セドリック・ディゴリーと反抗期の妹   作:97nnn79

24 / 36
バレンタインデー

 二月十四日の朝、大広間は普段の表情をしていなかった。だって壁はショッキングピンクの花で覆われていて、淡いブルーの天井からはハート型の紙吹雪が舞っている!ヒラヒラと宙を舞った花びらは朝食のシリアルの中に着地した。この混沌とした風景はラベンダーが休日に着ているミニスカートの柄そっくりだ。

 

「アリス! あなたも誰かにカードを送ったら?」

 

 ハーマイオニーの視線の先にはこのバレンタインイベントについて饒舌に語っているロックハートがいた。彼女だけじゃなくって女の子たちはみんな色めきだってこの雰囲気を楽しんでいる。

 

「カードって?」アリスもご多分に漏れずこの状況を面白がっていた。

「バレンタインカードよ。気になる男の子に渡すの。私は──……」

 

 その先は聞かずとも相手はわかりきっているのでアリスは別の方を指さす。

 

「あれがバレンタインカードを配ってるの?」

 

 仏頂面の見知らぬ小人が大広間に登場している。ロックハートから金ぴかの翼と弓を無理やり持たされているのだが似合ってなさ過ぎて実に笑えた。

 

「えぇ、今日一日中キューピットがカードを届けてくれるらしいわ!」

「あれがキューピットだって?」

 

 ロンがウンザリした顔で口を挟む。男の子たちは趣味の悪いイベントだと思っているようだ。女の子たちは授業中であろうがバレンタインカードを届けに来るキューピットにずっとクスクス笑いが止まらない……。

 

「ねぇアリス あなた宛てよ!」

 

 魔法史の授業中にアリスはパーバティに肩を叩かれ、視線を下げると足元のキューピットがカードを差し出す。

 

「アリス・デゴリィ・・・カードをどうぞ」

 

 舌が短いのか発音が苦手なのか噛み噛みで名前を呼ばれ、カードを受け取ると、気になって覗き込んできたラベンダーがアリスが目を通す前に読み上げる。

 

「──『もしチョコが落ちていたら、それは僕からの贈り物ってことにして』──ですって!」

 

 パチンと目の前がはじけて包装紙に包まれたチョコが現れた。キャア~と周囲の女の子が黄色い声を上げる。今日はいつに増してビンズ先生の授業に身が入らないこと確実だ。

 

「誰なのかしら! 心当たりはないの?」

「う~ん あるような無いような」

「もう! アリスって交友関係広いものねぇ」

「ちょっとキザっぽいしレイブンクローの子じゃない? マイケル・コーナーとか?ハンサムだわ 彼」

「私、それこそさっきパーバティが貰ったカードはマイケルからだと思うな!」

 

 グリフィンドールの同級生ではないことは確実だった。どいつもこいつも机に突っ伏しって眠りこけているからだ。ラベンダーが羊皮紙に何かを書き綴り始める。近づいて見てみるとそれは羊皮紙ではなく、可愛いカードだった。

 

「あら、ラベンダーったらザビニに贈るのね」宛名を確認したパーバティが声を潜める。

「だって彼、スリザリンなのに紳士的じゃない? すっごくカッコいいし……」

「ザビニってグリフィンドールにも優しいの?」

 

 気になる名前にアリスはそれとなく聞くと、ラベンダーは髪の毛先をイジイジもてあそびながら「まぁそうね……目が合うと微笑んでくれるし」と答えた。パーバティは「確かに。この前躓いちゃったとき、手を差し伸べてくれて親切だったわ。ちょっと女たらしっぽいのがキズだけど」と付け加える。彼の評判を聞いたアリスの何とも言えない曖昧な表情を見て、ラベンダーはちょっと勘違いしたみたいだ。

 

「もしかして……アリスもザビニにカード贈りたい?」

「え?  違う……」

 

 否定しているが彼女には聞こえていないみたいで、余りのカードをくれる。

 

「あげるわ! 一緒にキューピットにお願いしに行きましょうよ!」

「えー……」

 

 貰ったカードはラベンダーとおそろいの、今日の大広間みたいなピンクと花柄とハートで埋め尽くされたデザインだ。よりによってザビニ……決闘クラブでしか関わっていないが多分好かれていない相手に……いや、それもイマイチ確信を得られないのだが……。

 

「でもやめておいたら? 彼が嫉妬するもの」

 

 パーバティが……後ろの席のライアンを仄めかす。

 

「あ?」

 

 眠いのだろうか。機嫌が悪そうな返事だ。

 

「嫌よね?」パーバティは心配しているようだが視線はライアンに釘付けで、面白がっている。

「ダメよ、全員誰かにカード贈るの。アリスも一枚は書かなきゃ」

「じゃあライアンに書きたいよ」

「ボードマンはダメ~」周囲のグリフィンドールの女子たちがNGを出す。

 

「わかったよ別の人にね」

 

 断るのも場が白けそうと判断したアリスは、羽根ペンをとってペン先にインクを浸す。

 

「書くの?」

 

 後ろから声がかかる。ライアンはよっぽど今日の授業はだるいのか、背もたれにだらしなく体を預け、腰だけで椅子に座っていた。アリスは周囲への体裁を繕うように笑いながら、目だけで「不本意だが仕方ない」と告げた。

 適当に『誰にでも紳士的なあなたへ』とメッセージを書く。ブレーズ・ザビニは多くの女の子たちからバレンタインカードを貰っているようだ。一枚アリスのものが紛れ込んでいても気にはしないだろう。足元でウロチョロしていたキューピットにカードを託す。そろそろハーマイオニーの目が「いい加減授業に集中なさいよ」と物語っていたので女の子たちはようやく黒板に向き直った。

 

 今日一日、宛名の書かれていないバレンタインカードの送り主をああだこうだおしゃべりするのは楽しかった。このカードはブルーだからレイブンクロー生かもしれない……この筆跡は薬草学のスケッチで見覚えがある……香水の残り香的に送り主は年上かも……。久しぶりの明るい雰囲気に、こういう提案してくれるロックハートはやっぱり嫌いじゃない──"スターの自分のPR場"として利用していたとしても。──先生方に迷惑がかかっているのはいただけないが……。

 けれど、全く楽しくない気分までに落ちこんだ人もいた。ハリーだ。午後の『妖精の呪文』教室への移動中、キューピットがハリーへのバレンタインカードをこの大人数が行き交う廊下の中心でわざわざ歌うというのだ。ハリーは必死になって逃げだそうとした。それこそキューピットが掴んだハリーの鞄がちぎれて床に散らばる程度には抵抗した──。そりゃ誰だって自分あてのバレンタインカードを読まれるなんて嫌だ。なぜハリーのだけ……?不思議に思った生徒たちはその理由を知る。

 

♪あなたの目は緑色、青いカエルの新漬のよう

 あなたの髪は真っ黒、黒板のよう

 あなたがわたしのものならいいのに

 あなたは素敵 闇の帝王を征服した、あなたは英雄

 

 キューピットは竪琴を振り回しながらトンチキな音程で大きく歌った。カードの内容は歌だったのだ──その歌声が──というか歌詞が──あんまりにも奇天烈すぎてその場にいる皆は大爆笑した。涙が出るほど笑っている人もいる。アリスも横隔膜がヒクヒクと上下にハネる感覚に襲われた。口角も勝手に上がってしまうのを必死に抑えた。だってあんまりにもハリーの顔は真っ白だったから……。そしてこの集団の中に、ハリー以上に顔色の悪い子が直ぐ、アリスの隣にいた。

 

「ジ、ジニー……」

 

 彼女の顔色は真っ白だったがすぐにサーーーッと真っ赤になり、アリスの背中に隠れた。パーシーが見物人を何とか蹴散らしてくれたので混乱は落ち着いてきたがジニーはショックで立ち竦んでいる。

 

「ポッターはいったいこれに何を書いたのかな?」

 

 ハリーいるところにこの男アリ。マルフォイは散らばったハリーの荷物から黒い手帳を拾う。

 

「それは返してもらおう」

 

 ハリーは静かに言った。見物人も興味深そうに行く末を見守る。

 

「あ……!」隣のジニーが小さく叫んだ。彼女の不安そうな目がハリーと、マルフォイが掲げる黒い手帳に釘付けになる。

「大丈夫だよ、ハリーなら自分で取り返すことできるよ」アリスはジニーに耳打ちした途端、ハリーの鋭い詠唱が飛ぶ。

 

「エクスペリアームス! 武器よ去れ!」

 

 武装解除呪文により手帳はハリー達の元に戻ってきた。周囲からはオォと感嘆の声が上がるが、パーシーは廊下での魔法行使に目くじらをたてた。

 

「やったね! それにしてもあの手帳流行ってるのかな?」

 

 ジニーは安心したのかパーシーの減点を残念に思ったのか、アリスのローブの裾をぎゅうっと握りしめた。そういえばジニーがいつも持ってる手帳もあのようなものだった気がする。地味で古臭いデザインなのに……。アリスだったら可愛いパフスケインが跳ねるモノや、砂漠や海底のデザインがいい。甘い香りが漂ってくるベリータルトの手帳でもいいかも。

 

 手帳を取り返されてマルフォイは気が立っているようだった。すれ違いざまジニーに「ポッターは、君のバレンタインが気に入らなかったみたいだぞ」と吐き捨てた。

 

「意地悪!」

 

 アリスは注意したがマルフォイは無視してお供の二人を連れてどっか行った。すっかり元気を失ったジニーにアリスはいたたまれない気持ちに襲われる。自分がハリーへの応援に手紙を勧めたから。そもそもバレンタインカードだってキューピットがあんな大勢の前で読み上げたりしなければハリーは喜……んでくれるかは分からないが、少なくともこのような状況にはなっていなかっただろう。

 

「だからね、ハリーはあのシチュエーションに動揺はしたけれど、ジニーのカードが嫌だったわけじゃないと思うよ」

「嘘よ……皆、笑ってたもの」

 

 沈んだ声で事実を話されるとアリスは固まったが言葉を続ける。

 

「ハリーはホグワーツに来るまで手紙をもらったことがなかったって、昨年談話室で話してたの。だから手紙を貰えるのがとっても嬉しいんだって。あのバレンタインカードも大事に持ってくれているはずだよ」

「……それ本当?」

「ウン。この目で、ハリーがカードを鞄に詰めているところ見てたよ」

「そう……アリスありがとう」

 

 ジニーはようやく顔を上げたが、ぼうっと何かを思い詰めている表情で教室へと姿を消した。

 

 バレンタインっていいなと思う。言葉にするのが難しい気持ちでも、カードやちょっとした贈り物にのせれば素直に届けられるし、相手の笑顔を見たときにこちらまで温かい気持ちになれる。そうやって気持ちが目に見える形になるのが、バレンタインの一番好きなところだ。きっとこんなことを言ったらスリザリン生や男の子たちにまた”お花畑の頭”と揶揄われてしまいそうだけど……。だからうまくいかなかったジニーに胸を締め付けられたのだった。

 

 こうしてホグワーツのバレンタインは幕を閉じた。ロンはカードを一枚ももらえなかったからか、それとも夕食時ロンの膝に金色の翼と弓を脱いだただの小人がドスンと座ったのが不愉快だったのか、「今日が終わってせいせいした」と文句を言った。

 

 

 

 

 三月に入るとすっかり落ち着いてきた。ジャスティンとほとんど首無しニックが襲われて四か月経つし、そろそろマンドレイクも成熟の季節だ。ビーブズや双子の”継承者ハリーネタ”も飽きているようだったし、あのアーニー達も態度を改めはじめていた。

 

 復活祭の休暇中に二年生は三年生に向けての課題を与えられた。来年度から始まる選択科目だ。談話室では皆リストを舐めるようにチェックしてどの科目を選ぶべきか頭を突き合わせて悩んでいた。

 

「ネビル、アルジー大伯父さんからの手紙だよ。──近代に入るまで魔法使いが使ってきた古代ルーン文字を履修せよ、だって」

「ウーどうしよう……エニド大伯母さんは数占い学がオススメだって言うんだ」

 

 ネビルの元に沢山の親戚からアドバイスの手紙が押し寄せていて、アリスはその読み上げを手伝っている。

 

「アリスどうしよう? 誰の意見を聞くべきなんだろう? 君の親戚は何て言ってる?」

「うちは特にきていないなぁ……もしきてたとしたも、ネビルの家と一緒でバラバラのアドバイスだよ──一番簡単そうなの選べば?」

 

 それかディーンのように目を瞑って指差す科目にするかだ。シェーマスは杖を転がして決めている。古代ルーン文字と数占いで悩んでいるのはネビルだけではなかった。

 

「数占い学ってマグルの数秘術みたい」

「本当だ『Sunday Times』のコラムに載ってるヤツ」

「知ってるわ。生年月日を足していくのよね」

 

 ハーマイオニーとライアンはパーシーから借りた数占い学の本を眺めて指を折ったりして何かの計算をしている。もう既にこの学問に夢中のようだ。

 

「古代ルーン文字も迷う。"指輪物語"みたいな北欧神話の理解が深まって面白そう」

「そうね。文献調査には絶対欠かせないわ。私は絶対取るつもりよ」

 

 ロンは二人を見て「熱が入ってらぁ」と白目をむいた。ハリーがアリスのリストを覗いてきたので既にチェックが済まされたそれを見せる。

 

「私は魔法生物飼育学と占い学だよ」

「なんでこれにしたの?」

「パパが魔法生物規制管理部で働いているの。『幻の生物とその生息地』を小さいころから読んでいたから凄く楽しみ! お兄ちゃんもお気に入りの教科だって言ってたしね──占い学は女子はほとんど取ってるよ。水晶で未来を読むだなんて憧れだから!」

 

 アリスは向こうで占い学で盛り上がるラベンダーとパーバティを指さす。ハリーは魔法生物飼育学は良さそうだとチェックを付けた。

 

「ライアンは占い学は考えてないのー?」

 

 ハーマイオニーと数占いについて未だ喋っていたライアンはアリスの声に気が付き、ハッとして振り返る。

 

「でも魔法生物飼育学は俺も取ろうと思ってて……」

「あぁ、でも占い学の時間は一緒に受けれないってことだよね?」

 

 残念そうなアリスの声音にライアンは焦ったように視線を揺らす。

 

「ダメよアリスったら ライアンを困らせちゃ」ハーマイオニーが咎めるとアリスはお茶目に笑った。

「フフ! ごめんね!」

 

 ライアンはパチパチ瞬きをした。リストもチェックできたし部屋に戻ろうとしたところ、追いかけてきたライアンが腕を引っ張った。

 

「あ……俺も占い学にする」

「えー? なんで?」

 

 今度はアリスがビックリして目を瞬かせた。

 

「ごめんごめん、さっきのは冗談だよ? 好きな科目選んで?」

「……」

 

 ライアンは口を閉ざす。言いたいことが言えないような……複雑な顔は入学したころの彼を思い出した。

 

「私のこと気にしないで! 数占い学と古代ルーン文字考えなよ」

「……うん」

 

 女子部屋に続く階段から「アリス、さっき話した占いの載ってる雑誌一緒に見ない?」とラベンダーの声が降ってくる。

 

「いまいく! ──また何取ったか教えて! じゃあね!」

 

 手を振って階段を上っていく姿をライアンは見上げていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。