昼食中、ハーマイオニーが 「ロックハート先生が中庭にいるのね!」 と声を弾ませて席を立つ。アリスは林檎を齧りながら眺めていたら彼女と目が合ったのでしょうがなくついていくこととなった。中庭には派手なトルコ石色のローブをヒラつかせているロックハートがハリーとまた写真撮影をしている。
「君のためにサイン付きさ!」
カメラを構える小さなグリフィンドールの男の子は顔を上気させてしきりに頷いた。
「ハーマイオニーもお願いしたら? ハリーがついてきちゃうけど」 アリスは歯型の付いた林檎でロックハートを指差す。
「そんな! アリス、鏡はある?」
広がっている髪の毛をせわしなく撫でつけるハーマイオニーではなく、のっぽのアリスに目が留まったらしくロックハートは 「次のファンはこっちへ!」 と手招いた。振り返るとハーマイオニーはスプーンの裏側で身だしなみチェックに忙しい。アリスは言われるがままに中庭の中央に近づく。
「助かった」
ハリーが好機だとばかりにサッとロックハートから逃げた。見上げるとロックハートが真珠のような真っ白の歯を見せて笑っている。
「可愛い小さなファンガールこんにちは! どの本からこの私の魅力を知ったのかな?」
「あっ『グールお化けとのクールな散策』です」
「素晴らしい!えぇ我ながら素晴らしい作品だと自負しているんですよ! 君は勉強に励む優等生のようだね!」
優等生なんて言われたことがないのでアリスはちょっと気分がよくなった。なので、彼もいい気分にさせてあげたく思った。
「本、面白いです。先生、ハンサムです」
「結構結構! 可愛いお嬢さん、カメラの前で一緒に”クール”に笑顔を見せよう!」
フラッシュと煙がたかれて現像された写真を受け取った。
「先生、この後の授業も楽しみです」
「うん? 授業? おっとこれはまずい。さぁみんな教室に急ぎたまえ!」
午後の授業の始まりを告げるベルに気づいてみんなは城へと急ぐ。席を取ってくれたライアンの隣に腰かけ、七冊もある教科書を机の上に並べた。闇の魔術に対する防衛術の授業はしばらく移動時に息切れしてしまいそうだ。
教室に華々しく入ってきたロックハートは、ネビルの『トロールとのとろい旅』を取り上げてウインクしている自分の表紙を見せて、もったいぶって一言発した。
「私だ」
シェーマスが歯をむき出してこっちを振り返ったので、アリスも歯をむき出して笑うのを我慢した。
「ギルデロイ・ロックハート。勲三等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員、そして、『週刊魔女』五回連続『チャーミング・スマイル賞』受賞──もっとも、私はそんな話をするつもりではありませんよ。バンドンの泣き妖怪バンシーをスマイルで追い払ったわけじゃありませんしね! 」
教室は白けた空気になった。ここまで自信家だと面白くってアリスは好感すら抱いた。どちらかというと謙虚すぎる人よりかは、自信過剰の人が好きだ。
「今日は最初にちょっとミニテストをやろうと思います、心配ご無用──君たちがどのぐらい私の本を読んでいるか、どのぐらい覚えているかをチェックするだけですからね」
初回の授業からテストがあるとは思っていなかった。ロックハートの合図を皮切りにテストに挑む。
1 ギルデロイ・ロックハートの好きな色は何?
2 ギルデロイ・ロックハートの密かな大望は何?
3 現時点までのギルデロイ・ロックハートの業績の中で、あなたは何が一番偉大だと思うか?
アリスは羽根ペンをひゅんひゅん回して考え込んだ。なんて書いたら加点をもらえるかな?意表を突くような解答を書きたい。
1 ギルデロイ・ロックハートの好きな色は何?
───何色でも似合うので無粋な質問である。
2 ギルデロイ・ロックハートの密かな大望は何?
───凡人な私では見当もつかないのでいつか授業でお聞きしたい。
3 現時点までのギルデロイ・ロックハートの業績の中で、あなたは何が一番偉大だと思うか?
───教科書にあった偉業は敢えて書きません。日々私たちに向けてくれる笑顔と愛を尊敬しています。
正解なんて知るわけもないのでニヤニヤしながら解答をせっせと書き込む。だが、テストペーパーを捲るとアリスは目をひん剥いた。裏にもビッチリ、三ページ分も問題があったからだ。飽きてしまったので半分以上白紙のままで残り時間はポニーテールの毛先と羽根ペンの触り心地を比較するのに勤しんだ……。
三十分後、ロックハートは答案を回収する。隣のライアンはライオンのように大口開けて欠伸をしながらテストペーパーを前へ送る。彼が授業中に居眠りしているのは初めて見た。ロックハートは解答用紙をクラス全員の前でパラパラとめくった。
「チッチッチ──私の好きな色はライラック色だということを、ほとんど誰も覚えていないようだね。『雪男とゆっくり一年』の中でそう言っているのに。『狼男との大いなる山歩き』をもう少ししっかり読まなければならない子も何人かいるようだ──ですが!満点を取った生徒がいます!ミス・ハーマイオニー・グレンジャーはどこにいますか?」
ハーマイオニーは震える手を挙げた。
「まったくすばらしい! グリフィンドールに一〇点あげましょう! ──ミス・アリス・ディゴリーは正解は一つもないが、実に興味深いオリジナリティに富んだ解答と言える! 五点あげます! 私は柔軟な評価もできる教育者だ」
バチッ!と音が鳴るようなウインクと、周りから視線が飛ぶ。一体全体どんな解答なんだ、という視線だった。
「では授業ですが、捕らえたばかりのコーンウォール地方のピクシー小妖精! 君たちがどう扱うか見せてもらいましょう!」
おどろおどろしく紹介したのがピクシー小妖精だったので皆小馬鹿にしたが、籠から解き放たれたら教室は阿鼻叫喚となった。ピクシーは窓ガラスに爪を立てたような不愉快な声を上げて、四方八方に飛び散った。やつらは教科書を投げて破って、机の上をめちゃくちゃにかき回し、ネビルの耳を引っ張ってシャンデリアに引っかけたり、ラベンダーの花のついたカチューシャを窓から放り投げるからだ。
「アイタ! 放して!」
アリスもポニーテールを引っ張られて目の前を飛び交うピクシー小妖精を振りほどこうともがくが嘲笑られた。ライアンが縛り呪文でアリスのポニーテールに潜っていくピクシー小妖精と、自分のシルバーネックレスをちぎろうとするピクシー小妖精を捕まえる。ロックハートは事態を収めようとせず号令のベルが鳴ると逃げるように教室を出ていった。
「先生は私たちに体験授業をさせたかっただけよ」
ハーマイオニーのフォローに、流石のアリスも難色を示した。
週末に差し掛かる前にアリスはセドリックと裏庭でティーパーティーをすることになった。北の壁伝いに森のほうへ歩いていくと小さな空き地に出る。木立に囲まれ、空はほんのわずかにしか見えないが、そこには確かに風が吹き抜け、空気が広く感じられた。
その草地の一角には、木の枝を曲げてつくった小さな屋根と、苔むした丸太を並べた休憩所があり、今日のティーパーティー会場はここだった。
「はい、エアロお疲れ様」
一仕事終えたディゴリー家のフクロウのエアロが羽根を休めて、アリスからフクロウフーズを貰った。オヤツを貰うときはこのフクロウはアリスに従順と言える。机の上にはエアロが運んできたシェリル特製のお菓子が並んでいた。特に秋になると昔から作ってくれていたヘーゼルナッツと洋梨のケーキは思い出深く、ディゴリー兄妹の好物だった。
「やっぱりママのケーキ最高」
「旬のものを使ってくれるのってありがたいね」
セドリックの言葉にアリスもハッとなり頷いた。子どもに一番美味しい時期のものを食べさせてあげたいという親の愛を今になって気づいた。ホグワーツの料理もおいしいけれど、親許離れて食べる母の味は格別だった。
「新学期始まってどう?何か困ったことはない?」
「変身学でコガネムシをボタンに変えるのに手こずっちゃった」
「生物から無機物への変換が難しいのは当然だよ。コガネムシとボタンの質感は似ているからここの類似性を取っ掛かりにして意識すると成功しやすいから試してみて」
「そっかぁ、でもボタンに近付けていくのがやりがいあって楽しかったかも……次は成功しそう」
セドリックは楽しそうに妹の話に相槌を打った。妹の変身学の成績が良かったのを思い出して、もっと力になりたいと兄心が擽られていた。──するとガサガサ茂みが揺れる音と共に森の奥からドラコ・マルフォイが現れた。思いがけぬ……予想もしない人物の登場にアリスは目をパチクリさせ、ドラコも呆けた表情をしたが途端に顔を引き締めた。
「──何でお前がここにいるんだ!?」
「ここはハッフルパフがよく遊びにくる空き地なんだって」
ドラコは周囲を見渡す。
「……ここだったら誰にもばれないと思っていたのに」 小さく彼がぼやく。
「ねぇ何してたの?」
「お前の質問に答える必要はない」
「箒の練習をしてたんだよね?」
元来た道を戻ろうとするドラコがピタッと動きを止める。アリスの後ろにいたハッフルパフの男子生徒を捉える。
セドリックは優しく笑いかけて言葉をつづけた。
「ここの森の陰が周囲の視界をほどよく遮ってくれるおかげで、こっそり練習することができるんだ。僕もよく来る」
「へ~そうなんだ」 アリスはケーキを咀嚼する。
「あぁそうですか僕は練習なんか……」
「箒を持っているね」 セドリックが後ろ手に隠されている箒を見つける。
「本当だ」 アリスも覗き込んだ。
図星なのかドラコは狼狽えて乱れた金髪を撫でつけた。
「何だ馬鹿にするつもりか?そうだろうね、ポッターは練習なんかせずに選手になったんだから……」
「まさか」
セドリックは善良な顔で否定した。
「週末のクィディッチの選抜試験に参加するんだろう?練習の成果を存分に発揮できるといいね」
「……」
ドラコは戸惑った表情で閉口した。
「マルフォイって意外と頑張り屋さんなんだね。角ナメクジも茹でるの沢山練習したんだ」
「……何の話だ」
「スネイプ先生って滅多に褒めないのに一年生の時お手本になってたから」
嫌味か、と言い返したくなったが悪意のない笑顔を浮かべるディゴリー兄妹にドラコは居心地が悪くなった。平和ボケした空気が合わず、さっさとここを去ろうとしたが呼び止められる。
「マルフォイこれあげるよ」
手渡されたのは個包装されたヴィクトリア・ケーキだった。
「いらない」
「ママが作ったの。すっごくおいしんだよ」
「まだ夕食まで時間あるし、これから練習を続けるならしっかり食べなきゃ」
馴れ馴れしいアリス・ディゴリーと、お節介なセドリック・ディゴリーに辟易したマルフォイは厭々受け取った。
城への帰路、貴族らしからぬ粗雑な歩き方でドラコは貰ったケーキのラッピングを破ってマナー悪く噛り付く。スパイス入りのしっとりケーキで、中には半割りにしたプラムを埋め込んであって冷めてもとても美味しかった。脳裏に夏休みにディゴリー婦人とあった直後のナルシッサが浮かぶ。
───「ディゴリー家と深い親交はありませんでしたけれど、彼女の作るお菓子はスリザリンでも絶品と噂で……」
少し気恥しそうに学生時代の思い出話をする母の横顔が印象的にドラコには映った。
翌朝にアリスは家族への手紙を送りにふくろう小屋へ向かうために城内を歩いていた。
「ミス・アリス・ディゴリー随分早いお目覚めですね!」
「ロックハート先生も何でこんなに朝早いんです?」
アリスの物言いに 「朝日を浴びると、よりいっそう内側から輝く気がしましてね──それに私は手助けすることが山のようにあって……頼られすぎるというのも悩みの種です……一日は24時間じゃ足りないくらいだ。そう思いませんかミス・ディゴリー?」
「まったく仰る通りです、それじゃ──」 姿を消そうとしたアリスの前にロックハートが立ち塞ぐ。
「この前のミニテスト、とても興味深かった──どうだろう、ミス・ディゴリーの”ロックハート考察談”の続きを今度私の部屋で聞かせてくれませんか?」
「えっ」
アリスは自分を呪った。ふざけなければよかった。どんな授業でも真面目に受けろという小言が、ハーマイオニーの、ライアンの、セドリックの声で頭の中で木霊した。
「──じゃあ、ハーマイオニーと参加します」
「ミス・ハーマイオニー・グレンジャー!彼女も献身的な生徒です!もちろんお呼びなさい」
アリスはどんな人間相手でもつい愛想よく振る舞ってしまうので、ロックハートでも無下にできずお茶会に招かれることになってしまった。きっとハーマイオニーは喜ぶので、友達が喜ぶならいいか……と、無理やりにでも自分を納得させる。ロックハートは色鮮やかなローブをなびかせて朝日を浴びにどこかへと消えていった。
「お前、ロックハートなんかのファンなのか?」
刺々しい声が後ろからかかる。昨日ぶり。マルフォイだ。
「ファンじゃないよ」
「お前が一緒に写真を撮ってたの中庭で見たぞ」
「あれは流れで……」
「趣味が悪いな」
いつものことだが一切合切アリスの言葉が通らない。アリスは一歩大きく近づく。ドラコは同じ目線のアリスが目の前に飛び込んできて動揺したのか灰色の瞳がキョロキョロ動いた。
「
「……頭おかしいのか?」 しばらくぽかんとしたがピシャンと言い放つマルフォイにアリスは肩をすくめた。冗談が通じない。ライアンには通じたのに。
「選抜試験頑張ってね」
ひらひら手を振って踵を返すアリスを暫くドラコは眺めていたが、ハッと意識を取り戻して片手の中の箒を強く握りしめ直した。