寮に戻り、スーツケースに荷物を詰めたらあっという間に家に帰る時間になっていた。大きい荷物を両手に城内を走っているとマクゴナガルが 「そんなに急がなくてもハグリッドに全員分の小舟を用意してもらっています」 と小言を貰ってしまう。
「先生! 二年生も頑張ります!」
「期待していますよ」
「ミス・ディゴリー 良い夏季休暇をね!」 喜色浮かべて声をかけてくれたスプラウトにもアリスも笑顔で挨拶を返した。
陽が差し込んでいる中庭の向こう側に、暗い廊下へ進んでいく黒い影が見える。
「スネイプ先生ー!」 黒い影は一瞬止まったが、大きな声をあげて手を振るアリスに、逃げるように素早く柱の影に消えていった……。
湖を渡り、続々と生徒たちはホグワーツ特急に乗り込んでいく。汽車はゆっくり動き出し、ホグワーツ城を後にした。コンパートメントを確保できたアリスとライアンは夏季休暇の話でもちきりだった。
「だからね、夏休み私の家に遊びにおいでよ!近くには湖もあって水遊びとかしたら気持ちいいよ」
「ホグワーツの湖以外知らないな」
「じゃあ絶対行こう! でね、夜は私の部屋でマシュマロを焼こうよ……」 アリスはウットリして思いつく限り予定をたてる。
「私の部屋にハンモックがあるの! でね、天井に星座のステッカーが貼ってるから……時期的に夏の大三角形を映してくれるはず……あ、天文学の話はナシね?休暇中に課題の話はしたくないよ。一緒にただ眺めるの!」
アリスは器用にピーナッツを口に放ってニッタリ 「ね?」 と笑いかけるのでライアンも微笑んだ。 「楽しそう」
そして汽車がキングズ・クロス駅の9と4分の3番線ホームに到着すると、制服から私服に着替えた生徒たちが徐々に壁の向こうへ通って行った。
「アリスのご両親ももうお見えになってるのかしら」 ハーマイオニーは他生徒よりも大量の本が詰まっている鞄を抱えて周囲を見渡した。
「うん、来ている頃だと思うよ」
「また今度改めてご挨拶させて。休暇中ダイアゴン横丁で会えたら嬉しいわ」
ハーマイオニーと約束をしているとハリーと一緒にロンが声をかけてきた。
「僕らも新学期の準備にダイアゴン横丁に行くつもりさ。ライアンもだよな?」
ロンの問いかけにライアンも頷いた。そこに唐突に現れたフレッドとジョージも混ざる。
「なぁハリー! この前のアリスの感動モノの告白聞いたか?」
「え? なに?」 不思議そうなハリーにアリスはハッと察する。
「ねぇからかわないで!」
「何だよ悪いこっちゃないだろ?」
レイブンクロー戦を控えた皆の前で、ハリーをかばった一言……なんだか本人に知られるのは恥ずかしかった。必死に止めるアリスの様子にハリーも深堀りはせずに苦笑した。
「アリス、あの時僕らを引き止めずに……見逃してくれてありがとう」
「あ、うぅん。何だか上手くいって良かったよ」
ハリーは眉を下げて笑った。
「あと、お見舞いの応援旗ありがとう。いつも、本当に」
「……来学期もディーンと凄いものを作るつもりだよ」
アリスの言葉にハリーは嬉しそうにまた、お礼を言った。
皆それぞれ迎えの家族と合流していく中、アリスもスーツケースを引いて両親の姿を探す。
「父さんが来てくれたみたい」 人混みの中、父親を見つけたライアンは予想外だったのか、乱れた前髪を手櫛で直す。
「ねぇライアン!」 ゲートへ向かう親友に声をかける。
「夏休み本当に遊びに来て!私、ハーマイオニーや、ラベンダーやパーバティでもなく……フレッドとジョージでもなくって、親友と過ごしたいの!」
パッチリした透みきったグレーの瞳がライアンを射抜く。
「あ、別に他のみんなは嫌ってわけじゃないよ、ただ──」 慌てて言葉を付け加える親友にライアンはゆっくり頷く。
「……うん、会いに行く」
「本当! 嬉しい! ライアンのパパにお願いしてね?じゃあね!手紙待ってるから!」
笑顔で手を振る彼女と挨拶を交わし別れる。
ゲート出口には"ダンヒル"のアタッシュケースを片手に下げ、腕時計に視線を落とすマグルのビジネスマンがいた。
「……迎えに来てくれたんだ」
マグルのビジネスマン──ライアンの父親は視線を息子に向ける。周囲はこの二人が親子に違いないとすぐ察せられただろう。息子の派手な金髪はこの父親譲りだと。サヴィル・ロウの名門ブランドで仕立てられた格式高いスーツは、マグルが見たら彼がビジネスにおいて成功者だと分からせられた。
「ユーストンで商談だったからな」
父の足はキビキビと規則正しく動いて駅に止めた車のロックを解除する。スーツケースをトランクに入れて後部座席に乗り込むと車は家に向かって走り始めた。
肉親相手なのに滅多に主張しない……できない自分だが、ライアンは別れ際のアリスの言葉を心の中で反芻していた。バックミラー越しに写る父に、乾いた唇を舐めながら”お願い”をしようと口を開いた──。
「我が家に宝物が帰ってきたぞ!」
エイモスが声高らかに玄関の戸を開いて子どもたちを迎える。駅で熱烈にお出迎えしてもらったがまだ喜びが収まらないといった感じだ。母のシェリルも息子と娘に何か食べさせようと早速キッチンに引っ込んだ。
アリスも二階に上がり、クリスマスぶりに帰ってきた自室にトランクを放って──食べかけのピーナッツと、絵を取り出した。お日様に干したばっかのベッドシーツに寝ころんでそれを眺める。そして、隣の部屋の物音に耳を澄ませた。何も聞こえなかったので、そっと絵を背中に隠し持ち、自室から出てセドリックの部屋の扉に耳を当てる。
「アリス?」
「わっ」
直ぐに扉が開いたのでバランスを崩したアリスはセドリックに肩を支えられる。慌てて離れたがこうもタイミングがいいと私の行動は全て筒抜けなんじゃないかと疑う……。
「どうしたの?」
「え? うーんと……」 調子を崩されてしまい、しどろもどろになる妹に兄は優しく微笑んだ。
「部屋に入って。話さない?」
アリスはこくり首を縦に動かして中に入った。
セドリックは既に荷解きが終わっているみたいで、スーツケースは片付けてあり、夏季休暇中の課題がデスクに準備されていた。
「なんか懐かしいかも……。お兄ちゃんの部屋って何も変化なかったから」
だから課題とか、スーツケースが部屋に置かれているのを見ると昨年までを思い出す。お兄ちゃんが帰ってきたって……。それが幼い頃のアリスには嬉しかった。
「僕の部屋にきてたの?」
「ひ、暇で……」 思わず滑ってしまった口を塞いだが遅かった。シェリルに 「セドリックの部屋なんだから散らかしたり、勝手に触っちゃだめよ」 と注意されていた過去を思い出す。
「いいよ」 不自然に視線を動かす妹にセドリックが小さく笑う。 「なにしてたの?面白いものはなかったと思うけれど……」
「クィディッチの本読んでみたり……」
下の子にとって兄姉の部屋というのは珍しいものばかりに見えるのだ。これ以上の追求は避けようとアリスは咳払いをしてセドリックのベッドに腰かける。
「──これ!」
アリスは視線をそらしながら、ぐっと絵を突き出した。セドリックは驚いたように瞬きをして、アリスの差し出した絵を受け取る。
「これは……」
ゆっくりと視線を落とした兄の目が、徐々に大きくなった。絵の中の自分の姿をじっと見つめる。アリスは緊張しすぎて、耐えられなくなって早口になった。
「お兄ちゃんの試合、始めて見て……その……凄いなって思ったから……学校で描いたの。本当はクリスマスプレゼントの予定だったんだけれど」 言ってるうちに、顔が熱くなるのがわかった。立ち尽くしたまま沈黙するセドリックをそろっと見上げる。
「アリス……いつもグリフィンドールの試合で応援旗を描いていたよね」
セドリックがゆっくり、口を開く。
「羨ましかったんだ……凄く」
気恥ずかしそうにそっと呟くセドリックが物珍しかった。
「だから嬉しいよ、本当に。ありがとう」
セドリックは少し屈み、アリスに両腕を広げた。それが、昔から兄がハグをしてくれるサインだったので、学校に通う年齢のアリスにはくすぐったかったが──……ベッドから腰を上げ、セドリックに抱き着いた。懐かしい、暖かくて、安心する兄の腕の中だ。一瞬で、昔の幼いアリスに戻ったような気さえした。
「アリスは凄いな。僕が欲しいプレゼントが分かるんだから」
「分かりっこないよ、お兄ちゃんだって無理なことだもの」
「うぅん、凄いよ」
要領を得ない兄の言葉にアリスは不可解そうに眉をひそめて見上げる。そんな妹の顔をセドリックは目尻を下げて微笑んで見つめる。
「わぁ、アリスは大きくなったね、こんなに顔が近い」
「お兄ちゃんも背が伸びたはずでしょ」
いい加減、照れてしまって兄から離れようとしたとき── 「子どもたち、母さんの美味しいご馳走が待ってるぞ!」 ──扉を活気よく開けたエイモスが現れた。
「ねぇ! パパ ノックくらいしてよ!」 アリスは吠えた。
「おや……!? なんて仲睦まじい兄妹なんだろう……!」
アリスは脱出しようとセドリックの腕の中でもがいたが、セドリックは笑いながら逃さないように抱きしめ続けた。二階が随分と騒がしかったので、様子を見にきたシェリルも目を丸くさせた。
「まぁまぁ……仲がいいわね相変わらず」
「世界で一番尊い兄妹だよ まったく! さぁ、父さんも混ぜておくれ!」
エイモスが兄妹をガバッと抱きしめ、シェリルもそれに続いて彼らを包み込むように抱擁した。
アリスは気恥ずかしいけれど……とても幸せな気持ちだったので、今日くらいは素直に、兄、セドリックに頬を寄せ、抱き締め返したのだった。
-賢者の石 完結-
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
小説を書き始めたきっかけは、セドリックという人物をもっと深く知りたいという思いからでした。彼は優秀でありながら、その見えない本質に計り知れない奥深さを感じています。夢主を通じて、彼の内面を探りながら、その魅力に迫っていきたいと考えています。また、夢主自身の人間らしい欠点や葛藤も含め、彼女が成長していく姿をぜひ見守っていただければ幸いです。