セドリック・ディゴリーと反抗期の妹   作:97nnn79

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秘密の部屋
夏休み


 オッタリー・セント・キャッチポールは夏に訪れるのにピッタリな魅力的な村だ。自然の美しさと、歴史的建造物や伝統的なイベントが豊富にあり、素晴らしいひと時を過ごせる。

 

 少女が道なりに自生するヤロウの小花に足を止め、そして一掴み拝借した。根っこが千切れないように丁寧に抜き取って土を払い、ハンカチに包む。

 涼風が黒髪を攫い、サラサラと舞って少し汗ばんだ彼女の肌にまとわりつく。健康的な肌色は眩しい陽の光を跳ね返しているようだ。白いノースリーブのブラウスとデニムのショートパンツという飾り気のない装いが、彼女の自然体な魅力を増している。

 

「見て 課題に使う野草が生えてたよ」

 

 眩しい笑顔でアリス・ディゴリーが後ろを振り返る。 カレンデュラのビタミンカラーに目を奪われていた友人がこちらに近寄る。足元のナイキは今シーズン発売されたばかりで、都会の整備されたトラックを走る目的で設計された身軽かつスタイリッシュな素材はこの郊外には異質に映る。

 

「宿題おわってねぇの?」 ライアン・ボードマンは何の気なしに問うたらアリスの顔が若干歪んだ。

 

「あとちょっと。魔法薬学だけね」 後ろめたそうにポケットに野草を突っ込む。夏休みも残り僅かで、折角親友が遊びに来てくれたっていうのに心置きなく遊べないではないか。

 

「……材料がフレッシュな方がいい結果になりそう。俺もやるよ」

「え? ライアンは課題終わったんでしょう?」

「復習もかねて作り直してもいい」

「本当?」 うれしさ半分、驚愕半分だった。なんで課題を二周するのか。

 

 不良そうな見た目──世間一般に見て──と違って、真面目な親友に肩をすくめ、 「課題の話はあとでしよう! うちはもうすぐそこなの」 と腕を引いた。

 

 深く生い茂る緑の中にひっそりとたたずむ家、それがディゴリー家の住まいだった。魔法使いの家でありながら、見せびらかすような装飾はなく、むしろ自然と調和するように造られていた。

 

 外壁には温かみのある木材がふんだんに使われており、陽の光を受けるとやわらかく反射し、家全体をほのかに包み込むように輝かせる。ところどころに年季の入った石が美しいアクセントを添えている。石には保護魔法がかけられており、雨の日でも苔が生えすぎることなく、夏の光を受けてほんのりと銀色に光っていた。

 

 広い庭も手入れが行き届いて、セドリックの箒やクィディッチ用品も見受けられる。庭先には透明な防護呪文が張られているため、マグルには決して見つけられることはない。玄関の扉には、ハッフルパフの象徴であるアナグマの模様がさりげなく彫られていた。訪れる者に警戒心を持たせず、温かく迎えるような住まいだ。

 

「ライアンいらっしゃい。ここまでずいぶん遠かったでしょう。チキンのサンドイッチとスコッチエッグがあるから夕飯まで待ってくれるかしら」 シェリル・ディゴリーは品のある美しい貴婦人で、シニヨンでまとめられた艶やかな黒髪がディゴリー家の子どもたちを彷彿させる。

 

「アフタヌーンティーはあとでね! 私の部屋はこっちだよ」

 

 早速ライアンと話したそうなシェリルをスルーして若干緊張気味の親友を引っ張る。階段を登った一番奥の部屋がアリスの自室だ。パステルカラーの壁紙に、アリス自作の絵と写真があちこち貼られているのが印象的で、アリスが部屋に入るとフェアリーライトが淡いラベンダー色に光る。机の上には作りかけのビーズアクセサリーと、夏の課題が広がっている。

 

「どうぞ入って! 鞄は適当にそこらへん置いてね」

「……」

 

 ライアンは女の子の部屋に入るのに躊躇っているようで、アリスはそんな彼を不思議そうに見ていると、

 

「やぁライアンよく来たね、ゲストルームを準備してあるよ」

 

 振り返ると彼女の兄、セドリック・ディゴリーが柔らかな陽だまりのような笑顔で出迎えた。爽やかなブルーのシャツが彼にピッタリだ。

 

「なんで? 私の部屋に泊まるんじゃないの?」

「お客さんなんだから、ちゃんと用意しなくちゃ」

 

 アリスはキョトンとした顔で 「スペースあるよ」 とベッドの上の多すぎるクッションとぬいぐるみを床に落とす。セドリックは首を横に振った。ライアンは()()()()()()()()をセドリックから感じ取り、おとなしく彼の後をついていく。

 

「何か足りないものがあったら遠慮なく言って」 客間は清潔感のあるベッドと、ディゴリー家の伝統を感じられるヴィンテージの調度品は丁寧に磨かれていて心地のいい部屋だった。

 

「ありがとう」

「アリスはこの夏ずっと、君が来てくれるのを指折り数えて待ってたよ」

 

 セドリックは品行方正と銘打つべき笑顔を浮かべた。

 

 

 夕飯時になるとエイモス・ディゴリーが暖炉から姿を現した。魔法省のお勤めから帰ってきたのだ。

 

「君がライアン! アリスの一番の友人だそうじゃないか! 会いたかったよ、いやぁ12歳に見えない体格の良さだ! うぅんセドもあの頃このくらいの背丈だったかもなぁ。どうだい、クィディッチはやるのかな?」

 

「魔法使いの家に来るのは初めてだって? そうだ、玄関のアリスの写真は見たかい? あれは7歳の頃写真館で撮ってもらったものでね! まるで天使だろう? ダイニングにも4歳と10歳の頃の写真があるからご覧なさい!」

 

「お父上はマグルだったね。どういった仕事を? 君も将来同じ仕事をするのかな? 優秀と聞いているから魔法界でも活躍できそうだね! 勿論セドは魔法省に既に席を用意できるくらい秀でた息子でね。娘は声まで可憐だから歌手でもいいんじゃないかと……」

 

 食卓で矢継ぎ早の質問──途中必ず息子と娘の自慢話に変わる──に、アリスはいい加減エイモスを睨む。ダイニングの食器棚に飾られている今より幼い……10歳のアリスも写真立ての中で同じようにしかめっ面をしたのでライアンは思わず吹き出した。

 

 

 魔法界の家はマグルと全く違うことにライアンは驚いていた。そもそも彼にとって田舎暮らし自体が新鮮だが。バスルームにも魔法が散らばっていて、いつまでも鳴きやまないヒキガエルのおもちゃを黙らせるのに少しくたびれた。

 

 アリスの姿を探すとキッチンで見つかった。木のまな板の上でイチゴやキュウリをカットしている。ライアンより先にシャワーを澄ませていたので、束ねた毛先が少し湿ったままだった。

 

「なにしてるの」

「これは寝る前のドリンク作り」 楽しそうに返事をしてカットしたフルーツを、氷いっぱいの大きなボウルに放りこむ。そこに自家製レモネードも注いだ。

 

「ハイ! ちょっと一緒に私の部屋まで運んでもらえる?」 なにやら大きなバスケットを渡され、ライアンは言われるがままに受け取り、弾むように先行く彼女の後をついていく。

 

 陽が落ちた彼女の部屋は、昼間見た様子と雰囲気が違った。フェアリーライトの光は小さくなって、可愛らしい部屋の内装とちぐはぐな、武骨な手持ちランプのオレンジの光がうす暗い部屋を照らしている。窓は大きく開かれていて夏の静かな夜風が吹き込んで、大きなハンモックをゆっくり揺らした。

 

「ふふ! 夜のピクニックにようこそ!」

 

 いたずらっぽい笑顔でアリスはハンモックに腰かけて隣に座るように促す。呆気にとられたが表情に出ないライアンは空けてくれたスペースに腰を沈めるとハンモックはギシギシ揺れ、二人で座るとやや狭いので互いの肩がぶつかる。

 

「夜のピクニック? これアリスが準備したの?」

「そうだよ。ジャーン」 アリスはリキュールベースのジンを取り出す。

 

「アリス酒弱そうだけど……」

「結構イケる口だよ」 先ほどのフルーツとレモネードのボールにドポドポお酒を足していく。ライアンはその量にちょっとハラハラした。お玉でたくさんの氷とフルーツもジャブジャブ注いでグラスを掲げる。

 

「私たちのサマーホリデーに乾杯!」

「……乾杯」 グラスをあおると冷たいピムズドリンクがお風呂上がりの身体に染み渡る。フルーツとミントの香りが爽やかだ。

 

 アリスはバスケットから手作りおやつを取り出す。チョコやマシュマロにビスケット、ドライフルーツを混ぜて固めたロッキーロードや、シェリル作のピクルスやチーズ……。

 

「クリスマスプレゼントでもらったレシピ集からいくつか作ってみたの」 ライアンにフェアリーケーキを持たせる。ピンクのチョコレートと、キラキラのアイシングでデコレーションされたケーキはライアンとちぐはぐで面白かった。

 

「それはなに?」 フェアリーケーキを一口で放り込んだライアンが、アリスの手元のノートを指さす。

 

「夏休みにやりたいことリスト!」 アリスは早速一番上の"ハンモックでおやつを食べながら夜更かし"にフワフワの羽根ペンでチェックマークをつける。

 

「私ね、セドリックが夏にホグワーツの友達を連れてくるのがずっと羨ましかったの。だから、こうしてライアンが遊びに来てくれて嬉しい」

 リストには”湖で泳ぐ”、”こっそりマグルの村まで遊びに行く”、”箒に乗ってお兄ちゃんを尾行する”、"ライアンにメイクする(リップくらいなら許してくれそう)"などが羅列している。リストから視線を上げるとアリスがニコニコ笑っている。

 

「だから今、すっごく楽しいの!」

「……うん、楽しいね」

 

 自分にこうした時間を共有できる友達ができたなんて今でも信じられない。父親に言いづらかったけど、友達との約束がためらいを吹き飛ばした。

 

「ライアンもう酔っぱらっちゃった? 頬っぺた赤いよ?」

「ちげーよ」

 

 アリスはぶっきらぼうに返事する彼を横目にピムズドリンクを注ぐ。……言っていた通り本当にアリスはお酒が強いみたいで何杯飲んでも余裕そうなのがライアンはちょっと面白くなかった。二人はハンモックに揺られながら夜更けまでおしゃべりを楽しんだのだった。

 

 

 

 翌日、夏の陽射しがやわらかく傾きはじめる頃、ディゴリー家の裏手を抜けた先にある湖には、涼やかな風が水面を撫でていた。木々に囲まれたその静かな水面は、青と緑の間をゆらゆらと揺れながら、夏の匂いを閉じ込めている。

 

「冷たっ!」

 

 湖の淵で靴を脱ぎ、足先を水に浸けたアリスが跳ねるように声を上げる。さらに足を滑らせて着の身着のまま、湖にちゃぽんと入りそのままスイ~っと犬かきしてみせた。

 

「アリス泳ぐのが随分上手になったね」

 

 セドリックが驚いた表情を浮かべて褒めた。アリスは得意げに 「去年も一昨日も夏はずっとここで泳いでたから」 と、器用にその場を旋回すると水の中でチュニックが花弁のように広がった。

 

「お兄ちゃん! いつものあそこからジャンプしてよ!」

 

 ちょっとした岩場からのジャンプスポットのことだ。セドリックは妹のご希望に応えて岩場に登り、足元を見下ろすとアリスがこちらを高揚した表情で見上げている。両手でバランスを取るように空を抱き、飛び込む。湖面はその一瞬、鏡のようにセドリックの影を映し、そして割れた。高く弾ける水飛沫と、大きな飛込音にアリスは甲高い歓呼を上げる。

 

「最高!」

 

 しばらくして水面から顔を出したセドリックは、濡れた前髪をかき上げ、笑う。

 

「アリスはこれが好きだもんね」

「でも昔より全然迫力が違う!」

 

 ここの湖はディゴリー兄妹の夏の定番の遊び場だった。岩場からセドリックがジャンプすると、大きな水飛沫が楽しくって何度もせがんだものだ。

 

「ライアンも早くきなよ!」

 

 湖の淵で彼はしげしげと、水に浮かぶ兄妹を眺めていた。プライマリースクールに通っていた時、公営プールで泳いだことはあったが湖で、しかも彼女たちみたいに水着に着替えることなく泳ぐのは初めてだった。

 

「ねぇ、ライアンもジャンプしてみて!」

「でも彼は始めてだから……」 気遣う様子のセドリックに対してアリスはカラカラ笑う。

 

「ライアンはグリフィンドールだよ?このくらいわけないでしょう?」

 

 挑発的なアリスにライアンは珍しく、ム、と眉間にシワを寄せる。焚き付けられて足はジャンプスポットに向かい──躊躇うことなく、飛び込んだ。落ちていく一瞬、水面に映る空に、知らなかったはずの場所に確かに自分が入り込んでいく──そんな感覚が胸に広がっていた。水に受け入れられ、浮上するとアリスがガバッとライアンの首に腕をまわして引き寄せた。

 

「流石!勇猛果敢なグリフィンドール!」

「ナイスジャンプだったね。あっちの岩陰まで行こう。もう少し深くて気持ちいいんだ」

 

 セドリックがライアンの額に張り付いている金髪を払ってあげる様子が、まるで弟の世話を焼く兄のようだ。ディゴリー兄妹のグレーの瞳が陽を受けてきらきらしているのがとても印象的に感じられた。

 

 

 水遊びを楽しんだあとは木陰でお昼休みをすることにした。サンドウィッチを大口開けて噛りつこうとするアリスに、セドリックとライアンは 「あっ」 と同時に声を漏らす。がぶっと頬張ったら中身のトマトとハムが飛び出てアリスの膝に落っこちる。

 

「あぶない セーフ」

 

 つまんで口に放り込むアリスに二人はため息をついた。

 

「いやアウトだろ」

「アリス、膝の上にペーパー敷いて」

 

 セドリックが妹の食べかすを払って、二次災害に備えると、ライアンは食べやすいようにサンドウィッチにピンを刺した。そんなお互いの慣れきった手際の良さに思わず彼らは目が合うのだった。

 

 

 家に帰ってアイスティーで喉を潤すと、水遊びの疲れで気持ちのいい倦怠感に襲われる。アリスはソファーに横になって微睡む目をこすりながら、アクセサリー作りに精を出していた。ルームメイトのラベンダー、パーバティと一緒にハマっていて、ここ最近の気分はアクセサリーショップの店長だ。

 

「うぅ~ん……」

 

 だがその熱量も集中力も今のアリスには無く、作り途中のビーズアクセサリーを隣で読書しているライアンに授ける。

 

「作っていいよ」

「作っていいって……」

 

 アリスはムニャムニャ毛布にくるまってしまったのでしょうがなく机の上の、ビーズや石など詰まったジュエリーボックスと、ティーン雑誌 『手作りアクセサリー入門編~叶えたいおまじない別レシピ~』 を睨めっこする。天然石やガラス玉を手元の紐に通すのに集中しているとドン、と膝に重さを感じる。眠りこけているアリスの足がのびのびと自分の膝まで伸ばされているからだ。

 

「二人とも、お茶のおかわりは……まったくアリスは……」

 

 足置きにされている客人と、足置き扱いしている妹を目の当たりにしたセドリックが困った顔でアリスの足を下ろそうと手を伸ばす。

 

「あ……大丈夫」 思わずそれを制した。

 

「……重くないし、邪魔じゃない、から」

「本当? ごめん妹が」

 

 申し訳なさそうなセドリックに、ライアンは言葉を濁した。

 彼女がこうやってリラックスしているところを見ると、自分に心を許してくれているようで嬉しい。でも、それを口に出すのは気が引けた。セドリックは向かいの一人掛けのソファーに座り、静かに手元で何か作業を始める。

 

「僕も手作りに挑戦しててね。キーホルダーだよ」

「あぁ……」 アリスが彼に、紐糸や素材を押し付けてるところが容易に想像できた。セドリック・ディゴリーならアクセサリー作りも器用にこなせそうだとも。

 

 静かな時間が流れていて、時折どちらかが悩まし気にジュエリーボックスの中をかき回したり、レシピブックをめくる音だけが響く。二人とも口数多いタイプではない。

 

「クィディッチに興味あったりする?」

 

 セドリックからの突然の話題にライアンは顔を上げた。

 

「去年、試合見たけど楽しかった」

「もし明日時間があったら……練習に付き合ってくれると助かるんだ凄く」

 

 ライアンは迷ったが、セドリック・ディゴリーのお願いは断れない、いや、無下にできないというべきか。自信はないが 「わかった」 と返していた。

 

「よかった! じゃあ早速───」

「んん……よくねたぁ」

 

 兄の声に目覚めたのか、アリスがゴロンとあたりを見渡すと、ライアンの手元に釘付けになった。

 

「え! ライアンの作ったブレスレット可愛い!」

 

 天然石のチョイスはジャスパーでその色味はグリフィンドールを彷彿させた。そこに年輪感のあるウッドビーズやツヤは控えめなシェルビーズが彩りを添えていて組み合わせにセンスを感じる。紐糸もちょっと凝ったように編み込まれていて彼の器用さに舌を巻いてしまう。

 

「これやるよ」

「いいの? すっごい嬉しい! 私もライアンに作るね」

 

 嬉しそうに早速ブレスレットを手首に通すアリスは、セドリックに視線を移す。

 

「お兄ちゃんやっぱり下手っぴね」

 

 アリスの言葉にライアンはセドリックの手元を伺うと、こんがらがった紐糸に四苦八苦していて、彼は恥ずかしそうに頬を染めて苦笑した。

 

「僕、手先が不器用なんだ……」

 

 意外な一面にライアンは目を瞬かせる。 「ここはこう通すの」 とあれこれ兄に指南するアリスも新鮮だった。

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