最近のお天気はカラッとしていて過ごしやすい気候になってきた。ということで今週の土曜日はグリフィンドール対ハッフルパフ戦だ。グリフィンドールは前回のスリザリン戦の勝利から勢いづいて調子がいい。ウッドの練習メニューには夕食後の隙間時間でさえも組み込まれていたので夕食を詰め込みすぎたハリーがウッとえずいていた。
アリスも恒例となったディーンと応援旗の準備を進めている。昨年を振り返ってみると最初は魔法もてんで使えなかったが、今や赤い軌跡が光る魔法をかけたり、シーツに防水魔法をかけたりなど旗づくりにも進歩が見られる。すっかりグリフィンドールの応援団の核になっていて、一年生たちが興味深そうに広げられた魔法の旗を見学しに来ていた。
「流れ星のデザインって変えた方がいいかな?」
ディーンが『光のように飛べグリフィンドール』の旗を指さす。
「ディーン、ロックハートの”流れ星”のセンス悪いジョーク気にしてるの?それより、グリフィンドールの箒は学校の備品レベル流れ星だってスリザリンから野次られたのがムカつくよ」
ディーンは「ふざけてるぜ」とそれに同意してシーツのしわを伸ばした。
「あっ──ねぇ。もうひとつ個人的に作りたい旗があって……ハッフルパフ戦でしょう?お兄ちゃんが出るから……」
「ハッフルパフの旗も作るって?」
「でも、このくらいのサイズ」アリスは両手で丸を作った。
「片手で持てるくらいのフラッグ」
「いいじゃん」
ディーンはアリスの思い付きに肯定する。彼は苛烈な寮対抗意識を持っているわけではない。どちらかというと、スポーツマンシップを重要視しているサポーターだ。
「アリスの兄貴は正々堂々していて気持ちのいいプレイするからな」
「その通りだ! ディゴリーのスリザリン戦! ほぼブラッチング喰らってたけれどあそこからの体勢とメンタルの立て直しの早さには舌を巻いた!」
いきなり背後からオリバーのよく通る声が耳に飛び込んできたので二人はひっくり返った。
「オリバー練習は?」
「俺としたことが作戦ノートを談話室に忘れてしまったんだ」
ズカズカと一角にあるテーブルの上にあったノートを素早く掴む。
「これは命より大事なものだ。拷問呪文を受けても譲れない」
誰もあのオリバーからそんな大事なもの取ろうとすら思わないが、安心してほしくってアリスは頷いた。
「如何にディゴリー兄を出し抜くかが我がチームの命運を左右するだろう……」
オリバーと目が合って、アリスは笑った。クィディッチ狂のオリバーから身内を認められるのは嬉しいことだった。
夜になってチラホラ談話室に練習後の選手が帰ってきた。消灯時間になる前にアリスは”グリフィンドール対ハッフルパフ戦レポート”を送る約束を両親に知らせるため、ふくろう小屋に向かっていた。さっき作ったカナリアイエローの片手フラッグを夜空に掲げると明日の試合が待ち遠しくなった。
「どこ行くんだポニーちゃん!」
同じ声、二つが後ろから聞こえる。
「ポニーちゃんって?」
「マルフォイがいつも君をそう呼ぶだろう?」フレッドがアリスの傍まで来た。
「尻尾アタマって!」ジョージがポニーテールを指差す。
「まぁ嬉しくないあだ名だね」
馬の尻尾。"馬鹿"という意味だ。マルフォイと聞いてアリスは口角を歪める。
「二人とも練習帰りでしょ? 早く今日は休みなよ」
「なんだ? アリスだってこんな夜遅くに出歩いて」
「アッ こんなもん作ってたのかい」
手元のハッフルパフ用応援旗が見つかってしまう。
「オォイここに裏切り者がいるぞ」
「"ハッフルパフ"のアリス・ディゴリーだ」
「ナニ?グリフィンドールには既に、それはそれは立派でおっきな応援旗があるでしょう?」
アリスはイエローフラッグを双子の顔の前でパタパタ泳がせた。
「あんまり嫉妬されると、試合終わってもこの旗振っちゃおうかな」
「生意気な後輩だ!」
「いつからこんなに意地が悪く?」
三人は目を吊り上げて言い合ったが直ぐにニヤニヤ顔に破顔する。双子がセドリックへの愚痴を漏らす度、アリスは小さい旗でピクシーのように振り回して黙らせるのがおかしくって三人はケタケタ笑い転げた。
別の足音が廊下の奥から聞こえてくる。「オイ」とジョージに肩を叩かれる。振り向くとアリスは慌てて旗を隠した。
「お、お兄ちゃんも練習終わり?」
練習着のセドリックは「うん。それとふくろう小屋に寄って来たんだ」と言う。きっとエイモスによる明日の試合についての激励メールの返信だろう。
「アリス、あの旗見せちゃえよ」
フレッドが耳打ちして、後ろ手に隠しているアリスの手元をコチョコチョちょっかいをかける。
「絶対だめ!」
試合当日までセドリック用の旗は見せたくなかったので引っ張られる腕に抵抗した。セドリックが心配そうに近づいたのでアリスは軽い身のこなしで双子の拘束から抜けて彼らの背中に隠れた。
「どうしたのかなポニーちゃん」ジョージが愉快そうに尋ねる。
「お兄様から逃げちゃって」フレッドがセドリックを見て言う。
「もう! 逃げてないけど!」
アリスも双子が本気でバラそうとはしていないことに気が付いていた。セドリックは妹と双子がじゃれているのを目の前に、不思議そうに口をポカンと開いている。
「アリス? なにか後ろに隠しているの?」
「だってさ、答えろよ」「そうだ答えろって」
双子がアリスの脇をくすぐって背中に隠しているものをまだ見せようとして、アリスはジタバタ笑いながら大きな声で答える。
「お兄ちゃんには秘密!」
セドリックは僅かに、驚いたように目を見張る。
アリスは笑い疲れ、呼吸を整えた。「もー!」双子を小突いてキャラキャラ笑う。
「じゃあなセドリック 明日の試合でな!」
「安心しろよ お宅の妹さんはちゃんと俺らが送っていきますとも」
「アッ 私ふくろう小屋に用があったのに!」
アリスは両脇を双子に持ち上げられ、両足がプラプラとトボけたように揺れながらグリフィンドール寮の方に三人は騒がしく帰っていった。
土曜日の朝。クィディッチ日和の素晴らしいお天気だ。シャワーを浴びて身支度をしていると、既に着替えを済ませたハーマイオニーがベッドに腰かけていた。
「アリス、寮の中でも気を抜かない方がいいかもしれないわ」
今朝の明るい雰囲気に見合わない突然のシリアスな調子にアリスは「どういうこと?」と尋ねる。
「あなた昨夜帰りが遅かったから知らないだろうけれど……男子部屋に何者かが侵入したの。ハリーの荷物が荒らされていたわ」
「それって……」
継承者の仕業……?
合言葉を知らないと入室できない談話室でさえ侵入できるとしたら、ここホグワーツで安心できる場所なんて一つもない。
「アリスは純血だけれど言っておくわね」
「ありがとう……ハーマイオニーも気を付けて」
今からクィディッチの試合だというのに不安が胸をよぎる。アリスはハーマイオニーと腕を組んで大広間へ向かった。
朝食の席でライアンに「聞いたか?」と話しかけられる。
「昨夜、誰も怪我はしてないの?」
「あぁ 物も盗まれていないってハリーは言ってた」
「あ、そう……」
怪しい侵入者に、釈然としない様子で二人は朝食を腹におさめた。
十一時には競技場は満員となった。拍手と歓声でいっぱいの中選手たちは入場した。アリスもいつもの最上階でグリフィンドールの応援旗を飾りつつ、片手旗も用意する。あぁ今回はどちらが勝つのだろう……!ワクワク待っているとピッチの向こう側からマクゴナガル先生が大きな紫のメガフォン片手に小走りでこう言った。
「この試合は中止です」
「エー!?」アリスは叫んだ。ディーンと顔を見合わせる。周りは野次と怒声で溢れかえった。
「全生徒はそれぞれの寮の談話室に戻りなさい。そこで寮監から詳しい話があります。みなさん、できるだけ急いで!」
「よっぽどのことなんだろうなぁ」
「あーっもうこの試合を休暇前から楽しみにしてたってのに……」
グチグチ文句も止まらない。だるそうに生徒たちは各談話室へと戻る。暫くするとマクゴナガル先生もハリーとロンをつれて談話室に集まった。アリスは傍に寄る。
「先程、図書館近くでレイブンクローのペネロピー・クリアウォーターとハーマイオニー・グレンジャーが襲われました。全校生徒は夕方六時までに、各寮の談話室に戻るように。それ以後はけっして寮を出てはなりません。授業に行く時は、必ず先生が一人引率します。トイレに行く時は、必ず先生に付き添ってもらうこと。クィディッチの練習も試合も、すべて延期です。夕方はいっさい、クラブ活動をしてはなりません」
ハッ!とアリスは口を抑える。小さい悲鳴が漏れた。
「言うまでもないことですが、私はこれほど落胆したことはありません。これまでの襲撃事件の犯人が捕まらないかぎり、学校が閉鎖される可能性もあります。犯人について何か心当たりがある生徒は申し出るよう強く望みます」
声を詰まらせながらもマクゴナガル先生は羊皮紙に書かれている文字面を読み上げ、ぐるりと談話室の生徒を見渡した。先生の手の中にあるチカッと光った何かに目を奪われる。肖像画の裏穴から出ていった先生の後を追いかけて声をかけた。
「先生……! それって、」
「ミス・ディゴリー。言ったそばから無断で寮を出ないことです。──これが何かわかりますか?二人のそばに落ちていました」
丸い鏡だった。表面はキラキラのスパンコールや石でデコレーションされている。
「それ、ハーマイオニーのです。私があげたヤツです……クリスマスプレゼントに」
呆然とするアリスにマクゴナガルは向き合う。
「ハーマイオニー……ロックハート先生に会う前はいっつも髪の毛を気にしていて……」
でも、スプーンの裏側でチェックしていたから鏡を贈ることにした。
「彼女すごく喜んでくれたんです……アリス、なんで今私が欲しいもの分かったの?って……」
「ミス・ディゴリー」
「先生、ハーマイオニーは……死……」
その先はとてもじゃないか口に出すのは恐ろしく、もしアリスが声に出すことで現実になってしまったらどうしよう?とすら思えた。
「ミス・ディゴリー。 ミス・グレンジャーは石になっています。彼女の命までは攫わなかったのです。できることはマンドレイクの成熟を待つこと。
──私のできることはこれ以上あなた達から犠牲者を出さないようにすることです」
「うっ」
アリスは肩を大きく震わせた。ボトボト熱い涙が頬を伝う。
「寮にお戻りなさい……」
マクゴナガルに肩を押され、アリスは裏穴を泣きながら這い上り、談話室に戻った。壁の端っこでアリスを待っていたライアンが気づいて駆け寄る。
「アリス……」
涙をこぼすアリスに、ライアンは腕を引いて椅子に座らせてやることしかできなかった。ハリーとロンも気遣わしげに声をかける。
「僕たち、医務室でハーマイオニーに会ってきたんだ……皆みたいに石になってた」
「でも……スプラウトのいう話じゃもう直にマンドレイクは収穫だよ」
「会えないのは……今だけだ」
男の子たちは普段見ないアリスの涙する姿に動揺して、なんて言葉をかけていいか分からない。アリスは頑張ってしゃっくりを止めようと堪えながら女子部屋に戻ると、空のハーマイオニーのベッドがとっても寂しく思えた。
可哀想なハーマイオニー。石になるときは一瞬のように思えていたらいいのに。痛みもなかったらいいのに。もし、長い間ずっと怖くて痛かったら。今もそうだとしたら。あの石の奥底で今も私たちに助けて!助けて!って叫んでいたら……泣いていたら……酷く残酷だ。そう想像するだけで涙が止まらなかった。ハーマイオニーのような賢い魔女を石にしてしまうだなんて、どんなに継承者が崇高な意志があったとしても私たちの友達の命を簡単に脅かしてしまうそんな人、アリスは素晴らしい才能をもった魔法使いだなんて思えなかった。けれど、何とかしたくってもたった13歳のアリスには何もできないのだ。
次の日の朝にはハーマイオニーのお見舞いに行きたかったが、一人で城内を出歩くことは禁止されている。先生は引率で忙しいのは理解したためアリスは冷静になろうと決めた。スプラウト先生が調合に集中できるには生徒が問題行動せず、手間がかからないよう努めるべきだとアリスなりに考えついたものだった。それと、石から戻ったハーマイオニーのために彼女が欠席分のノートも、放課後に差しかかるまでの時間を費やして綺麗にまとめていた。
しかし不安に拍車をかける出来事が発生した。ダンブルドアが停職となったのだ。このホグワーツ城にダンブルドアがいない。みんな笑うのも控えるようになった。城内に響く笑い声を聞きつけた継承者にいつ攻撃されるか分からない。それにハグリッドも”重要参考人”として連れていかれてしまった。
「大臣はハグリッドが継承者だと思っているの!?」
アリスはロンに問いかける。
「ハグリッドが継承者の怪物を知ってるんじゃないかって……」
ロンはアリスに教えたはいいが有耶無耶な調子で言い淀んでいた。
「そんな……確かにハグリッドはでっかい生物が好きだけれど生徒を襲わせようだなんて考えないでしょう!」
「"凶暴"、が抜けてる」ロンが口を挟んだ。
「そうさ、ハグリッドはちょっと──いやかなりとはいえるが魔法生物との距離感が狂っちゃっているだけで、継承者みたいなイカレトンチキとは違う」
「それに……絶対ハーマイオニーを襲ったりしないよ」
ハグリッドは城内にも、森小屋にも、裏庭にも。ちょっと遠くに視界を向ければそこにいそうな彼がいない。アリスの友達がまた一人いなくなってしまった。
城内の人間が息をひそめている中、マルフォイは晴れ渡った顔つきで意気がって学校中を闊歩していた。楽しくって仕方がない悦びに満ち溢れた表情だ。ダンブルドアがいなくなってから二週間後の魔法薬学の授業で唐突に彼は大きな声でこう言った。
「先生が校長職に志願なさってはいかがですか?」
「これこれ、マルフォイ」スネイプは、唇のほころびが押さえきれないようだった。
「ダンブルドア先生は、理事たちに停職させられただけだ。まもなく復職なさると思う」
「さぁ、どうでしょうね……先生が立候補なさるなら、父が支持投票すると思います。僕が、父にスネイプ先生がこの学校で最高の先生だと言いますから……」
地下牢にはこのマルフォイの意気揚々としたおしゃべりとスネイプの薄笑いだけが響いていた。グリフィンドールはぼやく気にもなれない。
「『穢れた血』の連中がまだ荷物をまとめてないのにはまったく驚くねぇ」マルフォイはまだしゃべり続けている。
「次のは死ぬ。金貨で五ガリオン賭けてもいい。グレンジャーじゃなかったのは残念だ……」
授業終了のベルが鳴る。ロンが肩を怒らせてマルフォイに近づいたが一足、アリスの方が早かった。
「ハーマイオニーが……命を落とさなくて残念だって?」
アリスは困惑した顔でマルフォイに尋ねる。「あぁそうさ」マルフォイはピンと眉を跳ね上げる。
「何度でも言って差し上げようか? 穢れた血のグレンジャーが死ななくって残念だ」
揶揄う声音にアリスは震える声で言い返す。
「他人の思想に関与する気はないけれど……人の死を願うのは、それは魔法族、マグル関係なく人間としてダメだってわからない?」
怒りというよりも、気遣うような、憐れむような言い方がマルフォイは気に食わなかった。
「黙れ マグル生まれが惨たらしく死のうとも僕には関係がないね」
アリスはその瞬間、煮えたぎっていた血がサ──ッと頭からつま先まで流れ落ちたような気になった。
「……そんな酷い言葉を口にすると自分に返ってくるよ」
ストンと色と表情が抜け落ちた顔でアリスはそう言って背中を向ける。マルフォイは空虚な顔したアリスに眉をひそめた。スネイプが痺れを切らして「痴話げんかで団体行動に支障をきたすな」と叱咤した。
スネイプが引率する薬草学温室への移動中にアリスは深呼吸を一回した。マルフォイを前にしていた時は、喉の奥まで熱いものがせり上がってきて、今にも声になって飛び出しそうだった。マルフォイの言葉によりアリスの胸の奥に、ざらついた嫌悪感が走る。頭の中は「マルフォイはおかしいんだ」「私って間違ってないよね?」「もっと良い伝え方があった?」とぐるぐる混乱していてストレスで参った。
でも、怒りに任せた言葉は、結局相手も自分をも傷つけるのだとわかっているから。だからこそ、マルフォイに向かって口汚く言い返すことだけは絶対にしたくなかった。胸の奥で生まれた暴力的な負の感情は、炎のように彼女を焦がす。けれど、アリスは必死にその感情から目を逸らそうとした。何を説いても変わらない人間はいる。そう悟った瞬間、アリスの中で熱はすっと冷めていった。ただ、彼の存在を心の中から切り離すように、静かに視線を逸らした。こうしてアリスはある種、自分を守ったのだ。