偽。【チ。現パロ二次創作小説】   作:すう

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偽。3〜名前をつけるには、まだ早い 2

 その日は、ほんの気まぐれでその道を通ったのだ。

 ヨレンタから言われたお使いを終わらせ、本屋で目的の雑誌を手に入れた。

 その帰り道。

 これまで通ったことのない道を見つけた。

 商店街を抜けた先、古い建物の並ぶ一角は、旧市街への古い道に繋がっているらしい。

 きょろきょろと見慣れぬ景色に目を輝かせていると、見覚えのある姿を見つける。

 ドゥラカは思わず足を止めた。

 ――フライ。

 色褪せたポスターが壁に何枚も貼られて、扉の前には木箱や布切れが無造作に積まれている。

 中からは、かすかに音楽と、人の声が漏れている。

 フライはその建物の前に立ち、腕時計を見て辺りを気にしている。

 声をかけようとして、ドゥラカは言葉を飲み込んだ。

 建物の中から、女性が出てきてフライに話しかけたからだ。

 年上に見える。動きが軽くて、華やかな笑顔が印象的だった。

 その人がフライに何か言うと、彼は――笑った。

 目を細めて、口元を緩めて。

 気を抜いたような、安心したみたいな、そんな顔。

 ドゥラカの知らない笑い方だった。

 なぜか、胸の奥が重くなった。

 フライは、人前であんなふうに笑ったりしない。

 少なくとも、私たちの前では。

 ドゥラカはただ立ち尽くしていた。

 声もかけられず、かと言って引き返すこともできずにいた。

 扉の向こうから、呼ぶ声がした。

 フライが小さく返事をして、女性と顔を見合わせる。

 二人は並んで、建物の中へ消えていく。

 ドゥラカは、縫い付けられたように、しばらくその場を動けなかった。

 ラファウの言葉がリフレインする。

「恋」

 ……もしかして、本当に?

 

 翌日。

 教会へ向かう坂道は、夕方になると人通りが少ない。

 石畳に積もった落ち葉を軽く踏みながら、ドゥラカは隣を歩くアルベルトを見た。

「――と言うことがあったわけよ」

「はあ」

 低くなった声。この頃少しぶっきらぼうだけれど、歩調はきちんと合わせてくれる。

 アルベルトは自分たちの中で最年少なのに、一番話しやすい。

「……フライのこと、変だと思わない?」

「ドゥラカ先輩、最近そればっかりですね」

 アルベルトは一瞬だけ足を止め、すぐにまた歩き出した。

「気になるんですか?」

「ん?」

「フライ先輩のこと」

 核心を突かれて、ドゥラカは言葉に詰まる。

 気になる?

 その言葉が頭の中で反響する。

 気になる。

 それは、どういう意味だろう。

「……そう、なのかな」

 自分に問いかけるように呟くと、アルベルトが横目でこちらを見る。

「好き、とか」

「えっ」

 自分の胸に問いかける。

 これは、恋愛感情なのか?

「……いや?好きとかじゃないわ。絶対」

 そう言い切った瞬間、胸の奥のざわつきが少しだけ静まった気がした。

 アルベルトがほっとしたように目を伏せる。

「んー」

 歩きながら、言葉を探す。

「友達として、気になるんだと思う」

「友達?」

「うん。今まで、私たちの居場所って言えば、教会だったじゃない」

 振り返れば、山の輪郭が夕焼けに溶けかけている。

「それ以外の場所に、フライが居場所を見つけたみたいで……なんか、置いて行かれた気がして」

 言葉にした途端、その感情の輪郭がはっきりした。

 寂しさ。

 独占欲に似た、でももっと幼いもの。

「……私、嫌な奴かな」

 友人が新たな居場所を見つけているのを、素直に喜べないのだ。

 アルベルトは少し考えてから、首を横に振った。

「そんなことないですよ」

 妙に大人びた言い方だった。

「普通だと思います」

 ドゥラカは喉の奥に残る小さなトゲを抱えたまま、教会へ歩を進めた。

 

 通りの奥でフライを見た日を境に、彼は教会に来なくなった。

「今日も来てないんだ」

 ドゥラカが鞄を足元に置いて課題を取り出した。

 レヴァンドロフスキが睨み合っていた数式から、目を離す。

「例の場所じゃね?」

 フライが出入りしているのは、古い演劇場だという。

 商店街の隅に忘れられたように存在するその場は、今なお多数の劇団員を抱える知る人ぞ知る場所らしい。

 演劇。

 あのフライが?

 結びつかなくて、イメージが湧かない。

 好奇心が疼いた。

「ね。フライが何してるのか、見に行かない?」

 はた、と全員の目がドゥラカに注がれる。

「んー」

 アルベルトの課題を見ていたラファウが、首を傾げた。

「僕は行かないかな」

「俺もパス」

「僕もです」

 ラファウの意見にレヴァンドロフスキとアルベルトが同意した。珍しい一致だった。

「僕だったら、見られるのは嫌だな」

 そう言ったラファウの言葉に、ドゥラカが視線を下げた。

「……そっか。そうだよね」

「あいつは、あいつの居場所を見つけたってことだろ」

 レヴァンドロフスキは持っていたシャープペンシルを鼻の上に乗せた。

「いつまでも一緒にはいられないからな。俺たちもさ」

 その言葉を、レヴァンドロフスキが言うことが意外だった。

 ドゥラカはノートの端を指先で折りながら、次の言葉を待つ。

「ほら。俺、お前らと違って学力足んねえからさ。同じ進学先には行けないじゃん」

 前々から、自分の進路について色々考えていたらしい。

「ばあちゃんの足が悪くなって、これからどんどん不自由が増えるってなって。じゃあなんかできることないかなって考えたら、介護の仕事に就くのもいいかもなぁって」

「……すごい。もうそこまで考えてるの?」

「僕らもう受験だしね」

 そう言うラファウは、元担任のフベルトを追いかけて教職の道に進むと前々から言っている。

「僕の目標はフベルト先生だからね」

「それはそうと、平日の授業参観に来るのやめてもらっていいですか、ラファウ先輩」

「ヤダー!僕が合法的にあの学校に出入りできる方法はこれしかないんだよ!?」

「全く合法ではないです」

 アルベルトの担任はフベルトである。

 さすがにアルベルトはまだ将来のことなど考えていないようだったが、父親が研究者をやっていて、時々手伝いをするうちに興味が出て来たと言う。

「みんな、ちゃんと考えてるんだ」

 やりたい仕事があると言えば、両親は応援してくれるだろう。けれど、ドゥラカにはやりたいことなど特にない。

 一人だけ置いて行かれた気がした。

 課題に全く手がつけられない状態で、この日は時間だけが過ぎて行った。

 教会の窓が薄暗くなっても、ドゥラカは一人、教会に残っていた。

「早く帰れ」

 バデーニが腕を組んで、高圧的に言った。

「雨が降るぞ」

 そう言っているうちに、窓を雨粒が叩き始めた。

 オクジーが雨漏りの修繕に追われて走り回る。教会の外観は数年前と比べてかなり修繕の手が入っている。窓ガラスは新しいものに入れ替えられ、外壁も塗り直された。

 しかし、まだ直さなければいけないところは多数残っているようだ。

 動かないドゥラカに、バデーニはため息と共に話しかける。

「君らはまだ若い。今やっていることに無駄なことはない。この前だって、老婦人が来た時に孫の好きなものの話になり、君たちが無駄話していた菓子だか何だかの話を聞いていたおかげで、合わせることができた」

 レヴァンドロフスキたちが使っていた椅子を引き、腰を下ろす。

「私がこんなことを言うのは非常に稀だが、何か一つ言うことを聞いてやろう」

 本当に珍しいことだった。

 ドゥラカは思わず顔を上げる。

「じゃあ、私と演劇観に行きましょう」

「は?」

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