遺物管理局、本日も異常ナシ 作:怪異さん
本日よりホラー小説を書かせてもらいます「怪異さん」と申します!
拙い文章ですが、是非お楽しみください!
また良ければ感想や評価も是非お願いします!
放課後のチャイムは、
教室のあちこちで生まれる楽しげな会話の輪に背を向け、彼は誰よりも早く教室を出る。その背中に、聞き慣れた快活な声が飛ぶ。
「影山くん、またすぐ帰るの? たまには一緒にカラオケでも行こ!」
学級委員長の
「…用事があるから」
嘘ではない。湊には彼女が決して足を踏み入れることのない、薄暗くて刺激的な「用事」があるのだから。
素っ気なく返事をし、今度こそ廊下に出る。陽葵の少し寂しげな顔が一瞬見えたが、すぐに振り返らず歩き出した。彼女のいる世界と自分のいる世界は違う。それでいい。
自室のドアを開け、鍵をかける。ここだけが湊の聖域だ。
壁際に並ぶ棚には、曰く付きの人形、用途不明の祭具、出所不明の古文書といった「コレクション」が鎮座している。そのほとんどが雰囲気だけのガラクタだ。だが、それで良かった。本物など本当は望んでいない。
今日、この聖域に新たな仲間が加わる。
湊は先日ネットオークションで競り落とし、今日届いたばかりの段ボール箱を開封した。厳重な緩衝材の中から現れたのは、丁寧な桐の箱。蓋を開けると、黒いビロードの上に白く滑らかな骨片が鎮座していた。
掌サイズの人間の頭頂部を思わせる骨。表面にはまるで鳥の翼のような繊細で美しい紋様が浮かび上がっている。
(…やっぱりただの動物の骨かレプリカだな)
期待と、それ以上の安堵が入り混じった息を吐く。しかし、その造形は息をのむほど美しかった。湊は思わず、それを素手でそっとつまみ上げた。ひんやりとした石のような感触。
その時、彼は気づいた。骨の表面に指紋のような黒い汚れがいくつか付着していることに。前の所有者のものだろうか。せっかくの美しいコレクションだ。綺麗にしてやりたい。
湊は柔らかい布を手に取り、ドクロの表面を優しく磨き始めた。指先で汚れを確かめ、布で拭う。集中すると、周りの音が聞こえなくなるのが彼の癖だった。繊細な紋様を傷つけないよう、慎重に、丁寧に。
夢中で磨き続けて、どれくらいの時間が経っただろうか。
──ピンポーン。
不意に、玄関のチャイムが鳴り響いた。
ビクッと肩を震わせ、湊は我に返る。時計を見ると、磨き始めてからまだ30秒も経っていない。
(20秒…くらいか)
なぜか、そんな具体的な数字が頭に浮かんだ。
チャイムが、もう一度鳴る。しつこい訪問者だ。通販の再配達だろうか。いや、時間はとっくに過ぎている。母親は夜勤のはず。
──ピンポーン。ピンポーン。
チャイムはまるで、湊が応答するまで鳴り続けるとでもいうように執拗に繰り返される。苛立ちと、少しの不気味さを感じながら、湊はドクロを机の上に置くと玄関へと向かった。
ドアスコープを覗くと、そこには見知らぬ男が立っていた。
着古した黒いロングコート。ボサボサの銀髪。眠たそうな半開きの目で、気だるそうに壁にもたれかかっている。およそ、まともな訪問者には見えなかった。
「……どちら様ですか」
ドアチェーンをかけたまま、湊は警戒して声をかける。
男はゆっくりと顔を上げ、ドアの向こうの湊を全て見透かすような冷たい目で捉えた。
「あー…どうも。
男──久遠玲は、心底面倒くさそうに名乗った。
「君が持ってる『天使のドクロ』、回収しに来たんだけど。悪いけどさっさと渡してくれる? こっちも仕事なんでね。あー、面倒くさい…」
遺物管理局?
湊の頭は混乱した。なぜ、この男がドクロのことを知っている?
だが、久遠はそんな湊の混乱などお構いなしに言葉を続ける。その声には一切の感情が乗っていなかった。
「…で、訊くけど。それ、素手で触った?」
「え…」
「時間は? 1分以上触ってたりしないだろうね?」
久遠の目が、初めてわずかに鋭さを帯びる。
湊は自分がさっきまでドクロを磨いていた時間を思い出した。
「…いいえ、20秒か、30秒くらいですけど…」
その答えを聞いた瞬間、久遠はそれまで浮かべていた面倒くさそうな表情を完全に消し、深く、深いため息をついた。
「…はぁー……最悪だ。ギリギリじゃねえか」
彼は天を仰ぎ、心底うんざりした声で呟いた。
「いいか、小僧。よく聞け。お前は今、とんでもない地雷のすぐ隣で寝っ転がってる状態だ。あと約30秒、それに触れてたら──お前はもう人間じゃいられなかった」
「…お引き取りください」
湊は冷静さを装い、ドアを閉めようとした。
しかし、ドアは数センチ動いただけで、ガンッという鈍い音と共にびくともしなくなる。ドアの隙間から、久遠のコートの袖に包まれた腕が差し込まれていた。見た目は細い腕なのに、まるで鋼鉄のようだ。
恐怖が背筋を駆け上る。
「な、何するんですか! 離してください! 警察呼びますよ!」
湊が半ばパニックになりながら叫ぶと、久遠は心底面倒くさそうに、あっさりとドアから手を引き抜いた。
「あー…警察ね。時間の無駄な上に手続きが増えるからやめてほしいんだけどな…」
突然抵抗がなくなり、湊は勢い余ってドアを強く引き込むと急いで鍵をかけ、チェーンも念入りに確認した。心臓がバクバクと鳴っている。なんだ、あの男は。
安堵したのも束の間、湊は耳を疑った。
──カチャ。
静かな音だった。
玄関のドアの鍵穴に、外から何かが差し込まれる音がした。
──ガチャリ。
信じられないことに、サムターン(内側のつまみ)がまるで正規の鍵で開けられたかのように、ゆっくりと回転した。施錠が、解かれた。
「なっ…!?」
湊は驚愕に目を見開いた。恐怖で後ずさる。何が起きた? なぜ鍵が開いた?
だが、まだドアチェーンがある。これさえあれば…!
湊がそう思った瞬間。
──バギンッ!!
鼓膜を突き破るような金属音と共に、ドアが内側に向かって数センチ激しく開いた。
ドアチェーンが掛かっていた場所を見ると、頑丈なはずの金属の鎖がまるで飴細工のようにぐにゃりと捻じ曲げられ、受け座から無残に引きちぎられていた。
その隙間から、久遠の眠たそうな目が冷たく湊を覗き込む。
「だから、時間の無駄だって言ったんだよ」
常識が、音を立てて崩れていく。
不可解な力で鍵を開け、鋼鉄のチェーンを素手で引きちぎる。目の前の男は明らかに「普通」の人間ではない。
久遠は引きちぎられたチェーンを気だるげに払い、ゆっくりとドアを開けて家の中に侵入してきた。土足のまま。
「さて、と…」
久遠はまっすぐに湊の部屋へと向かう。まるで、最初からそこに何があるか知っていたかのように。
「で、『天使のドクロ』はどこだ? さっさと渡せ。日が暮れる前に仕事を終わらせたい。残業は面倒だからな」
久遠は腰が抜けたようにその場にへたり込み、震える指で自室を指さす湊を一瞥した。その顔は恐怖と混乱で歪み、色を失っている。
それを見た久遠はさすがに少しバツが悪くなったのか、ボサボサの頭をガリガリと掻いた。
「あー…そんな顔すんなよ。別に、お前さんをどうこうしに来たわけじゃねえ」
久遠は心底面倒くさそうに、しかしその声には先ほどまでの威圧感とは違う、どこか宥めるような響きがあった。
「むしろ、逆だ。お前さんを…まあ、救いに来たとでも思っとけ。手遅れじゃなけりゃ、だけどな」
そう言うと、久遠は湊の部屋に足を踏み入れ、机の上に置かれた『天使のドクロ』を手に取った。ただし、彼はポケットから取り出した黒い手袋をはめてから、慎重にそれに触れている。
「これがお目当ての【クラスB遺物:天使のドクロ】。見た目は綺麗だが、性質は最悪だ」
久遠はドクロを特殊な布で包み、さらに鉛で内張りされた頑丈なケースに収めながら独り言のように、しかし湊に聞こえるように説明を始めた。ここで初めて、湊は「呪具」の真実を、その断片を耳にすることになる。
「こいつは、それ自体が何かをするわけじゃねえ。もっと悪質だ。こいつは『標識』なんだよ」
「…標識…?」
湊はか細い声で問い返した。
「ああ。素手で合計1分以上これに触れた奴の魂に、『ここに極上の餌アリ』ってな具合の刻印を刻み込む。その刻印は、俺たち人間には見えも聞こえもしないが…」
久遠は一度言葉を切り、ケースの蓋を閉めながら冷たい目で湊を見た。
「…この世界の理から外れた、腹を空かせた"奴ら"にとっては最高の御馳走の匂いなんだよ。刻印を付けられたが最後、そいつは死ぬまであらゆる次元、あらゆる理屈の"奴ら"に追いかけ回されることになる。物理的に食い殺しに来る奴、精神を内側から喰い破る奴、存在そのものを消し去ろうとする奴…まあ、種類はランダムだ。おめでとう、お前さんは人間界のど真ん中でたった一人、猛獣の群れに放り込まれたようなもんだ」
淡々と語られる現実味のない、しかし背筋が凍るような事実。湊の頭がそれを理解することを拒絶する。
「そんな…だって、俺は…」
「いいか小僧、よく聞け。お前はまだ『刻印』は刻まれてない。だが、呪いに片足突っ込んだ状態だ。お前の魂には"奴ら"にとって食欲をそそる『匂い』が染みついちまった。本格的なディナーじゃないが、美味そうな
「じゃあ、俺は…これからどうなるんですか…?」
「さあな。運が良けりゃ、匂いが消えるまで何も起きない。運が悪けりゃ…今夜にでも最初の"客"が来るかもな」
久遠はそう言うと、ケースを片手に立ち上がった。
「とりあえず、原因物件は回収した。俺の仕事はここまでだ。じゃあな」
あまりにも無責任な言葉に、湊は思わず叫んだ。
「ま、待ってください! 俺はどうすれば…!」
「どうもしねえよ。普通に寝て、普通に学校に行け。もし、何か"普通じゃないこと"が起きたら…」
久遠は玄関で振り返り、一枚の名刺を放り投げた。それはひらひらと舞い、湊の足元に落ちる。
そこには「文化庁文化財第一部 特殊文化財課 久遠玲」という肩書と、電話番号だけが素っ気なく印刷されていた。
「…まあ、死ぬ前に電話くらいはしてこい。出れる気分だったら出てやる」
それだけを言い残し、久遠は今度こそ気だるげに去っていった。
一人残された部屋に、壊されたドアチェーンが虚しく揺れている。湊は、その名刺と自分がたった数十秒で踏み入れてしまった世界の深淵を前に、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
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