偽。【チ。現パロ二次創作小説】   作:すう

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偽。2 〜放課後教会活劇 4

 「!?」

 男は、自分の手から黒い塊が弾かれるのを見た。

 銃が部屋の隅に転がっていくのを認め、初めて手元に武器がなくなったことに気付かされる。

 次の瞬間男が目にしたのは冷たい床で、腕は背中に回されていた。

「確保」

 低く、無感情な男の声が頭上から振る。

「……隊長」

 子供が小さく呟く。

 先ほどまで足の下にあった子供の、あっけに取られたような顔がそばにあった。

 場違いな着信メロディが、静寂を破った。

 髭の男が上着のポケットからスマホを取り出し、耳に当てる。

「ふむ。了解」

 短い報告を聞いて、電話はすぐ切られた。

 髭の男の口から、にわかに信じがたい事実が告げられる。

「君たちの組織が、たった今、制圧されたよ」

「……は?」

「土地の不正取引、及び恐喝、殺人未遂の現行犯で逮捕する」

 バラバラと足音を立て、数人の警察官が現れ、黒服たちに手錠をかけていく。

 ポカンと口を開けるドゥラカたちの前で、黒服たちは連れて行かれてゆく。

 

 教会の中に静けさが戻った。

 嗅ぎ慣れない硝煙と血の匂いは、まだ消えずに残っている。

 救急隊がオクジーの処置を始め、バデーニはそばで無言で立ち尽くしていた。

 女性警察官に声をかけられて、ドゥラカの意識は現実に引き戻される。

 そして警察官の向こうに見慣れた姿を見て、息を呑む。

 しかし、表情の消え去った顔は、今まで見たことがなかった。

「ドゥラカさん」

 声をかけられ、ドゥラカはびくりと肩を震わせた。

 ヨレンタ。服装はいつものものだったが、背筋に一切隙がない。

 その視線は、湖面のように静かだった。

「……はい」

「怪我は?」

「……ありません」

 ヨレンタは、周囲を一度見回した。床に落ちた血。蒼白な顔の子供たち。

 緊張の糸が切れたアルベルトが、泣き出した。

「全員、生きているわね」

 それだけを確認してから、ドゥラカに視線を戻す。

「質問する。あなたは、ここで、何が起きる可能性があったと思う?」

 突然の問いに、ドゥラカは戸惑う。

「……撃たれて、殺される……とか」

「他にもある」

 否定も叱責もない。

「証拠隠滅のために建物ごと焼かれる。その場合、死亡確認すらされない可能性もあった」

 ドゥラカの指先が、冷たくなる。

「あなたたちが今、運良く助かったのは、あなたの計画が優れていたからではない」

 瞬きほどの沈黙。

 ヨレンタは言葉を続ける。

「ただの偶然。介入が数秒遅れていれば、結果は違っていた」

 ヨレンタは一歩、ドゥラカに近づく。

 声は低く、いつもの穏やかさは影を潜めていた。

「あなたは賢い。状況を読む力もある」

 ドゥラカが服の裾を握りしめた。

「――だからこそ、始末が悪い」

 視線が、真正面から突き刺さる。

「ここは、大人の世界。踏み込んだ時点で、もう子供だからで守られる場所ではない」

 ドゥラカは目頭にツンとした痛みが走るのを感じた。

「あなたのしたことは、ただの無責任」

 沈黙。

 アルベルトが、隣で小さく鼻をすする。

 ヨレンタは一度、目を伏せた。

 睫毛がわずかに揺れる。

「今回は、私たちが後始末をしたけれど。

 ……次はない。今度はあなたが誰かの死を背負うことになるかもしれない」

 ドゥラカの喉が、ごくりと鳴る。

「覚えておきなさい」

 ヨレンタは、静かに言い切った。

「……はい。……ごめんなさい」

 ドゥラカはそれ以上何も言えず、ただ自分の手を見下ろした。

 

「いやー、危機一髪でしたね」

 間延びしたラファウの声が場の緊張を緩めた。

「お前、今までどこにいたんだよ!」

 レヴァンドロフスキが食ってかかる。

「機転を効かせて助けを呼びに行った僕に、その言い草?」

「ありがとうラファウ君命の恩人!」

「手のひら返しがすごい」

 ラファウのしたり顔は、しかし一瞬で目の前に現れた人物によって瓦解する。

「な……兄さん」

 ラファウそっくりの青年が、薄い笑みを浮かべて立っていた。

「なんでここに」

「連絡をいただいてね。急いで駆けつけたと言うわけさ」

「よりにもよって……」

「愚弟が迷惑をおかけして申し訳ない。いつも仲良くしてもらって、ありがとう」

 人当たりの良い笑みは子供たちの警戒の糸を解く。

「ラファウの兄、まともじゃね?」

「やはりやばい奴の言うやばいは一周回ってまともでは」

 そう言っているうちに、レヴァンドロフスキやフライの家族が到着したらしい。

 周りへの謝罪やら、叱りつけやらで、忙しない。

「……アルベルト」

「父さん」

 アルベルトは父親に抱きしめられている。

「……すみません。私たちがアルベルトを巻き込んでしまって、危険な目に」

「違います、元はと言えば僕が!」

 再びベソをかきながらアルベルトが言葉を遮る。

「……大切なものなのに、こんなところに隠したから」

 アルベルトの父は、辛抱強くアルベルトの言葉を聞いている。

「大切なものとは、これのことか?」

 バデーニが現れた。背後にはいつものようにオクジーがついている。足を引きずっていたが、もう血は止まっているようだった。

「書庫に見慣れぬものがあった」

「バデーニさんは、書庫にある全ての書籍を把握しているんですよ」

 バデーニは満更でもなさそうに薄く笑った。

「ふん。貴重な資料を失うわけにはいかないからな。資料を保管し、次の時代に引き継ぐことこそ私の使命だと思い、ここに志願して聖職者になった」

 オクジーは慌ててフォローする。

「あ!でもちゃんと司祭としての仕事もされてますから」

 しかし、目が泳いでいた。

「じゃあ、結婚式とかもしてるの?」

「ああ」

 バデーニの手に握られた、水色の表紙の冊子。アルベルトはそれを見て声を上げた。

「神父様!それ!」

「……それ」

 ラファウが呟いた。顔が真っ青だった。

「おや。アルベルト君の大切なものって、これのことだったのかい」

 ラファウ兄が、ひょこりと顔を出す。

「はい。先生から預かってた、大切なものです」

 アルベルトはバデーニから渡された冊子を、大切そうに抱きしめた。

「……どういうこと、兄さん」

「ラファウがいけないんだよ。君の可愛い幼少時代の写真が詰まったアルバムを、捨てるなんて言い出すから」

 ラファウ兄がアルベルトの頭を優しく撫でる。その微笑みは、どこか計算され尽くしたものに見えた。

「だから、信頼できる僕の生徒のところに預けてたってわけさ」

 ははは、と笑うラファウ兄の胸ぐらを、ラファウが掴んだ。

「すべての元凶は、兄さんじゃないか!」

 静かな教会に、ラファウの声がやけに大きく響いた。

 

 静寂で満ちた夕方の教会。

 ステンドグラスから差し込む光が、床に幻想的な陰影を落としていた。

 ドゥラカは、仕事終わりのシュミットとヨレンタを、行き先を告げずにここに連れて来た。

 バデーニがいつもより厳かな聖職者の服に身を包み、二人を誘う。

 戸惑い、躊躇する二人。

 バデーニの「私、忙しいんで」と言う圧のかかった言葉に、渋々従うしかなかった。

 

 シュミットは仕事服のまま立っていた。

 背筋をいつもよりまっすぐ伸ばし、心なしか緊張した面持ちでその時を待つ。

 ヨレンタは同じく普段着の上に、白いヴェールだけを被っている。

 飾り気はない。しかしその薄布一枚が、彼女をいつもより少しだけ特別な存在に見せた。

 祭壇前の席には、子供たちが並んでいる。

 ドゥラカ、レヴァンドロフスキ、フライ、ラファウ、そしてアルベルト。

 少し離れた場所に、落ち着かない顔で座るオクジー。

「では」

 バデーニ神父が、静かに声を上げた。

「シュミットさん、あなたはこの女性を妻とし、神の掟に従って結婚の契約を守り、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、愛し、敬い、慈しみ、死がふたりを分かつまで、この絆を守り続けることを誓いますか?」

 シュミットが一歩前に出る。

 少し言葉を探し、それから続けた。

「はい。喜びも、危険も、日常も。全てを共にすることを誓います」

 ヨレンタは一度、目を伏せてから顔を上げた。

「ヨレンタさん、あなたはこの男性を夫とし、神の掟に従って結婚の契約を守り、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、愛し、敬い、慈しみ、死がふたりを分かつまで、この絆を守り続けることを誓いますか?」

「はい。……私は、あなたの前では、自然体でいられる。あなたとずっと、共に歩むことを誓います」

 ヴェールの下で、微かに笑う。

 シュミットが指輪を取り出す。

 銀色の、飾り気のないリングが薬指に通される。

 次に、ヨレンタが同じように指輪を受け取り、シュミットの指にはめた。

「……これにて」

 神父が小さく頷く。

「あなた方は、夫婦です」

 静寂。

 次の瞬間。

「……で?」

 ラファウが、首を傾げた。

「そこで抱きしめてあげたらいいんじゃないかな」

 レヴァンドロフスキが前のめりになる。

「そうそう、ギューとかチューとかしちゃえよ隊長!」

 アルベルトが顔を真っ赤にして目を覆う。

「ちょっとお前ら、声が大きいよ」

 フライが小声で注意するも、誰の耳にも届いていなかった。

 ヨレンタが一瞬、困ったように瞬きをし、ふっと力を抜いた。シュミットの胸に、そっと手を伸ばす。

 シュミットは一拍遅れてから、ぎこちなく、ヨレンタを抱きしめた。

「おおー!」

「やった!」

 子供たちが騒ぐ。

 オクジーは目を逸らし、咳払いをした。

 教会に、小さな笑い声が満ちる。

 その騒がしさの中で、ドゥラカは初めて、自分が越えてはいけない一線を踏みかけていたことを理解した。

 

 おしまい

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