ウェストエンドの映画館にて
ロンドンの中心街、ウェストエンドにある映画館で14歳のミアは夏休み中のお小遣いを稼ぐため働いている。制服のポロシャツの首まわりがじんわりと汗で湿るのを気にしながら、チケットカウンターに座っていた。館内のロビーには冷房の風が吹き込むけれども、熱気はドアの開閉のたびに入ってきて、シネマポップコーンの香りと混ざってミアの鼻をくすぐる。
この日は、夏休みが本格的に始まってから二週目あたりで、客足も若者たちでにぎわっていた。柱に貼られたポスターには、『スピルバーグ監督新作! ジュラシック・パーク』の恐竜が口を大きく開けているのが目立つ。
コバルトブルーの禿げたマニキュアを眺めているとまたドアから客が入ってきて、迷いなくカウンターの方に来た。私と同い年くらいの男の子。ここら辺では見たことない顔で、ちょっと不良っぽい。片手をデニムのポケットに突っ込んで常連かと思うほどの自然さで、スナックメニューを一瞥した。
「サワークリーム味……」
メニューが見つからなくってつい零れたであろう彼の言葉を拾う。
「あぁ、そのポップコーンこの前販売終了しちゃったの」
チラッと視線が降ってきた。目つきは鋭くってオリーブ色している。肩幅が広くって背も高い。結構タイプだ。私は"Take That"だとロビー・ウィリアムズが好きだから彼の愛想のない、独特の雰囲気は嫌いじゃない。
「その代わりチェダーチーズ味はどう? 私のイチオシよ」
「じゃあそれにするよ」
「オーケー 今日は何観るか決まってるの?」
もうちょっと喋りたくって話を続けたら、彼は入り口の方を振り返る。
「アリス 気になるものあった?」
”アリス”と呼ばれた女の子はすらっと手足が長くって、離れたここからでも目を引いた。
「この箱涼しい風が出てくるよ」
ただの空調を不思議そうにジロジロ眺めて、周辺をウロウロしている……変わった子……と、思わず苦笑しちゃう。
「この前話したサワークリーム味はないみたい。チェダーチーズ味ならあるって」
「美味しそうだね それがいいな」
カウンターにやってきた彼女はJust Seventeenに出てくるモデルみたいだった。まぁイケてる男の子には彼女くらいいるよね……。”アリス”がポスターを見つめている。『ジュラシック・パーク』だ。恐竜が大きく描かれたポスターを指で追って彼女は顔をしかめた。
「ドラゴン? これってウェールズ・グリーン普通種だったりする?」
「チケット、午後三時のジュラシック・パーク 二つ」と被せるように男の子が言う。
私がチケットをちぎり、ポップコーンとソーダを用意しているのを“アリス”は食い入るように見ていて、製氷機からプラカップに落ちる氷にハッ!と息を飲んだりジュースディスペンサーを物珍しげに眺めてくるのでやりづらいったらない。もしかして、彼女は映画館やダイナーすらないド田舎から来たのかも。顔はカワイイけれど、ちょっとここら辺のコの服装してないし……?そうよ、彼は”アリス”に都会を案内してあげてるんだわ。彼女は不安げに眉を寄せてポスターを指さす。
「ねぇ、このキョウリュウ? 目の前に出てきたりしないよね?」
吹き出しそうになっちゃった。なにあれ、やりすぎだわ。ボーイフレンドの前だからってぶりっこしすぎじゃない?
「出てこねぇから大丈夫」
「そうよ、コレは3D映画じゃないわ だってあなたたちにメガネを配ってないでしょう?」
彼女はキョトンとして首をかしげる。
「アーあんまり映画見ねぇもんな」 男の子がフォローするように言葉を続ける。
「あっ ウン、そう よく知らなくって」
私は肩をすくめて、ジュースセットを彼らに手渡す。
「はい、楽しんでってね──アリス? あなたの髪真っ直ぐでキレイね 私はハーバルエッセンスのシャンプーを使ってるんだけれど──どこのシャンプー使ってるの? まさか洗面台の固形石鹸じゃないでしょう?」
ちょっと意地悪なジョークを飛ばしたら彼女はキラッとした笑顔で口を開く。
「嬉しい! スリーク・イージー社の──「ヴィダルサスーンだって、ポップコーンありがとう」
彼はまた代わりに答えて彼女の腰に手を回して足早にシアターの方へ向かった。
彼女のシャンプーのメーカーまで知ってるのね。それともお揃いなのかしら?なんだかダシにされたみたいで面白くない。とりあえず夏を一緒に楽しむ彼氏がめちゃくちゃ欲しくなってきちゃって、誰かいい男の子はいないかこのあと親友に電話をかけるつもりだ。
「あぁ素晴らしい体験だった! すっごく面白かった! あんな貴重な資料を納めたんだからカメラマンはマーリン勲章を貰うべき!」
「あれは作り物だから……」
映画館からの帰り道、改めて説明してもアリスは「どこからどこまでが作り物?」「アランはちゃんと生きてるマグルでしょ?」と興奮が治まらない。
こんなことを聞くのには理由があった。アリス・ディゴリーは魔女だからだ。魔法界で育ってきた彼女にとって映画館もエアコンもジュースディスペンサーから注がれるコカ・コーラも初体験なのだ。マグルのティーンとの会話はフォローが追い付かなくって少し苦労していた彼──ライアン・ボードマンも同じく魔法使いだった。彼は非魔法族の世界、”マグル出身”だったのでアリスのようにこの世界におけるトンチキなことは言わない。先日から遊びに来たアリスにマグルの文化を紹介しているところだ。
ピカデリーサーカス広場を歩く二人はそこら辺の学校に通っている学生のように見えるが実は、杖に光を灯し、箒で空を飛び、ネズミを嗅ぎ煙草入れに変えることが出来る魔法使いなのだ。
「店員さんが勧めてくれたポップコーンも美味しかったし、すっごく充実した時間だったな〜連れてきてくれてありがとう!」
「アリスって連れてきがいあるわ」
マグルの世界は不思議なモノで満ち溢れている。ライアンには魔法界もこのように見えていたんだろうとアリスは理解できた。映画を楽しんだあとは日も暮れていたので今日はもう帰ることになった。彼の家はロンドンにある高層マンションで、アリスから言わせると凄く”マグルらしい”建物だった。
マンションのエントランスの自動扉が閉まると、外の騒がしさはぴたりと途絶え、外気の熱気もすっかり切り離して、ひんやりとした空気で迎えてくれた。大理石の床が真っ白い蛍光灯の光を鈍く返す。管理人の視線がこちらに向いたが、ライアンは気にも留めずエレベーターに乗り込み、アリスも後に続く。指定された階で止まると、長い廊下が二人を出迎えた。クリーンで無駄なものは一切置かれていない廊下を進むと、ライアンは自宅の扉の前で立ち止まり、ポケットから鍵を取り出した。
「ねぇ私が鍵開けたい」
アリスが手を差し出すと、ライアンは「これは魔法界と変わらねぇけど」と言ってから、銀色の鍵を掌に落とした。冷たい金属の重みが、手の中でずしりと存在を主張する。黒光りする重厚な扉に鍵を差し込むと、ディンプルキーの複雑な凹凸が噛み合うような音が静かに響いた。アリスは手首を少しひねり、ゆっくりと回す。その間、ライアンの視線が背後からじっと注がれているのを感じた。
カチリ、と重たいロックが外れる音。アリスは振り返り、小さく笑って鍵を返した。ライアンは受け取った鍵を何も言わずデニムに引っかかっているカラビナに付け直し、無言のまま扉を押し開けた。部屋に入ると、広いリビングには冷たい光沢のある床、壁際に並んだオーディオ機器が目に飛び込んできた。昨日も目を奪われたけれど、今日もつい立ち止まってしまう。銀色に輝くコンポ、スイッチがずらりと並ぶリモコン、奥には角ばった大きなテレビ。ソファに腰を下ろすと、ここでは新しい布と化学的な芳香剤の匂いが漂っていた。
「まだ気になる?」ライアンが冷蔵庫からペットボトルの水を取り出してアリスに差し出した。
「ウン、今日はテレビ沢山触っていい?」ペットボトルをモタモタ開けながら尋ねる。
「いいよ。俺、着替えてくるから適当にしてて」
アリスは早速テレビのリモコンを両手でつかんで、教えてもらった電源ボタンを押した。
「オォー!」するとテレビの液晶がパッとつき、箱の中の人間が動いて話し出したので思わず感嘆の声が漏れる。これはどういった仕組みで動いているのかアリスには検討もつかなかった。
「こんばんは」
アリスはテレビの中の女性タレントに向けて挨拶をする。返事がなかったのでソファから立ち上がり近寄ってもう一度声をかける。
「これは誰の曲ですか?」
当たり前だが何の返事もよこさなかったので、コレは魔法界の写真や肖像画とは全く違う仕組みであることだけは理解した。暫し無言で突っ立ってテレビに向かってリモコンをポチポチ操作していると、液晶が砂嵐を映す。
「マーリンの髭!」
ザーッ!!と不快な大きな音と画面いっぱいに走るノイズにアリスはパニックになり、魔法族の驚いた時の口癖が飛び出した。壊してしまった!これ以上リモコン操作するともっと悪化しそうでなす術がない。恐ろしいテレビを前に震えるアリスの手元から誰かがリモコンを抜き取った。
「空きチャンネルなだけだ」 抑揚の少ない、バリトンボイスの声。
そう言ってボタンを一回押すと忌々しい音と画面は消えて、元の番組に戻る。
ジェルでキッチリまとめられている派手な金髪で、彼がライアンの父親だと察せられた。だが、それ以外に似ている点は全く無かった。しいていうなら上背のある体格の良さくらいだ。彼のアンバー色の瞳は息子と違って鋭くはないが、見透かされているような不思議な感覚を与える。
「あ……! お邪魔しています! 私、ライアンと同じ学校に通うアリス・ディゴリーです。昨日からあの、こちらでお世話になっています」
バタバタ向こうから音が聞こえてくる。
「え、今日帰ってこれたんだ」
ライアンが慌ててリビングに戻ってきて、親友と対面している父親を驚いた顔で見た。
「あぁ 一つ早いフライトが捕まった。本来なら昨日帰ってこられる予定ではあったが」
彼はビジネスジャケットを脱いでライアンに渡す。
「ランドリーにかけておいてくれ。明日、イザベルがクリーニングに寄るから」
彼はキビキビとアタッシュケースから書類を出したり、郵便物を確認して、一部には目も通さずシュレッダーに雑に放ったりするのを呆気に取られて眺めていたが、ハッと気づいてライアンに目配せをする。
「あの──父さんからサインを貰いたくって──」
「三年生から週末はホグズミード村へ行けるんです!その許可証で……」
アリスの補足説明が彼の耳に入っているのかは不明だったが、高価そうな万年筆で、机の上に準備してあった許可証に素早くサインをしてまた仕事の資料に集中する。何の許可証なのか一切文字を見ていないようだった。ふと、彼の視線がアリスに留まる。
「あぁ、オスカー・ボードマンだ。君がアリスか。ろくにもてなせなくて悪い、この後すぐまた仕事があるんでね。家の中は好きに使ってくれて構わない」
オスカーはようやくアリスに向き直り手を差し伸べる。彼の完璧な笑顔は形式的なものだったが、アリスもニッコリして「ありがとうございます」とお礼を言って握手をした。オスカーはあっという間に荷物をまとめてまた、家を出ていった。滞在時間は数分程度だった。
「……ライアンのお父さん、忙しそうだね」
「ほぼ、家にはいない。金融会社に勤めていてずっと仕事してる」
ライアンは慣れたように肩をすくめた。
「あ……じゃあこの休暇中、二人きりってこと?」
「え? うん」
「……ママたちに、ライアンの家にはお父さんもいるって伝えちゃってたな」
アリスは言い出しづらそうにモジモジする。ライアンはハッ!と気づいた。家では一人が当たり前だったので、異性の友人を呼ぶ意味を今、初めて認識したらしかった。交友関係が不慣れな彼は、いつもの冷静な判断能力は時々こうして鈍る。
「あ……! 父さん本来は今週出張が入ってなかったんだけど急に……!」
「う、うん」
「俺、そういうつもりでアリスを呼んだわけじゃなくって……!」
「そういうつもりってどういうつもり?」
ライアンがカァーっと顔を紅潮させるのでアリスはちょっと笑って聞いてしまう。
「あ、明日はハウスキーパーがいるし……ずっと二人きりって訳じゃ、」
「まぁ昼間はね」
ちょっと面白くなってアリスが揶揄うと、ライアンは落ち着かない様子でウロウロリビングを歩き回る。大体昨夜、既にゲストルームでアリスは寝ているというのに。
「ホテル取ろうか?」
「無理だよ。マグルのホテルに一人だなんて不安だもの」
「ハリー呼ぶ?」
「おじさん家から出てこれるのかな?」
「ハーマイオニーは?」
「フランス旅行に行くって言ってた」
「セドリックは」
「お兄ちゃんね……その、なんていうかなぁこの状況に」
なんか口うるさく言われそうでならない。「いくらライアンだからって」「まだ13歳なのに」と、イマジナリーセドリックが脳裏で小言を囁いている。ライアンも顔色を曇らせている。珍しい表情だ。
「まぁ、大丈夫だよ海外旅行じゃないんだし、うまく黙っていれば。
そうだ、カエルチョコレートとファイアウイスキー、お父さん帰ってきたら渡してね。直接渡せなかったから……」
アリスはケロっとしてソファーに座ってテレビに意識を向けたので、ライアンは溜息をついて金髪をかき混ぜた。
マグルの世界で過ごす休暇は楽しくってあっという間に過ぎていった。ウィンドウショッピングや、ゲームセンターなど初めて目にするものに囲まれて貴重な経験を味わった。地下鉄も、乗り心地はホグワーツ特急とまた全然違うものだったし、路線図を眺めて切符を買ったのも刺激的だった。家の中では一緒にビデオゲームや料理──危ないので火は使わせてくれなかったけれど──を体験して、すっかり充実したマグル生活を過ごせた。
ある晩、アイスクリームサンデーを食べながらテレビを眺めていたら突如ディナーショーから、ニュース番組に変わる。
「ここで、緊急ニュースをお伝えします。
本日午後、極めて危険とされる重犯罪人が拘束されていた施設から脱獄していたことが明らかになりました。逃走したのは、シリウス・ブラック」
アリスは驚いたように鋭く息をのんだ。
「現在、警察は指名手配をかけ、市民に対し「いかなる場合も近づかないように」と強く警告しています。繰り返します。極めて危険な人物です。目撃情報などがあれば、すぐに最寄りの警察署または緊急通報センターまでご連絡ください」
テレビにブラックの顔写真と『危険人物/接触禁止』の文字が画面に表示される。骸骨のようにやつれていて浮浪者のように髪がもつれている。眼光だけはギラギラと血走っていて恐ろしい。
「以上、緊急ニュースをお伝えしました。通常の放送を再開します」
バラエティーの楽しげな音楽と違ってアリスは不安そうに顔を歪める。
「シリウス・ブラックが脱獄したって? あのアズカバンから!」
「アリス知ってるの?」
落ち着かない様子で薄手のブランケットを体に巻き付けて声を潜める。
「シリウス・ブラックは……例のあの人の支持者でマグル含めて13人も殺したの。アズカバンは今まで破られたことのない魔法界の牢獄だよ……」
「……マグルの世界にもニュースが流れるなんてな」
「それくらい危ない人なんだよ」
ブラックの目から隠れるようにアリスはリビングのカーテンをきっちり締め直す。「パパとママが心配しているかも……」そう漏らした瞬間、目の前のカーテンの向こうからカツンカツン!と鋭く窓ガラスを叩く音が鳴る。
「うわぁ!」
アリスは哀れな声をあげて後ろにたたらを踏み、そのまま背後のライアンが座っているソファにひっくり返った。
「この音、ふくろうだ」
自分の膝の上でジタバタしているアリスを小脇にどけてカーテンを引いて窓を開ける。茶色い丸いフォルムのふくろうが手紙を一つ咥えている。中に招くとアリスの腹の上に手紙を落として、一番高い間接照明の上で羽根を休ませた。
「エアロ! 家からの手紙ね」
エアロはディゴリー家のふくろうで、非常に賢く俊敏だ。ソファの上でひっくり返っているアリスを白けた目で見ている。封を切って手紙の中身を確認する。
「ブラックが脱獄したからって……急遽親が明日朝、駅に迎えに来てくれるみたい」
「良かった」
「……あともう一日一緒にいれたのにな」 思わず拗ねた口調になってしまう。
「心配かけんなよセドリックや親父さんたちに」ライアンが指の腹でエアロの頭を撫でると気持ちよさそうに目を細めた。
「分かってるよぅ」それを横目に乱れたポニーテールを整えてため息をつく。
でも、アリスはホッと安堵した。頼りになる大人が今、傍にはいないから不安だったのでニュースと同時に家から直ぐ便りがきて少し落ち着くことができた。
「ライアン一人じゃ私が心配だからコレあげるね」
「いらねーよクソ爆弾だろ」
「フレッドとジョージが有用なアイテムだって言ってた。今の私たちは魔法は使えないでしょう?」自分の鞄からいくつかクソ爆弾を取り出してガラステーブルに置いておく。
「これで少しは逃げる時間を稼げるといいんだけれど……」
「それ全部持って帰れよ」
そんな会話を背後にエアロは窓から飛び去って行った。
こうして残りの夏休みは不要な外出は控えることになってしまった。家周辺はエイモスの手によってブラック対策で防護呪文が幾重にもかけられている。近所の湖でも、気軽には足を延ばしづらい。暇つぶしといえば絵を描くことくらいで、庭でクィディッチに励む兄を捕まえてはスケッチのモデルにさせた。
「あの、アリスこの花飾りは必要かな?」
「ウン、必要」
モデル、セドリックの髪はカスミソウで飾り付けられていて、黒髪に純白で繊細な花弁は不思議と調和している。アリスの兄、セドリック・ディゴリーは学年一のハンサムだと評判だ。背が高くスポーツマンらしい体格で健康的に日焼けしている。アリスと同じ瞳はグレーで、明るく澄んだ水晶のように見えるときもあれば、冬の湖面のように静かで深い色合いに見えることも。少年のなだらかだった輪郭は削れて青年の顔立ちへと遂げていた。端正でありながら親しみやすい柔らかさのある、どこか”正統派”という言葉が似合う顔だ。
そんなセドリックの美貌だが実の妹にとっては有難いモノなんかではなく、ここ最近セドリックを被写体にしすぎてマンネリ脱却のために適当に花で飾ってみたのだった。少し気恥ずかしそうにする兄を妹はピリッと視線で咎める。
「動かないの! ちゃんとこの後はお兄ちゃんの練習に付き合うってば」
「助かるよ」セドリックが苦笑して肩をすくめる。
「クィディッチのキャプテンにお願いされちゃね」
そう、ホグワーツからきた来学期の準備の手紙以外に、セドリックにはキャプテンバッジが入っていた。それだけではない!監督生バッジまで!それを知った時の両親の喜びようったら!エイモスは「流石我が息子!セドリックがならなきゃ一体誰が監督生になる?他にキャプテンにふさわしい人はいるか?あぁ喜ばしい!」と、セドリック分、いやそれ以上狂喜乱舞で歓喜した。母のシェリルは意気揚々と手紙が届いた日から毎日ご馳走を作り続けているのでアリスもおこぼれにあずかれて、まぁこちらとしても大満足だ。
スケッチが終わると、二人は庭に出て箒に乗る。アリスがセドリックを追い詰めるように飛ぶと、急旋回して逃れる。兄は体は大きいが箒のコントロールに長けていて小回りも上手い。
「今年はチーム編成を変えるつもりなんだ」
「あぁだから頻繁に手紙のやり取りしてたんだ。てっきりガールフレンドができたのかと。チームメイトだったんだね」
一瞬セドリックの動きが鈍る。隙をついてアリスは加速して兄の背中を捕まえた。
「あれっお兄ちゃんのこともう捕まえちゃった!」
悪戯っぽくアリスが笑う。「それとも図星?」妹の額に小鬼の小さな角が見えたかもしれない。アリスのからかいモードにエンジンがかかった。
「違うよ」ため息交じりに落ち着いて返事する。「まさかアリスからそんな話を聞くとは思わなくって」
「ガールズトークの定番だけど?」
ピクシーのようにキャラキャラ笑いながらセドリックの周りをヒュンヒュン旋回する。
「ねぇお兄ちゃんの好きなタイプは?ウフフ」
「そうだな──」
ビュン!と耳元で風を切る音が鳴り、気づけばアリスの胴体はセドリックの片腕でがっちり固定されてしまった。悪さする猫が飼い主につかまったようだった。
「あっ! あーもう放してよ」
「わかったから暴れない」
腕の中からもがいて抜け出そうとするのを窘められてアリスは口を尖らせる。兄のことを出し抜けたと思ったのにちょっと本気を出されたらこうだ。体を支えながら慎重すぎるくらい優しく着陸すると、家の方から夕食の香りが漂ってくる。太陽は山の向こう側へほぼ落ちていてオッタリーセントキャッチポール村をオレンジに染めていた。二人は箒を片して家路につく。
「ここ最近の過ごし方、ホグワーツ入学前の日を思い出すな」
「お兄ちゃんも思ってた?」アリスは笑う。「いつも順番に、お互いのやりたいことに付き合ってたね」
今は休暇中でも友達と会うことが多い。こうして家の中に引きこもってみると昔のように兄妹だけで過ごしてきた日々がよみがえってくる。
「たまには二人でいるのも悪くないね」
先行くアリスがそう呟いたので、セドリックはふと、柔らかく微笑んで夕陽に溶け込む妹のうしろ姿を目に焼き付けたのだった。