帰還者と狙撃手   作:きょうりゅう

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少しオリジナル要素というか、2次創作ならではの要素を入れています。


白き稲妻

 

学校で約束した通り、私とアルバはグロッケンの東門近く――倉庫街の外れにいた。

コンテナが乱雑に積まれ、コンクリートの地面には油染みみたいな影が点々と残る。人通りは殆どない。

 

「それで、今日はどうするの?」

 

私が訊くと、アルバは肩越しに北の方向を指した。

 

「東門から出て北の方に、遺跡みたいなフィールドあるだろ。そこで高レベルのスコードロンが狩りしてるらしい。そいつらを狙う」

 

簡潔に情報だけを言うアルバ。どこでそんな情報を、とも思ったが気にしないほうが良いのだろう。

 

「わかった。……そういえば、あなたの装備って何を使ってるの?」

 

私が思っていた疑問を投げ掛けると、アルバがきょとんとした顔をする。そして、少しだけ困ったように頭を掻いた。

 

「あー、そういやお前と戦った時は拾いもんだけでやってたか」

 

その言葉に彼と初めて戦った光景が脳裏に蘇る。確かあの時は、アサルトライフルにハンドガン、ナイフを使っていた。基本的な装備だろう。

だが―

 

「拾い物って?」

 

その言葉が気になって、質問をする。

 

「いや、お前らとやり合う前に、もう一つスコードロン潰したんだよ。そいつらのドロップ品で戦ってたんだよな、あれ。あの時使った中で自分の装備なのはナイフだけだな」

 

……言葉を失った。つまり、ありあわせの適当なもので、私たちを叩きのめしたのか。使い慣れていない装備で、一つのスコードロンを壊滅させたのか、と。

 

「いつもそうやってるの?」

 

「あー、大体な。最初の一部隊だけだな。俺の主武装でやるのは」

 

「あなたの主武装って、なに?」

 

アルバは「そういや、見せたことなかったか」と言いながらウインドウを操作した。次の瞬間、彼の手に現れたのは――大型のハンドガン。白銀の、見たことのない銃だった。

光学銃だ、とすぐに分かった。実弾銃の無骨さとは違う、どこかSFじみた滑らかな輪郭。でも、見た目より先に手が感じ取ったのは重量だった。ハンドガンのはずなのに、ずっしりと重い気配がある。そして何より、銃口から漂う雰囲気が――普通じゃない。

 

「……それ、光学銃よね? 他には?」

 

「これだけだけど?」

 

その言葉に呆れて、声が上ずる。

 

「そんな訳ないじゃない。実弾銃もなしで、スコードロン壊滅なんて、そんな……」

 

GGOでの銃は、二種類に分けられる。

一つは《光学銃》。ブラスター、レイガン、ビームライフル、光線銃──、呼ばれ方は様々だが仕組みは一緒。SF世界らしく架空の外見と名称で、弾丸ではなく、エネルギーの光を放つ。エネルギーパックも含めて小型軽量であり、射程が長く命中精度が高いというメリットがある。同時に、そもそも1発あたりのダメージが少なく、さらに対人戦闘では《対光弾防御フィールド》というアイテムによってかなり防がれてしまうというデメリットがあり、対人戦闘では使いにくい。デザインはSFチックで、直線を組み合わせたような形状。設定上、これらのSF銃器は〝宇宙船の中で使われていたもの〟ということになっている。

もう一つは《実弾銃》。こちらは、〝荒れ果てた地球上に本物が、または設計図が残っていた〟という設定だ。実在する本物の銃を、銃器メーカーの許可を得てそのまま再現しているらしい。けたたましい銃声と共に放たれるのは、質量のある弾丸。もちろんゲームの中なので〝そう見せている〟だけなのだが。メリットは、一発あたりの威力が強く、防御フィールドでは防げないということ。デメリットは、弾道が風など外的要因の影響を受けやすいことと、弾倉が重くかさばるということ。

そこでセオリーとして、対モンスター戦には光学銃、対人間には実弾銃、というふうに分けられている。とはいえガンマニアが多いGGOでは、〝非効率上等!〟と言わんばかりに、対モンスター戦でも実弾銃しか使わないプレイヤーもいるが。そんな事情もあり、信じられなかった。彼の主武装だというあのハンドガンはどう見ても光学銃だった。あの【白狼】の装備が光学銃とナイフだけ、なんて。その常識を、アルバは鼻で笑うみたいにひっくり返した。

 

「こいつは特別製らしいぜ?」

 

「特別って……どういうこと?」

 

「んー……説明してもいいけど、実際に見たほうが早いだろ。さっさと行こうぜ」

 

そう言って歩き出すアルバ。私は少し不満げにその背中を追いかけた。

 

 

            ◇

 

 

遺跡フィールドは、北へしばらく歩いた先にあった。崩れた石柱、半壊した壁、砂に埋もれた地下通路。見通しは悪いが、射線は通る場所がある。戦うには悪くない地形だ。

狙いの獲物に目を向ける。五人編成のスコードロン。GGOでも古株の部隊らしく、装備も立ち回りも板についている。Mob狩りの最中でも周囲への警戒を怠らない。視線の配り方、陣形の間隔、カバーの取り方。細かいところまで染みついている。

だからこそ――やり甲斐がある。

 

「シノン」

 

俺は声を落として指示を出す。

 

「北側の崩れたアーチ、あそこ取れ。最初の一発はお前だ。落とせるやつを落とせ」

 

「了解」

 

短い。迷いがない。いい返事だ。

俺は回り込んで南側の瓦礫の影に身を潜める。コンクリートの冷たさが指先に伝わる。距離は100。シノンの配置からは1200。相手はまだ気づいていない。狩りの最中で、集中が内側に向いている。

どんな生物でも、仕事の終わりに一瞬だけ緩む。

その一瞬を待つ。

 

「狩りの終わりを狙う。いけるか?」

 

「ええ」

 

集中した声だ。部隊が最後のMobを仕留める。歓声が上がり、緊張が抜ける。その瞬間に、俺は合図を出す。

 

「狙撃開始」

 

轟音。

ヘカートの弾丸が部隊の一人を吹き飛ばした。派手な音と光が遺跡に響く。

 

「……ナイスショット」

 

俺は小さく呟いて、すぐに手を動かす。硬直の間は一瞬だ。スモークグレネードを敵の足元へ放る。白煙が膨らんで視界を奪う。

 

「敵だ! 周囲見ろ!」

 

「どこから撃たれた!?」

 

慌てた声が煙の中から飛んでくる。悪くない反応だ。パニックで散らばらず、声を掛け合って陣形を保とうとしている。

でも。

その声が聞こえた瞬間、もう動き始めている。

俺は煙の縁を沿うように走って、一番外側にいる奴の死角から詰める。射線を取らせる間を与えない。腰の《Ka-Bar USMC Fighter》を引き抜く。

重い。この手応えが、嘘くさくない。

喉元へ一閃。アバターが砕け散る。

残り三人。煙の向こうで陣形を立て直す気配がする。《対光弾防御フィールド》が展開されたのが見えた。

 

「へえ、用意がいいな」

 

俺は少しだけ口の端を上げた。

混乱の中でも判断が速い。光学銃の狙撃手がいると判断して、念のため張ったのだろう。声の飛び方からして、互いの位置を確認し合っている。崩れていない。

 

――いい。やっぱり悪くねぇ。

 

こういう連中の方が、面白い。

俺は腰のホルスターから《ヴァナルガンド》を引き抜いた。

この世界での俺の愛銃。たまたま落ちた地下のダンジョンのボスからドロップしたコイツは、このサーバーに同じものは存在しないという激レアなものらしい。北欧神話のかの有名な狼、フェンリルの別名を冠し、俺の【白狼】という異名の由来となった銃。

白銀の冷たさが、掌に馴染む。

ゲームのはずなのに、この感触だけはいつも少しだけ現実に近い気がする。引き金に触れる前に、すでに狙いは決まっている。煙越しに、防御フィールドの向こうに、頭部の位置を測る。

引き金を引いた。

白い稲妻が、煙を裂いた。

 

 

            ◇

 

 

 

 「相変わらず、凄まじいわね」

 

アルバの戦闘を見るのは二度目、味方としては初めてだが本当にすごい。距離を詰める早さ。迷いのない動き。

コンビを組んで、なんて、らしくない提案をした私の判断は間違っていなかった。私の求める強さが、そこにはあった。彼の強さの理由を知り、盗み、そしていつか倒す。そのために自分はここにいるのだから。そう思っていた、次の瞬間。アルバが、先ほど私に見せたあの光学銃――《ヴァナルガンド》を構えていた。敵のスコードロンは《対光弾防御フィールド》を張っている。光学銃なら、あの距離なら普通は通らない。撃っても無駄だ。むしろ位置を晒すだけだ。それを見てなお、アルバは迷わない。

 

(特別製って、なに……?)

 

考え終わるより先に、アルバの指が引き金を引いた。放たれたその光はまるで、白い稲妻のようだった。光の弾道が線を引く。煙を裂いて、防御フィールドへ突っ込む。次の瞬間、ありえないことが起きた。

光学銃が対光弾防御フィールドに当たる。普通なら、そこで減衰して終わる。なのに。

白い光は、フィールドに触れた瞬間に一瞬だけ膨らんで――貫いた。

そのまま頭部に吸い込まれ、敵アバターが砕け散った。

私の口から、声が出なかった。

声が出なかったというより、出し方が分からなかった。

対光弾防御フィールドが貫通された。光学銃で。ハンドガンで。あの視界の悪い煙の向こうから、一発で。

光学銃がフィールドを貫通しない、というのはGGOの常識だ。常識だと思っていた。なのに今、その常識が音もなく崩れた。崩れた場所に何かが残っていて、それが驚愕なのか恐怖なのか、まだ整理がつかない。

ただ、手の中のヘカートが少しだけ重く感じた。

この銃も、私も、あの白い光の前では普通のものに見えるだろうか。

 

(……強い)

 

分かっていた。でも、分かることと、目の当たりにすることは違う。

私は唇を引き結んで、次の指示を待った。

 

 

 

           ◇

 

 

 

敵の動揺が伝わってくる。フィールドが破られたこと自体が想定外なんだろう。声が荒くなり、視線が散る。陣形が崩れる。

そこを見逃すほど、俺は優しくない。

 

「シノン、俺が暴れてる間に狙えるやつは狙え」

 

少し間を置いて、返事。

 

「……了解」

 

声が低い。集中している。いい。

俺は一気に距離を詰める。フラッシュグレネードを投げて視界と動きを奪う。二人目の懐に潜り込み、ナイフを振る。アバターが砕ける。三人目が銃口をこちらへ向けようとする。遅い。踏み込みで射線を外し、角度を殺して滑り込む。《ヴァナルガンド》の引き金を引く。一発。それだけで十分だった。

最後の一人が逃げに転じた。背中が遠ざかる。

 

「シノン!」

 

轟音。

逃げた男の半身が砕けた。

 

――終わり。

 

俺は息を吐いて、軽く手を上げた。

 

「ナイスショット」

 

煙が薄れて、遺跡の空気が戻ってくる。

掌の中の《ヴァナルガンド》を一度だけ見下ろす。白銀の冷たさ。ゲームの銃のはずなのに、この重さだけは、妙に正直だった。

 

 

 

            ◇

 

 

 

合流して、私は真っ先に聞いた。

 

「その銃、何?」

 

アルバは白銀の大型ハンドガン、《ヴァナルガンド》を肩の高さでくるりと回して見せる。

 

「見てただろ? 防御フィールドも貫通する、威力も化物みてぇな銃だよ」

 

「……反則じゃない」

 

思わずそう言うと、アルバは面白そうに笑った。

 

「デメリットは一応あるぜ?」

 

彼は銃をこちらに差し出す。

 

「ほら、持ってみろ」

 

私は受け取った。ハンドガンなのに、やたら重い。要求STRが高いのだろう。その引き金に指をかけ――

 

「……え」

 

息が漏れる。

 

「《バレットサークル》が表示されない……?」

 

アルバが頷く。

 

「そういうこと。コイツを当てるには、システムの補助は受けられない。完全にプレイヤーの力量ってわけだ」

 

「こんなの、当たるはずないじゃない」

 

私は反射で言い返す。

 

《バレット・サークル》というアシスト機能は、GGO特有の機能だ。日本語だと《弾道予想円》と呼ばれるそれは、弾がどこに当たるか教えてくれる、攻撃側のシステム・アシスト。銃の引き金に指を触れることがスイッチになり、自分の目の前にライトグリーンのサークル、つまり円が現れ、大きくなったり小さくなったりするその円の中のどこかに、弾丸はランダムで命中するというもの。この機能があるからこそ、現実で射撃経験が無い者でも弾が当てられるのだ。それが無いなど、弾が当たる訳がない。私の言葉を聞いたアルバは平然と言った。

 

「当たってたの、お前も見てただろうが。まあ俺、もともとバレットサークルなんてもん使ったことねえし」

 

「……どういうこと?」

 

「いや、引き金に指を置くとあの円が出るだろ。最初のチュートリアルでクソ邪魔だと思った。だから、先に狙いを定めてから撃つ瞬間だけ引く。そしたらあの邪魔くせぇ円が出ない。敵にも弾道予測線は表示されねぇし、一石二鳥ってな」

 

言葉にすると簡単だ。彼の言う《弾道予測線》、《バレットライン》とは敵から銃撃前の狙点を受けると敵側の視野に表示される「守備的システム・アシスト」だ。自分に狙いを定められると、これから自分に飛来するであろう弾丸の線が薄赤い光の筋となって表示される。銃撃による戦闘にゲームならではの「ハッタリ」的面白さを盛り込むため採用されているシステムだ。これも《バレットサークル》と同じく、引鉄に指をかけないと表示されない。そのため、確かにそんな事が可能ならば戦闘を優位に進められるだろう。でもそれは、狙う場所の計算を自分でやるということ。撃つ寸前まで指を置かないということ。つまり、補助に頼らず"自分の感覚"のみで撃っているということ。

私は銃を握ったまま、背中が冷えるのを感じた。

 

「……システムの補助なしに、あなたは戦っているっていうの?」

 

「そうだけど?」

 

驚愕なんて言葉じゃ足りない。そんなこと、ほとんどのプレイヤーができない。できたとしても、まぐれ当たりが関の山だろう。なのにこの男は外さなかった。無茶な体勢からでも。それはつまり――。

 

(現実で、銃を撃ったことがある……?)

 

喉が詰まる。

この銃を今、私が持っている。引き金に指がある。バレットサークルは出ない。

それなのに、なぜか手が、重さを知っている気がした。

本物の銃の重さを。引き金を引いた後に、何かが終わるという感触を。

私は口を開きかけた。

 

「あなたは……」

 

「あん?」

 

アルバが首を傾げる。

銀の瞳がこちらを見ている。真剣でも、警戒でもない。ただ、待っている目。

踏み込んでいいのか分からない。でも、聞かずにいられない気持ちが喉の手前まで来ていた。

私は息を一度だけ吸って――視線を逸らし、銃を返した。

 

「……ううん、何でもない」

 

一拍、沈黙があった。

アルバは銃を受け取って、少しだけ私を見た。何かを言いかけて、やめたような間があった。それから、何事もなかったように口を開く。

 

「じゃあまあ、今日は初日だしこんなもんだろ」

 

「……ええ」

 

「明日も行けるか?」

 

「大丈夫」

 

「んじゃ、今日は帰るか」

 

そう言ってアルバは街に向かって歩き出した。私はその背中を見つめながら、飲み込んだ言葉を心の中で呟いた。

 

――あなたも、人を殺したことがあるの?

 

その言葉が、胸の奥で重く沈む。それでも私は思ってしまった。

 

(知りたい)

 

あの強さの理由を。そして、その強さが私の現実をどう変えるのかを。遺跡の風が、砂をさらっていく音がした。

 

 




なんかアルバにシノンのヘカートみたいな特別な銃を持たしてみたいなと思いこの設定を作りました。
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