夕方の教会に、啜り泣く声が響いている。
ステンドグラスを通った光は床に伸び、長椅子に優しく触れている。
椅子や机を寄せ集め、制服姿のドゥラカたちが一枚の原稿用紙を囲んでいる。
その中心に座り、広い肩を縮こませて恐縮するのは、この教会の雑用、オクジーだ。
ドゥラカたちに出された作文の課題を、オクジーが試しに書いてみたのだ。
「ここ、この《風が吹くと古い紙の匂いがした》って締め、最高に泣かせにくる……」
目を真っ赤にしたレヴァンドロフスキが、盛大に鼻をかんだ。
「四百字でここまで感情移入って出来るんだ」
フライはレヴァンドロフスキの様子に呆れつつ、彼自身も鼻の頭を赤くしていた。
「これはもう入賞間違いなしですよ」
ハンカチで目尻を抑えるラファウ。
「オクジーさん、もう本出すべき。売れる。絶対」
ドゥラカがオクジーの書いた文章を穴が開くほど読み返している。
「……んな大袈裟な」
最近声変わりしたアルベルトが、冷めた目で言った。
ドゥラカがレヴァンドロフスキたちと出会ってから、三年が経っていた。
ドゥラカたちは地元の学校に進学し、アルベルトは最高学年になっていた。
彼らの友情は変わらず。
放課後は教会に集まり、学校の課題をするのが日課となっていた。
ゴホン。
わざとらしい空咳に、全員が振り向く。
「ここは託児所ではないのだが」
黒い修道服に身を包んだバデーニが、手を腰に子供たちを見下ろす。
神父とは思えない高圧的な態度は、住民の評価を二分する。
怖い。やたら偉そう。
反面。
小動物が威嚇するようなやつ。
最近は、後者の意見が増えつつあるらしい。
子供たちが気軽に教会に出入りしているのも、親しみやすさに一役買っていることを、本人は知らない。
オクジーは丸くなってきたバデーニの態度に、ニコニコと笑顔を向けて見つめる。
「バデーニさんも見てよこれオクジーさんの文章」
「額に入れて飾ろう――そうではなく。ここでつるむな。家か図書館へ行け」
邪険にしっしっと追い払う仕草をするバデーニに、レヴァンドロフスキたちが反論する。
「掃除手伝っただろ」
「燭台めっちゃ磨いた」
「落ち葉拾いもしましたよ」
バデーニが開きかけた口を閉じ、一言だけ言って、踵を返す。
「……節度は守るように」
ドゥラカはレヴァンドロフスキとハイタッチを交わし、静かに勝利宣言をする。
レヴァンドロフスキの腕の包帯に気がついた。
「怪我したの?」
「違う。こいつ、怪我もしてないのに巻いてる」
「厨二病じゃん」
「いいじゃんかオトシゴロだろ!俺は、疼く闇の力をこれで抑えてんの!」
「うわぁ」
アルベルトが無骨に嫌そうな顔をした。
「アルベルト君、最近毒が出て来たよね。兄の影響かと思うと嘆かわしいよ……」
ラファウがもう一度目尻をハンカチで押さえた。
腕時計を一瞥したフライが突然立ち上がる。
「……先に帰ります」
「えっもう?」
フライは小さく頷き、肩がけの鞄を持ち上げた。
「昨日も早く帰ったよな。なんか用あんの?」
「……別に。じゃあ」
そう言って振り返りもせずに帰ってしまった。
ドゥラカはフライの出て行った扉を見つめる。
フライの様子が、最近、変だ。
気になっていたが、なかなか本人の前で言い出せないでいる。
もともと何を考えているかわからないし、最近付き合いが悪い。
「…ねえ。最近のフライ、なんか変じゃない?」
「あいつはいつも変だろ。随時変。夏休み中カブトムシの標本作ってるような奴だぞ」
「レヴァンドロフスキ先輩が言うんだ」
アルベルトは腕に巻かれた包帯を見つめる。マジックで呪文らしきものが書かれているのを見てしまった。
「……あれかもね」
ラファウが腕を組み、その上に顎を乗せた。
「恋」
沈黙が訪れる。
「はあ?」
「ぶっ込みますね、ラファウ先輩」
「ええ……想像できないんだけど」
「フライ君も年頃だし、男の子だよ。好きな子の一人くらいいるんじゃないかな」
「恋とは、人をより良き存在へと導く――とか、そういう言葉もある」
バデーニが雑に格言を述べる。
「初恋かなぁ。可愛らしいですね」
オクジーがほっこりと頬を緩ませる。
しかし、ドゥラカの中に、もやがかかったような違和感が残る。
フライが背中を向けたときの、あの表情。
どこか、決意みたいなものがあった。
夕暮れの光が、教会の床からゆっくりと消えていく。