街外れの教会まで、十分程度。
ただし、レヴァンドロフスキが全力で走ったので、ものの五分ほどで到着してしまった。
「脳筋……」
ドゥラカが荒れた息を整える。
ケロリとした顔で、レヴァンドロフスキが教会を眺めている。小さな教会は確かに古く、外壁は剥がれ、窓ガラスには応急処置の跡が残っていた。
「すっげ。夜に見たらお化け屋敷かも」
「何がお化け屋敷だ」
よく通る、男の声がした。
続いて教会の正面扉がバタンと音を立てて開く。
中から出て来たのは若い男で、黒い修道服を身に纏っていた。
レヴァンドロフスキとドゥラカが思わず息を呑む。
神父と思わしき男の顔には生々しい傷跡と、片目に眼帯がつけられていた。
「うへえ」
「子供が何の用だ」
「あ、ええと。学校の課題で、街の古いもの調べをしてて。この教会の話を聞かせてもらえたらな〜って」
「断る」
「は?」
「私は忙しい」
煩わしそうにそう言うと、男は再び扉を大きく閉めて中に入ってしまった。
しばらくして、やっと追いついて来たフライたちが、立ち尽くすレヴァンドロフスキたちを見て訝しむ。
「終わったわ」
「どう言うこと」
「速攻断られた。なんっだよ、あの神父。ぜってーカタギじゃ無い」
レヴァンドロフスキが腑に落ちない神父の態度に怒りを表す。
門前払いは確かに酷いが、レヴァンドロフスキの態度にも問題があった。ドゥラカは軽く睨みつける。
「あの、君たち」
控えめな男の声がした。
振り返ると、子供たちの背後に大男が立っていた。
「うおっデカ!」
「お前は声がうるさいよ」
「フベルト先生よりは小柄だと思うけど」
ラファウは基準がズレていた。
「はは、スミマセン」
子供たちの態度に恐縮しながら、男が冷や汗を浮かべた。
「誰?」
「あ、自分オクジーって言います。この教会で雑用やってます……」
子供たちの視線に慄きながら、目線を泳がせる。
「あの、バデーニさん……ここの神父様が、何か失礼なことしませんでしたか?」
先ほどの男はやはり神父で、バデーニという名らしい。
子供たちは沈黙して目を見合わせる。
先ほど手酷く課題の手伝いを断られたところだ。
その様子を察して、オクジーがますます恐縮する。
「スミマセン!最近気が立っているみたいで。お気を悪くされてたら申し訳ないです」
「オクジー君!」
建物の中から声が響いた。
「はい!じゃ、じゃあ」
オクジーは慌てて教会の中へ消えていった。
ドゥラカたちは再び目を見合わせた。
「……ということがあったんですよ。今日」
夕食の席で、ドゥラカは一日の出来事を報告した。
その後調べた限り、街で一番古い建物は、やはりあの教会だった。
逆境に燃えるレヴァンドロフスキがどうしても譲らず、明日もう一度教会へ行くことになっている。
夕食のメニューは魚介のパスタとサラダとスープ。
具沢山のスープを味わいながら、シュミットが静かに頷く。
「長いこと管理者が不在だったようだ。貴重な資料も多く保管していると聞く」
一拍置いてから、続けた。
「……いいテーマになるんじゃないか」
ヨレンタといい、シュミットといい。なぜ、そんなにあの教会について詳しいのだろう。
ドゥラカの表情を見て取ったのか、シュミットがニヤリと笑う。
「仕事柄、な」
「……?」
「そうそう」
パスタにフォークを添えながら、ヨレンタが思い出したように声を上げた。
「ドゥラカさんが家を出たあと、男の子が尋ねて来たの」
「ええ、誰だろう」
「それが、名乗りもせず帰ってしまったわ。多分、ドゥラカさんより下の学年だと思うけれど」
ドゥラカは転校してきて日が浅い。クラスメイトの顔すら、まだ曖昧だ。
下級生となると、なおさら思い当たらなかった。
「男の子……」
シュミットが、聞き取れないほど小さく呟く。
「また、男の子、なのか……」
翌日。
昼休み。
当然のように、そこにラファウはいた。
「……なんでいんだよ。ここ二組だぞ」
「昼休みだからね」
何一つ当然ではないが、もはや誰も突っ込まない。
ラファウは自然に溶け込んでいた。
「フベルト先生も、友人と共に過ごす時間は何ものにも変え難いと仰っていた」
「出たフベルト節」
「卒業したらどうするつもりなんだ」
「……フベルト先生と離れるなんて考えられない。すぐに教員免許を取ってフベルト先生のところに戻って来てやる」
「フベルト先生可哀想」
「進路はもうちょっと慎重になったほうがいいよ」
その時。
「あの……ドゥラカ先輩」
おずおずとした声に、四人が顔を上げる。
そこに立っていたのは、小柄な少年だった。
「……誰?」
「三学年下の、アルベルト君だよ」
ラファウが気づいて手招きをした。
少年、アルベルトは口を真一文字に結び、緊張で背中がこわばっている。
「知り合い?」
「まあね」
ラファウがほんの少し、視線を曇らせた。
「兄が、家庭教師をしてるんだ。でもあいつ、色々とやばいから近づかない方が身のため」
「やばい奴に言われるやばいって、一周回ってまともなのでは?」
フライがぼそりと呟いた。
「フライ君てさ、僕に当たり強くない?」
「違う。評価してる」
ラファウは何も言わなかった。
「それで、どうしたの?」
ドゥラカが膝に手をついて、アルベルトと目線を合わせる。アルベルトは、顔を真っ赤にして、しどろもどろになる。
アルベルトは一瞬迷ってから、ぎゅっと拳を握った。
「……お願いが、あって」
昼休みのざわめきの中に溶けてしまいそうな小さな声で、アルベルトはそう言った。
「教会に、大切なものを隠してて」
「教会だって!?」
ドゥラカが眉をひそめる。フライがレヴァンドロフスキの口を塞いだ。
「でも最近、人が来るようになって……神父さんが、怖くて」
「怖い?」
「怒ってるとかじゃなくて……近づきにくい、というか」
四人が顔を見合わせる。
「で、それを取りに行けないから、私に言いに来たの?」
ドゥラカが首を傾げた。
「……ドゥラカさんの家族、サンタさんだって」
「は?」
「子供の味方で、困ってる子を助けてくれるって……」
ドゥラカは思わず額を押さえた。
噂が、妙な方向に転がっているらしい。
「なんでそんなことに」
ドゥラカの反応に、アルベルトは自分の思い違いがあったことに気づいたらしい。泣きそうな顔で下を向いてしまった。
沈黙。
「……困ってるじゃん。助けてやれよ」
あっさりと言ったのはレヴァンドロフスキだった。
「待って、さっき教会って言った」
フライが即座に止めに入る。
「はい。街外れの、教会に」
「そこに隠したものを、取り返したいって?」
「ほら、簡単じゃん」
「簡単じゃない!」
ドゥラカが言い切った。
「で」
ラファウが静かに割り込む。
「大切なものって、何なんだい?」
アルベルトは、ぎゅっと両手を握った。
「……大事なもの、です。僕のものじゃなくて、預かったものなんですけど、多分、アルバム」
人から預かったものを、何故そんなところに。
疑問は尽きなかったが、アルベルトの様子を見るによほど困窮してドゥラカを訪ねたらしい。
「……もしかして、昨日うちに来たのって君?」
アルベルトが無言で頷く。
大人に言うこともできず、ずっと心細げに過ごしていたのだろう。
「……分かった。私たちも教会には用があるから一緒に行こう」
「ドゥラカさん、そんな安請け合いしていいんですか」
フライが慎重な姿勢でドゥラカを見る。
ドゥラカは安心させるようにアルベルトを見てにっこり笑った。
「昨日見た、大男さん。あの人なら優しそうだったし、話を聞いてくれそうかなって」
放課後の待ち合わせ場所は、教会近くの公園であった。 小さな噴水から流れる水が、風に流されている。
アルベルトが噴水に腰掛けて一人で待っている。
ドゥラカが声をかけた。
「や。お待たせ」
アルベルトが顔を上げ、少し笑った。
レヴァンドロフスキ、フライ、ラファウも合流し、教会へ向かう。
「最近までは、教会の窓が割れていて、そこから出入りできたんです」
「それ、不法侵入だよ」
「はい……」
ラファウに言われて、アルベルトがしゅんと肩を落とす。
昨日見た限り、窓は補修されていたから、入れなくなってしまったのだろう。
優しそうな大男――オクジーに事情を話せば、分かってもらえるかもしれない。
そう考えながら、教会の角を曲がろうとした時。
怒声が響いた。
アルベルトが腰を抜かしてフライに抱えられた。
ドゥラカたちが顔だけを出して、教会の方を窺い見ると、昨日のバデーニ神父と、背後にオクジーがいた。三人の黒服の男たちと対峙している。
男たちは薄暗い中なのにサングラスをかけていた。
物々しい雰囲気に、ドゥラカが思わず肩をすくめる。
「いやあ、何度もすみませんねえ、神父さん。こっちもオシゴトなもんで」
上役らしい黒服がそう話す両隣で、体格のいい二人の男たちがバデーニに圧をかけて睨みつける。腕を組んだバデーニの背後で、オクジーがアワアワと慌てている。
「土地だけ譲ってもらえりゃ、あとはこっちでキレイにするって言ってんだ、さっさと判子、押してくれませんかね」
「先ほども申した通り、私はここに派遣されて来ている。土地の譲渡の権限は私には無い」
バデーニの言葉は淡々としていて、一歩も引く気はなさそうだった。
「……あったとしても、チンピラまがいの小者を寄越すような輩と取引する気はない。お引き取りください」
男の額がピクリと動いた。しかし男は気味の悪い薄ら笑いを浮かべるだけだった。
「この辺、夜になると物騒でしょ?火の気なんて、ねえ」
サングラスの奥の目をギラリと光らせた。
「もし、神父さんに何かあったら」
男が手を伸ばしてバデーニに触れようとした。
次の瞬間。
男の手首が、あり得ない角度で捻り上げられていた。
「え?」
バデーニの背後から伸びていたのは、オクジーの手だった。
「ぼ、暴力はやめてください」
お前が言うか。
一番暴力に訴えている男がそう言うのを聞いて、子供たちの顔が一斉に青ざめた。
チンピラまがいの男たちは迫力に押され、転がるように逃げていく。
ドゥラカたちは公園に逃げ帰り、円陣を組んで座った。
「何あれ。一番やべーのあの兄ちゃんじゃん」
「僕らの細首なんて、ポキポキのポキですね」
「ポキ……」
フライの言葉にアルベルトがベソをかいている。
「チンピラの脅しにあそこまで動じないってことは、あの神父たちも一般人ではないのかもしれないね」
皆が絶望的な気持ちで沈んで行くのを見て、ドゥラカが手を叩く。
「見られなければ、いい」
ドゥラカは胸がざわつき、脈打つのを感じた。それでも、言葉は止められなかった。
「はい?」
「忍び込もう」
「……簡単に言うけどさ、どうやるつもり?」
アルベルトが以前出入りしていた窓はもう閉じられている。神父たちに見つからずに中に入る方法など、あるのか。
全員がドゥラカの次の言葉を期待して待つ。
「それは、今から考える」
「だあ!考えてなかったのかよ!」
「アルベルト、その大切なものってどこに隠したの?」
「教会の奥に、地下に降りる階段があって。物置になっていました。そこに」
「入り口は一つだと思う?」
「……いえ。裏手に、鍵のかかった扉がありました」
「古い建物ほど、鍵は形だけのことが多いんだよね」
ラファウが楽しそうに手を挙げる。
「え、何その知識」
フライが胡乱な目を向ける。
「フベルト先生が」
「あ。もういい」
ドゥラカが地面に図を書いていく。教会。その中に神父たちの似顔絵。
「じゃあ、裏手から入ろう。目立つから、二手に分かれる」
教会の正面にレヴァンドロフスキとフライ。教会の裏手にドゥラカ、ラファウ、アルベルト。
ドゥラカが地面に似顔絵を書き込んで行く。
「うまいね」
ラファウが顎に手を当てて感想を漏らした。
「いい?私たちが裏手に回ったら、教会正面でレヴァンドロフスキとフライが騒いで、神父たちの意識を引く」
神父たちの似顔絵から、外に向かって矢印を描く
「その隙を見てラファウが鍵を開ける。そのまま見張りをしてて」
「ふむ」
「私とアルベルトで中に潜入、目的のものを手に入れたら撤収」
「え、俺らあのデストロイヤーに立ち向かうの」
「課題のことで質問がありますって言うの。詳しい事を神父に聞いてほしいって、間に入って貰えばいい」
「それなら……」
それなら、いきなり首をポキっとされることはないだろう。
全員が顔を見合わせる。
誰も、やめようとは言わなかった。
作戦を、開始する。