悪役令嬢「わたくしの名前をおっしゃってくださいますか?」 作:偽馬鹿
―――――悪役令嬢。
それは物語の都合上、必ず打倒される存在である。
そしてこれは、そんな悪役令嬢に転生することになった一人の人間のお話である。
「ポラリス・アルコル・セヴンス様の到着です!!」
その日、ひとりの令嬢がミルティオーネ学園の地に降り立った。
華美な装飾で彩られた馬車から、その令嬢はすっと姿を現す。
ミルティオーネ学園の制服を纏い、鈍く光る銀の装飾をした靴を履いている。
見た限り、身長はそれほど高くはない。
12歳の少女の平均的なそれ以下だ。
しかし、周りの人間は彼女の顔を見て絶句した。
あまりの美しさに、ではない。
もっと驚くべき理由であった。
―――――少女の顔は、鈍い鉄の兜で隠されていた。
仮面舞踏会に踏み入るようなそれではない。
完全に武装としての兜だ。
「な……何故……?」
そのような声が周囲から上がる。
しかし兜を被った少女はそれを気にすることもなく歩き出す。
背筋の伸びた美しい歩き方だ。
それ故に鉄の兜が目を引く。
「……そういえば……」
周囲の人間が騒ぐ。
ポラリス・アルコル・セヴンスは、昔大きな火傷を顔に負ったという話を聞いた人間がいたのだ。
「そんな……」
「おいたわしい……」
そのような声が上がる。
しかし、その声を聞いた少女が振り返り、つかつかと歩み寄った。
「え、ええと何か?」
そして少女はひそひそと話していた男の内のひとりに声をかけた。
そして、ふんと鼻を鳴らして、男に向かって指を差した。
「わたくしの名前、言ってみてくださるかしら?」
「は……?」
奇妙な問いだ。
男は質問の意味が理解できず、そのまま聞き返してしまう。
すると、バチィ! と大きな鋭い音が響いた。
その音の元は少女の指先だった。
なんということだろうか。
少女は男に対して紫電を放ったのだ。
「な!?」
「もう一度だけチャンスを与えましょう」
その紫電は男に傷を負わせることなく通り過ぎたが、その衝撃は凄まじかった。
まるで歴戦の魔法使いが放ったそれに等しい鋭さ。
「わたくしの名前、言ってみてくださるかしら?」
「ぽ、ポラリス様です!」
男が答えると、少女はすぐに立ち去った。
後に残ったのは静寂と、少女に対する恐怖の感情。
そして紫電によって焦げ付いた樹が残されたのだった。
―――――お分かりの通り、ポラリス・アルコル・セヴンスは転生者である。
中々に適当に生きた人生を終えて2度目の生を受けた。
まあまあオタクであり、サブカルにどっぷりとハマっていた元男のポラリス。
自身の生まれた家がかなり力のある貴族であり、ポラリスという令嬢が自分だと知ったことで前世の記憶を思い出したのだった。
『ナナツボシの愛』
これが彼女の知る、ポラリスが悪役令嬢として活躍するゲームの名前だ。
恋に破れ、最後には没落してフェードアウトする、よくある敵役だ。
さて、そこまではいい。
しかしポラリスになった彼女は思いついてしまったのです。
『もっと悪役に寄せたら勝てちゃうんじゃないか?』
そんなことを。
その翌日。
彼女は取り寄せた鉄兜を被り、周囲をざわつかせた。
なんでジャギに寄せた。
さて、何故かジャギに寄せていったポラリス嬢であるが、それ故に鍛錬に関しては真摯であった。
そうでなければ北斗神拳伝承者候補に上がるほどの実力を得ることはできないからだ。
彼女は高みを目指していたのである。
「ふっ……!」
突き、払い、落とし。
繰り返すこと100回。
彼女は毎日こなした。
少女の身であり、更に顔を鉄仮面で覆いながらである。
並大抵の努力ではなかった。
更に彼女は魔法にも力を入れた。
魔力の質を高め、量を増やし、精度を挙げた。
火、雷、土、水、風、闇、と7属性の内の6属性を鍛え上げた。
その完成度は家庭教師が黙るほどだった。
さて。
悪役令嬢たる彼女には婚約者がいる。
ケシュロー・ゴドナグ・シェルタである。
シェルタは完全なる箱入り息子であった。
父親と母親に溺愛され、宮廷の外に出る機会はなかった。
それを彼は享受していたし、それが普通なのだと思っていた。
しかし、彼にも好奇心はあった。
いつもであれば見張りの兵士がいて通り抜けることのできない宮廷の出入り口。
その日は丁度見張りの交代を行う瞬間であり、一瞬だけ存在する空白だった。
偶然にもその瞬間に、シェルタはその場にいた。
外を見てみたい、歩いてみたい。
そう思ったのか、彼は宮廷から出てしまった。
ここで本来であれば原作のヒロインと出会う。
その名前はアリュー。
少々お転婆だが、心の優しい少女だ。
そんな少女と出会い、たった1日の冒険をする。
その大切な記憶を持ってミルティオーネ学園へ入学。
ありきたりの日々を過ごしているところに、あの頃の面影を残した少女と出会い……みたいな感じだ。
しかし、アリューと出会ったまでは良かった。
だがそこで運悪くごろつきと出会ってしまったのだ。
大人と子供、力の差は歴然。
それでも、アリューはシェルタを放って逃げることはなかった。
たった一人で不安だったシェルタにとって、アリューは女神で天使だったのだ。
―――――そして
「下がれ」
―――――その状況を打破したのは、彼にとっての魔王で悪魔だった。
「……」
シェルタは目を覚ました。
小さい頃の冒険の記憶を夢見ていた。
最高で素晴らしくて、最悪で恐ろしくて。
天地光闇入り混じった記憶。
複雑な顔をしていた。
彼は使用人を待つことなく自力で着替えをする。
これは彼にとっての魔王が自力で行うと聞いて始めたことだ。
『多少は自分だけの力で動けるようになったとのことですが、まだ弱いですわね』
あの時の魔王の顔がかなり屈辱だったのでなんとかした。
その程度で彼の両親は喜んでいたので、まあ感謝してやってもいいくらいには思っているが。
「はぁ」
しかし気が重い。
彼にとってポラリスは婚約者である。
けれど、それ以外にも彼は彼女に対して複雑な気持ちを持っていた。
魔王、悪魔、魔女、怪物。
とにかく恐ろしい女性である、と思っていた。
そして強い女性でもある、ということも知っていた。
そんなところを知っているからこそ、彼は彼女との婚約を破棄していないのだった。
「まあ、愛し愛されという関係はあり得ないだろう」
彼女の持つ政治的な力はかなり強い。
彼女の家の力を王族に取り込み、更なる地盤の安定を図るのがこの婚約の目的だ。
あちらもこちらも承知している話だ。
「……はぁ」
そう、承知しているのだ。
少なくとも両家はそのつもりで、シェルタもそのつもりなのだ。
何だかんだ命の恩人で美人で頭も良くて魔法も使えて身のこなしも一流で礼儀作法も完璧で長い間一緒にいる異性だ。
何も感じないわけがないのであった。
しかし。
『好きな女性がいる? それならば迷う必要はありません』
あの時のポラリスの顔は邪悪のそれだった。
いや仮面で見えなかったのだが、多分そうだ。
『―――――奪えばよろしい。今は悪魔が微笑む時代ですわ』
「……奪えたらよかったんだけどな」
ため息。
彼の想い人の心を奪うのは、まだ先になりそうだ。