遺物管理局、本日も異常ナシ   作:怪異さん

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どうも「怪異さん」です!

遂に物語が始まります…是非お楽しみください!

よければ感想や評価もお願いします!モチベ向上に繋がります!


楽しイ遊園チへようこそ!

 久遠玲と名乗る男が嵐のように去った後、湊は壊れたドアチェーンを前にしばらく動けなかった。

 

 

 遺物管理局、天使のドクロ、魂の刻印、そして"奴ら"。全てが現実味のない悪夢のような言葉だった。

 

 

(頭のおかしい強盗だったんだ。そうに決まってる…)

 

 

 湊は自分に言い聞かせ、床に落ちた名刺を拾い上げると見えないように机の引き出しの奥にしまった。

 

 

 震える手で警察に電話しようとして、やめた。なんと説明すればいい? 呪具を奪われた? 気が狂ったと思われるだけだ。

 

 

 その夜、湊は自室の鍵を閉め、ありったけの家具でドアを塞ぎ、布団にくるまって夜が明けるのを待った。時折聞こえる家の外の些細な物音に心臓が跳ね上がる。

 

 

 しかし、結局久遠が言っていた"客"とやらが現れることはなかった。

 

 

(…やっぱり、ただの脅しだったんだ)

 

 

 朝日が昇る頃、疲労困憊の湊はそう結論付けた。高価な骨董品を狙った手の込んだ詐欺強盗だったのだろう。そう思うことでしか正気を保てなかった。

 

 

 翌日。湊は寝不足の重い体を引きずって学校に来ていた。

 

 

 教室の窓から差し込む光、クラスメイトたちの退屈な雑談、教師の抑揚のない声。昨日までの日常と何も変わらない。あの夜の出来事だけがまるで質の悪い夢だったかのように思えてくる。

 

 

(そうだ、夢だったんだ…)

 

 

 湊は安堵のため息をつき、授業に集中しようと努めた。

 

 

 しかし、一度植え付けられた恐怖の種はそう簡単には消えてくれない。ふとした瞬間に、あの久遠の冷たい目やいとも簡単にチェーンを破壊した光景が脳裏をよぎる。

 

 

 五時間目の古典の授業。誰もが気だるい午後の空気に微睡んでいる時間だった。

 

 

 湊もまた、教科書の文字を目で追いながら意識は別の場所を彷徨っていた。昨日までの自分はこの退屈な時間を憎んでいた。

 

 

 だが今は、この何も起きない退屈な時間がどれほど尊いものだったかを痛感している。

 

 

(もう、あんな思いはしたくない…)

 

 

 そんなことを考えながら、湊はふと何気なく窓の外に目をやった。

 

 

 校庭では、体育の授業でサッカーをする生徒たちの姿が見える。青い空、白い雲。どこにでもある、平和な昼下がりだ。

 

 

 ──その、青い空に。

 

 

 ぽつり、と黒い点が浮かんでいた。

 

 

(…鳥か?)

 

 

 湊は目を凝らす。

 

 

 点は、鳥ではなかった。それは、一つの「目」だった。

 

 

 赤く充血した巨大な一つの目玉。まぶたもなければまつ毛もない。ただ、巨大な眼球だけが虚空に浮かんでいる。そして、その瞳は──間違いなくこの教室の窓際の席に座る影山湊だけをじっと見つめていた。

 

 

「──―ッ!」

 

 

 湊は息をのんだ。全身の血が凍りつく。

 

 

 幻覚だ。寝不足のせいで幻覚を見ているんだ。

 

 

 湊は激しく頭を振り、もう一度窓の外を見た。目は、消えていなかった。

 

 

 それどころか、先ほどよりも少しだけ大きくなっている。近づいてきているのだ。

 

 

 周りのクラスメイトも、教師も、誰もその存在に気づいていない。陽葵も楽しそうに友達と教科書を覗き込んでいる。この異常を認識しているのはこの教室で湊ただ一人だけ。

 

 

 久遠の言葉が、脳内で木霊する。

 

 

『鼻が利く奴なら、もうお前の匂いに気づいてるかもしれねえ』

 

 

 あれは、脅しでも夢でもなかった。"客"は、来たのだ。

 

 

 目はゆっくりと、しかし着実に校舎に近づいてくる。その瞳の奥に宿る純粋な食欲と悪意を感じ取り、湊は呼吸すらできなくなった。

 

 

 逃げ場のない教室の中でただ一人、人知を超えた捕食者の接近をなすすべもなく見つめていることしかできなかった。

 

 

 巨大な目は、ゆっくりと校舎に近づいてきた。

 

 

 湊は心臓が喉から飛び出しそうな感覚に耐えながら、ただ硬直していた。

 

 

 衝突する。ガラスが割れる。クラスメイトたちが悲鳴を上げる。そんなパニック映画のような光景を想像し、身を固くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、何も起こらなかった。

 

 

 目は、校舎の窓ガラスに到達する寸前でまるで陽炎のように揺らぎ、すぅっと消えてしまったのだ。

 

 

 後に残されたのはいつもと変わらない青空と、何も気づかずに授業を続けるクラスメイトたち。そして、一人だけ冷や汗をだらだらと流している湊だけだった。

 

 

(…消えた?)

 

 

 見間違いだったのだろうか。いや、違う。あの自分だけを捉えていた瞳の感触は、確かに現実にあった。

 

 

 結局、その日の授業が終わるまで目が再び現れることはなかった。だが、湊の心は少しも晴れなかった。あれは、警告だ。あるいは品定めだったのかもしれない。

 

 

 重い足取りで湊は家路についていた。

 

 

 もう呪具のことは考えたくない。今日の出来事も全て忘れてしまいたい。そう願いながら、見慣れた住宅街を歩く。

 

 

 ふと、電信柱の影に異様な人影があることに気づいた。

 

 

 背がやけに高い。見上げると、その人物は古びたスーツを着て、深く帽子をかぶっていた。

 

 

 しかし、その手足は異常なまでに長く、細く、まるで竹ひごのようだった。電柱のてっぺんに届きそうなほど長い腕が、ゆらり、と揺れている。

 

 

 その存在は、夕暮れの風景からそこだけが切り取られたように異質だった。

 

 

(見るな、見るな、見るな…!)

 

 

 湊は心の中で念じながら、早足でその場を通り過ぎる。振り返りたい衝動を必死にこらえた。

 

 

 角を曲がると、今度は数人の主婦たちが井戸端会議をしていた。どこにでもある平和な光景だ。湊は少しだけ安堵しその横を通り過ぎようとした。

 

 

「あら、奥さん、聞いた?」

 

 

「ええ、大変ですわねぇ」

 

 

 普通の会話。しかし、湊が彼女たちの真横を通り過ぎたその瞬間。

 

 

 主婦たち全員が、ぴたり、と動きを止めた。そして、ゆっくりと湊の方を向く。

 

 

 彼女たちの眼球が、ありえないほど飛び出していた。

 

 

 まるでカマキリのようにぎょろりとした眼球が、それぞれの眼窩から数センチも突き出て一斉に湊を捉える。口元は笑っているのに、その目は一切の感情を映していなかった。

 

 

「ひっ…!」

 

 

 湊は短い悲鳴を上げ、走り出した。後ろは見ない。ただ、がむしゃらに走った。

 

 

 路地裏を駆け抜ける。どこからか猫の鳴き声が聞こえた。

 

 

「…ニャア…」

 

 

 少し安心し、足を止めて声のした方を見る。ブロック塀の上に何か白いものがいた。猫だろうか。

 

 

「…ニャア…ゴロ、ニャア…」

 

 

 それは、猫ではなかった。

 

 

 不定形な粘土のような白い物体だった。形は定まらず、ところどころがぶくぶくと泡立っている。そして、その塊の中心にある裂け目から確かに猫の鳴き声が発せられていた。物体は湊に気づくと、ゆっくりとこちらに這い寄ろうと蠢き始める。

 

 

 もう、限界だった。

 

 

 湊は自宅アパートに転がり込むと鍵を閉め、ドアに背中を預けてへたり込んだ。

 

 

 幻覚じゃない。気のせいなんかじゃない。"奴ら"はいる。俺の周りに集まってきている。

 

 

 久遠の言った通りだ。俺はもう"普通"じゃないんだ。

 

 

「う…あ…ああああ…!」

 

 

 意味のない声が喉から漏れる。頭がおかしくなりそうだ。いや、もうすでにおかしいのかもしれない。このままでは本当に気が狂ってしまう。

 

 

 その時、脳裏にあの男の顔と床に投げ捨てられた一枚の名刺が浮かんだ。

 

 

『死ぬ前に電話くらいはしてこい』

 

 

 湊は這うようにして自室に戻ると、震える手で机の引き出しを開け、奥にしまい込んでいた名刺を掴み取った。そこに書かれた番号を何度も間違えながら、必死にスマートフォンに打ち込む。

 

 

 コール音がやけに長く感じられた。もう出てくれないかもしれない。あの男のことだ、面倒くさがって着信拒否しているかも。

 

 

 諦めかけた、その時だった。

 

 

『……あー。もしもし、どなたさん?』

 

 

 電話の向こうから聞こえてきたのは、やはりあの心底面倒くさそうな久遠の声だった。

 

 

 その声を聞いた瞬間、湊の中で張り詰めていた糸が切れ、堰を切ったように言葉が溢れ出した。

 

 

「た、助けてください! かかか影山湊です! で、電信柱に手が長いのが…! 主婦の目が飛び出て…! し、白いのが猫の鳴き声で…! 俺、俺もうダメです頭がおかしくなる…!」

 

 

 半狂乱で支離滅裂に叫ぶ湊。普通の人間なら電話の向こうで何事かと混乱するだろう。しかし、久遠の反応はあまりにも冷静で、冷淡だった。

 

 

『あー分かったから落ち着け……うるさいぞ』

 

 

『まあお前はまだ"前菜"だからな。寄ってくるのもその程度の低級怪異ってところだろ。大したことねえな』

 

 

 久遠は湊が見た恐怖の対象を、まるで図鑑で魚の名前を調べるかのように淡々と分類していく。

 

 

「た、大したことないって…! 俺は死ぬかと思ったんですよ!」

 

 

「死なねえよ、"まだ"。そいつらはお前を直接どうこうできるほどの力はねえ。せいぜい、じわじわ精神を削ってお前が衰弱したところを美味しくいただこうって魂胆だ。本格的なディナーの前の食前酒みたいなもんだな」

 

 

 あまりにも他人事な口調に、湊は愕然とする。この男は本当に助けてくれる気があるのだろうか。

 

 

 湊の不安を読み取ったかのように、電話の向こうで久遠はわざとらしく深いため息をついた。

 

 

「…はぁー……で? 俺にどうしろってんだ? 俺もボランティアじゃねえんだよ。遺物の回収は仕事だが、ガキのお守りなんざ業務範囲外だ。超勤手当も出ねえしな」

 

 

 そして久遠は言った。湊が想像もしなかった、あまりにも現実的で絶望的な一言を。

 

 

「お前、いくら出せる?」

 

 

「…………え?」

 

 

 湊は自分の耳を疑った。いくら出せる? 金の話をしているのか? 

 

 

『聞こえなかったか? だから、軍資金だよ。お前のその染みついた"匂い"を消すには、それなりの"儀式"が必要になる。儀式には色々と道具が要るんだよ。その道具を揃えるための金、お前はいくら用意できる? って訊いてんだ』

 

 

 久遠の声はどこまでも真剣で、気だるげだった。

 

 

「そ、そんな…俺高校生でバイトもしてないし…」

 

 

『貯金は? 親の財布からパクるとか、なんかあるだろ』

 

 

「む、無理です! そんな大金、あるわけない…!」

 

 

 湊が悲痛な声で叫ぶと、久遠はまたしても心底うんざりしたという声で言った。

 

 

『…チッ。使えねえな。金もねえのかよ。ますます面倒くさくなってきたな…』

 

 

 電話が一方的に切られるのではないか。その恐怖に湊は息をのむ。

 

 

 しばらくの沈黙の後、久遠は仕方なさそうに、しかし何かを企むような声色でこう続けた。

 

 

『…まあ、いいや。金がねえなら体で払ってもらうしかねえか』

 

 

「え…?」

 

 

『今から言う場所に来い。そこでお前の"価値"を俺が見定めてやる。もし、お前に金以上の価値があると俺が判断したら…特別に儀式をやってやらんでもない。ただし…』

 

 

 久遠は愉しむように言った。

 

 

『もし、お前に何の価値もなかったら…その時はお前をそこに放置して帰るだけだ。そこはお前みたいな"美味そうな匂い"のする奴が来ると、さっきのお友達よりももっと上等な"奴ら"が集まってくる場所だからな。せいぜい、覚悟して来いよ』

 

 

 久遠の言葉は悪魔の囁きそのものだった。しかし、今の湊に選択肢はない。このまま自室に閉じこもっていても、いずれ精神が崩壊するか、あるいはもっと強力な"何か"に喰われるだけだ。

 

 

 どちらも結末は同じ。ならば、万に一つの可能性に賭けるしかない。

 

 

「…行きます。どこへ行けばいいんですか」

 

 

 湊は震える声でそう答えるのが精一杯だった。電話の向こうで、久遠が満足げに鼻を鳴らすのが分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 久遠から送られてきた地図アプリの情報を頼りに、湊は夜の街を駆け抜けた。背後や角の暗がりから、常に何かの視線を感じる。時折、現実ではありえない異形の影が視界の端をよぎったが、もう振り返らなかった。

 ただ、前に進むことだけを考えた。

 

 

 電車を乗り継ぎ、終電間際の寂れた駅で降りる。指定された場所はそこからさらに徒歩で20分ほどかかる町の外れにあった。携帯のライトだけを頼りに、暗い山道を進んでいく。

 

 

 やがて、目の前にその建物は姿を現した。

 

 

 湊は、息をのんだ。

 

 

 そこは、閉鎖された遊園地だった。

 

 

 錆びついたゲートには「ワンダーランド」という、かつては楽しげだったであろう文字が色褪せて残っている。

 

 

 フェンスはところどころ破れ、敷地内には、夜の闇にシルエットとなって浮かび上がる観覧車やメリーゴーランドの残骸が見えた。

 

 

 数十年前、経営難で閉鎖された後、いくつかの死亡事故や心霊現象の噂が広まり今では地元で最も有名な心霊スポットとして知られている場所だ。

 

 

 湊が呆然と立ち尽くしていると、ゲートの影から気だるげな人影がぬるりと現れた。久遠だった。

 

 

「よお。思ったより早かったな。道中、新しいお友達はできたか?」

 

 

「…ここが、儀式の場所なんですか」

 

 

 湊は久遠の軽口を無視して尋ねた。

 

 

 久遠は、煙草に火をつけながら、夜の遊園地を顎で示した。

 

 

「遊園地ってのは元々、人の『楽しい』って感情が渦巻く場所だ。だが、それが閉鎖されて、忘れ去られて、不気味だっていう『怖い』って感情が上書きされるとどうなると思う?」

 

 

「……」

 

 

「感情のエネルギーが澱む。そして、その澱んだエネルギーは"奴ら"にとって格好の餌場であり、隠れ家になる。お前みたいな『美味そうな匂い』をさせた奴がこんな場所に来れば、どうなるか…言わなくても分かるだろ?」

 

 

 久遠は紫煙を吐き出し、意地の悪い笑みを浮かべた。

 

 

「さて、と。それじゃあお前さんの"価値"を見定めるテストを始めようか」

 

 

 久遠はフェンスの破れ目を指さす。

 

 

「あの観覧車が見えるだろ。一番てっぺんのゴンドラ。その中に俺が回収しなきゃならんお目当てのブツがある」

 

 

 久遠は携帯端末を操作し、湊のスマートフォンに一枚の画像を送信した。

 

 

 画面に表示されたのは、古びた一枚のチケットだった。色褪せた紙に「WONDERLAND DREAM TICKET」と印刷されている。

 

 

「【クラスE遺物:迷子のチケット】。これを持って園内を歩くと必ず迷子になるっていう、まあしょーもない遺物だ。本来なら俺が一人で来て1分で終わる仕事だった」

 

 

 久遠は心底面倒くさそうに続けた。

 

 

「だが、お前っていう面倒な案件が飛び込んできたせいで予定が狂った。だからこれはお前にやらせる。お前は今から一人であそこまで行って、そのチケットを取ってこい。それができたらお前の"価値"を認めて儀式をやってやる」

 

 

「ひ、一人で…!? 無理です! こんな場所に…! それに、そのチケットを持ったら俺は…」

 

 

「ああ、迷子になるな。帰り道でな。だが、行きは問題ない。それに、無理かどうかを決めるのは俺だ。お前にはやるかやらないかの選択肢しかねえ。ここで俺に見捨てられてそこら辺の"奴ら"の餌になるか、それとも万に一つの可能性に賭けて、あの観覧車まで歩くか。好きな方を選べ」

 

 

 久遠の言葉は氷のように冷たい。

 

 

 そして、彼は追い打ちをかけるように愉しげに言った。

 

 

「ああ、言い忘れてたがこの遊園地にはな、昔、ピエロの着ぐるみを着たままメリーゴーランドの馬に首を吊られて死んだアルバイトがいるって噂があってな。そいつの霊が今でも新しい友達を探して園内を彷徨ってるらしいぜ」

 

 

「そいつはお前みたいな新入りが大好物らしいから、せいぜい捕まらないようにな。じゃ、健闘を祈る。あー、説明するのも面倒だった…」

 

 

 そう言うと久遠はゲートの脇に腰を下ろし、携帯端末をいじり始めた。完全に湊を一人で行かせるつもりだ。

 

 

 湊は闇に沈む廃遊園地と、悪魔のような男を交互に見た。

 

 

 これは、テストだ。価値を見定めるための。そして、自分が生き残るためのたった一つの道。

 

 

 湊は唇を強く噛みしめると、覚悟を決めて錆びたフェンスの向こう側へその一歩を踏み出した。草いきれと、錆の匂い、そして、何か得体のしれない甘い腐臭が彼の鼻をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フェンスをくぐり抜けた瞬間、空気が変わった。外とは明らかに違う、重く、澱んだ空気が肌にまとわりつく。

 

 

 草いきれと錆の匂いに混じって時折、綿あめのような甘い匂いが風に乗って運ばれてくるが、それは楽しかった記憶の残滓ではなく、何か得体のしれないものが腐敗したような不快な甘さだった。

 

 

 湊はスマートフォンのライトだけを頼りに、ひび割れたアスファルトを進む。

 

 

 パンダの形をした乗り物は塗装が剥げ、黒い涙を流しているように見えた。客を乗せることなく止まったコーヒーカップは、その一つ一つが巨大な眼窩のように虚空を見つめている。

 

 

 かつて、ここは子供たちの笑顔と歓声で満ち溢れていたはずだ。その死んだ空気は、ただの廃墟が持つ物悲しさとは質の違う魂が抜けてしまったような空虚さで、湊の心を締め付けた。

 

 

 錆びついたブランコが風もないのに、キィ…キィ…とゆっくり揺れている。その一つに誰かが座っているような気がして、湊は何度も息をのんだ。恐怖がそこにある全てのガラクタに命と悪意を吹き込んでいく。

 

 

 観覧車はまだ遠い。まずはメリーゴーランドの横を抜ける必要がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時だった。

 

 

オ…ウマ…

 

 

 突然だった。その声はまるで耳元で囁かれたかのようにすぐ近くで聞こえた。しわがれた、掠れた声。

 

 

 湊は心臓を鷲掴みにされたような衝撃にその場に凍り付いた。全身の鳥肌が総立ちになる。

 

 

(聞くな、見るな、気づくな…!)

 

 

 頭では分かっている。久遠の言う「テスト」だ。ここで反応すれば"奴ら"の思う壺だ。無視してただ前に進まなければ。

 

 

 しかし、人間の本能的な恐怖は理性を簡単に凌駕する。湊は自分の意思とは裏腹に、恐る恐る声がした方向へと顔を向けてしまった。

 

 

 ライトが照らし出した先にいたのは、一匹の犬だった。

 

 

 

 

 いや、犬"だったモノ"であった。

 

 

 それは柴犬くらいの大きさだった。しかし、その体は腐った土のように黒ずみ、ところどころの皮がめくれて骨が覗いている。そして何より異常なのはその頭部だった。

 

 

 犬の頭があるべき場所には代わりに、木彫りの馬の首が無理やりねじ込まれるように生えていた。それはこの遊園地のメリーゴーランドに取り付けられていたであろう、塗装の剥げた馬の首だ。

 

 

 目は虚ろなガラス玉で、口は楽しげに笑った形のまま固定されている。

 

 

 その木彫りの馬の口がぎこちなく動いた。

 

 

オ…ウマ…ニ…ノリタイ…

 

 

 犬だったモノは、四本の足をもたつかせながらゆっくりと湊の方へ歩み寄ってくる。その動きはぎこちなく、関節が軋むような嫌な音を立てている。

 

 

 湊は声にならない悲鳴を上げて後ずさった。

 

 

 逃げなければ。

 

 

 しかし、足が鉛のように重く、動かない。ライトに照らされた笑う馬の頭と腐った犬の体が、悪夢のように網膜に焼き付いて離れなかった。

 

 

「あ…、あ…」

 

 

 湊は声にならない悲鳴を上げ、後ずさろうとして足がもつれその場にべしゃりと尻もちをついた。

 

 

 もうダメだ。

 

 

 動けない。逃げようとしても、恐怖で足が、体が意思に反して動かない。金縛りにあったように地面に縫い付けられてしまった。

 

 

 ヤツはもう目の前まで迫っている。腐臭と古い木の匂いが鼻をつく。ライトに照らされた、笑ったままの木彫りの馬の顔が湊の全てを飲み込もうとしているように見えた。

 

 

(ああ、ここで終わりか…)

 

 

 湊はもう諦めた。

 

 

 短い人生だった。もっと陽葵と話しておけばよかった。母親にありがとうと伝えておけばよかった。呪具なんて気味の悪いものを集めるんじゃなかった。

 

 

 次から次へと、後悔ばかりが頭をよぎる。

 

 

 湊は、迫りくるであろう衝撃と痛みに備え、ぎゅっと固く目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 ………。

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、いつまで経っても痛みは襲ってこない。

 

 

 あれほど近くで感じていた腐臭も、なぜか遠のいている気がする。

 

 

 湊は恐る恐る、片目だけを薄く開けた。

 

 

 ライトが照らす先には誰も何もいなかった。ひび割れたアスファルトが広がっているだけだ。

 

 

(…消えた?)

 

 

 幻覚だったのか? いや、そんなはずはない。

 

 

 

 湊は震える体でゆっくりと立ち上がると、周囲を見回した。そして反対方向──自分が進むべき観覧車の方に目をやって、息をのんだ。

 

 

 ヤツは、いた。

 

 

 犬だったモノは湊に背を向け、相変わらずおぼつかない足取りで闇の奥へと進んでいた。まるで、最初から湊など存在していなかったかのように。

 

 

 害意は無かったのか? それとも、湊が抵抗を諦めて動かなくなったから興味を失ったのか? 

 

 

 もう、どっちだっていい。湊は考えることをやめた。ただ生きている。まだ動ける。それだけで十分だった。

 

 

 今のうちに、先に進むんだ。湊は再び観覧車を目指して足を動かし始めた。さっきまでの恐怖で足はまだ震えていたが、一度死を覚悟したことで奇妙な冷静さが頭をもたげていた。

 

 

 もう、何が起きても驚かない。

 

 

 ただあのチケットを手に入れ、この地獄から生きて帰る。

 

 

 その一心だけで、湊は闇の中を突き進んだ。

 

 

 メリーゴーランドの横を抜ける。馬たちはどれも笑っていた。その笑顔が今は全て嘲笑に見える。

 

 

 お化け屋敷の前を通り過ぎる。入り口の安っぽいドラキュラの看板が、闇の中で口を開けて待っているように見えた。

 

 

 幸い、それ以上の怪異に遭遇することはなかった。あるいはいたのかもしれないが、今の湊は前方の観覧車だけを見据え脇目もふらず歩いていたため気づかなかっただけかもしれない。

 

 

 そして、ついに彼は目的地の真下にたどり着いた。

 

 

 巨大な観覧車が、夜空を背に巨大な骸骨のようにそびえ立っている。最後にメンテナンスされてからどれくらいの時が経ったのだろう。鉄骨は赤黒く錆びつき、ゴンドラのいくつかは窓ガラスが割れ、無残な姿を晒していた。

 

 

「一番てっぺんの、ゴンドラ…」

 

 

 湊は久遠の言葉を思い出し、見上げた。

 

 

 観覧車は当然完全に停止している。そして目的のゴンドラはその名の通り、観覧車の最高到達点でまるで空に吊るされた檻のように静止していた。地上からおよそ50メートルはあろうか。

 

 

「…どうやってあそこまで行けって言うんだよ…」

 

 

 湊は、思わず乾いた笑いを漏らした。

 

 

 怪異を乗り越えても、今度は純粋な物理的障害が立ちはだかる。操作盤があるであろう運転室は固くシャッターが閉ざされている。

 

 

 そもそも、何十年も放置された機械だ。電力が通じているはずもない。

 

 

 選択肢は、一つしかなかった。

 

 

「…登る、しかないのか…」

 

 

 観覧車の巨大な鉄骨の骨組み。それを命綱もなしに自分の手足だけを頼りに登っていく。正気の沙汰ではない。高所恐怖症でなくとも、誰もが尻込みするだろう。一歩間違えれば怪異に喰われるまでもなく、地面に叩きつけられて終わりだ。

 

 

(これが、テスト…)

 

 

 久遠はこれも想定済みだったのだろうか。湊の精神力だけでなく、その身体能力と、何より「死んでも目的を達成する」という覚悟を試しているのだ。

 

 

 風が吹き、錆びた鉄骨が、ぎぃ、と軋む音を立てた。まるで巨大な獣の呻き声のようだ。

 

 

 湊は観覧車の支柱を見上げた。そこには点検用のはしごが天に向かって伸びている。

 

 

 しかし、それも途中で腐食し崩れ落ちていた。やはり、骨組みそのものをクライミングするしかない。

 

 

「…やってやるよ」

 

 

 湊は誰に言うでもなく呟いた。

 

 

 金もない、力もない、ただの高校生だ。

 

 

 だが、ここで諦めたら本当に全てが終わる。あの男に「価値がない」と判断され、この地獄に置き去りにされる。それだけはごめんだった。

 

 

 湊はリュックを固く背負い直すと、冷たい鉄骨に手をかけた。

 

 

 最初は恐怖で手足が震えた。数メートル登っただけで真下に見える地面が恐ろしく遠く感じられ、めまいがした。何度も手を滑らせそうになり、そのたびに心臓が凍り付く。

 

 

 しかし、登り続けるうちに恐怖は奇妙な集中力へと変わっていった。

 

 

 次に手をかける場所、足を置くべき突起。それだけを考え無心で体を動かす。風が吹き、観覧車全体が軋む音がする。そのたびに、この鉄の巨人が今にも崩れ落ちるのではないかという恐怖が襲うが、もう戻る道はない。

 

 

 下は見ない。上だけを見る。

 

 

 目的のゴンドラだけを真っ暗な夜空に浮かぶ唯一の希望として見据え、ひたすらに腕と足を動かした。汗が目に入り、滲みる。制服は錆と油で汚れ、手のひらは豆が潰れて血が滲んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれくらいの時間が経っただろうか。

 

 

 永遠にも思える登攀の末、湊の伸ばした指先がついに目的のゴンドラの床面に触れた。

 

 

「着いた…」

 

 

 湊は最後の力を振り絞って、ゴンドラの外側にある手すりに体を引っ掛け、割れた窓から内部へと転がり込んだ。

 

 

 全身が鉛のように重い。肩で大きく息をしながらしばらくは動くこともできなかった。アドレナリンが切れ、全身の痛みと疲労が一気に襲ってくる。

 

 

 しかし安堵も束の間、湊はすぐに体を起こした。

 

 

 ここはまだ、地獄の真っ只中だ。

 

 

 ゴンドラの中はカビと埃の匂いが充満していた。座席のシートは破れ、中のスポンジが剥き出しになっている。床にはガラスの破片や、何のゴミか分からないものが散乱していた。

 

 

 そして、その中央に。

 

 

 まるで誰かがわざわざここに置いたかのように、一枚のチケットが落ちていた。

 

 

『WONDERLAND DREAM TICKET』

 

 

 久遠が言っていた、【クラスE遺物:迷子のチケット】だ。

 

 

 湊は緊張で乾いた喉をごくりと鳴らし、ゆっくりとそれに手を伸ばした。これを手に入れればテストは終わりだ。あの悪魔のような男に自分の価値を証明できる。

 

 

 湊がチケットをつまみ上げようとした、まさにその時だった。

 

 

 

 

 

 

 ──ギィィィィィ……。

 

 

 

 

 

 

 背後で錆びついた金属が軋む嫌な音がした。ゴンドラの閉まっていたはずのドアがゆっくりと、内側に向かって開いていく。

 

 

 湊は息をのみ、硬直した。心臓が再び激しく鼓動を始める。ドアの向こうの闇から楽しげな、しかしどこか調子の外れたオルゴールのメロディーが聞こえてくる。

 

 

(来る…!)

 

 

 久遠が言っていたピエロの霊か。あるいはまた別の"何か"か。

 

 

 湊は目の前のチケットと、開かれたドアを交互に見た。絶望的な状況。しかし、ここまで来て手ぶらで喰われるわけにはいかない。

 

 

 湊は、覚悟を決めた。

 

 

 一瞬の躊躇の後、床に落ちていたチケットを素早くひっつかむと、開いたドアとは反対側の割れた窓に飛びついた。そして再び観覧車の冷たい鉄骨に体を預け、今度は下に向かって滑り降りるように移動を始める。

 

 

 幸い、オルゴールの音は追いかけてこなかった。背後でゴンドラのドアがゆっくりと閉まる音が聞こえただけだった。まるで、湊がチケットを手に入れるのを見届けて満足したかのように。

 

 

 下りは登りよりも遥かに体力を消耗した。疲労しきった体では手足の震えが止まらない。何度か足を滑らせ、数メートル落下することもあったが、幸運にも途中の鉄骨に引っかかり地面に叩きつけられるのだけは免れた。

 

 

 そして、ついに。

 

 

 湊は泥と錆と血にまみれながらも地上へと生還した。地面に足がついた瞬間全身の力が抜け、その場に倒れ込む。

 

 

「やった…」

 

 

 手の中には一枚の古びたチケット。ボロボロになりながらも、テストはクリアしたのだ。

 

 

 湊はふらつく足で立ち上がると、ゲートで待っているであろう久遠の元へ向かうため来た道を戻り始めた。

 

 

 しかし、ここからが本当の地獄の始まりだった。

 

 

 来た道をただ真っ直ぐに戻っているはずだった。メリーゴーランドを通り過ぎ、パンダの乗り物の横を抜ければゲートが見えてくるはず。単純な一本道だ。

 

 

 だが、おかしい。歩いても歩いても、景色が変わらないのだ。

 

 

 目の前には常に不気味に笑う馬たちが並ぶメリーゴーランドがある。通り過ぎたはずなのに、気づくとまたメリーゴーランドの前に戻ってきている。

 

 

「なんで…」

 

 

 これが、【クラスE遺物:迷子のチケット】の力。

 

 

『これを持って園内を歩くと、必ず迷子になる』

 

 

 久遠はそう言っていた。帰り道でな、と。

 

 

 湊は焦りを覚え、別の道を選んだ。お化け屋敷の方へ向かい、そこを迂回してゲートを目指す。しかし、角を曲がるとやはり目の前にはメリーゴーランドが現れる。

 

 

 何度やっても同じだった。東西南北、どの方向に進んでも最終的に行き着くのはこのメリーゴーランドの前なのだ。まるでこの遊園地全体が湊をゲートに返さないように、空間そのものを歪めているかのようだった。

 

 

「くそっ…! どうなってんだよ…!」

 

 

 湊はチケットを地面に投げ捨てようとして、思いとどまった。これを失くしてはテストをクリアした証明ができない。

 

 

 体力は限界に近く、精神もすり減っていく。同じ場所をぐるぐると回り続ける終わりのない悪夢。

 

 

 闇に沈むメリーゴーランドの中心から、誰かに見られているような気がした。

 

 

 湊は出口のない迷宮に閉じ込められた絶望感に、ただ立ち尽くすことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時だった。

 

 

あれぇ? どうしたんだい、ボク

 

 

 不意に、背後から甲高い声がした。

 

 

 それは無理やり作ったような、陽気で弾むような声だった。

 

 

もしかして、迷子になっちゃったのかな?

 

 

 湊は全身の血が凍りつくのを感じながら、ゆっくりと振り返った。

 

 

 そこに立っていたのは、一人のピエロだった。

 

 

 白塗りの顔に、真っ赤な鼻。口は耳まで裂けるように笑ったメイクが施されている。だぶだぶのカラフルな衣装。

 

 

 しかしその全てが色褪せところどころが黒く汚れ、破れていた。

 

 

 久遠が言っていたピエロの霊。噂は本当だったのだ。

 

 

 ピエロはその場で軽やかにステップを踏むと、にこやかに(少なくとも、そのメイクは笑っていた)言った。

 

 

大丈夫! この優しいピエロさんが出口まで案内してあげよう!

 

 

 ピエロはそう言うと、白い手袋をはめた手を湊に向かって差し出した。

 

 

さあ、手をつないで。一緒に行こう?

 

 

 その目はメイクで描かれた星印の奥で、全く笑っていなかった。ただ、じっと獲物を見定めるように湊を見つめている。

 

 

 案内してあげようという言葉とは裏腹に、その存在そのものが「お前はここから出さない」という強い意志を放っているように感じられた。

 

 

 湊は差し出された手と、ピエロの顔を交互に見た。

 

 

 この手を取れば、どうなる? 

 

 

 出口に案内してくれる? そんなはずがない。この男(?)もまた、"奴ら"の一人なのだから。

 

 

 おそらく、この手を取ったが最後、二度と帰ることはできないだろう。

 

 

 しかし、断れば? 

 

 

 目の前のピエロがその瞬間に牙を剥くかもしれない。

 

 

 湊の頭が極限の状況下で高速回転する。そして、一つの賭けに出ることにした。

 

 

「あ…ありがとうございます! でも、大丈夫です!」

 

 

 湊は恐怖を押し殺し、できるだけ明るい声を作って答えた。

 

 

「僕、出口を探してるんじゃないんです。友達とかくれんぼしてるんです!」

 

 

…かくれんぼ?

 

 

 ピエロの動きがぴたりと止まった。その声から、陽気な色が少しだけ消える。

 

 

「はい! 僕が鬼で、友達がこのどこかに隠れてるんです。だから、出口に案内してもらっちゃうとかくれんぼが終わっちゃうので…」

 

 

 我ながら苦しい言い訳だ。こんな夜中に廃遊園地でかくれんぼ? 誰が信じるものか。

 

 

 しかし、湊は続けた。

 

 

「あ! もしかしてピエロさんも一緒に探してくれますか!? 友達は赤い服を着てるはずなんですけど…」

 

 

 湊はピエロの注意を自分から逸らし、「まだここにいる理由がある」とアピールすることに賭けたのだ。

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、ピエロはこきりと首を傾げた。

 

 

 そして、次の瞬間。

 

 

アハハハハハハハハハハッ!!

 

 

 甲高い笑い声が夜の遊園地に響き渡った。それは、先ほどまでの作り物めいた陽気さとは全く違う、腹の底から湧き上がるような狂気に満ちた哄笑だった。

 

 

かくれんぼ? 友達? アハハッ、面白いジョークだ、ボク!

 

 

 ピエロの顔がゆっくりと湊に近づいてくる。白塗りのメイクにはひびが入り、その隙間から黒い何かが滲み出している。

 

 

嘘はいけないなあ。嘘つきはキラいだ

 

 

 その瞬間、ピエロの笑っていたはずの口が物理的に耳元まで裂けた。そこには、まるでサメのように何重にも生えそろった鋭い牙がびっしりと並んでいる。描かれていた星のメイクの奥の瞳はどす黒い憎悪と飢餓の色に変わっていた。

 

 

オニは、ボクの方だ。さあ、かくれんぼの時間だ。捕まえたら…

 

 

 ピエロはべろり、と裂けた口から信じられないほど長い舌を出し、自分の顔を舐めあげた。

 

 

オマエのぜんぶ、たべてあげる

 

 

「──―ッ!!」

 

 

 湊はもはや悲鳴を上げる余裕もなく、踵を返して全力で走り出した。

 

 

 背後から人間離れした跳躍力でピエロが追いかけてくるのが影の動きで分かった。

 

 

待てよォ、ボクぅ! すぐに楽にしてあげるからさァ!

 

 

 狂った声がすぐ背後から聞こえる。

 

 

 チケットの呪いでどこへ逃げてもメリーゴーランドの前に戻されてしまう。そして背後からは人知を超えた怪物が迫ってくる。

 

 

 出口のない遊園地で、湊の命を賭けた絶望的な鬼ごっこが始まった。






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