艦隊これくしょん - variety of story -    作:ベトナム帽子

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改修工廠

 10月24日、橫須賀鎮守府内、艦娘部の一角に新しい工廠ができた。通称、改修工廠である。

 正しくは艦娘部兵器開発局改修科第一工場である。艦娘である工作艦明石を中心に艦娘装備の性能向上改修を施す工廠だ。建設計画は今年の5月から始まっており、8月には完成予定だったのだが、深海棲艦の橫須賀港急襲により、完成は遅れてしまっていた。そして昨日、完成したのだった。

「失礼します! 改修要望を言いに来ました!」

 艦娘寮内の食堂掲示板に改修工廠完成の張り紙をして、四分後、執務室に駆け込んできた艦娘がいた。緑色の髪をポニーテールにした艦娘。

 夕張だった。息を切らしている。駆逐艦や同じ軽巡洋艦より遅い夕張のことだろう。いの一番を取るために全力疾走してきたに違いない。

「早いな、夕張。まあ、茶でも飲め」

 提督は立ち上がり、机の上の保温ポッドからほうじ茶を湯飲みに注いで、夕張に渡した。

「ありがとう、ございます……」

 夕張は渡されたほうじ茶を一気に飲み込んだ。

「落ち着いたか?」

「はい、落ち着きました……」

「さて、用件は何かな?」

「ええっと……そうです! 私の14センチ単装砲の改修要望です」

 夕張の主武装は川内型などと同じ14センチ単装砲と14センチ連装砲だ。いや、「だった」と言うべきだろう。彼女の砲装備で14センチ連装砲は現在、橫須賀鎮守府にはない。夕張着任時に装備していた14センチ連装砲は戦闘で失われてしまった。

 また製造すればよいのではあるが、夕張の艤装にきちんと定着するものが作れないのである。寸法や重量は変わりないのではあるが、装備したときに作動しないのだ。

「15.5センチ三連装砲では駄目なのか? 威力的にも上回っていると思うが」

「私は元々、鈍足ですから、15.5センチ砲を積むとさらに速度低下が……」

 夕張は苦笑いする。

「分かった。改修工廠に届けを出しておこう」

「ありがとうございます! 提督!」

 

 次の日の夕方、夕張は改修工廠に呼び出されていた。14センチ連装砲完成前の調整を手伝って欲しいそうだ。

「ようこそ、改修工廠へ。夕張さん」

「こんにちは、明石さん」

 向かい入れてくれたのは工作艦明石だ。背中にはクレーンではなく、工作機械やバーナー、溶接機がついた艤装を背負っている。

 工廠内は様々な工作機械が並んでおり、工員が加工をしていた。

「どうですか、連装砲は?」

「構成部品はすべて造りました。後は組み立てです。そこを夕張さんに見ててもらいたいんです」

 明石は机の布を取った。14センチ連装砲に必要な部品が鋼鉄の机に並べられている。机の横には夕張の艤装が置かれている。今回のために武装保守部から送ってもらったのだろう。

「組み立てていきます。何か文句があったら、かまわず言ってくださいね」

 明石は青図を見ながら器用に組み立てていく。艦娘はたいていの子が自身の艤装の分解整備はできる。夕張は武装実験艦だったゆえに、分解整備には自身があったのだが、明石の手つきとは比べものにならない。

「できました」

 十二分ほどでばらばらだった部品が二つの14センチ連装砲になっていた。明石が二つの連装砲を隣に置かれた夕張の艤装の砲塔ターレットに載せた。

「早く、試しましょう!」

「分かりました。矢部さーん! クレーンお願いしまーす!」

 明石が大声で呼んだ。矢部と呼ばれた工員がクレーンのストラップを操作する。すると天井クレーンが移動し、フックを夕張の艤装の真上に下ろしてきた。明石はワイヤーで艤装をくくり、クレーンのフックにかけた。

「上げてくださーい」

 明石が合図する。クレーンによって艤装は夕張が装着やすいくらいまで持ち上げられた。夕張は自身の艤装を装着し、操作桿を握った。

 14センチ連装砲が載せられた二番砲塔と三番砲塔、つまり、左右の艤装の二段目の砲塔を操作する。まずは左旋回。

 二番、三番砲塔は左を向いた。

「動いた!」

 次は右だ。砲塔は右を向く。

 仰角を取る。砲身が上を向く。俯角を取る。砲身が下を向く。

「今まで動かなかったのに!」

 夕張は嬉しくなって14センチ連装砲をめちゃくちゃに動かす。そのめちゃくちゃな操作にも砲塔はついてくる。

「そうそう、これよ。いい気持ち! 離れていた半身が帰ってきたみたい! 明石さん、ありがとう!」

「私だけじゃありませんよ。顔を上げてみてください」

 夕張は14センチ連装砲に向けていた顔を上げた。

 気づけば、夕張の周りには明石だけではない。改修工廠中の工員が集まって、夕張を見ていた。

「動いてくれたかぁ。ほんとよかった!」

「前にいくら造っても動かなかったからなぁ」

「私だけが、この14センチ連装砲を造ったのではありません。この人達の仕事があってこそ、です」

 明石の言葉を聞いて、工員達は照れたように鼻をこすったり、笑ったりする。さらには「夕張さんの笑顔が見れるなら本望よ」とのたまう人までいた。

 鎮守府は艦娘と提督だけで成り立っているのではない。艤装を保守点検する人、製造する人、食料品を運んでくる人、警備についている人、様々な人がいる。

 夕張はそれを改めて感じた。

「はい、皆さん本当にありがとうございます!」


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