ホグワーツに帰ってきたらハーマイオニーは入院していた。生徒たちは襲われたのだと噂したが、実際には別の理由で医務室に世話になっていると分かると皆は興味を失った。クリスマス一緒に残っていたライアンに聞いたら「魔法薬が失敗した」と耳打ちしたのであの『最も強力な薬』の何かしらの調合を試したに違いない。熟練の魔法使いでも難しい調合を一人で試すところが恐れ知らずでアリスは大したものだとも思った。
お見舞いに行くとハーマイオニーのベッドはカーテンで遮られていた。アリスはカーテンの隙間からそっとカードを差し入れるとハーマイオニーが受け取る。
「キャッ! アリスこれ……」
「早く良くなってね」
ロックハートからのピカピカゴールドのお見舞いカードを大層お気に召してくれたらしく、彼女は声を弾ませた。ハリーの骨を抜いてからロックハートは”やっぱりいらんことしかしないヤツ”と再認識させられたのだが、ハーマイオニーは依然として彼のファンダムの一員であり、ハーマイオニーが喜んでるならいいか、と己を納得させた。
クリスマス休暇の記憶が一瞬でかき消えてしまうくらいの量の宿題をスネイプ先生は出した。髪を逆立てる薬のレポートに取りかかろうとしても次々と疑問が浮かび上がった。なぜ髪だけに作用して肌や眉には影響しないのか?髪質で効き方が変わるのか?こういったとりとめのないアリスの話を聞いた成績優秀な友人たちは何故そんなことを考えるのかと不思議がった。
兄のセドリックもアリスの質問に顎に手を置いて長考する。
「余計なこと考えすぎ?」
「面白い発想だよ。色々な可能性を感じて気になってしまうんだね。魔法薬学は緻密な作業だけど、プロの魔法薬師は独自の調合フローを試すこともある。創意する余白のある自由な側面を持つ学問だと思うんだ。──実際にスネイプ先生に質問してみるのはどうかな」
アリスは唇を尖らせる。
「スネイプ先生に質問はダメなんじゃ……」
「自主学習時間は魔法薬の教室が開かれることあるだろう?そのタイミングだったら先生も在室していることが多いから一緒に行ってみない?」
なんだか慣れているようだったのでセドリックと地下に向かった。教室内はセドリックの言う通り個人自習で学年問わず各々調合をしている生徒が数名いた。だがほとんどがスリザリン生で、グリフィンドール生は一人もいない。質問前に一度実習したくって生徒用材料棚から必要な素材を取っておさらいで髪を逆立てる薬を煎じた。
「──上手くできてはいるけれど。レポートは書けそう?」
「でも、この髪が逆立つ角度って具体的にどれくらいなのかな──うぅんやっぱり集中できないみたい……」
「スネイプ先生に聞いてみよう」
スネイプの個人的な材料保管室の扉を叩く。
「失礼します。ハッフルパフのディゴリーと申します。今、お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
暫くして中から「入りたまえ」と洞穴から聞こえてきたような声音で返ってくる。セドリックは扉を開けて入室する。
「ありがとうございます。実は授業で少し理解が曖昧なところがあり、ご指導いただきたいと思いまして伺いました」
スネイプは材料の点検をしている最中で横目でヌルリとセドリックを見る。
「ミスター・ディゴリーともあろう者が、教科書に記された凡庸な設問を口にするはずはないだろう──もっと研ぎ澄まされた、魔法薬学の核心に迫るような問いを期待しているのだが」
「あ、先生。質問があるのは私の方なんです」
手を挙げてセドリックの背中から出てきた自分が”苦手とする”生徒にスネイプは瞼を引きつらせる。
「妹が髪を逆立てる薬で質問があるようです」
「妹?」
セドリックの発言にスネイプは不可解なものを見るような目で二人を見比べる。共通項を探しているようで、いま、初めて、しっかりセドリックとアリスの顔かたちを視界にとらえている。さながら薬液を観察する目つきだ。
「グリフィンドール二年生のアリス・ディゴリーは僕の妹なんです」
「ご存じですよね?」アリスは自分を指さす。
そりゃ目の前の生徒らのファミリーネームが”ディゴリー”なのは頭に入っていたが興味も関心もない生徒たちだったのでスネイプにとって意外な真相だったようだ。
「──優秀な生徒と、厄介者が兄妹とは……世の中は皮肉に満ちている」
随分な言われようだ。気にせずアリスは早速書きかけのレポートを見せた。
「逆立つ髪って"軽く逆立つ"程度なのか"爆発的に逆立つ"のか、気になっていて……あと、髪質の影響も。それに何で眉毛は逆立たないんですか?」
下からポンポン質問してくるアリスを煩わしそうに顔をそむける。
「効果の安定化が見られるなら逆立つ角度は本レポートの基準に入らん。直毛・癖毛・縮毛などで効き方が変わるため個体差をどう補正するかが問われる。頭髪だけ逆立つ理由は成分が頭皮にだけ作用しているためだ」
アリスは呪いのような声で綴られた解答を聞き逃さないように慌ててメモを取った。
「メモを取ったならさっさと出ていけ」
「ありがとうございました!」
「大変分かりやすくご説明いただき、ありがとうございました。これからの学習にしっかり活かしてまいります。失礼いたします」
快活な返事をする兄妹から逃げるようにスネイプは薬品棚の陰に引っ込んだ。
「材料の比率によって効果が大きく変わるから安全量の見極めが難しいんだ」
「そうだね、でもこういう事って教科書に載っていなかったから聞けてよかったぁ」
「うん、レポート頑張って」
アリスは直接スネイプに質問が出来て、なんだか魔法薬学にやりがいが湧いてきた気がした。
二月に入り、暫くすると城内は僅かに明るいムードが漂い始めていた。ハーマイオニーは退院したし、マンドレイクは思春期まで成長をしているとスプラウト先生が言った。犠牲者もここ数カ月は出ていないので継承者は過ぎ去ったのだと考える生徒が多くなってきたのだ。
だが依然としてアーニーはハリーが継承者だと息巻いていて、薬草学の授業中、大袈裟に避けてくる態度にハリーは呆れた。ザガリアスも未だにアリスのそばにいるライアンを危険視していてハッフルパフ生に耳打ちをしている。セドリックが直接注意をしたらしいがこういった何人かの生徒はまだこの根拠もない噂を信じたがっているようだ。アリスは後でまたちゃんと誤解を解かなくてはいけないと考えながら授業終わりに鞄を肩に引っかけて横を見ると、隣にいたライアンがいないのに気づく。辺りを見渡すと廊下の柱の陰にいるライアンの背中を見つける。
「お前視線がウゼぇんだよ」
「き、恐喝する気か!?」
角にザガリアスを追い詰めて一言物申している様子──はたから見ればゆすりだ──が誤解を受けそうでアリスは二人の間に割って入る。
「ザガリアスこれ以上適当なこと抜かさないで」
「俺はアリスを思って……」
「余計なお世話です」
顔を背けて「行こう」とライアンの腕を引っ張る。
人通りのまばらな屋外廊下まで来るとアリスは足を止めた。
「あの……ライアンのああいった噂流れているのずっと知ってて……それで……」
──私じゃ止められなかった、なのにそれを傍観している自分はあなたを傷つけている──アリスは自責の念に駆られる。口に出すのも申し訳ないしおこがましさもあった。だってそれを言ったらライアンは気にするなと許してくれるし、アリスはその言葉を貰って安心したがっている。
「いーよ別に」
ライアンが眩しそうに森を照らす陽射しに眦を尖らせる。
「アリスさえ俺を信じてくれていたら」
アリスはポッと頬に熱を感じる。信頼の重みを託される感覚だった。ただの好意以上に、二人の間には信頼や絆があったのが嬉しかった。珍しく照れているのだがライアンからだと彼女が逆光なのでよく顔が見えないようだった。それに安心して頬をペチペチ叩き、先行く彼の背中を追っかけた。