新学期、魔法生物規制管理部に問題ごとが飛び込んだらしくエイモスは泣く泣く早朝から職場に向かった。キングスクロス駅にはシェリルとセドリック、アリスの三人で出発した。
「セドもアリスも夏休み中身長が伸びたわねぇ。セーターの丈が足りなかったら手紙を頂戴ね」
シェリルの言うとおり、成長期真っ盛りのディゴリー兄妹はよく食べよく遊びよく寝ていたのでグンとまた背丈が高くなっていた。すらりと伸びた長い脚で、まるで風を切るようにマグルが多く行き交う人込みの中を進んでいく。なるべく目を引かないありきたりなティシャツとデニムが今日の服装だったが、顔の小ささや等身の高さに何人かのマグルたちは横目で兄妹を横目で盗み見した。
「エアロ、暴れちゃだめよ」
アリスが自分のカートの中でガタガタ暴れる鳥籠に話しかける。籠の中のコキンメフクロウのエアロはディゴリー家のフクロウだ。人混みが気に食わないのか、茶色の羽を揺らしながら神経質そうに鳴いている。アリスが覗き込んでも、ツンと目を逸らすのでアリスは眉を跳ね上げる。
「生意気なフクロウめ」
「ごめんねもう少ししたら汽車の中で落ち着けると思うから……」
セドリックが伺うとエアロは嬉しそうに振り向いたので、アリスは無言でエアロの毛並みの中に人差し指を突っ込む。エアロはキュッ!と抗議の声を上げた。エアロは賢くって小柄な割に体力もあるが、セドリックにはとことん懐いているのにアリスのことは舐めくさっていた。兄妹格差である。
「残念ね、今学期は私がお前を連れていくのよ」
「キュィッ!」
セドリックを見つめるエアロに猫なで声で話しかければ、彼女は不機嫌そうな声を漏らした。あとでオヤツで機嫌を直してもらおうとアリスは溜息をつく。
9と3/4番線を抜けると生徒と保護者で相変わらずごった返していた。シェリルからは汽車の中で食べる軽食が入ったランチボックスを渡される。
「こっちはライアンの分よ。彼も移動中一緒でしょう? 良かったらどうぞって渡しといてね」
「ウン、ありがとう」
ママのご飯もお菓子も暫く食べられなくなるのか、と昨年と全く同じことを考えた。恋しくなったらまたエアロに運んでもらおう、とも。汽車に乗り込むと、すぐライアンを見つける。ここでセドリックと別れると思いきや兄は気さくにライアンに話しかけた。
「ライアン前言ってたこれ。僕の贔屓のチームなんだ」
手渡したのはクィディッチの雑誌みたいだ。 「この表紙の選手が前言ってた……」「そう、ディミー。箒のコントールセンスが君と近い感じする」 二人は休暇中クィディッチをきっかけにこうやって話す関係になった。アリスはちょっとつまらなさそうに 「エアロ、私たちも何かおしゃべりしよう」 と声をかけるもお尻を向けたままのフクロウに肩をすくめた。
セドリックがハッフルパフのコンパートメントに移動すると、間髪入れずに今度はハーマイオニーが現れる。
「アリス、ライアン あなた達ハリーたち見かけた?」
「見てないよ」
ハーマイオニーは不安げにアリスの隣にボスンと座る。 「探してもいないの」
「ウィーズリー達なら発車ギリギリで乗り込んでたのを見かけたけど」 ライアンの目撃情報に彼女は首を横に振った。
「えぇ、でもその中にいなかったみたい。きっと乗り遅れたんだわ」
「乗り遅れたならどうするんだろう? 遅刻?」
「フクロウを飛ばせば先生が何らかの形で措置を取ってくれるだろ」
ハーマイオニーも彼の言葉にようやく 「ご両親もホームにいたみたいだし大丈夫よね」 と、自分に言い聞かせていた。だが、
「アリス、あなたのそのフクロウにハリー宛に手紙を出すことはできる?」 やっぱり落ち着かない様子でエアロを指差す。
「無理だね。エアロは今機嫌悪いし私の言うことは聞かないの」
ハーマイオニーは不安げに爪を噛んだ。
ハーマイオニーの不安は的中した。
「ハリーとロンが空飛ぶ車に乗って登校してきたって!」
ウィーズリー家の双子のフレッドが組み分けを終えた歓迎会で声を張り上げた。
「空飛ぶ車!?」
「そんな登校方法聞いたことがない!」
思わずアリスは食事の手を止めた。真向かいのシェーマス・フィネガンはチキンを皿の上に放ってお猿のように両手を頭の上で叩く。グリフィンドールのテーブルではその話でもちきりだった。他の寮でもそうだったかもしれない。新学期早々、英雄ハリーポッターは想像の範疇を超えた登場をしてくれる。
「家の車だわ 何ともないといいけれど」
グリフィンドールに組み分けされたウィーズリー家の末娘ジニー・ウィーズリーが声を漏らしたが、ハリーを称える声に興奮して頬を染めている。
「裏庭に墜落して退学かもって」
双子のもう片割れのジョージが言葉を付け足した。
「つ、墜落?」 怯えた声音でネビル・ロングボトムが怖がる。
「魔法界の車ってエアバッグは作動すんの?」 ライアンの疑問に同じマグル出身のディーン・トーマスが首を捻る。 「新学期から医務室通いかもな」
心配したり、ハーマイオニーのように不機嫌そうにしているのは一部だけだった。その後無事、彼らが五体満足で談話室に帰ってくるとグリフィンドールはもてはやしたのだった。
歓迎会後もハーマイオニーは 「校則違反だわ」 「なんて無茶をする人たちなの」 と暫くぷりぷり怒っていたが、久しぶりにルームメイトと顔を合わせてここ最近のお気に入り──ロックハートの話題になると身を乗り出して饒舌になった。
「歓迎会でのロックハート先生の挨拶素敵だったわ。”バンパイアとバッチリ船旅”であった口上のようで」
「夢みたいよね! 彼がホグワーツの教師だなんて!」
同室のラベンダー・ブラウンも彼の熱心なファンのようで彼女たちがこんなにも意気投合しているのは初めて見た。就寝前だっていうのに元気にロックハートの著書を開いている。アリスとパーバティ・パチルは、そんな二人を横目に夏休み中作ったアクセサリーを互いに見せ合っていた。
「パーバティの作った髪留め可愛い。この石珍しいね」
「でしょう? 祖母の家に帰ったんだけどイギリスにはない素材が多いから──このブレスレット素敵ね!」 アクセサリーボックスから赤いデザインのブレスレットを取り出す。
「あぁそれ可愛いでしょう。ライアンが作ったの」
「ボードマンが?」 パーバティが素っ頓狂な声を上げたのでハーマイオニーとラベンダーがこちらを振り向く。
「うん。夏休み中私の家に遊びに来たんだけれど、その時に」
「意外なセンスね」
ライアンは寡黙で無愛想な話し方だし、目つきが悪いので入学当初怖がられていた。グリフィンドール内でさえ女の子は今でも彼に苦手意識がある子が多い──苦手だと思っているのはライアンも一緒だが──そんな印象から、彼は可愛いアクセサリー作りからもっとも離れた存在だ。
「ライアンって結構繊細な感性持ってるんだよ」
ハーマイオニーは彼に理解はあるが、他の女の子にも知ってほしくってアリスは笑顔で話した。
「……ねぇちょっと待って、彼アリスの家に行ったの?」 ラベンダーが声を潜めて尋ねる。
「ウン」
「泊まったの?」
「何日かね」
ラベンダーとパーバティは顔を見合わせる。そして 「きゃあ~っ!」 とコロコロ楽しそうに身を捩らせた。
「二人って付き合ってたのね!」
「え!? 違うよ!」
「違うの?」
「ウン」
予想していなかった展開にドギマギする。ラベンダーとパーバティが二人の関係を知るハーマイオニーの顔を見た。ハーマイオニーは顎に手を当てて 「二人は親友よね」 と言ってくれたのでアリスはコクコク頷く。
「でも、ライアンはアリスのこと"特別"だって思ってるはずよ……」
「やっぱり!」
アリスは驚いた顔でハーマイオニーを見たが彼女は肩をすくめた。
「もう秒読みかもね!」 ラベンダーは楽しげに声を弾ませる。
「そんなんじゃないってば……」
あーあ、とパーバティが非難の声をあげる。 「ボードマン可哀想。私、彼を応援するわ」
「ボードマンって女の子と付き合ったことあるのかしらね」
「大人っぽいしありそう。だからアクセサリーに詳しいのかも」
アリスは全てに対して首を横に振り続けた。親友の元カノなんて知るはずがない。
女の子が集まると途端に恋バナが加速してしまうのでたまらずアリスはベッドに逃げ込んでやり過ごしたのだった……。
次の日、二年生最初の授業は薬草学だった。マンドレイクの植え替え作業は叫び声を聴いてしまうと気絶するので気を付けろとスプラウト先生は注意した。授業は四人組を組む必要があり、一人はライアンだとして他はネビルかディーンを誘おうとしたら、ラベンダーとパーバティが珍しく声をかけてきた。おまけに、彼女たちはライアンを見るとクスクス笑うので彼は眉間にしわを寄せて眦を尖らせた──決して不愉快で睨んだ訳ではない、不思議に思ったのが顔に出たのだろう──だが、二人は怖がることはせずにチラチラこちらを面白そうに観察している。
「なんだよあれ」
「……さぁ」
知らないふりをしてマンドラゴラに土をかぶせることに集中した。授業中、ライアンがアリスの耳当てがズレないように直してあげたり、ちょっかいを出してくる毒触手草の触手を追い払っているのを 「素敵じゃない?」 とからかうのを耳にしたアリスは鋭くラベンダーたちを睨んで黙らせた。
──ようやく手元のマンドラゴラがおとなしくなったと同時に授業は終了した。ライアンはより効率的な植え替え作業について考えがあるらしく、スプラウト先生に相談しに行った。薬草学が好きなライアンは時々ハーマイオニーのようになる。
「……やぁアリス、調子はどう?」
ちょっと不自然なタイミングでハッフルパフのアーニー・マクラミンが声をかけてきた。後ろにはハンナ・アボットとジャスティン・フィンチ=フィッチリーが気まずそうに様子をうかがっている。アーニーたちと話すのは久しぶりで、具体的に遡れば、”アリスってセドリックみたいに優秀ってわけじゃないの?”その言葉を彼らから聞いて以来だ……。
「……うん、ホグワーツに帰ってこれて嬉しいよね。さっきの授業はちょっと大変だったけど!」
気まずい空気を壊すかのようにアリスは朗らかに返事をした。そんな毒っ気のないアリスの様子にアーニーたちは安心したようで、ワッと楽しげに夏休み中のセドリックとの過ごし方について話をねだった。
「アリスも小麦肌に焼けているわね、家族でどこか旅行に行ったの?」
「うぅん、お兄ちゃんに付き合ってクィディッチしてただけ」
「え!アリスも今週末の選抜試験に参加したり……」
「まさか!箒で飛ぶのは好きだけれど選手にはならないよ!」
「今度セドリックと……」 ジャスティンが何かに気付いてヒュッと口を閉ざした。彼の視線の先には質問を終えたライアンがこちらに向かってくる。粗暴な態度でスラックスのボケットに手を突っ込み、大股に歩くたび、地面がわずかに揺れるような錯覚を覚える。目は据わっていて、誰がどう見ても機嫌が悪い。
「ライアン」 珍しい彼の様子にアリスは驚いて声を漏らす。
彼は怯えているハッフルパフ生を意味ありげに、声は出さずに一瞥する。彼らがどう反応するのか待っているようだった。
「あ……じゃあ俺ら行くから」
「ま、またねアリス」
蜘蛛の子を散らすようにアーニーたちは温室から出ていった。アリスは隣のライアンを見上げる。
「またなんか余計なこと言われたのか?」
「夏休みの話をしただけだよ」
「じゃあ謝ってた?」
彼らのアリスへの過去の発言がずっと気懸りだったみたいだ。
「いいの。だってずいぶん前の話だし」
「あいつらなに人のこと評価してんだよ……」 彼のこういう道義心はグリフィンドールらしいと言えた。アリスは怒りを抑えてもらおうと言葉を付け加える。
「それに本当のことだったもん。気にしてないよ」
「は?」
「あそこでぶり返すのも空気が悪くなるし」 アリスからハッフルパフのような穏便で、事を荒立てない発言が出た。
本心でそう言っているのか確かめるために彼女の目を見つめたが、ふざけた調子で 「もう、そんなに見つめられると照れちゃうよ」 と小突いて温室から移動したので、ライアンはそれ以上は追及せずに黙ったのだった。