艦隊これくしょん - variety of story -    作:ベトナム帽子

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2年目のクリスマス

 クリスマスが近い。

 艦娘達の活躍により、シーレーンが回復。物流とインフラが回復した現在では、深海棲艦出現以前と同じように、とまでは行かないが、クリスマス商戦が行われている。

 橫須賀の商店街もクリスマスの飾り付けをしている。

 サンタをかたどった電飾。色とりどりのリボン。万国旗を飾っている店もある。

 その中で最も注目を引くのは、巨大なクリスマスツリーだ。このクリスマスツリーは商店街の中心部にあるモミの木に飾り付けをしたものだ。赤、黄、青、緑と様々な色の電飾とリボン、金銀のオーナメントボール、ベル。電飾の光だけで辺りが明るくなっている。店の飾り付けとは規模が違った。

 そのクリスマスツリーを横須賀の小学生の女子と男子が見上げている。この2人は姉弟だ。

 姉弟はクリスマスツリーを見つめたまま動かない。面白いくらい白い息も周りの騒がしさも、2人の意識にはない。ただ、目の前のクリスマスツリーだけに意識が向いていた。

 

 一方、世界最大の艦娘数を有する横須賀鎮守府でもクリスマスに向けて飾り付けが始まっていた。といっても、飾り付けが行われているのは食堂と、提督の執務室だけだ。

 去年は艦娘寮全体を飾り付けていたのだが、クリスマス当日に起こった霧の艦隊襲撃(霧事変)でクリスマス会がお流れになり、艦娘達が片付けを面倒くさがって、片付けが2月まで終わらなかったこともあり、今年は食堂と提督の執務室だけという形になったのだ。

「豪勢だなぁ」

 執務室の飾り付けを見た提督はそうつぶやいた。

 床は白いじゅうたんが引かれ、普段は蛍光灯しかない天井には電飾、小さなベルや雪の結晶の形を模したプラスチックの装飾である、スノーフレーク、どこから持ってきたのか、ミラーボールまでつり下げられている。

「余ってるんだもの。使わなきゃ、もったいないわ」

 雷が椅子の上に立って、天井にさらなる飾り付けをしながら言った。今飾り付けているのは青竹色に光るモールだ。

「まだまだあるのです!」

 雷にモールを渡している電が右手で指を差した。指の先にはまだ中身がある段ボール4つ。ちなみに空箱は3つだ。暁と響が中身を取り出して、選別している。

「艦娘寮全体を飾る量あるから、食堂と執務室くらいじゃ、なくならないんじゃ?」

 阿武隈は純白のクロスを執務机に丁寧に被せながら言った。

 

 食堂も飾り付けが行われていた。

 食堂は執務室の数倍の広さがあるので、飾り付けは執務室よりも立派になっている。

 天井にスノーフレークやベル、ミラーボールが大量につり下げられているのは同じだが、紅白幕のように赤白緑の巨大なリボンが垂らされているのに目が引かれる。しかし、最も大がかりなものはこのリボンではない。

「もうちょっと右の方がいいかな?」

 那珂の指図で若い水兵2人が壇上を下ろした。

 この壇上は『那珂ちゃんクリスマスライブ』のためだ。このためにカラオケ設備などをレンタルしてきている。

「みんな、準備ありがとう! みんなのために精一杯歌うからね!」

 この那珂の息巻きに手伝いに来ていた水兵全員がはにかむ。

「テストと練習をかねて、一曲いっちゃおう!」

 水兵から歓声が上がった。ちなみにこの場に来ている水兵は皆、「那珂ちゃんファンクラブ」会員である。

 

「那珂ちゃんのライブ、全国放送なんですよね」

「全国放送じゃと?」

 歌い始めた那珂を見た筑摩のつぶやきに利根が訊いた。利根にとっては初耳である。

「運動場ですよ、利根姉さん。ステージがあります」

 利根と筑摩は食堂を出る。暖房がある食堂の中と違って、外は冷たい海風が吹いている。

 外を出れば、食堂の喧噪は立ち消え、波の音、船の汽笛、海鳥の鳴き声が聞こえるだけだ。

「おおっ」

 運動場に着き、利根は唸った。

 運動場の北側でステージが組み立てが進められていた。設備は一級のものだ。

「那珂のためだけにこれだけの設備とは……」

「知らないんですか? 那珂ちゃんはもう全国的なアイドルなんですよ」

「なに? あの那珂がか……?」

 利根は知らないことだったが、那珂は港などに寄る際には必ず、地元民にライブを行っていたのだ。それが功を奏して、海軍きっての艦娘アイドルになったのである。

 

「ただいま」

 横須賀の二児を持つ主婦が晩ご飯の買い物から帰宅した。「おかえり」と二人の子供の声が部屋から返ってくる。

「すぐにご飯をするからね」

 布製の買い物袋を下ろす。今日は結構な数の買い物をした。このごろはシーレーンが回復したおかげで、商品価格が下がり、主婦の財布の紐は緩くなっている。経済が回り出した影響で夫の給料が上がったこともそれに拍車を掛けていた。

 今年は子供達に美味しいものとプレゼントを贈ることができる。

 子供がやけに静かなので、様子を見ると、2人とも何かを葉書に書いている。

「何を書いてるの?」

 息子が書いている途中の葉書をのぞき見る。葉書には赤いペンで「メリークリスマス」と書いてあり、マイクを持ったお団子髪の女の子の絵が描いてあった。どこかで見たことがある気がするが、思い出せない。

「ナカちゃんへのクリスマスカード!」

 長女が元気いっぱいに答えた。

 ナカちゃん。そうか。長女の言葉でようやく思い出すことができた。海軍のアイドル艦娘の那珂ちゃんだ。以前はこぢんまりと活動していた地方アイドルが、今では全国的アイドルだ。その那珂ちゃんにクリスマスカード。

「お母さんにちょっと見せてちょうだい」

「いいよ!」

 長女の書きかけのクリスマスカードを受け取る。

 書いてあるのは那珂ちゃんの似顔絵、メリークリスマスの文字。それと――

 

 

 クリスマス当日。横須賀鎮守府の食堂では艦娘達のクリスマスパーティーが昼から行われた。

「メリークリスマス!」

 おのおのがクラッカーの線を引き抜き、大きな音と共に紙吹雪を舞わせた。

「さあ! 食べましょう! いただきます!」

 右手には漆塗りの箸、左手には取り皿の赤城が高らかに宣言した。それが合図になって、皆テーブルに置かれた料理に我先にと手を伸ばす。

「提督達も食べましょう! なくなっちゃいますよ!」

 飛龍が提督達に取り皿を渡し、赤城達空母勢が群がるテーブルに突撃していった。このパーティーには提督も含め、主計科長や特別陸戦隊の部隊長などの日頃お世話になっている人たちが招待されている。

「艦娘の皆さんはたくさん召し上がるのだね。存じ上げていなかった」

 特別陸戦隊部隊長はやや引き気味な様子だ。空母勢の食べようと言ったら、まるで親の敵といった具合で去年の分を取り戻すべく、すさまじい勢いで食べていく。

「あんな風に食べるのは戦艦と空母だけだよ。駆逐艦や重巡は落ち着きがあるよ」

 主計科長が部隊長をなだめる。主計科長は艦娘達と長い仲だ。艦娘全員の好物まで知っている。空母勢の食べようも見慣れたものだ。

「まあ、食べよう」

 提督も全く動じていない。部隊長は自分の感覚がおかしいのかと少し疑った。

 

 横須賀の一般家庭でもクリスマスパーティーが行われている。

「いただきます」

 合唱をして、食べ始める。テーブルには

 テレビは「2014年那珂ちゃんクリスマスライブ」が流れていた。

 

「みんなー! 今日はー、来てくれてー、ありがとう!」

 クリスマスの赤い衣装の那珂がステージ上でマイクに叫ぶ。

「こっちこそありがとう!」

「那珂ちゃーん!」

「大好きだー!」

 歓声はまるで爆音だ。500ポンド爆弾の爆発音よりも大きいのではないか。そう、思わせるほどの大きさだった。

「ありがとー!」

 那珂が歓声に対して手を大きく振る。撮影スタッフはこれを撮り逃がさない。このライブは国営テレビ選りすぐりのスタッフが撮影している。

「今日は全国放送! みんな見てくれてるかなー?」

「2014年那珂ちゃんクリスマスライブ」は全国放送だ。北は幌莚、南はショートランド、一般回線だけではなく、海軍の通信回線まで用いて放送している。南の島で、船の中で、北の島で、たくさんの那珂ちゃんファンが「見てるよ!」と叫んだ。

 海軍としても気が抜けない。このライブのチケットは海軍の予算収入の1つなのだ。

「ありがとー! 早速、一曲行くよー!」

 

「クリスマスカード? そりゃなんでさ?」

「この子達がね、商店街のクリスマスツリーに感動したからですって」

「ああ、あのツリー。12年ぶりだね」

 橫須賀商店街のクリスマスツリーのことだ。あの飾り付けが行われるのは実に12年ぶりのことだ。あのツリー1本で結構な電力を消費する。政府の電力制限を受けて、しなくなったのだ。しかし、今年の2月から電力統制は解除されている。

 今の小学生まではあのクリスマスツリーを見たことはない。しかし、クリスマスカードを那珂に送る理由がよく分からない。

「とってもキレイで、すごかったの!」

「すごかった!」

 口にクリームを付けた子供達は笑顔で言う。父親は2人の言うことが分かる。確かにあのツリーには魅入られるだろう。なにせあのツリーを見るためだけに観光客がいたくらいなのだ。

『みんな、ありがとー!』

 那珂が一曲を歌い終わった。会場の観客席はサイリウムライトによって白、赤、緑に染まっている。

『ここでお便りの紹介だよー!』

 袖から葉書や手紙を携えた黒子が走ってくる。文字通り、黒い服着て黒い頭巾を被った本物の黒子である。その正体は艦娘護衛のためだけに編成された海軍第61特別陸戦隊、通称「K特別陸戦隊」。黒装束の下に戦闘服を着て、実弾込みのシグP226自動拳銃を腰に吊っていることは誰も知らない。海軍は全力を尽くしている。

『横須賀市の小学生二人から、クリスマスカード! メリークリスマス、みんなを守ってくれてありがとう。那珂ちゃんの似顔絵付きだよ! かわいい! ありがとう!』

 那珂ちゃんが胸の前にカードを掲げる。テレビの全面にカードが映し出された。間違いなく、子供達が描いたものである。

「あたしのだよ! あたしの!」

 長女が席を立って、ジャンプまでして喜ぶ。

「よかったわね」

 父親はようやく子供達がクリスマスカードを送った理由が分かった。

 子供達なりに感謝の意を示したかったのだ。

 


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