艦隊これくしょん - variety of story - 作:ベトナム帽子
「これが正式採用された14式戦闘高速艇です」
「強力そうで良いな」
陸軍大臣の米倉雅美は目を見張った。
米倉と開発者である水野の目の前にあった船は昨年の末に量産決定したばかりの対深海棲艦戦闘艇だった。
全長33m、全幅7.1mの船体。すらりとした55口径75㎜砲を抱える揺動砲塔。黒光りする30㎜連装機関砲が左右から伸びた近代的デザインの砲塔。船体中部にレイアウトとされた艦橋。2条の爆雷投下軌条が後部に伸びている。過去のどの小型戦闘艇よりも強力な武装を持っていた。
「75㎜砲の砲塔、80式空挺戦車とそっくりだが」
米倉が前部の揺動砲塔を指さした。
「おっしゃるとおり、75㎜砲砲塔は80式空挺戦車からの流用です。自動装填装置が新型に変えられているので10秒に6発の砲弾を発射できます」
「確実に深海棲艦を撃破するには単時間あたりの火力を増させるしかないからな」
深海棲艦の脅威は小さい割に耐久力が高いことにある。駆逐艦クラスの深海棲艦でも75㎜砲弾では3発以上撃ち込まなければ、撃破することは難しい。
「速度の方はどうなのだ。水陸両用戦車案は速度不足で試作に終わったが」
「プロペラスクリューとウォータージェットの複合推進で最大49ノット発揮できます。巡航時には中央のプロペラスクリューだけを使います」
水野は米倉の質問に答えていく。射撃補正装置、動揺補正装置など新機軸を次々と説明していき、米倉が
「採用された以上当たり前のことだが、深海棲艦に対抗できるな?」
「もちろんです」
水野は胸を張って答えた。
対深海棲艦戦闘用舟艇の開発が始まったのは2014年8月、深海棲艦の本土急襲を受けてのことだ。
急襲時に艦娘はAL・MI作戦で多くが出撃しており、本土の防衛戦力は少なくなっていた。本土に残っていた少数の艦娘達の奮闘により大きな被害こそ出なかったが、日本に与えた衝撃は大きかった。
艦娘数の増強を! という声が多く叫ばれた。しかし、艦娘はそう簡単に大量建造できるものではない。不足する戦力をどう増やすかとなると、通常兵器しかなかった。
対深海棲艦戦闘用舟艇の開発は海軍と陸軍共同で進めることになり、双方から戦車型、装甲艇型、重武装哨戒艇案と、様々な案が提出された。
最終的に採用されたのは装甲提案である。第4陸軍技術研究所や海軍兵器技術廠が協力し、開発したのが、14式戦闘高速艇(海軍呼称:14式高速砲艇)である。
海軍の奴らも嫌みなことをしてくる。
太平洋の海を切り裂きながら進む8隻の14式戦闘高速艇。その先頭、1号艇の艇長である阿住武雄大尉はそう思った。
阿住は稲毛湾泊地で演習相手を初めて見た。
海軍第二水雷戦隊の神通、初風、時津風、雪風、天津風。広報などでも「花の二水戦」として表紙を飾るような精鋭中の精鋭である。彼女らが相手だ。
陸軍を勝たせるつもりはないのか。阿住は慟哭する。だが、理不尽とは思わず、逆にありがたいと思った。自分が同じ状況ならば海軍に勝たせるつもりはないし、敵が強いほど実戦で役立つだろう。
阿住は時計を見た。そろそろだ。
「今回の演習相手は陸軍第1水上護衛隊1個中隊です。彼らは主に船団護衛が任務になる予定なので私達は深海棲艦役を演じなければなりません」
神通が淡々と説明する。第十六駆逐隊は気を緩めず、背筋を伸ばして聞いている。
「なので、いつもと変わらず全身全霊でやりましょう」
神通はにっこり笑って言った。初風は相手の陸軍が可哀想だと少し思った。どんな相手も手加減なし、第二水雷戦隊最強とも言われる神通が旗艦だ。相手が艦娘相手の演習が初めてであろうが、徹底的にやるつもりなのだ。
第十六駆逐隊も手加減をする気はなかった。手加減などをすれば、練度が落ちていますね、などと言われてきついきつい訓練が待っているのは明白だからである。
「では艤装の最終点検を行ってください」
初風は確認する。三年式12.7㎝連装砲よし。九三式酸素魚雷よし。九六式25㎜三連装機銃よし。機関の調子よし。自身の体調よし。オールグリーンだ。
神通は時計を見た。そろそろだ。
「時間だ。状況開始!」
「時間です。始めましょう」
戦闘高速艇と艦娘。対深海棲艦兵器同士の戦いの火ぶたが今切って落とされた。
ありとあらゆる戦いは相手を見つけることから始まる。
神通は零式水上観測機を発艦させ、索敵を行う。それに対して阿住達の陸軍第1水上護衛隊は双眼鏡による索敵だ。
14式戦闘高速艇にもレーダーなどの電子装備は搭載しているが、深海棲艦や艦娘相手の索敵は行えない。小さすぎて映らないのだ。なので目視が一番の索敵法になっている。これは海軍の通常艦艇でも同じだ。
この場合、どちらが先に相手部隊を発見できるのかは言うまでもなく、艦娘側だった。
「相手部隊、発見しました。西南西の方位、距離6000」
雪風が双眼鏡で確認する。波間に黒い影が少し見えた。しかし、駆逐艦の砲では遠すぎる。
「弾着観測射撃を行います」
神通が右腕を前に出し、射撃体勢を取る。右腕に付けられている艦娘艤装の14㎝単装砲は極めて小さいが、実寸大の14センチ砲と遜色ない性能を持つ。
「撃ちます!」
『こちら6号艇、東北東に人影を確認!』
第1水上護衛隊も艦娘側に少し遅れて発見した。
「相手艦隊を東北東に確認! 全艇、斜隊隊形を取り、方位東北東に回頭!」
阿住が命令を言い終わったそのとき、左後方を航行していた3号艇の左に水柱が高く上がった。
「来たな」
水柱が崩れるとまた新しい水柱が上がる。今度は三号艇の右だ。夾叉している。反撃をしたいところだが、相手は14㎝砲、こっちは75㎜砲。射程が段違いだ。
阿住は全艇が斜隊隊形を取り終えたのを見計らい、新たな命令を出した。
「全艇、速力40ノットまで上げる。相手艦隊を目視次第、横隊隊形を組む」
弾が届かないなら近づけば良い。エンジンが唸りを上げ、水を押し出すブレードの回転数が上がる。
第1水上護衛隊が速力を上げたことによって弾着観測射撃は夾叉すらしなくなった。
潔く神通は弾着観測射撃を辞めた。さすがに40ノットの小型目標に間接射撃で命中させるのは難しい。
「相手艦隊、こちらに向かってきます。単縦陣を取り、反航戦で迎え撃ちます。魚雷も用意してください」
神通、天津風、初風、雪風、時津風の順で単縦陣を組む。目視でもゴマほどの大きさで第1水上護衛隊の高速艇が見える。その高速艇の陣形を見て、神通は眉をしかめた。第1水上護衛隊の上空を飛ぶ零式水上観測機に確認を取る。
「相手艦隊が単縦陣を組む様子はありますか?」
返答はNOだった。梯形陣から単縦陣を組むどころか、単横陣を組んでいると報告してきた。
海軍と陸軍では戦法が違う。それだけは分かった。
神通は二択の選択に迫られる。高火力を発揮できる単縦陣のままか。会敵時間の短い複縦陣に組み直し、損害を少なくするべきか。
神通はすぐに決断をした。単縦陣のまま、接敵する。組み直しに失敗して、各個撃破になる可能性も十分にある。組み直しはしない。
神通は14㎝単装砲を再び構えた。後に続く初風達もそれに倣う。
阿住達の進路は艦娘艦隊に垂直に突っ込む形だ。すでに艦娘艦隊との距離は3000mを切っている。すでに艦娘の武装の射程距離内だが、撃ってこない。引きつけて確実に仕留める気だ。
アウトレンジ攻撃をされた先ほどとは違い、今度はこちら側の砲も届く距離だ。75㎜砲と30㎜連装機関砲は準備完了している。
「全艇、相手の横腹に突っ込め!」
艦娘側は単縦陣を取っており、阿住達の進路に対して対角に進んでいる。
今から砲雷撃戦をやろうというのに、阿住達はなぜ単横陣を取っているのか。それは14式戦闘高速艇の砲塔配置にある。
14式戦闘高速艇は前部に背負い式で砲塔2基が配置されている。通常の艦艇ならば全ての砲を前面に向けることはできないが、14式戦闘高速艇は前面に全ての砲を向けることができる。そして、相手から見た投影面積を小さくできる単横陣は防御力皆無ともいえる14式戦闘高速艇にとっては最適の陣形だった。
互いの距離が2000mを切った。
「よく……狙って……てぇっ!」
「撃ち方はじめ!」
2000mを切って、艦娘の14㎝単装砲、12.7㎝連装砲、第1水上護衛隊の75㎜砲、30㎜連装機関砲が火を噴いた。
数々の水柱が立ち上り、神通達と第1水上護衛隊を包み込む。
「もっと狙って!」
神通は叫ぶ。
「撃て撃て撃て!」
阿住も叫ぶ。
双方撃ちまくりながらすれ違う。撃ち合いは20秒もなかった。
「痛ったいなぁ、もう」
初風の肩に30㎜機関砲弾の一発が命中し、青い塗料に染まっていた。ペイント弾といえども初速1000mで飛ぶ弾が与える衝撃は弱くはない。初風は自身の被害を小破と判断する。
「5号艇、被弾! 離脱します!」
第1水上護衛隊は5号艇が舷側に被弾して緑の塗料がついていた。12.7㎝砲弾か14㎝砲弾かは分からないが、当たったことは確かだ。艦娘の艤装は模型のように小さなものだが、実際の威力は名前の砲と同等。当たったのが実弾であれば、5号艇は木っ端みじんになっていただろう。
阿住は神通達とすれ違ってすぐに次の命令を出した。
「1、2、3、4号艇は艦娘の横腹! 6、7、8号艇は艦娘の後ろから攻撃!」
この命令の目的は敵の陣形を崩すことだ。14式戦闘高速艇の基本戦術は敵を孤立させての集団攻撃。高い攻撃力と高い耐久力を持つ深海棲艦相手にはこの方法が一番だと考えられている。
神通達は陸軍故の独自戦術に対応するため、単縦陣から梯形陣に組み直していた。
6、7、8号艇が神通達の後ろに回り込む。神通達は牽制に25㎜機銃を撃ち込んでくるが、14式戦闘高速艇の周りに水柱を上げるだけだ。速度は落とさない。
神通達は2つに分かれた14式戦闘高速艇に対して、45度の角度の梯形陣を取り続ける。
それぞれの艇が攻撃位置についた。そして神通達に向かって一直線に走る。
各艇の75㎜砲、30㎜連装機関砲砲手が神通達に狙いを定めたそのとき――
「艦娘一斉回頭!」
神通達が片足を海面に置いたまま、もう片足で海面を蹴って、180度、その場で旋回した。今までとは逆の方向、つまり6、7、8号艇の真っ正面に向けて進み始める。
「なっ!?」
砲手達は見越し射撃のため、神通達の進む方向の少し前に照準を合わせていた。しかし180度回頭により、その照準は狂わされた。
その虚を突いて、神通達は阿住達、1、2、3、4号艇に向けて20本の魚雷を扇状に発射した。
「正面より魚雷! 面舵!」
阿住は操艇手に向け、叫んだ。急な旋回により、阿住の1号艇は大きく右に傾く。コバルトブルーの雷跡は艇の後ろを通り過ぎていった。しかし、2号艇と3号艇はそうはいかなかった。
2、3号艇とも急旋回で魚雷を躱そうとしたが、20本もの魚雷の網から逃れることはできなかった。命中、両艇とも沈没判定をもらった。4号艇は取り舵で何とか避けきることができた。
1号艇、4号艇とも端に位置していたのが幸運だった。しかし、幸運は長くは続かない。阿住は目を見開くとともに、無線からの報告を聞く。
「7号艇、被弾! 離脱します!」
「こちら8号艇! 艦橋に被弾! 沈没と判断します!」
神通達を後ろから攻撃しようとしていた6、7、8号艇のうち、7、8号艇が緑色の塗料で染まっていた。
神通達は魚雷を放ったあと、真っ正面になった6、7、8号艇に砲撃した。先ほどとの単縦陣とは異なり、今度は梯形陣から単横陣。鶴翼隊形を取っていた6、7、8号艇に対して全火力を投射できる。
神通達が梯形陣形を取っていたのは複数の方向に向けて攻撃をするためだった。第1水上護衛隊が2つに別れて対角に攻撃しようとしたのは悪手だった。
「小破2隻か……」
米倉陸軍大臣は演習結果を聞いて、ため息を吐いた。
数の優位を失った第1水上護衛隊は5分と立たず、瞬く間に撃破判定をもらった。交戦し始めてから13分。あまりにも短い。これで深海棲艦相手に対抗できるか? 米倉はそう思わざる得なかった。
「大臣、落胆される必要性はありません。相手が悪かったと言えましょう」
14式戦闘高速艇の開発者である水野が言った。水野の発言は米倉にとって負け惜しみのように感じた。
「第二水雷戦隊……そんなに強力な部隊なのか?」
「そうです。『軽巡1、駆逐艦4の編成で戦艦クラスの深海棲艦4隻に匹敵する』とも言われている部隊です」
米倉は目を見開く。
「相手が強すぎたという事か……」
「それと第1水上護衛隊の艇数が少なかったのも原因です。14式戦闘高速艇は集団戦が肝です」
「運用の改善の余地あり、か」
結局は扱う人間か。米倉は思った。そして、艦娘はどうなのだろう? そういう疑問がわき出る。
14式戦闘高速艇にしても、艦娘にしても対深海棲艦兵器であることには変わりはないが、2つが大きく違うのは『兵器自体が意志を持っていること』だ。
艦娘は明らかに自我を持っている。
艦娘が登場した当初は「見た目は人だが、中身は深海棲艦なのではないか?」、「味方のふりをしているだけではないのか?」と疑惑の目を向けるものは多かった。実際、深海棲艦と同等、またはそれ以上の力を持っている艦娘が反旗を翻せば、人類は対抗する力を持たない。ならば数が増える前に始末すべしと、海軍は特殊部隊まで使って、艦娘暗殺未遂事件まで起こしたほどだ。
艦娘の活躍が報じられるたび、そのような声は弱まっていったが、軍内部では未だに艦娘を危険視する派閥が存在する。14式戦闘高速艇の開発はバックに艦娘反対派閥がついていた。14式戦闘高速艇は表向きには対深海棲艦兵器だが、裏には対艦娘兵器の面がある。
「生かすも殺すも、結局は人間次第……なら良いがな」
艦娘反対派閥の重鎮、米倉陸軍大臣は小さな声で呟いた。
さすが第二水雷戦隊。緑色の塗料で覆われた艦橋の中、阿住はため息を漏らした。阿住達、第1水上護衛隊は訓練中に鎮守府近海に迷い込んだ深海棲艦の駆逐艦クラス2体撃破したことがある。それを理由に艦娘相手でもある程度やれると思っていたが、思い違いだったようだ。
神通が阿住の1号艇に近づいてくる。阿住は甲板に出た。お互いに敬礼をする。
「艦娘相手の演習、いかがでしたか?」
「1、2隻は沈没判定を取れると思っていたのですが、さすが華の二水戦、お強い」
阿住はお世辞などではなく、本心からそう思っていた。1年半で太平洋の半分を取り返すのも分かる話だ。
「そんなことありませんよ。こちらも小破2隻を出してしまいました。まだまだ訓練が足りません」
神通は屈託のない笑顔だ。謙遜ではなく、素で言っているようだ。後ろに立っている駆逐艦の何人かが何かを察したように、苦虫を噛み潰したような顔になる。
神通は第十六駆逐隊の方に振り向き、
「ですからもっと訓練をしましょう」
やっぱり。駆逐艦の一人が漏らした。
「阿住大尉、ではまたいつかの演習でお会いしましょう」
神通は進み出す。
「神通殿!」
阿住は神通を呼び止めた。
「我々も訓練に参加させていただきませんか?」
「第1水上護衛隊も?」
神通は振り返る。
「はい、演習が極めて早く終わったため、時間も余っています。我々の練度向上のためにも、艦娘との連携作戦のためにもなります」
神通は少し考えるそぶりを見せて、
「良い考えです。やりましょう」
これまた屈託のない笑顔で了承した。
2時間後、第1水上護衛隊の全員が倒れ込むくらいまで疲労困憊するのは言うまでもない。
あとがき
当初、14式高速戦闘艇ではなく、SR-IXa/bという名前の水陸両用戦車を登場させる予定でした。米軍が試作していた遠征戦闘車EFVがモデルでした。
しかし、「水陸両用戦車が30ノット以上出せるわけがない!」と考えを改め、旧陸軍の装甲艇やカロ艇、米軍のPTボートなどを参考に14式高速戦闘艇が生まれました。
14式高速戦闘艇は数で押すという戦法を展開します。でないと深海棲艦には勝てません。相手する深海棲艦が少ない警備任務や船団護衛でしか、活躍できません。
今回、14式高速戦闘艇の二面図を描きました。揺動砲塔が想像以上にAMX-13になっています。参考にしたとは言え、日本の戦車砲塔の面影はキューポラにしかないというね……。
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