セドリック・ディゴリーと反抗期の妹   作:97nnn79

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占いの結果

 翌朝の大広間ではスリザリンの席は大盛りあがりだった。ドラコ・マルフォイが汽車で気絶したハリーを物真似をしている。しょうもなかったが、なかなか上手かった。彼が顔面を蒼白させる様はアリスが一番近くで──それこそ鼻がぶつかるくらいの近さで──見たのでその演技力に半ば関心、半ば呆れた気持ちで見ていた。憎々しいように顔を歪めるハリーを見て我慢できなくなったジョージがついに口を開く。

 

「あの、ろくでなし野郎。昨日の夜はあんなに気取っちゃいられなかったようだぜ」

「そうさ。列車の中で吸魂鬼がこっちに近づいてきた時、俺たちのコンパートメントに駆け込んできたんだ。おまけに──」フレッドの声音が冷たいものから、面白そうなものに変わる。

 

「なんなの?」ハリーが興味をそそられて促すが、アリスがそれ以上はよして、と首を左右に振る。チラリとフレッドがアリスを見たが──……。

 

「──マルフォイのやつ、ビビッてアリスにずっとくっついていやがったんだ!」そのまま止まらず言い切ったのでアリスはグルンと白目を剥いて絶望した。ドッ!と先ほどのスリザリンに負けないくらいの笑い声がグリフィンドールのテーブルで沸き起こったので、スリザリン生が訝しげにこちらを伺う。

 

「まぁ笑ってやんな。吸魂鬼はまるで体の内側を凍らせるくらいの恐ろしさなんだから」

「そうさ、ここで笑ったら俺らも一緒だろう?」

 

 フレッドとジョージは真剣そうにそう語った。その隣でアリスが黙ってガツガツサンドウィッチを齧りついているのと、マルフォイが恐らく察したのか顔を紅潮させて物真似をやめたのでこれは真実だ!と三人は必死で笑いをかみ殺した。

 

「アリス最高」ロンが肘で突っつく。

ハリーも笑顔でそれに続く。「うん、新学期早々憂鬱だったけれどちょっと胸がすいたよ」

 

 ハリーの気持ちが少しでも軽くなったと考えればトータルいいかもしれない。アリスは自嘲気味に笑顔を返した。

 

「今日一つ目の授業は占い学?」ライアンが新しい時間割を片手に聞く。

「うん、ライアンは数占い学だよね?」

「あぁ。じゃあ次の授業でまたな」

 

 ライアンとは選択科目が違うので、少し予定表が違う。アリスの元にラベンダー・ブラウンとパーバティ・パチルが駆け寄る。

 

「ハァイ ボードマン。アリス 占い学に行きましょう」

「教室は北塔のてっぺんにあるらしいから急がないと遅れるわ」

「オーケー じゃあライアン 変身学の授業でね!」

 

 グリフィンドールの生徒は占い学と魔法生物飼育学を選択する生徒が多めだった。占い学を選択した生徒は足早に大広間を去っていく。この科目は特に女の子に人気で『週間魔女』には占いのコラムコーナーがあるので話題はそれでもちきりだ。

 

「週間魔女に載ってた未来の恋人の顔が映る水晶玉! あれ今学期の成績良かったらパパにおねだりするつもりよ」

「あれってパチモンが出回ってるってお兄ちゃんの友達が言ってたよ。偽物はすぐに曇っちゃうって」

「でも買う必要ないかもね。占い学の授業で教えてくれるかもしれないわ!」

 

 三人はキャッキャと黄色い声をあげながら占い学の教室前に到着する。入り口は踊り場の天井にあって、銀のはしごで登り丸い跳ね扉の中にはいると屋根裏部屋のような古臭い紅茶部屋が広がっていた。深紅の仄暗い灯りのせいで視界は明瞭じゃなく、室内の空気はぼーっとするくらいに暑い。暖炉で大きな銅のヤカンが火にかけられていてグラグラ揺れているせいだ。

 

「ようこそ……この現世で、とうとうみなさまにお目にかかれてうれしゅうございますわ」

 

 暗がりの中から聞こえてきたか細い声の主こそが、占い学の先生、シビル・トレローニー先生だ。大きくて重たそうなメガネは先生の目を大きく湾曲させていてカマキリみたいなデカ目に見えた。歩くたびに羽織ったショールのスパンコールがシャラシャラ、折れそうな細い手首に幾重にも飾られたブレスレットはジャラジャラ鳴っている。先生にすすめられて皆は思い思いの場所に座る。アリスもラベンダーとパーバティと一緒に丸テーブルを囲うように繻子張りの椅子に身を埋めた。

 

「占い学へようこそ。あたくしがトレローニー教授です。たぶん、あたくしの姿を見たことがないでしょうね。学校の俗世の騒がしさの中にしばしば降りて参りますと、あたくしの『心眼』が曇ってしまいますの」

 

 ワァとアリスたちは顔を見合わせた。思ってた通りの先生だ。この、要領を得ないことしか言わない感じが占い学の先生っぽい。

 

「みなさまがお選びになったのは、『占い学』。魔法の学問の中でも一番難しいものですわ。はじめにお断りしておきましょう。『眼力』の備わっていない方には、あたくしがお教えできることはほとんどありませんのよ。この学問では、書物はあるところまでしか教えてくれませんの……かぎられたものだけに与えられる、『天分』とも言えましょう」

 

 パーバティが身を乗り出すように佇まいを直した。

 

「一年間、占いの基本的な方法をお勉強いたしましょう。今学期はお茶の葉を読むことに専念いたします。来学期は手相学に進みましょう。ところで、あなた」

 

 直ぐには水晶玉に触らせてもらえないようでアリスは残念に思った。先生はアリスたちのテーブルに近寄り、パーバティを見据える。

 

「赤毛の男子にお気をつけあそばせ」

「ヤダ」

 

 パーバティは小さく悲鳴をあげて、すぐ後ろに座っていたロンから離れるように椅子をひいた。そんな態度を取られたロンはあっけにとられている。

 

「夏の学期には水晶玉に進みましょう。ただし、炎の呪いを乗りきれたらでございますよ。つまり、不幸なことに、二月にこのクラスは性質の悪い流感で中断されることになり、あたくし自身も声が出なくなりますの。イースターのころ、クラスの誰かと永久にお別れすることになりますわ──あなた」

 

 次はラベンダーだった。彼女は座っていた椅子の中で身を縮めた。

 

「一番大きな銀のティーポットを取っていただけないこと?」

 ラベンダーはほっとした様子で立ち上がり、棚から巨大なポットを取ってきて、トレローニー先生のテーブルに置いた。 「まあ、ありがとう。ところで、あなたの恐れていることですけれど、十月十六日の金曜日に起こりますよ」

 

 隣に戻ってきたラベンダーは震えている。もう今日の授業は集中できなさそうだ。茶葉占いは二人組になる必要があったのでアリスは適当にあぶれた誰かと組もうとラベンダー達から離れて辺りを見渡した。

 

「なぁ 一緒にやらない?」

 

 声をかけてくれた相手はレイブンクローの男子生徒だった。キャラメル色の癖っ毛で快活な笑顔を浮かべてる。「もちろん! 」と、すすめられた隣の肘掛椅子に座る。

 

「俺、テリー・ブート。気楽にテリーって呼んでよ」

「アリス・ディゴリーだよ。そう呼ばせてもらうね。レイブンクローと授業が被るのって珍しいよね」

 

 二人は占いのために先生から注がれたお茶を飲みながらも自己紹介を交わした。

 

「だな。レイブンクローは占い学と必修科目と被ってるからこっちのクラスに参加することになったんだ。それにレイブンクローからは男子、俺だけみたい」

 確かに周囲に若干名いるレイブンクロー生は女子だけだった。

 

「なんで占い学取ったの?」

「俺、数表やミミズみたいな文字の本読んだら熱出ちゃうよ。まだお茶の湯気浴びてクラクラしてる方がマシだぜ」

「本当に汗かいてるし!」

「汗っかきなんだよ! 癖っ毛も言うこと聞かないし最悪だ」

 

 お茶を飲み干さないといけないのに思わずおしゃべりに夢中になってしまい「雑談ばかりでは聞こえてくるものも聞こえなくなります」とトレローニー先生から注意を貰ってしまうくらいにはアリスとテリーは気があった。

 アリスたちはお茶を飲み干して水気を切り、ティーカップを互いに交換した。テリーのカップと『未来の霧を晴らす』の五、六ページを注意深く見比べる。

 

「えーっと、この細長い茶葉は……鍵のように見えるかも」

「うわぁ それで?」

 

「えぇと、」アリスは細かい文字を指で追う。

 

「閉ざされた何かが開かれる前兆……隠されていた情報や真実、人の気持ちが明らかになる可能性がある、だって」

「マジか 俺、開かれない方がいいことばっかかも」彼は声を潜める。

 

「へぇ、隠しごとばっかなんだね?レイブンクローにも悪さばっかりする人がいるなんてなぁ」

「まだ悪いコトだとは言ってねぇじゃん! ──よし、アリスのを見るぞ。うーん、複数の茶葉が交差してて……雲みたいな形だな。これは多方向からの意見や感情がぶつかり、関係が混線している状態……」

「なんか良い結果じゃないね」

「待てって、よし、自己成長に繋がるだろうってさ」

 

 テリーの言葉に、疑わしげに『未来の霧を晴らす』を注視する。

 

「そんなこと書いてある?」

「最後のは俺の"心眼"がそう言ってるんだ」思わずアリスはニヤッと笑い返した。

 

 占いを頭ごなしに信じているわけではない。でも、まったく無視しているわけでもない。信じたい部分だけを拾い上げたり、時には「自分ならこう読む」と結果を少しだけ書き換えてみたり。そんな前向きで柔軟な彼に、共感できた。

 

 その時だった。近くからガチャン!とカップが割れる音が響く。ネビルの方からだ。意識を周囲に向けるとトレローニー先生がハリーのカップを回して瞳を閉じた。

 

「おお──かわいそうな子──いいえ──言わないほうがよろしいわ──ええ──お聞きにならないでちょうだい……」

 

 ハァ?とアリスとテリーは顔を見合わせた。絶対何かある結果なのだろう。皆は先生とハリー達の席に集まる。

 

「先生、どういうことですか?」ディーン・トーマスが聞いた。

 

「あなたには……グリムが取り憑いています」

「何がですって?」

 

 聞きなれない単語にハリーは聞き返す。マグル出身のディーンと、ラベンダーもわけ分からない顔をした。ただ、ロンは顔を真っ青にさせたし、アリスも緊張で生唾をゴクンと飲み込んでいるのがハリーから見て取れた。

 

「墓場に取り憑く巨大な亡霊犬です! かわいそうな子。これは不吉な予兆、大凶の前兆──死の予告です!」

「死神犬には見えないと思うわ」ハーマイオニーがピシャンと言い切った。彼女は先ほどからこの授業に懐疑的だった。先生にこんな風に口をきくだなんて。

 

 トレローニーは気に食わなさそうにデカい目でジロリとハーマイオニーを見定め、「こんなことを言ってごめんあそばせ。あなたにはほとんどオーラが感じられませんのよ。未来の響きへの感受性というものがほとんどございませんわ」と言い捨てた。シェーマスとアリスはハリーのカップを好き勝手にくるくる回して覗き込む。シェーマスが目を凝らして首を真横に傾けた。「こうやって見ると死神犬らしく見えるよ」次は左に傾ける。「でもこっから見るとむしろロバにも見えるな」「ここまで遠く離すと豚に見えなくもない」アリスはのけぞるようにカップから顔を離す。

 

「まぁ あの、参考程度に」アリスとシェーマスは気まずそうにハリーにカップを返す。皆、ハリーとは目を合わせられなくって異様な空気の中授業は終了した。

 

 アリスはペアだったテリーと挨拶をしてラベンダーとパーバティと一緒に次の変身学の教室へと急いだ。

 

「トレローニー先生の予言、本当かしら」不安そうにパーバティが切り出す。

「どうだろう。ハリーは墓場には近づかない方がいいね」

「グリムがそんなに恐ろしいモノだなんて知らなかったわ」ラベンダーが言う。「私の家ではそんな怖い犬の話なんかしないもの!」

 

 ラベンダーとパーバティの話し方には異常な熱が入っていた。

 

「それにネビルがカップを割るタイミングも予言してたわ。あぁ、今学期中はロン……赤毛の男の子に近づかないようにしなくっちゃ」

「どうしよう、私、先生が仰ったとおり恐れたことが十月十六日に起こるのよ!」

 

 アリスは彼女たちがパニックに陥っていると判断して、二人の手にセドリックからもらったチョコレートを握らせた。

 

「何に恐れているか言えたりする?」

「……お家にいるウサギのピンキーが……まだ赤ちゃんなのに置いていっちゃったから……あと冬用に持ってきたお気に入りのミニスカートがちょっと……ウエストがはいらなくなってそうで……そしたら凄く凄くショックだわ……それに今年こそ魔法薬学は落としちゃいそうだし……」

 

 恐れていることだらけよ!と叫びながらラベンダーはチョコレートを食べた。アリスは優しく声をかける。

 

「ピンキー、赤ちゃんなんだね。そりゃ余計にいろんなことが気になっちゃうよね……」

「そうよ……本当は私がずっと傍にいてあげたいの。でもホグワーツはウサギをペットにするのはダメだから……」

「お家に手紙を書こうよ。そうだな、あとはピンキーが安心していられるようにラベンダーのハンカチでクッション作ったらどう?」

 

 ラベンダーはようやく落ち着きを取り戻したようでコクンと頷いた。占いってとてつもないパワーがあるみたいだ。結果以上に、その言葉ひとつで人の心を動かす力の強大さにアリスには逡巡させられた。これが占いの本質なのかもしれない……。

 次の変身学の授業でマクゴナガル先生は「トレローニー先生は毎年生徒一人に死の予言をしてきたが未だ死んだ者はいない。占い学は一番不正確な分野だ」と憤慨した。ハーマイオニーはそれに満足したし、ハリーは少し気が軽くなったようだ。

 

「ハリー、君、どこかで大きな黒い犬を見かけたりしなかったよね?」昼食の時間、シチューを取り分けながらロンはまだ深刻です、という顔をしていた。

 

「見たよ。ダーズリーのとこから逃げたあの夜に」

 

 ロンはフォークを手から落とした。「ただの野良犬よ」ハーマイオニーの言葉にくってかかる。「死神犬と聞けば、たいがいの魔法使いは震え上がってお先真っ暗なんだぜ! アリスもそうだろ!?」

 

 斜め前からいきなり話しかけられたアリスは「ウン、ショック死しちゃうって言うの。その犬、体は大きい? 目は赤く光ってた?」少しのどに詰まらせながら答える。

 

「よく見えなかったけれど図体は大きかったかもしれない……目は赤くはなかったけど凄く光ってた……」

「うんうん」アリスはフライドポテトで皿の上のケチャップを拭って口にほおった。

「ちょっとなんとも言えないな 特徴はグリムっぽいけれどマグルの犬かもしれないし……」

「ハリーを怖がらせないで!」ハーマイオニーが咎めた。「グリムだよな?」ロンは結論をせかした。

 

「ゴメン……でもよく見えなかったんでしょ? グリムだったとしても今は生きてるしギリギリセーフだったのかな?」

 ハリーの目が悪くて助かったのかもしれない……とアリスは真剣に考えたのだが、「グリムにセーフもアウトもあるか」と話の輪から外された。アリスは隣のライアンに耳打ちする。

 

「マグルにはこういう言い伝えってある?」

「しらね」

 占い学の予言について興味なさそうだった。ハーマイオニーもロンとの言い争いで語気を荒くして、 「占い学はいい加減で当てずっぽうすぎるわ! あの授業は数占いのクラスに比べたら、まったくのクズよ!」と言い捨てて大広間から出ていった。

 

「あいつ、一体何言ってんだよ! まだ一度も数占いの授業に出てないんだぜ!」ロンは呆れたようにハリーに愚痴った。

 

「ハーマイオニーって今日数占い学に出てた?」

 

 もう一度耳打ちするとライアンは少し逡巡したように口を開いた。

 

「覚えてねぇな。数占い学では、羊皮紙四巻分もの数表を広げるから、横に並んで座ることはできなかった」

「そっか、それはそうと数占い学は取らなくって良かった」

 

 グリムの存在自体を否定するつもりはない。アリスの家でも不吉な黒犬として語り継がれてきた。だからこそ、ハリーが遭遇したあの犬が本当にグリムかどうかは別としても、“グリムの象徴が彼の前に現れた”という事実には、何らかの意味があるのではと思っている。

 それに、ちょうどその直後にトレローニー先生がハリーの死を暗示するような予言をしたのも、あまりにタイミングが良すぎる。偶然の重なりかもしれないけれど、アリスの中ではどこか腑に落ちない感覚が残っていた。

 

 理屈では割り切れないものが、たしかにある。信じすぎるのも違う。でも、何かが動いている──そんな直感が、薄く心の中にひっかかっているのだった。

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