週末を迎えた朝、アリスは窓から差し込む陽の光で目を覚ました。歯を磨いて鏡の前でいつものポニーテールに束ねる。クローゼットからリネン地のチュニックにカーディガンを羽織り、サックス・ブルーのデニムと履きなれたスニーカーに足を突っ込んだ。
昨日両親への手紙を送りにふくろう小屋へ行った際、ホグワーツのフクロウがアリスに手紙を届けてくれた。送り主はハグリッドからで、見せたいものがあるという。なのでこれからハグリッドの小屋にお呼ばれされる予定だ。談話室へ降りたら丁度今来たらしいライアンと朝の挨拶を交わす。休日らしく適当に羽織っているトラックジャケットは彼の応援している”サッカーチーム”のものだろう。
「おはようハグリッドの小屋に行く前に朝ご飯に行こう」
「あぁ、──俺もいいの?」
「もちろんだよ。ハグリッドも友達を呼んでいいって。ファングっていう大きい犬も飼ってるの」
大広間へ行くとトーストにマーマレードジャムを塗りたくるロンとハーマイオニーがいた。彼らたちもハグリッドから手紙をもらったと聞いていたので一緒に行こうと誘うが 「いや、競技場に僕ら行くんだ」 とサンドイッチをポケットに突っ込みながらロンが答える。
「ここで食べていかないの?」
「朝起きたらハリーがいなかったんだ。早朝からクィディッチの練習をしてるみたい」
「私たち様子を見に行こうと思って。先に行っててくれない?そんなに待たせないと思うわ」
了承してアリスとライアンは二人を見送り、簡単に朝食を取った後ハグリッドの小屋へ向かった。歪んで建付けられた二、三段の階段を上がり木の扉をノックするとハグリッドが顔を覗かす。
「おぉよう来た! そっちが友達のライアンだな? まぁ中に入ってくれや」
中に入るとボアハウンドのファングがドスドス駆け寄り、ライアンのコンバースに涎をボタボタ垂らした。
「ハリーたちはどうした?」
「クィディッチの練習があるみたいで終わったら来るって」
「そうか、まぁなんもないがゆっくりしていけ。今お茶の準備をするからな」
ハグリッドは煤けたヤカンに水をたっぷり入れて火にかけた。アリスも食器棚からマグカップを取り出して お茶の手伝いをする。ライアンはファングに顔を滅茶苦茶になめられていた。
「ねぇハグリッド。フクロウから好かれるにはどうすればいいかな?家のフクロウがお兄ちゃんばかりに懐くの」
「そうさな、懐くというより慣れさせるだな。あいつらを可愛がるよりかはオーグリーの方がおすすめだがどうだ?」
アリスは苦笑して肩をすくめた。 「あれ?ハグリッドお客さんみたい」 扉がコンコンコンッと過剰な程リズミカルに叩かれた。ハリーたちじゃなさそうだ。ハグリッドが扉を開けると、アリスはウワッと声を漏らしそうになった。
「そこにある井戸がどうしても気になりましてね、なに、冒険家として、また魔法生物への知識に長けた者として一つ!助言を授けたい!」
「またあんたかロックハート先生」
「おやそこにいるのはミス・ディゴリー?君も幸運だ!闇の力に対する防衛術連盟名誉会員による水魔の追っ払い方のレクチャーに参加する機会に立ち会えるだなんてね!」
「あの井戸に水魔なんか住み着いちゃおらんぞ」
ロックハートの強制力は凄まじく、二人が難色を示しても外へ連れ出して、いるわけもない井戸をのぞき込ませて水魔についてコンコンと饒舌にしゃべり続けた。終わったと思ったら家の中にまだ着いてきて泣き妖怪の追っ払った話を続けたのでウンザリだった。
「先生、あの、そのお話はまた今度聞かせてください」
「あぁミス・ディゴリー少~しばかり特別扱いを欲しすぎじゃないかね? いいでしょう! えーとそちらの彼は……」
ロックハートの視線がファングと床の上を転がっているライアンに移る。いつものヘアセットされている金髪がしっちゃかめっちゃかだ。
「──君には私の”ロックハート10のマスト・ビューティー・アイテム~魔法ではない美貌の秘訣~”の購読をオススメしますね! 来週刊行予定の週刊魔女掲載です!少しは身嗜みに関心を持つべきですね、獣くさいと女の子にモテませんよ? では、お暇しましょう!」
言いたいこと言いたいだけ言ってロックハートは去っていった。
「まったく奴さんは壊れた蓄音機かなにかかっちゅうんだ?」
ライアンは不機嫌そうに清め呪文で身体中の涎を消して、乱れた金髪をかき上げた。ライアンなんて男の子の中で一番身嗜みにこだわりがあるのに、あんな好き勝手言われていて不憫で、でもちょっと揶揄いたくなったアリスの緩んだ口角に気付いたライアンが睨んだので慌てて顔を引き締めた。また扉をたたく音がする。今度こそハリー達だったのでアリスとハグリッドはホッと胸を撫で下ろす。
「ねえ、ハグリッド、ロックハートは何の用だったの?」
「それよりロンどうしちゃったの!?」
えずいてナメクジを吐き出すロンの代わりにハーマイオニーが答えた。 「ロンの杖って折れてるでしょう?呪いが逆噴射したの」
「何があったんだよ」
ライアンの質問に今度はハリーが答えた。 「マルフォイがハーマイオニーのことを何とかって呼んだんだ。ものすごくひどい悪口なんだと思う。だって、みんなカンカンだったもの」
ロンは洗面器から顔を上げた。顔色が悪い。
「マルフォイのやつ、ハーマイオニーのこと『穢れた血』って言ったんだよ」
「え?」 アリスは顔が歪んだ。
「そんなこと、本当に言うたのか!」
ハーマイオニーは頷いた。ハリーもライアンも初めて聞いた言葉に戸惑っていた。
「そんな蔑称、口にする人まだいるんだね。大叔父さんの時代の言葉だよ……」
いつもの
「『穢れた血』って、マグルから生まれたっていう意味の──つまり両親とも魔法使いじゃない者を指す最低の汚らわしい呼び方なんだ。魔法使いの中には、たとえばマルフォイ一族みたいに、みんなが『純血』って呼ぶものだから、自分たちが誰よりも偉いって思っている連中がいるんだ」
「でもそんな人たちは少数だよ」
口からナメクジを吐き出すロンの代わりにアリスが続けて補足する。
「それに、俺たちのハーマイオニーが使えねえ呪文は、いままでにひとっつもなかったぞ 」
ハーマイオニーは感極まったように頬を紅潮させた。
「その通り。才能に純血かマグルかは関係ないのに、それに固執して攻撃的になるなんて……恥ずかしいことなの」
「あぁ、他人のことをそんなふうに罵るなんて、むかつくよ。どうせいま時、魔法使いはほとんど混血なんだぜ。もしマグルと結婚してなかったら、僕たちとっくに絶滅しちゃってたよ」
アリスも同意してロンの背中をたたく。口からナメクジが飛んだ。ハグリッドは皆がお茶を飲み終わるのを見て、「俺が育ててるもん、ちょっと見に来いや」と誘われて小屋の裏に連れられると小さな野菜畑の中に大きなかぼちゃが十数個あった。
「よーく育っとろう? ハロウィーンの祭用だ……そのころまでにはいい大きさになるぞ 」
「立派だね! ねぇ中身をくり抜くの私もやりたいな」
アリスのお願いにハグリッドは快く頷いた。
「肥料は何をやってるの?」
「肥らせ魔法だわ上手にやったわね」
「成長促進魔法かと思った……一目でわかるなんて流石だな」
ライアンの言葉にハーマイオニーは眉を上げてみせた。魔法を禁止されているハグリッドの手前、咎めたい気持ち半分、面白い気持ち半分といったところだった。
次の日、アリスは新学期前に準備した”二学年用のスケッチブック”片手に箒小屋に来ていた。自分の箒を持っていないので、学校の箒を借りるためだ。貸出のサインをしてなるべく枝が綺麗にそろっている箒を選び、城外の庭へ向かう。今年は箒に乗って見晴らしのいい高さからスケッチをしようと画策していた。
箒に跨り、スイーっと穏やかに上昇する。大きな木のてっぺんに腰かけられたら遠くまで見渡せそうだ。アリスは高いオークが密集している森に入り、気持ちいい緑の中飛行していると、木々のざわめく音に混じって、ヒュンヒュン高い風切音が聞こえてきた。不思議に思って目を凝らすと目の前に金色のボールが一瞬で飛び込んできた。驚いたアリスは咄嗟に腕を伸ばしてそれを素早く掴む。金のスニッチだった。セドリックに見せてもらったものと違ってちょっとヴィンテージに近い凝った装飾もされている。捕まったスニッチは羽根を畳んでアリスの手の中でおとなしくなる。
競技場ならまだしも、なんで森の中にスニッチが?
「僕のだぞ」
森の奥から尖った声が聞こえる。木の陰からマルフォイが気取った乗り方で現れた。そうか、ここはあの空き地だ。
「早く返してくれないか。これは父上が贈ってくれた個人的なもので、お前のおもちゃじゃないんだからな」
アリスはおおきく振りかぶって動かなくなったスニッチをマルフォイに投げたので、マルフォイはハッとなり競技用のフォームに素早く戻って、飛び込んできたスニッチを華麗にキャッチした。アリスはおぉ、と感嘆の声をあげる。
「おい! いきなり投げるな」
「早く返さないと思って」
器用にその場をくるくる旋回しながら近づいてきたアリスに 「女子とは思えない肩だ」 とマルフォイは鼻で笑った。
「トロールめ」
アリスは気にせず、力こぶを作って自分の上腕二頭筋を確認する。同級生の女の子より筋肉はある方かもしれない。
「投球のコントロールはお兄ちゃんのお墨付きよ」
何ならちょっと自慢気の様子の彼女にマルフォイは言い返そうと思ったが脳裏にコレ・・の兄が浮かぶと馬鹿らしくなり、そのまま地面に着陸した。
「あれ、練習止めちゃうの?」
「別に練習なんか……」 と言ったがまたそれも馬鹿らしく思えて「……お前のせいで興が削がれた」と続けた。
聞いてきたくせにふーん、と空返事してさっさと背中を向けるアリスが気に食わず、生意気に見える尻尾アタマポニーテールに「今日は穢れた血のお仲間を連れてないんだな?」と投げつけた。思った通りアリスはくるっと振り向き眉間にしわを寄せてマルフォイの前にストンと着地した。
「ハーマイオニーにそれ二度と言わないで」
「グレンジャーだけじゃないさ。ボードマンだってそうだろう」
「ライアンはお母さんが魔女よ」
「そうかい。どうでもいいね。穢らわしい血を引いているのに変わりはないからな」
アリスはピン、と眉を跳ね上げる。
「それ良くない言葉なんだよ」
「僕には正しく、この上なく賛成できる言葉に思えるね」
「どう考えているかは自由だけど、人を傷つけることを堂々と言うなんて恥ずかしいと思うな」
「ディゴリーは頭が足りていないようだから教えてやるよ」
マルフォイは小首をかしげて口を開いた。
「僕たちの尊い魔法族の血が品格の無いマグルに侵食されるのを指咥えて見てられる方が不思議でたまらないね──お前も魔法族の端くれとして自負があるなら今すぐボードマンやグレンジャー、血を裏切るウィーズリーとアホのポッターとつるまないことをおすすめするよ──」
そういい捨ててマルフォイは森から去っていった。距離をあけないといけない人間が多すぎるだろう。それは魔法界が純粋な魔法族だけではやっていけないことを指している。大昔とは違うのだ、この魔法界も変化している。
アリスも興が削がれて、スケッチブックをショルダーバッグにしまった。
10月になるとホグワーツの頭上には雲がわいて雨を降らし続けた。外にも出れないので気晴らしのスケッチもできない。アリスは中庭に降りしきる雨を眺めながらスケッチブックのラクガキに魔法でコウモリの羽を生やし、カボチャやシーツを被ったゴーストのラクガキが宙に浮かぶのを突っついて遊んでいた。
コウモリの羽つきカブが飛んでいく方向を眺めていたら、蝙蝠のような人影と重なる。
「スネイプ先生こんにちは」
スネイプは湿気をまとっているようにジメジメした視線を、活気ある挨拶をするアリスに向け、次に目の前を飛ぶ野菜のラクガキに移す。
「便所の落書きで遊んでいないで魔法薬のレポートの見直しに時間を割いた方が賢明かと思われますぞ……貴様はキャベツに羽根をはやしている暇はあるのかね……」
「先生、その絵は芽キャベツです」
スネイプは羽虫を払うように目の前の羽根つき芽キャベツの絵を叩き落した。絵は雨が降りしきる中庭の水溜まりにボチャンと落ちる。
「あぁ!」 ずぶ濡れでシワシワになった芽キャベツの絵をつまんで回収する。羽根つきジャガイモの絵がスネイプを避けるように迂回した。
「ミス・ディゴリー雨の中何をしているんです?」
マクゴナガルが顔をしかめて中庭に立ち入るアリスを注意した。スネイプはさっさとその場を後にする。
「風邪が流行していて医務室は満員です。校医の手を煩わせないように」
「はい先生。ありがとうございます」 乾燥魔法をかけられたアリスはお礼を言った。
「これは……」
目の前を行き交うアリスの落書きにマクゴナガルは目を凝らした。
「あっ……すみません片づけます」
杖を出したアリスをマクゴナガルは制した。 「インクを蝙蝠の羽に変えたのですか。変身術がうまく組み込まれていますね」
「ハロウィーンの飾りつけに力を貸してくれますかミス・ディゴリー」
「え? これを?」
「えぇ、貴方の絵と魔法が気に入りました」
アリスは思ってもみなかった提案に高揚して頬をほてらせた。
「私の絵でよかったら……」
「助かります。では少し相談のお時間を頂いてもよろしいです?」
アリスはマクゴナガルの自室にお呼ばれされてお茶もご馳走になった。サラサラ絵を描いてみせるとマクゴナガルが楽しそうに微笑んでくれたので嬉しかった。特に猫の絵をお気に召してくれたようだった。実に有意義な雨の日を過ごせた。
雨の日を過ごす……というよりも雨の日だろうが関係なくクィディッチの練習はあるようでグリフィンドールの選手もずぶ濡れで帰ってくる。冷えた体を温めてもらおうと談話室の暖炉にフレッドとジョージを連れていく。
「ウッドの熱は雨でも消えないときたもんだ」
「なんたって初戦が因縁のスリザリンだからな」
「マルフォイのお父さんが用意した箒ってそんなに早いの?」
アリスの質問にフレッドが頷く。「新型ニンバス2001は一瞬で影のようになった」
「そんな箒あったら誰だって早く空を飛べちゃうじゃない」
不貞腐れたようにグリフィンドールの新入生がぼやいた。 「ハーマイオニーの言う通りお金で選ばれたんだ」
アリスはマルフォイが練習しているのを思い出して「それは、」と口出ししそうになったがやめた。彼は練習している自分を隠そうとしているように見えたからだ。
「鼻を明かしてやるさ」
「ニンバス2001も止めちゃうような応援旗頼むぞ画家さん」
「止めるのはジョージたちでしょ?」
とは言いつつどんな応援旗にしようかディーンと早く相談したくなった。アリスは頭の中で作りたいものが溢れてあれこれ構想しながら、目の前で爆ぜるフィリバスターの長々花火で遊ぶ双子を眺めていた。