偽。【チ。現パロ二次創作小説】   作:すう

12 / 12
偽。3〜名前をつけるには、まだ早い 4

 後日。

 演劇場で怪我人が出た。

 そのニュースに、ドゥラカは息を呑む。

 老朽化した舞台の屋台から、裏方の一人が落下。骨折したという。

 劇場は、当面閉められることとなった。

 

 ドゥラカは、その足で演劇場へ向かった。

 商店街を抜け、角を曲がり、あの色褪せたポスターの貼られた建物の前に立つ。

 ――閉まってる。

 乱雑に置かれた荷物はそのままで、窓には板が被せてある。

 分かっていたはずだったが、焦りだけが胸の中を渦巻いていく。

 正面扉に手をかけ、動かしてみる。

 冷たい取っ手はびくともしない。

 窓の隙間から中を覗くが、照明は落ち、人影はない。

 裏口に回った時、タバコの匂いがした。

「……アンナさん」

 座り込んだ人物が顔を挙げた。

「……ドゥラカちゃん」

「私……何かしたい。フライの場所を守りたい」

「やめて」

 アンナは一瞬、感情的に言ってしまったことに後悔した顔を見せ、力無く微笑んだ。以前のような華のある笑顔は影を潜めていた。

「……ありがとう」

 しかし、アンナは目線を逸らした。

 タバコの火を消す。

「でも、これは大人の問題。あなたが背負うものは無い。……もう来ない方が良い。あなたも、あの子も」

 ドゥラカを残し、裏口から中に入っていった。

 後には、風に剥がれかけたポスターが、かさりと乾いた音を立てるだけだった。

 

 その日から、ドゥラカは放課後になると外を歩いた。

 商店街の中を歩き回り、長くここにいそうな人に話しかけた。

「事故? ああ、聞いたよ。古かったからね、なあ」

 肉屋のおじいさんが頷く。

「若い子がやってる劇団でしょ。前の団長が逃げちゃって、苦労したみたいね」

 奥さんが頰に手を当ててため息を漏らす。

「今、どこに行けば会えますか」

「さあねえ。前はよく顔を出してくれてたけど」

「再開は、いつ頃になるとか」

 おじいさんが首を横に振る。

「俺は生まれてからずっとこの町で住んでるけど、物心ついた頃にはあの劇場があったんだ。かなりガタがきてる。また怪我人が出ないように直すしかないんじゃないか」

 借金の話は、ここいらでは有名な話のようだった。

 しかし、再開時期について知っている者はいなかった。

 尋ねるたびに、首を傾げられる。

 時には鼻で笑われることもあった。

「そんなこと調べて、どうするの?」

 

 家に帰ると、携帯でSNSを開く。

 あの演劇場の情報を少しでも集めたかった。

 何日も夜更かしして、目をこすりながら画面を追う。

 気づけば夜も更け、制服のまま机に突っ伏していた日もあった。

 かつてあの演劇場を訪れた人の感想がいくつも寄せられた。

『良い役者が揃っていた』

『初めて演劇を見た場所です』

 画面を更新しても、出てくる言葉は昨日と同じだった。

新しい情報は一つもないのに、時間だけが確実に減っていく。

「……っ」

 苛立ちを押し殺すように、机に額をつける。

 集めた情報を文章におとしこんでいく。何度書き直しても、薄っぺらく見える。

 ――誰のために書いているんだろう。

 丸めた紙が床に落ちるたび、何かを失っていく気がする。

 空が白んでも、ドゥラカの部屋の電気はついたままだった。

 その姿を、ヨレンタとシュミットは、何も言わずに見ていた。

 

 事故から二週間が過ぎた頃。

 ドゥラカは、久しぶりに教会の扉を押した。

 ひんやりとした空気。

 蝋の匂い。

 オクジーが箒とバケツを手に、顔を上げる。

「……どうしたの?」

 ドゥラカは一歩前に出て、深く息を吸った。

「オクジーさん。……力を、貸してください」

 集めたメモを差し出す。

「私……」

 走り書きの紙、画面を写したスクリーンショット、噂話。

「フライの居場所がなくなるのを、見てるだけでは、嫌で」

 ドゥラカは声が震えるのも構わず、思いを口に出した。

「事実を、ちゃんと伝えたい。少しでも多くの人に届けたい。……オクジーさんの文章の力、貸してください」

 オクジーは、しばらく黙ってメモを見ていた。

 それから、ふうと息を吐き、ゆっくりと頷く。

 優しい笑みが浮かんでいた。

「……分かった」

 二人は机を挟み、向かい合った。

 静かな教会の中に、ペンを走らせる音だけが響いた。

 暗くなるまで、何度も何度も書き直した。

 

 後日。

 朝刊を開いた瞬間、ドゥラカは息を止めた。

……あった。

 オクジーと何度も書き直した文章が、紙面の中に印刷されている。

 これは本当に、正しいことだったのだろうか。

 今更になってよぎる不安を、頭を振って掻き消す。

 指先が震え、紙を持つ力が抜ける。

——載った。

 最近、事故のあった演劇場についての、投稿文。

 借金を抱えながらも公演を続けていたこと。

 役者たちを大切にしていたこと。

 多くの人に愛されていたこと。

 そして――このままでは、劇場が閉じてしまうこと。

 記事の反響は、ドゥラカが思っていたよりも大きかった。

 問い合わせが入り、支援の声が上がる。

 有志によって資金が集まり始めたと、新聞社から連絡が入った。

 劇場再開の目処は、まだ立っていない。

 それでも。

 かすかな希望の灯りがともったのを、ドゥラカは感じた。

 

 学校終わりの放課後。

 試験前の教会の中は、いつもの穏やかさの中にほんの少しの緊張が混じる。

 他愛無いお喋りと軽口。

 ラファウがノートの上にシャープペンシルを転がす。

「ドゥラカさん、おしゃれしたんだって?」

「……何で知ってんの」

「クラスの女の子が話してるのを聞いてね。見たかったなぁ」

「えー撮ってないし。バデーニさんの私服ならあるよ」

「うおっかっけー!」

「え。何でそんな写真持ってるんですか」

 ドゥラカの携帯を覗き込んだ面々が口々に好きなことを言う。

「ドゥラカさんの写真はないの?」

「無い」

「えー普段とは違う格好、見たーい」

「ラファウ先輩、ドゥラカ先輩のこと好きすぎでしょ」

「うん。大好き」

「はいはい。ありがとー」

 アルベルトが複雑な顔でラファウを睨みつける。

「フベルト先生はいいのかよ」

「フベルト先生は好きとかじゃ無い。愛してる」

「感情重すぎ」

「怖えよ」

 ドゥラカの隣の席が、静かに引かれる。

「よう」

 レヴァンドロフスキはいつもの軽い調子で手を挙げる。

 フライは顔だけで応じて、席に着く。

 ラファウはお喋りを止めない。

 アルベルトがチラリと視線を向けた。

 課題を取り出し、ノートを開きながら、フライは独り言のように声を出した。

「……あの記事さ」

「ん?」

 フライは一瞬だけ、言葉を探すように視線を泳がせた。

「……何でもない」

 そう言って、課題に集中し出した。

 ドゥラカも自分のノートに視線を戻す。

 ノートの下から覗く進路希望調査書の紙を、指先で押さえる。

 しばらく、そのまま動かずに。

 やがて、紙をきちんと揃えて、ノートの下に戻した。

 

 おしまい

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。