艦隊これくしょん - variety of story -    作:ベトナム帽子

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太平洋を越えて その2

――吹雪、白雪、初雪、深雪。君達、第十一駆逐隊にはアメリカに行ってもらう。作戦名は瑞星作戦だ。

――なに、今すぐじゃない。新年明けての話だ。安心しろ。

――どうやって行くかって? 海路じゃない。空路だ。新型の輸送機でミッドウェーまでいったん飛んで、ミッドウェーで補給をした後、アメリカに飛ぶ。

――撃墜されるって? 聞いて驚け。君達が乗る輸送機は巡航速度毎時790キロメートルだ。たこ焼き(玉形深海棲艦航空機のこと)だって追い付けはしないよ。もちろん直援機も付ける。

――目的はアメリカに艦娘技術を提供するためだ。君達はその艦娘技術の一例として行ってもらう。

――誰を選ぶかは悩んだんだが……君達が適任だと思った。優秀な駆逐隊であるし、かわいい子揃いだ。

――第十一駆逐隊を行かせるのは正直、心苦しいが誰かが行かなければならない。

――頼む。行ってくれ。

 

 吹雪は機内で自分達、第十一駆逐隊がアメリカ派遣団に選ばれた時のことを思い出していた。

 司令官は自分達のことを大切に、期待をしてくれている。司令官のために頑張らないと。吹雪は意気込んだ。

「吹雪ちゃん、慣れた?」

 白雪が吹雪の方に乗り出して聞いた。

「慣れたって?」

「エンジン音」

 機内は相当うるさかった。いや、機内でも、というべきだろう。ターボプロップエンジン特有の爆音は機内にも(とどろ)いている。

「慣れてないよ。とってもうるさい」

 他の人はどうだろうと思って、吹雪は機内を見回す。乗客席は横4席、縦4列の16席だ。1列目を吹雪達、2列目横2席が吹雪達の艦娘艤装整備員。残りの席は艦娘部の技術者達だ。吹雪は一番右に座っている。案外、みんな平気な顔をしている。深雪を除いて。

「気持ち悪い……」

 深雪は飛行機酔いで前かがみになっていた。深雪は気圧の変化にものすごく弱かったらしい。隣の初雪が「大丈夫?」と声をかけながら背中をさすり、後ろの席に座っていた艦娘艤装整備員の清水が立ち上がって「吐いたら楽になるぞ」と言っている。

 吹雪は「外を見たら?」と言おうとして、思いとどまった。

 乗客席に窓はないのである。防弾上の理由だ。飛行機旅行ってもっと優雅なものだと思っていたのに。吹雪はため息を吐いた。

「トイレ行く?」

 呼びかけに深雪は縦に首を振った。

 

 14式輸送機はターボプロップエンジン特有の轟音を響かせながら、上昇している。

「高度8000、水平飛行に移ります」

「スロットルダウン。速度は620」

「了解。スロットルダウン、速度620」

 機長の(あずま)の言葉を操縦士の後町(ごちょう)が復唱し、手慣れた手つきでスロットルレバーを下げる。

 この14式輸送機「瑞星」は新しい機体だ。工場から正式機がロールアウトしたのはたった1ヶ月半前。しかし、「瑞星」の搭乗員は「瑞星」が三十一試輸送機からの搭乗員だ。とうの昔に「瑞星」の扱いに慣れていた。

「深海棲艦の奴ら、来ますかね?」

「来るさ、絶対にな」

 航法士の風間(かざま)が飛ばした冗談に東は真面目に返答した。すでにミッドウェーから東に2500キロメートル地点。とうの昔に人類側の勢力圏外だ。

「来ても、あと30分は大丈夫だろう。まだついてきているからな」

 東は並走する烈風を指さして言った。艦娘の烈風だ。直衛として20機の烈風がついてきている。他にもこの空域には60機の部隊が飛んでいる。

「できれば、我々がアメリカに着くまで来ないで欲しいですね。燃料が怖いですし」

 後町が燃料計を小突いた。

 ミッドウェーからアメリカ西海岸まで約5000キロメートル。「瑞星」の航続距離は約12000キロメートルだが、それは増加燃料タンクを装備した上での値だ。増加燃料タンクなしの「瑞星」は約10000キロメートルしか飛べない。西海岸まで行って、帰ってく来るのにはぎりぎりの量だ。

「それは叶わないみたいです! 深海棲艦航空機と思われる機影、4時方向! 距離35000! 高度3000!」

 レーダー士の新藤が叫んだ。新藤の見るレーダー画面には右下に白い(もや)がある。この白い(もや)が深海棲艦航空機の機影だ。

 レーダー画面は通常航空機の機影が点で映るが、深海棲艦航空機は疎密な編隊を組むので靄のように映るのだ。

「直衛機に通報! 敵機、『渡り鳥』から4時方向。距離35000、高度3000だ!」

「了解! 直衛機に通報! 敵機、『渡り鳥』から4時方向。距離35000、高度3000!」

 通信士の桜木が復唱する。『渡り鳥』は「瑞星」のコードネームだ。

 「瑞星」から離れた位置にいる部隊が向かう。

「後藤、巡航速度まで上げろ」

「了解」

 「瑞星」の二重反転式ターボプロップエンジン4基の回転数が上がる。エンジンの轟音がさらに大きくなった。

「一応聞きますけど、直援機ついてこれますか? 自分の記憶では烈風の最高速度は627キロだったはずですが」

「無理だな。だが、敵機が直援機とやり合ってる間に距離が取れればいい。敵機もこの『瑞星』には追い付けない」

 直衛についていた烈風の妖精が敬礼をして、右に降下していった。「瑞星」が増速したのを見て、直援はこれ以上、不可能と判断したのだろう。

「おい、風間! 目的地までは?」

「2200キロメートルです」

「長くなりそうだな……。機銃座の方もしっかり頼むぞ!」

 東は後方にいる機銃手4人に向けて叫んだ。「了解!」と威勢のいい返事が返ってくる。

「さて、アナウンスだ」

 東は壁にあるマイクを取って、アナウンスを始める。

 

 アナウンスが始まったのはちょうど、深雪と吹雪がトイレから出てきた時だった。深雪は幾分かましになったようだが、気持ち悪げな表情はあまり変わっていない。

『あーあー、乗客の皆様。本機のレーダーが敵編隊を捉えました』

 機内がざわめく……ことはなかった。客席の全員が予想していたことである。むしろ、遅かったな、と思った者が多かった。

『直援機が迎撃に向かいましたが、迎撃をすり抜けた敵機が攻撃してくる恐れがあります。急激な回避運動などを行う可能性が十二分にございますので、乗客の皆様は着席し、シートベルトをしっかりとお閉めください』

 吹雪は深雪を急いで座らせた。隣の初雪が立ち上がり、深雪のシートベルトを締める。吹雪は初雪に任せて自分の席に戻った。

「すまないなぁ……本当……」

「困った時のお互い様……」

 初雪は深雪のシートベルトを締め終わると、そそくさと座った。

 

 激しい空戦が行われている空域から南に100キロメートル、高度500メートルを彩雲が飛んでいた。

 この彩雲の妖精はいるであろう空母ヲ級を見逃すまいと、海面に目をこらしている。

 「瑞星」の迎撃に上がってきた敵機は100機ほど。少なくともヲ級3隻はいるはずだった。

 空母同士の戦いでは先に敵を見つけた方が勝ちだ。ヲ級やヌ級は頭の帽子に大穴を開けてしまえば、艦載機の発艦は不可能になる。敵空母を発見次第、母艦に待機している彗星28機が攻撃する予定だ。

 妖精は東に目をこらす。深海棲艦の基地になっているハワイの方向だ。少し、波が光っていないところがある気がした。

 双眼鏡で確認する。太平洋のおだやかな波。

 その中に――――いた。ヲ級だ。赤いオーラを纏っているelite。4隻。

 勝ったな。妖精は笑みを浮かべた。通信手に通報させようと声を出そうとした瞬間、異様な物を見た、

 ヲ級ではない。

 ヒト型。ヲ級より白い肌と髪。戦艦のものと思わせる1門の長砲身砲。黒光りする固そうなスカート。周りに浮かぶ赤い玉。なりより、双眼鏡でようやく見える距離でも感じる威圧感。

 ――あいつだ。泊地棲姫だ。

 

「泊地棲姫!? あいつ出てきてるの!?」

「あいつかよ……」

 通報を受けた隼鷹と飛鷹は驚愕した。

「泊地棲姫って……あの」

「そう、あの泊地棲姫よ」

 翔鶴と瑞鶴は13年の冬に着任した艦娘だ。泊地棲姫は見たことはない。報告書で読んだことがあるだけだ。

 泊地棲姫。戦艦並みの火力と防御力、そして今の空母ヲ級flagship並みの航空戦力を持つ深海棲艦である。初めて確認されたのは2013年5月。南方進出の準備として深海棲艦ハワイ泊地と南方を切り離すためにハワイを襲撃した時だ。当時は戦艦が少なく、航空兵器も現主力の烈風や紫電改、彗星、流星がなかった艦娘側は相当な苦戦を強いられ、作戦目的は達成したものの、艦娘側が大損害を負った。

「大丈夫よ! 烈風よ、烈風! 零戦の後継機! そう簡単に落とされやしないわ! バッタバッタと敵機を落としてくれるはずよ!」

 瑞鶴が不安に包まれた空気を消し去ろうと明るく振る舞う。

「ましてや私達、烈風隊の任務は泊地棲姫の撃沈じゃない。『渡り鳥』の護衛よ!」

 隼鷹と飛鷹はハッとした。そうだ、私達の目的は「渡り鳥」の護衛だ。航空母艦は攻撃兵器。それにとらわれすぎた。

「そうね、瑞鶴。『渡り鳥』は絶対アメリカに行かせるわ。皆さん、艦爆隊、発艦です!」

 翔鶴が弓を構える。瑞鶴や隼鷹、飛鷹もそれに続いた。

 

 エンジンのHeS/RR TP2-01kは4基すべて快調に回り続けている。特徴的なエンジン音も相変わらず響いている。

「現在、時速840キロメートル。追い付ける戦闘機はターボジェット機かレアベアくらいのもんですよ」

 機関士の渡辺が誇らしく言った。ちなみにレアベアは世界最速のレシプロ飛行機だ。時速850キロメートル出せる。

 深海棲艦航空機がどんな飛行機関で飛んでいるのかは不明なのだが、少なくとも今の「瑞星」に追い付ける速度ではない。だが、

「12時方向に敵影! 距離150000! 同高度!」

 新藤が新たな敵機群を伝える。

 敵機は「瑞星」に反航している。お互いに近づく形だ。1分ほどで接敵する。

 反航戦になれば、撃墜する側にとって「瑞星」は動かない当てやすい目標になる。それはさけなければならない。

「後町! 60度旋回! フルスロットル! 増槽(増加燃料タンク)落とせ!」

「了解! 60度旋回! フルスロットル! 増槽落とします!」

 後町が増加燃料タンクの落下レバーを下ろした。両翼にぶら下がっていた紡錘型の増加燃料タンクが外れて落ちる。軽くなった分だけ、速度が上昇する。

 次にスロットルを全開にして、操縦ハンドルを左に回す。しかし、「瑞星」は巨大な飛行機だ。小型機のようにすぐに旋回できない。

「敵機来るぞ! 旋回機銃、敵機を捉え次第、撃ち方始め!」

 「瑞星」の上部と下部の12.7ミリ3連装旋回機銃2基、尾部の12.7ミリ5連装ガトリング機銃が敵機の方向に銃口を向ける。

 ちょうど60度旋回し終わったころ、旋回機銃が火を噴いた。1秒に100発以上の12.7ミリ弾が放たれる。しかし、小さな深海棲艦航空機には当たらない。

 深海棲艦航空機も撃ってきた。曳光弾が機体をかすめる。

「フルスロットル! フルスロットルだ! エンジン吹かせ!」

「やってます!」

 後町は敵弾が機体全体を覆っている感じがした。もう押し込めないのにスロットルレバーを押し込み続けている。とても長い時間のように感じる。

 気づくと、敵弾は止んでいた。旋回機銃の発射音も止んでいる。顔に汗がにじんでいた。

「しのげたか……」

 後町は安堵してゆっくり息を吐いた。

 吐き終わったその時、

「敵機! 正面!」

 上部旋回機銃手の松永が叫んだ。松永を除く全員が機体の正面に顔を向けた。松永が機銃を撃ち始める。

「急旋――――」

 

 旋回機銃の射撃音が聞こえ、吹雪はももどかしく感じた。自分は海上ならば敵機を落とす力がある。しかし、空の上では椅子の上に座っているしかないのか。

 窓はない。外の様子をうかがい知ることもできない。

 目を閉じることにした。旋回機銃の射撃音が止んだ。

 次の瞬間、吹雪は激しいGと共に機体が被弾する衝撃を感じた。

 それはサボ島沖で感じたボフォース40ミリ機銃弾が当たったときの衝撃によく似ていた。

 

「被害状況! 確認!」

 東は叫んだ。各員が担当している機器のチェックを行う。東は操縦装置の方に向かい、計器を見る。

「下部旋回機銃、被害なし!」

「尾部機銃、損害なし!」

「航法装置、損害なし!」

「上部機銃、破壊されました! 動きません!」

「操縦装置、異常なし!」

「エンジン出力、異常なし!」

「レーダー、異常なし!」

「無線機に異常発生!」

「与圧、異常なし!」

「二つか……」

 損害があったのは上部旋回機銃と無線機。

 何か忘れている。東はそんな気がした。機内を見回す。異常。異常。異常。扉。扉?

 扉だ。客室に続く扉だ。

「客室! (ひら)! 客室見てこい!」

「は、はい!」

 扉に一番近い尾部旋回機銃手の平が急いで、客室に続く扉を開けて見に行った。

「新藤、敵影は?」

「近くにはありません。いまだ、直衛隊と深海棲艦は交戦中の模様。さっきの敵は追撃しないようです」

 現在の速度は時速881キロメートルで高度は8000。深海棲艦航空機では追いつくことはできない。

「損害があったのは上部機銃と無線機だな。松永、どうだ?」

「はい、上部機銃は旋回モーターがやられました。副回路も駄目です。射撃はできるようですが……」

「桜木は?」

「どうも、主無線装置が送信ができません。受信はできます」

「副は?」

「駄目です。送信も受信もできません」

 旋回機銃はまだいい。飛行にあまり影響を及ぼさないし、気休め程度のものでしかない。だが、無線機は痛い。護衛の第五航空戦隊に連絡が取れないし、アメリカ本土に着いてから連絡が取れない。

「修理に全力を尽くせ」

「了解です」

 東は機長席に戻って、どかっと座った。疲れた。一服つきたい。胸ポケットの煙草を探る。ない。

「禁煙中だった」

 『健康に悪いから吸うの辞めなさい。かっこうわるいし』と嫁にさんざん言われて、禁煙を始めたのを東は忘れていた。東個人としては煙草を吸っている飛行士というのはかっこいいと思っているのだが。しかし、禁煙中でないにしても、機内で煙草を吸うのは御法度だった。与圧している飛行機の中は同じ空気が循環しているのだ。空気が悪くなるどころの話じゃない。

「平、ただ今戻りました! 乗客室には被害なし。飛行機酔いが1人」

「そうか、良かった」

 瑞星作戦の肝は客席にいる艦娘と技術者達なのだ。機体を操作する自分達が無事でも艦娘と技術者が全員死亡なんてなったら笑えないどころの話じゃない。

 彼らも窓のない客室で不安に怯えて疲れただろうし、何か、疲れの取れる物を出さなければ。そう、東は思った。

 煙草は論外。機内食はちょっと早い。

 疲労回復と言えば、甘い物だ。甘い物と言えば、アイスクリームだ。

 「瑞星」にはアイスクリーム製造器がある。軍輸送機の中では最長の距離を飛ぶ「瑞星」には疲労回復のためにアイスクリーム製造器が搭載されているのである。他の飛行機にはない。

 そうだ、そうだ、アイスクリームだ。作ろう。乗客の分も作ろう。おもてなしだ。

 東は勢いよく、椅子から立ち上がり、乗客席へ続く扉に向かう。アイスクリーム製造器はギャレー(機内調理場)にあるのだ。

「アイスクリーム作るけれど、みんないるか?」

 予想はつくのだが、一応コックピットの全員にも聞いておいた。

 返答は予想通り、全員がYesだった。

 




 「太平洋を越えて」はその2で終わると言ったな。あれは嘘だ。
 予想以上に長くなったので、いったん切ることにしました。多くても、その4で終わるはずです。

吹雪「なんで私達をアメリカに行かせるのですか? 司令官」
提督「世界に名前を轟かした特型駆逐艦のネームシップだし、ちょうど改二も来るから話題性がいいかなって」
深雪「で、私達のレベルはいくつなのさ、司令官」
提督「それは公衆の面前ではちょっと答えられない」
初雪「低いってことね……」
提督「言うなよ」
白雪「では、お読みくださりありがとうございました。その3をお楽しみに!」

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