朝。
まだ日の登り切らないうちにシュミットは窓を開ける。
低い位置から差し込む朝の光を、真正面から受け止める。
理由は分からない。ただ、こうしなければ一日が始まらない気がするのだ。
隣でドゥラカが眠そうな顔をしながら、同じように光を浴びている。
「毎日よくやりますね」
「日課だからな」
「記憶はなくても、この習慣は同じなんだ」
ドゥラカの独り言に、首を傾げる。
この子は時々、不思議なことを言う。
多感な時期というのは、こういうものなのか。
シュミットは、一人納得した。
朝食は必ず三人揃って摂る。
ここは、以前住んでいた家よりもひとまわり小さな家。
以前の家は任務のための仮住まいだったため、新たに探して引っ越した。
南向きの大きな窓が、気に入った。
三人で住むにはちょうど良い広さの家だ。
「おはようございます。では、今日の予定は?」
朝食の席で、ヨレンタがこう聞くのが日課だ。
「ちなみに私は、午前中職場に出て、午後からは在宅勤務です」
「先日の事件の後処理と、調査に向かう。定時に必ず帰る」
シュミットが、簡潔に報告する。
「よろしい」
ヨレンタが頷く。
なんか、会社の朝礼みたいだな。
ドゥラカが密かに思う。
シュミットとヨレンタの薬指には、新しい指輪がはめられていた。
しかし、式は挙げていない。
「では、ドゥラカさん」
指名され、思わず片手を挙げる。
「ええと、今日は学校のあと、調べ学習の課題が出るので、家に友達を呼んでもいいですか?」
「いいじゃないか、どんな子らなんだ?」
「ええと、レヴァンドロフスキはうるさいやつで、フライは暗いやつです」
「……」
雑な上に酷い紹介だった。
しかし、シュミットが黙った理由はそちらではなかったらしい。
「待て、男の子……なのか?」
「はい」
シュミットが何やら逡巡している。考えた末に、もう一度口を開く。
「……それは、男の子が来る、と言うことか?」
「だからそう言ってるじゃないですか……」
それ以降、シュミットが黙り込んでしまった。ドゥラカはヨレンタと目を合わせ、肩をすくめた。
彼らは、まだ家族初心者である。
放課後。
四人が家に集まった。
「てか、なんでいんだよラファウ!」
レヴァンドロフスキが声を荒げる。
「いやだな、友達じゃないか」
ラファウは隣の一組の生徒だ。
頬杖をついたラファウを横目に、フライがドゥラカに耳打ちする。
「……グループになる時、誰も組みたがらなかったらしい」
「ぼっちなんだ可哀想」
「可哀想じゃない。フベルト先生も僕は一人で出来るって言ってくださった!」
「じゃあ一人でやれよ」
「寂しいじゃないかぁ」
わちゃわちゃし出したドゥラカの部屋のドアがノックされる。
「勉強はすすんでる?」
顔を出したのはヨレンタだ。手にはジュースの入った盆を持っている。
「あざす、組織長《ボス》!」
「お邪魔してます、組織長《ボス》」
レヴァンドロフスキとフライの言葉に、ラファウが首を傾げる。
「なんで、ボス?」
ヨレンタもよくわからない顔で微笑んでいる。
「面白いお友達ね」
ドゥラカは曖昧に笑いながら、ジュースを受け取る。
そこでドゥラカは今回出された課題について、ヨレンタが何か知らないかに思い至る。
街に残る古いものを探して、その歴史を調べよう。
グループで協力し、レポートにまとめるのが今回の課題である。
レヴァンドロフスキが「どうせなら俺たちは一番古いものを調べようぜ」などと縛りをつけたせいで、課題の難易度が上がってしまったのだ。
「ヨレンタさん、この町で一番古いところって、どこですか?」
ドゥラカの問いに、ヨレンタは思いつく場所の心当たりを挙げていく。
「そうね……病院、図書館、あと、教会はずっと昔からあるって聞いたことがあるわね」
「教会?」
「ああ、街の外れにある、小さな教会ですね。寂れててもう使われてないのかと思ってました」
フライに心当たりがあるようだった。
「最近、新しい神父さんが来られているそうよ。お話聞けるんじゃないかしら」
「詳しいですね。ボス」
ラファウがレヴァンドロフスキたちの口調を真似る。
「まあ……仕事柄ね」
ふふ、と意味ありげに微笑むヨレンタに、ドゥラカの背筋に寒いものが走る。
「よっしゃ!じゃあゼンは急げってばあちゃんも言ってた。話聞きにいこうぜ」
レヴァンドロフスキがジュースを飲み干し、勢いよく立ち上がる。
「ええ、今から?」
「俺たちの足ならすぐだって。逃げないうちに急ごうぜ」
「逃げないでしょ……」
ドゥラカたちは机に広げられた筆記用具を鞄に押し込み、慌てて立ち上がる。
「行ってらっしゃい」
「行って来ます。夕方には帰りますから」
「お邪魔しました!」
レヴァンドロフスキが嵐のように走って出ていくのを、追いかける。
ヨレンタはニコニコしながら後ろ姿を見送った。