に敷いた布団で寝ている。ダブルベッドの半分は、相変わらず空席のままだ。詩乃の言う「追々」は、今のところ保留中である。保留中、ということにしておく。

 

「あ、起きた?おはよう、暁」

 

リビングに出ると、エプロン姿の詩乃がこちらを振り向いた。

 

「……おはよう」

 

「顔洗ってきて。もうすぐできるから」

 

言われるままに洗面所へ向かいながら、ふと思う。一週間前の俺に、今朝の光景を説明したら、たぶん鼻で笑うだろう。女の作る朝飯の匂いで目を覚まして、顔を洗えと言われて、素直に洗いに行く俺。

悪くない。慣れないが、悪くない。

卵焼きと、味噌汁と、焼き鮭。向かい合って食べていると、テーブルの上の俺のスマホが震えた。画面には、《桐ヶ谷和人》の文字。

 

「キリト?朝から何の用だよ」

 

『悪い、朝早くに。アルバ、今日って空いてるか?』

 

「空いてるけど。どうしたよ?」

 

『MMOトゥモローの記事、見たか?』

 

「見てねぇ。興味ねぇし」

 

『だと思ったよ。実は、エクスキャリバーの獲得クエストが見つかったらしいんだ』

 

「エクスキャリバー?…ああ、ALOの伝説級武器ってやつか。お前らが前に取りに行こうとしたっていう」

 

『そう、それ。それが手に入るクエストが発見されたらしくてな』

 

ALOでキリト達と遊んでいた時に聞いた話だと、エクスキャリバーというのはALOに一本しかない最強の剣で、ついさっきニュースサイトに、その在り処を誰かが突き止めたという記事が載ったらしい。そしてキリトとリーファは、数か月前、ヨツンヘイムという地下世界で、既にその剣を目にしていたのだという。で、少し後にアスナとその娘というユイという

 

『他の連中に先を越される前に、取りに行きたいんだ。アスナたちにも声をかけてる。アルバとシノンにも、来てくれると助かる』

 

「ふぅん。ちょっと待ってろ」

 

スマホを耳から離し、向かいの詩乃を見る。会話は筒抜けだったらしい。詩乃は箸を置いて、とうに目を輝かせていた。狙撃手が獲物を見つけた時の目だ。

 

「行くわよ」

 

「まだ何も言ってねぇけど?」

 

「顔に書いてあるわ。あなたも行きたいって」

 

書いてあるらしい。実際面白そうだと思っていた。俺はスマホを耳に戻した。

 

「いいぜ、俺と詩乃も行くわ」

 

『助かる!昼過ぎに、イグドラシルシティのリズの店で集合だ』

 

「はいよ」

 

電話を切ると、詩乃はもう食器を片付け始めていた。

 

(案外好奇心旺盛だよな、コイツ)

 

 

 

◇

 

 

 

午後一時。イグドラシルシティ、リズベット武具店。

店に入ると、見知った顔が揃っていた。キリト、アスナ、リーファ、リズベット、シリカ。シリカの肩には、青い小さな竜がちょこんと乗っている。ピナ、というらしい。

そして、もう一人。

赤いバンダナを額に巻いた侍風の装束の男が、腕を組んで仁王立ちしていた。無精髭。俺たちの中で明らかに一人だけ年上だ。

 

「おっ、来たな!お前が噂の《白狼》か!GGO見てたぜ。すごいプレイだったな!」

 

男が、大股で近づいてくる。

 

「クラインだ!キリトとはSAOからの腐れ縁でな。よろしく頼むぜ!」

 

差し出された手を握る。分厚い掌だった。動きも、SAO生還者らしく慣れたものだった。仮想の体でも、動きの癖というのは出る。構えが自然で、足の置き方に隙がない。

 

「アルバです。今日はよろしくお願いします、クラインさん」

 

——店の中が、静まり返った。

 

「……え?」

 

キリトが、固まっていた。

 

「……今、敬語……?」

 

アスナも、目を丸くしている。リズベットに至っては、手にした槌を取り落としかけていた。

 

「なんだよ。年上には敬語だろ、普通」

 

「いや、お前、菊岡さんにはタメ口だったじゃないか……!」

 

「あの胡散臭いメガネは別枠だ」

 

俺は昔から、目上の人間には礼を尽くすことにしている。戦場で叩き込まれた、数少ない真っ当な作法だ。ただし、尊敬に値しない相手は目上に数えない。それだけの話である。まあ、立川は別だ。今更アイツに敬語を使うのも気持ち悪い。

クラインは、しばらく呆けたように俺を見ていたが、やがて、感極まったように肩を震わせた。

 

「……キリの字よぉ……」

 

「な、なんだよ」

 

「聞いたか、今の……!クラインさん、だってよ……!お前ら全員、出会った初日からずっと、俺のことクラインクラインって呼び捨てで……!」

 

「いや、それは——」

 

「アルバ!お前はいい奴だ!今日から俺の心の友だ!」

 

肩をがしっと組まれた。暑苦しい。だが、嫌な感じはしない。こういう、裏表のない馬鹿は、戦場にも何人かいた。そして大抵、真っ先に仲間を庇う奴らだった。

 

「……で、だ」

 

組んだ肩のまま、クラインの目が、俺の隣に立つシノンに向いた。

 

「話は聞いてるぜ。お前が、シノンの彼氏なんだってな」

 

「そうですが」

 

即答した。隣で、シノンの猫耳がぴこりと跳ねた。

 

「……くっそぉぉぉぉ!」

 

クラインが、天を仰いで吼えた。

 

「どいつもこいつも!キリトにはアスナがいて!お前にはシノンがいて!なんで俺の周りだけ、こう、春が来るのが遅ぇんだよ!俺にも来い、春!今すぐ来い!」

 

「今は冬ですよ、クラインさん。あと三ヶ月は来ないですよ」

 

「正論で刺すなァ!」

 

店の中に、笑い声が弾けた。

キリトの肩の上では、手のひらほどの大きさの少女が、くすくすと笑っていた。黒髪に、白いワンピース。背中には、小さな透明の羽根。

 

「アルバさん、初めまして!ユイです!」

 

小さな少女が、キリトの肩から、ぺこりと頭を下げてきた。

 

「ああ。よろしくな」

 

「ユイは、ナビゲーション・ピクシーなんだ。俺とアスナの……娘だよ」

 

キリトの言葉には、少しだけ、探るような響きがあった。説明を求められるのを、半ば覚悟しているような。

だが俺は、ただ、その小さな少女の目を見た。

好奇心と、親愛と、少しの緊張。表情の揺れ方が、人間の子どもと何も変わらない。プログラムだろうと、何だろうと、ここにいるのは一人の子どもだ。

 

「そうか。いい親を持ったな、ユイ」

 

ユイの顔が、ぱっと明るくなった。

 

「はい!パパとママは、世界一です!」

 

キリトとアスナが、揃って照れくさそうな顔をした。微笑ましい光景だ。

 

 

◇

 

 

リズベットが各員の武器の耐久度をマックスまで戻す間、アスナとリーファ、ユイは買い物がてら情報収集に、その他のメンバーは店の待合スペースで待機していた。大掛かりなクエストの前には武器の耐久度をマックスにするのは基本らしい。

 

「クラインさんは、もうお正月休みですか?」

 

シリカが、昼間っから酒を飲んでいる、実際にはアルコールは一ミリも入らないが、クラインに話しかける。

 

「おう、昨日っからな。働きたくてもこの時期は荷が入って来ないからよ。社長のヤロー『年末年始に一週間も休みがあるんだからウチは超ホワイト企業だ』なんて自慢しやがってよ!」

 

クラインが機嫌が良さそうにそう言うと、キリトの方を向く。

 

「おうキリの字よ、今回上手いこと《エクスキャリバー》が取れたら、今度は俺様のために《霊刀カグツチ》取りに行くの手伝えよ」

 

「ええ…。あのダンジョンクソ暑いじゃん」

 

「それを言うなら今日行くヨツンヘイムはクソ寒いだろうが!」

 

しょーもない言い合いだな、と思いながら見ていると、シリカの隣りに座るシノンが一言。

 

 

「あ、じゃあ私もアレ欲しい。《光弓シェキナー》」

 

「き、キャラ作って二週間でもう伝説武器を御所望ですか」

 

「リズが作ってくれた弓も素敵だけどさ。できればもう少し射程が…」

 

初ログインの時に言っていたように、我が相棒たる狙撃手様は射程にご満足してないらしい。その発言を聞いたリズベットが工房の中から苦笑いしながら声をあげる。

 

「あのねぇ、この世界の弓ってのは、せいぜい槍以上、魔法以下の距離で使う武器なのよ!100メートル離れたところから狙うなんて普通しないの!」

 

そのリズベットの抗議に対してシノンはひょいと肩を竦め、微笑を浮かべながら言う。

 

「欲を言えばその倍の射程は欲しいところね」

 

「ほんとは五倍くらい欲しいだろ」

 

「まあね」

 

GGOで二千メートルを超えるレンジからの狙撃を得意とする彼女なら、まあ当然といった発言だろう。そりゃたかたが数百メートルで満足できるはずもない。

と、考えていると武具店の扉が開いた。

 

「ただいまー!」

 

「お待たせ!」

 

入ってきたのは買い物から帰ってきたリーファとアスナとユイだった。

 

「買い物ついでにちょっと情報収集してきたんですが、あの空中ダンジョンに到着したパーティはまだ存在しないようです、パパ」

 

「へぇ…じゃあなんで《エクスキャリバー》のある場所がわかったんだ?」

 

「私たちが発見したトンキーさんのクエストとは別のクエストが見つかったようです。そのクエストの報酬としてNPCが提示したのがエクスキャリバーだった、ということです」

 

「しかもどうやらソレ、あまり平和なクエストじゃなさそうなのよ。お使い系や護衛系じゃなくてスローター系。おかげで今、ヨツンヘイムはPOPの取り合いで殺伐としてるって」

 

「…そりゃ確かに穏やかじゃないな…」

 

その会話を聞いた俺は、疑問を口にする。

 

「スローター系ってなんだ?」

 

俺のその疑問に、キリトが答える。

 

「要は《〇〇というモンスターを〇匹以上倒せ》、みたいな感じのクエストのことだよ」

 

「ほーん。そりゃ確かに殺伐とするわな」

 

キリトの説明に納得した俺を、横からシノンが呆れた様子で声をかけてくる。

 

「あのねぇ、GGOで何度もやったじゃないの」

 

「やったけど、スローター系っていうのは初めて知ったわ」

 

俺達のその会話をよそに、クラインが声をあげる。

 

「でもよ、ヘンじゃねぇ?《聖剣エクスキャリバー》ってのはおっそろしい邪神がうじゃうじゃいる空中ダンジョンのいっちゃん奥に封印されてンだろ?それを提示するってどういうこった?」

 

「言われてみれば、そうですね。ダンジョンまでの移動手段が報酬、っていうならわかりますけど…」

 

シリカがピナを抱えながら言う。

それに、シノンがきわめて冷静に言う。

 

「ま、行ってみれば分かるわよ、きっと」

 

「左に同じ」

 

俺も全く同じ事を思ったので同意する。

その直後、リズベットが工房の奥で叫んだ。

 

「よーっし!全武器フル回復ぅ!」

 

「お疲れ様!」

 

全員がリズから武器を受け取り、アスナ達が買ってきてくれた回復ポーションをストレージに入れ、準備完了後、いい時間になったところでキリトが全員を向き直り声をかけた。

 

「みんな!今日は急な呼び出しに応じてくれてありがとう!このお礼はいつか必ず、精神的に! それじゃあ……いっちょ、頑張ろう!」

 

「おー!」

 

こうして俺たちはヨツンヘイムの地下ダンジョンへ向かった。

 

 

 




今回は導入ということで少し短めです。
キャリバー編は難しいかな、と思いましたがとりあえず書いてみよう、と思いまして、書くことにしました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。