艦隊これくしょん - variety of story - 作:ベトナム帽子
「改二だって? 扶桑」
間宮食堂で山城と昼食を取っていた扶桑に伊勢が話しかけた。伊勢の傍らには日向もいる。
咀嚼している最中の扶桑はうなずきで答えた。
改二。艦娘の艤装に施される2回目の改装のことをいう。
改二はただの機銃座、砲座増設ということだけではなく、艤装自体を原形のとどめないほどに改造する。中には改造だけに及ばず、ほぼ全ての艤装を新造するような艦娘もいる。
「どんな改装なのか教えてくれるか?」
日向の質問に扶桑は口内の米を飲み込こんでから、答える。
「砲熕兵装の強化と、航空艤装の改良……と聞いているわ」
「扶桑姉様は火力は誰にも負けませんからね! 36.5センチ砲12門は伊達じゃないです!」
山城が身を乗り出して叫んだ。食堂は極めて賑わっており、山城の叫びは喧噪の一部になって目立たない。だが、その声に反応した艦娘がいた。
「火力は誰にも負けない……か。この長門の火力も伊達ではないぞ」
長門だった。長い黒髪、きりっと伸びた背筋。まさに連合艦隊旗艦の風格を持った艦娘だ。手には昼食が乗ったおぼんを持っている。
「勝負をしないか?」
長門は唐突に言った。
「――勝負?」
扶桑は首をかしげた。伊勢、日向、そして言葉を返された山城ですら分からない様子だ。
「一度、純粋な戦艦と航空戦艦。どっちが強いのか、試したいと思わないか?」
天候は晴れ。波もさほど高くない。海戦をするには良い日だ。
完全装備の扶桑、山城、伊勢、日向、暁、電が白い波を立て、航行している。この海のどこかに長門、陸奥、金剛、榛名、響、雷からなる艦隊もいるはずだ。
『えー、位置につきましたね。では演習開始!』
演習の審判役を務める艦娘の比叡と霧島の内、霧島の方が開始の号令をかけた。
「索敵機、発艦始め!」
演習の開始と共に旗艦である扶桑の号令で、索敵機を発艦する。瑞雲や零式水上偵察機、零式水上観測機がカタパルトで次々と打ち出される。その数、30機。扶桑型、伊勢型それぞれ一隻が搭載する水上機の数は16機。5割を出撃させたことになる。
扶桑は昨日の作戦会議を頭の中で反芻していた。
『長門型の41センチ砲に勝るためには、やはり先手を取るしかない』
『艦載機の大半を索敵に回す。これだ』
航空戦艦の強みは、普通の戦艦に比べて搭載する水上機の機数が極めて多いことだ。射程で長門型の41センチ砲に劣る35.6センチ砲を持つ、扶桑型、伊勢型には相手に見つかる前に自身の射程距離に入っていなければ、勝ち目は薄い。
「次、防空警戒機、発艦始め!」
カタパルトから瑞雲、零式水上観測機が発艦する。これは敵索敵機、弾着観測機の撃墜を目的とした部隊だ。発艦したのは15機。
晴れた空に発艦した水上機が消えていく。この空のどこかに敵の索敵機がいる。
「扶桑、東の雲、あの辺りが怪しい」
伊勢が警戒のため、自身の瑞雲隊を向かわせる。
洋上はおだやかだ。
1機の瑞雲が雲の中を飛んでいた。日向の艦載機だ。
雲の中は乱流が渦巻いており、あまり飛行には相応しくない。しかし、ミッドウェーのように雲の下に敵艦隊がいた例もあるので、偵察しておくことに越したことはなかった。
瑞雲が雲を抜けた。瑞雲を操っている妖精は敵艦隊を見つけるため首をぶんぶん回す。
東の海に白く曳くものがあった。
長門の艦隊だ。
「敵艦隊発見! 方位2-1-0。距離、5200メートル」
日向が叫ぶ。距離5200メートルならば、36.5センチ砲でも十分に届く。
「攻撃隊、発艦始め!」
扶桑は発砲する前に残しておいた艦載機の発艦の号令を出した。残されていた艦載機はすべて瑞雲だ。瑞雲の胴体下には25番徹甲爆弾が吊されている。対艦用爆弾だ。
全ての瑞雲が発艦した後に、扶桑は砲撃命令を出した。
つんざくような砲声。36.5センチ砲弾が山なりに飛んでいく。
砲弾は複縦陣で航行していた長門艦隊の後方400メートルに着弾した。
「方位1-8-0に水柱。敵艦隊の砲撃」
長門艦隊の最後尾にいた響が報告する。だが、報告したときには次の水柱が上がっていた。長門艦隊とは離れた位置に着弾し、水柱を立てる。
「弾着観測機はどこ?」
雷が12.7センチ連装砲を空に向け、自身の13号電探妖精に尋ねた。妖精は東を指さした。
艦隊の全員が東を見つめる。
何もいない――いや、いる。ゴマ粒ほどの黒い点がいくつも空にある。航空機だ。
「方位2-7-0に敵編隊。対空戦闘、用意!」
長門の主砲にはすでに三式弾が込められていた。他の戦艦も同様だ。
「全主砲、斉射! 撃てっ!」
つんざくような砲声。空気と海面が震えた。
飛び出した28発の三式弾は飛行していた攻撃隊の300メートルほど前で起爆し、燐の子弾をまき散らした。何機かを撃墜する。しかし、攻撃隊は散開をしたため、いまだ11機が向かって来ている。
「索敵機が扶桑艦隊を発見デス!」
金剛の放った索敵機が扶桑艦隊を発見したらしい。長門はもっと早く発見できていればと思った。やはり、射程では航空機には勝てない。
「主砲には徹甲弾を装填! 高角砲射撃用意!」
長門が叫んだ。そのとき、幾多の水柱が立った。砲撃の至近弾だ。夾叉をするまでもなく、ここまでとは。
長門が扶桑達に勝負を持ちかけたのは、扶桑達に言ったとおり、航空戦艦と戦艦、どちらが強いかを試してみたかったのもあるが、普段、対潜哨戒や空母の直衛任務についている扶桑達の砲撃戦を鍛えてやろうと思ったからだ。
ここまでとは。全く技量は落ちていないな。長門は不敵に笑う。
こんな程度でやられるわけにはいかない。
長門は自身の41センチ連装砲を東に向ける。装填しているのは九一式徹甲弾。
「1番、3番、撃てっ!」
「もっと、もっと撃って!」
扶桑が叫ぶ。36.5センチ砲が次々と砲弾を放つ。
扶桑達が長門達に勝つには敵の攻撃を封殺するしかない。そのためには敵の集中力を削ぐ航空攻撃、打撃を与える砲撃のタイミングが大切だった。
弾着観測機からは水柱が長門艦隊を包み込んでいるという報告はあるが、命中弾の報告はない。
『敵艦、発砲!』
観測機からの報告から数秒で砲弾が降ってきた。
「くっ、当ててくるな」
日向の水上機運用甲板が緑の蛍光色で染まっていた。演習に使われる砲弾は中に炸薬ではなく、塗料が入っている。日向は被弾したようだ。
『日向、水上機運用甲板に被弾。航空機の運用は不可能。機関も出力3割低下』
霧島が告げる。演習用砲弾は損傷はしないが、実戦に近づけるために、演習監督は被弾箇所などから、様々な性能低下の指示する。
「大丈夫だ。主砲は撃てる」
日向は下がっていた仰角を元に戻し、再び発砲した。
『雷、至近弾。浸水により速度低下』
『榛名、第3砲塔に命中弾。使用不可』
『山城、機関損傷。速度低下』
「不幸だわ……」
『伊勢、第1砲塔に命中弾、使用不可』
『あちらさんもやる!』
双方とも着実に損傷を与えていく。だが、扶桑艦隊は少しだが、劣勢だった。
「きゃあぁー!」
扶桑が被弾。命中箇所は第2砲塔。蛍光黄色が第2砲塔を染めている。蛍光黄色は陸奥の弾だ。
『扶桑、第2砲塔に命中弾。使用不可能』
長門型の41センチ砲弾は一発一発が重い。このままだと、弾の威力で押し負ける可能性がある。
長門艦隊の弾着観測機を打ち落とさねば――しかし、どこ?
戦闘が始まってから40分近く経過している。瑞雲や零観に敵観測機を捜索してもらっているが、いっこうに見つからない。
どこなの? 扶桑は空を見渡した。どこまでも青い空。いくつかの雲。
雲に点が見えた気がした。気のせいだろうか? とりあえず、防空警戒していた瑞雲を送ってみる。
『零偵や零観を発見! 攻撃を開始する!』
やっと見つけた! 扶桑は笑みを浮かべた。いや、まだ早い。撃墜できたわけではない。
『零偵を2機撃墜! 零観も追撃中!』
『こちら日向瑞雲隊! こちらも敵弾着観測機を発見! 攻撃に移る!』
敵の砲撃がずれ始めた。弾着観測機が妨害されているせいで、うまく狙えないのだ。
これで巻き返せる。扶桑は今度こそ、笑みを浮かべた。
水平線上に太陽が赤く光っている。
『演習止め!』
霧島が告ぐ。
演習の結果は扶桑艦隊の戦術的勝利と言ったところだ。長門艦隊は大破2、中破1、小破2。扶桑艦隊は大破1、中破3、小破1だ。制空権を取り、弾着観測をしつつ、戦闘をした割には扶桑艦隊は戦果を出せなかったと言える。
青、黄、緑、と様々な蛍光色で染まった艦娘達が橫須賀鎮守府に帰ってきた。
「まだまだだな。弾着観測をしてあの程度では」
「思った以上よ。なかなかうまくいかないものね」
艦娘おのおのが演習の感想を言い合う。
「みんな、風呂の後は間宮に行こう! 今日は私と、扶桑のおごりだ!」
長門は扶桑にウインクした。間宮アイスは高いけれども、今日みたいな日には良いかもしれない。おごるのも。
「やったー!」
「ふとっぱらぁ!」
歓声が夕日に染まる鎮守府に響いた。
41センチ連装砲、41センチ三連装砲、新造された水上機運用甲板。そして小型化された煙突周辺の艤装。
これが――これが私の新しい艤装。
私に使いこなせるか? 私たちの世界では建造当初から欠陥戦艦の烙印を押され、大戦中に前線に全くといっていいほど出ず、スラバヤでたった四発の魚雷で真っ二つになった私に。
いや、使いこなしてみせる。
あの世界で果たせなかったこと。今度こそ。