艦隊これくしょん - variety of story -    作:ベトナム帽子

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陸軍船着任

 第11陸軍技術研究所。

 日本陸軍が深海棲艦・艦娘研究のために設立した機関である。海軍の設立した深海棲艦研究所と似たような趣の組織ではあるが、海軍の深海棲艦研究所と違うのは、誇れるような成果を何も残せていないことである。

 何も活動していないわけではない。実際に捕獲した深海棲艦遺骸の解剖、有効な兵器の研究などはしているのではあるが、海軍の深海棲艦研究所以上のことは発見できないのである。

 艦娘を造ろうにしても、艦娘がどうやって生まれているのか、軍の高官にすら秘匿されている機密情報なので、どうしようもなかった。海軍の艦娘部に技術提供の要請しても、却下の通知が来る。

 こんな状態の第11陸軍技術研究所の風当たりは厳しい。来年度辺りには予算が削減されるのが目に見えている。

 研究員も遊んでいるわけではない。国のため、世界のためと思って研究をしているのである。しかし、結果が出ないことにはどうしようもない。

 そんなわけで、陸軍の諜報部に頼み込んで、2014年8月の深海棲艦本土奇襲の混乱の折に、海軍艦娘建造部から艦娘の技術資料を盗み出してもらった。

 そして11月の末、陸軍の艦娘が生まれた。

 

 橫須賀鎮守府司令部の執務室には橫須賀の艦娘を統べる提督、陸軍士官の軍装の男、1人の艦娘がいた。

 この艦娘は第11陸軍技術研究所が生み出した艦娘である。つまり陸軍の艦娘だ。

「どうぞ、あきつ丸をよろしくお願いします」

 艦娘を連れてきた陸軍大佐、第11陸軍技術研究所所長は「しつれいします」と挨拶をして、退室した。

 提督はあきつ丸を再びまじまじと見た。

 あきつ丸は白い詰め襟を着た艦娘だ。おしろいでもしているのか、肌がやけに白い。書類では揚陸艦とある。海軍にはない服装という点だけを除けば、普通の艦娘だ。

「ようこそ、橫須賀鎮守府へ。一週間ほどの訓練の後、あきつ丸には船団護衛についてもらう。今日はゆっくりと休んでくれ」

「提督殿、了解であります」

 

 あきつ丸は揚陸艦だ。揚陸艦とは湾港のクレーンなどの設備を使わず、自力で戦車や物資を揚陸することができる艦のことである。

 あきつ丸は揚陸舟艇である大形発動艇、通称大発を27艇、積める。しかし、48分の1スケール模型ほどの艦娘用の装備である。

 一体これで何をするべきなのだろう? 提督は分からなかった。

 とりあえず、あきつ丸は爆雷投下軌条を装備していたので対潜水艦戦闘訓練に参加させた。

 

 提督は執務室の窓の外の景色を見ながら、考え事をしていた。

 考え事とはあきつ丸のことである。

『あきつ丸に航空機を装備させれない?』

 あきつ丸と訓練した艦娘からの要望である。

 提督はあきつ丸の参加する訓練を一度見たのだが、ひどいものだった。

 あきつ丸は速力も遅く、運動性能が駆逐艦に比べれば低いので、演習相手の潜水艦に狙い撃ちにされる。狩る側が狩られていた。搭載火砲も海軍艦艇の装備する火砲に比べれば口径も小さく、性能も低いもので砲艦としての運用も難しい。

 航空機が飛ばせるならば、敵潜水艦の早期発見に役立つし、対潜攻撃の射程も大幅に伸びる。船団護衛では頼もしい存在になることは間違いない。しかし、あきつ丸は飛行甲板は持っていても航空機運用能力はなかった。

 そもそも元は輸送任務が主だったというあきつ丸に戦闘をやらせようということ自体が間違っているのだろう。

 陸軍も変わった艦娘を送ってきたものである。実際、扱いに困って、海軍に投げたのではないか?

 いや、そんなはずはない。提督は首を横に振った。

 陸軍が初めて建造に成功した艦娘である。そんな簡単に放り投げられるものだろうか?

 もしかしたらあきつ丸はスパイなのかもしれない。艦娘技術は海軍の最高機密の1つであり、陸軍おろか、海軍高官すら知ることはできない。海軍に出向という形を取り、こっそりと陸軍に装備を横流ししているのではないか?

 それはないな。提督は即座に否定する。

 艦娘艤装・装備管理部からは艤装や装備の盗難や消失の報告はないし、陸軍の方からあきつ丸用装備の提供があるべきだ。あきつ丸が「役立たず」の烙印を押され、送り返される可能性もあるのだから。

 そもそも考えてみれば、陸軍はどうやって艦娘を建造したのか? 第11陸軍技術研究所が独自に技術開発した可能性もないわけではないが、その可能性は低い。そう考えると、陸軍があきつ丸用の新装備を送ってこない理由が見えてきた。

 海軍に陸軍の装備は作れない。提督は賭けてみることにした。

 

 昼食には少し早い時間。食堂はまだ空席が目立つ。

 飛龍と蒼龍は午後1時からの訓練のため、早めに昼食を取っていた。

「隣、座るぞ」

 提督は断りを入れて、飛龍の隣に座った。

「珍しいですね、提督。こんなに早く昼食だなんて」

「ちょっと、飛龍と蒼龍に頼み事があってな」

「頼み事……ですか?」

 提督は声の聞こえる範囲に誰もいないことを確認して、話し出した。

「2人とも改二になる前の艤装、特に飛行甲板……まだ持ってる?」

 蒼龍と飛龍は昨年の夏に改二になった。改二の際に飛行甲板は新造されたため、古い飛行甲板は2人の部屋のインテリアになっている。

「持ってますけど……どうするつもりなんです?」

 蒼龍が首をかしげた。

「少しの間、貸して欲しい。あと、廃棄予定の零戦、式神型と矢形いくつか、ちょろまかしてくれないか?」

 飛龍と蒼龍は怪訝な顔をする。要は盗みをやれと言っているのだ。あまりいい顔はしない。

「何企んでるんです?」

「それは言えない」

 提督は顔付きは真剣だ。日頃は陽気な顔して艦娘にセクハラする提督だが、時にこのような顔をするときがある。そのときは本当に真剣なときだ。

「分かりました。飛行甲板と式神形零戦と矢形零戦数機ですね。何とかします」と蒼龍。

「飛行甲板、きれいに扱ってくださいよ」と飛龍。

「もちろんだ」

 

 提督が二航戦から飛行甲板と零戦数機を受け取った3日後の日曜日。第11陸軍技術研究所がある埼玉秩父は雪がちらついていた。

 研究所の綺麗な白髪が特徴的な所長は所長室で書類に印を押し続ける仕事をしていた。ここ数日していなかったのでずいぶんと溜まっている。

 3時間かけて、仕事を終わらせ、冷えた手をストーブで温めているときに、研究所の玄関のチャイムが鳴った。

 誰だろうか? 所長は不思議に思った。第11陸軍技術研究所は一般市民が用があるような所ではないし、陸軍関係者なら事前に知らせてくるはずだ。

 ちょうど手も温まったときだったので、所長が出た。

「はい、どちら様ですか?」

 玄関口に立っていたのは白い肌、白い詰め襟、陸軍のカーキのコートと細長い風呂敷を携えた女性だ。

「あきつ丸じゃないか?」

「はい、あきつ丸、提督殿に休暇をいただき、帰省いたしました」

「帰省……か」

 やはり追い出されたのか。所長はそう思った。

 陸軍があきつ丸を海軍に出向させているのは、陸軍があきつ丸を扱いきれなかったためである。当初、陸軍はあきつ丸を駆逐艦のように扱ったが、試験航海での遭遇戦であきつ丸は大破してしまった。機銃しか持たない揚陸艦のあきつ丸が駆逐艦の任務をこなせるわけがない。

 あきつ丸が飛行甲板を装備していることから飛行機を搭載することも考えられたが、技術力の不足により艦娘装備用の飛行機を開発することはできなかった。諜報部が盗み出した技術資料は艦娘の建造に関するものだけだったのだ。諜報部が再び技術資料を盗み出そうと画策したが、陸軍の艦娘建造成功を受け、艦娘建造部の施設は以前にも増して警備が増強されており、こっそり盗み出すことは不可能だった。

 また陸軍上層部は自身の艦娘建造に興味を失ってしまったものも多く、陸海軍共同開発の対深海棲艦装甲艇・水陸両用戦車の量産が決定したこともあって、そちらに流れてしまった。

 あきつ丸はいらない子になろうとしていた。

 そこで海軍出向の話が提案された。海軍ならば、あきつ丸も使いこなせるのではないか。そんな期待を持って、あきつ丸は海軍に送り出された。

「外は寒いだろ。突っ立ってないで、入れ入れ」

「失礼します」

「わしの部屋に来い」

 所長はあきつ丸を所長室に入れた。木張りで、石油ストーブといくつかの棚、机と椅子、花を生けた小さな花瓶があるだけの殺風景な部屋だ。

「冷えたろう。ストーブに当たっとけ」

「お気遣いありがとうございます。所長殿」

 あきつ丸は風呂敷とコートを棚において、ストーブの前の椅子に座った。

 相変わらず堅苦しい娘だと所長は思う。海軍の艦娘達に接して丸くなったかと思ったのだが、そうはいかなかったようだ。

「海軍はどうだった?」

 所長はストーブの前に持ってきた椅子に座って言った。

「良いところであります。提督殿も大勢の艦娘も皆良い人ばかりで、食事もおいしく、本当に良いところであります」

 こういう艦娘がいたとか、駆逐艦娘が給糧艦特製のアイスをおごってくれたとか、たわいない話だ。あきつ丸は笑顔で語ってくれた。

 ところが訓練の話になると、あきつ丸は少しうつむき始めた。

「あまり良い成績ではありませんでした。自分は速力も遅く、大口径の火器も扱えません。自慢の大発も戦闘では使えません」

 あきつ丸の声のトーンがだんだん落ちてくる。これはいけないと思って慰めの言葉をかける。

「お前は艦娘になったばかりだ。そう、慣れないことも多いさ。気を落とすな」

 自らが生み出した艦娘の運用を投げ出した奴が何を言うか。

「自分は役立たずであります」

 あきつ丸は涙声で言った。

 しまった。所長は自分の言葉に激しく後悔した。

 所長は自分が何言っても駄目な気がした。なので話の転換をすることにした。

「と、ところであきつ丸。あの風呂敷の中身はなんだ?」

 所長が指さしたのはあきつ丸が棚に置いた細長い風呂敷だ。あきつ丸は目尻に涙を浮かべたまま、

「提督殿が所長殿に土産に持って行けと持たされたものです。中身は存じません」

「そうか。開けようじゃないか」

 所長は風呂敷を机まで持っていって広げた。

 包まれていた桐の箱だ。壊れやすいものだったらいけないので慎重に開ける。

 所長は桐箱の中身に目を見開いた。

「あきつ丸、これなんだと思う?」

 所長は中身の1つを手にとって、あきつ丸に見せた。あきつ丸はハンカチで涙をぬぐうのを辞める。

 所長が持っているのは片面に1センチほどに切りそろえられた木の板がびっしり一方方向に張られていて、両端が金属板で留められている板。白い三本線が引かれている。

「自分は艦娘の飛行甲板だと思うのであります」

「じゃあ、これは?」

 次に所長が見せたのは式神の形に切られた和紙と弓矢の矢だった。式神の中央には「零式艦上戦闘機二一型」と書かれている。矢の深緑の羽には日の丸が書かれている。

「空母艦娘が扱う零戦二一型の式神と弓矢だと思うのであります」

「だよなぁ」

 艦娘に関する具体的な技術は海軍の高官ですら知ることのできない最高機密である。過去に第11陸軍技術研究所が提供を申し込んで、断られた。

 その機密の塊である門外不出の艦娘艤装がここにある? あきつ丸に運ばして、私達の元に持ってこさせるなど、まるでこれを研究してくださいと言っているようなものではないか。

 いや、そうなのかもしれない。

 橫須賀の提督め、やってくれる。

 所長は出した飛行甲板、式神、矢を桐箱に収め、蓋を閉め直した。

「あきつ丸、ついてこい」

 所長は桐箱を抱えて、廊下に出た。

 廊下に出ると自然に早足になった。向かう先は研究室だ。

 研究室の扉を勢いよく開ける。薬品のにおいが鼻につく。

「水橋、そんな研究は中断しろ」

「え、なぜでありますか? その箱はいったい?」

 水橋と呼ばれた研究員が聞く。所長は研究室中央の大きな机に桐箱を置いて、自分のロッカーから白衣を取り出す。

「所長殿、速いのであります!」

 息を切らして研究室に入ってきたあきつ丸を見て、水橋は驚いた。

「いつ帰ってたんだ? あきつ丸?」

「さっきだ」

 水橋の質問にはあきつ丸ではなく、所長が答えた。そしてあきつ丸の肩に手を置いて、

「あきつ丸、とっておきの装備、造ってやる。もう泣くな」

 と耳元に囁いた。

 

 あきつ丸は夕雲、巻雲、長波、秋雲と対潜訓練をしていた。

「さあ、カ号のみんな! 出番であります!」

 あきつ丸が走馬燈を掲げ、飛行甲板に影を映す。すると影が実体化し、カ号観測機に変身する。

 すでに発艦していた三式指揮連絡機2機と同じ位置に爆雷を投下した。海中に係留していた標的がばらばらになる。

「対潜用の航空機かぁ、空からってのはいいねぇ」

 長波が感慨深そうに言った。潜水艦索敵は空から見た方が捜しやすい。天気がいい日には潜水艦の姿すら見えることもある。

「潜水艦など自分がいれば、自分がいれば近づけさせないのであります!」

「頼もしいこと言ってくれますね。カ号観測機、巻雲も乗せたいですよ」

「巻雲さん、航空機は広くて安定性が高くないと運用できませんよ。 もっと大きくならないと」

 夕雲が巻雲の余った袖をいじる。巻雲は

「これはサイズが大きいだけです!」

 と怒った。どうあがいても駆逐艦娘に航空機は乗せられないのだが。

「あきつ丸さん、ずっと気になってたんだけどさ、1つ聞いてもいいかな?」

「かまわないのであります。秋雲殿」

「前、制服白かったけど、何で黒に変えたの?」

 今、あきつ丸は黒い制服を着ている。前は白い制服だった。

「休暇の時に所長に『真っ白な制服は汚れが見えやすい』という話をしたら、所長自らが黒に染められたのであります。新艤装とカ号観測機と三式連絡機を受け取る際、頂いたのであります」

「生まれ変わった証みたいなものかな?」

「そうかもしれないであります」

 三式連絡機とカ号観測機が帰ってきて、影に戻る。

 提督、国民、そして所長。皆期待してくれている。この世界、今度こそ護ってみせる。

 そう、あきつ丸は決意を新たにするだった。

 


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