入学して一週間経ち、寮内に顔見知りも増えた。そして人間関係、合う、合わないというのも大体掴めてくるのも今頃だった。
ラベンダーとパーバティは更に親しくなっていて常にお洒落や恋の話に花を咲かせていた。アリスは二人とは仲良くやっていたが、おしゃべりの波長は合わない気がした。
ハーマイオニーとはよく授業でペアを組むが、アリスのだらしない所に目をつけられ、小言を貰ってしまう。なのでアリスは女の子たちとも仲良くするが、ハリーとロンとつるんだり、ディーンと一緒に絵を描いたりなどあっちいったりこっちいったりフラフラしていて特定の友達は居なかった。
こうして人間関係を構築していたが、同級生の中でライアン・ボードマンだけは輪の外だった。他寮はおろか、グリフィンドール生からも遠巻きにされていた。彼は怖がられ、密かに陰口として“グリフィンドール生らしくない”というのが周囲からの評判だった。彼も知ってか知らずか必要以上にコミュニケーションは取らず、授業以外はどこでなにをしてるかは不明だった。
木曜日は待望の飛行訓練の日だ。男の子たちは特に喜んでいる。珍しくあのハーマイオニーが授業に乗り気ではなく、アリスに不安事を吐露した。
「……アリスも魔法族だからお家で箒は乗ってるのよね」
「乗ったけどおもちゃの箒だし……」
ハーマイオニーはギュッと眉根を寄せる。
「クィディッチ今昔を読み直すわ!」
ハーマイオニーは分厚い本を取り出し、ブツブツ言い始める。ネビルも一緒になって顔を突き合わせて必死だったがこればっかりは本の予習は意味を成さないと思った。
そしてこの飛行訓練、一つトラブルの火種があるとするならスリザリンと合同という点だ。グリフィンドールとスリザリンはあまり……仲が良くない。今から頭が痛いとハリーは愚痴を零す。
午後過ぎ、一同は校庭へ移動すると白い短髪に鷹のような黄色の目が特徴的なマダム・フーチが迎えた。
「なにをボヤボヤしてるんですか。みんな箒のそばに立って。さあ、早く」
生徒は各々箒の傍に立つ。
「右手を箒の上に突き出して! そして上がれ、と言う!」
「上がれ! 上がれ!」
アリスも懸命に叫び、声が上ずりそうになったときようやく箒が手に収まった。やはり家の箒とは勝手が幾分違うようだ…。
「私が笛を吹いたら地面を蹴ってください。そして二メートル飛んだら降りて。笛を吹いたらですよ。一、二の──」
「わーーーーーーーっ!」
笛を吹く前にネビルは空高くグネグネと飛び回っている。ブンブンと振り回され、今にも落ちてしまいそうだ。
「ロングボトム!降りてきなさい!」
箒は従うわけもなく、急スピードでこちらに落ちてくる。こちらに......
「えっ」
ゴッ!!という鈍い音が頭に響き身体から力が抜ける。ぐわんぐわんと頭が回る。
「ロングボトム…骨が折れてるわ…ディゴリー、意識は…」
マダム・フーチの声が途切れるように聞こえる。
ざわざわと皆が集まって私を覗き込んでいる…。ツ〜と鼻から何かが伝う感触。ある一人が近づくとザァッと輪が散り散りになる。誰だろう…。
その人はぐでんと力の抜けたアリスを横抱きするとそのまま歩き出した。暖かくて嗅ぎなれない他人の匂いにアリスは力が抜け、そのまま瞼も閉じた。
次に目を開けるとこちらを覗き込むネビル・ロングボトムが目に飛び込んだ。
「あっ……!」
ネビルはハッとして身も世もない哀れな顔をした。アリスは上体を起こすと頭が鈍く痛み、手をやると頭にはぐるぐる包帯が巻かれている。
「ごめんなさい……僕がぶつかったから君いま入院してるんだ……」
「あぁいいよ私もボーっとしてたの」
「本当にごめんなさい……女の子なのに鼻血まで出させちゃって……」
「え……」 とアリスは若干恥ずかしく思うがネビルが本当に悲痛そうに何度も謝るのを見て悲しくなった。
「ネビル……もう大丈夫だよ……気にしてないよ……謝るのはやめて…」
ネビルは片手を吊っていた。骨が折れちゃったんだ。
「目が覚めましたか!具合はいかがです、ミス・ディゴリー」
校医のミス・ポンフリーがカーテンを開けてアリスの容態を確認した。
「ここまで連れてきてくれた子にあとで礼を言っておくのですよ。少しでも遅かったら入院が長引くところでした。今日はここで様子を見ます。安静にするんですよ。ロングボトムも自分のベッドにお戻りなさい!」
校医に大人しく返事する。満足したのか「あなた達の寮監に伝えておきます」と再度医務室を後にした。まだ隣で謝り続けているネビルの折れてない片腕を揺する。
「ねぇ、私をここまで運んでくれた人って誰か知ってる?」
ネビルは涙を湛えた瞳を丸くさせると、「ボードマンだよ」と、答えた。そうだろうなと漠然とアリスには分かった。ボートの時もそうで、無言で助けてくれた。
「彼って……凄く優しい人だよね」
アリスは確信めいた口調で聞いた。ネビルはこくんと小さく頷く。
「うん……魔法薬学で僕が失敗した時も助けてくれたんだ……だから僕、おできだらけにならずに済んで……」
「私……行かなきゃ!」
ポンとベッドから飛び降りるアリスに慌ててネビルが止める。
「ダメだよ先生は安静にしろって……」
「大丈夫だよ!」
アリスは革靴の踵を踏み、医務室を飛び出た。この時間だから夕食で大広間にいるかもしれない。
走ると頭がガンガンして割としんどかった。でも逸る気持ちに勝てず、足を無我夢中に動かす。なので曲がり角をまがってパッと目の前に現れた時、思わず大きな声で 「ラ、ライアン・ボードマン!」 と叫んでしまった。
濃い金髪の彼は突如現れ大声で自分の名前を呼ぶ同級生に、猛獣を連想させる眼光をより尖らせ、ギロッとアリスを睨んだ。並ぶと彼はロンと同じくらい背が高かったし、ヒョロンとしたロンより彼の方ががっしりした体格なので同級生の中で一、二を争うくらい背丈があった。
「……なに?」
他の男の子と比べると低く、少しかすれた声だ。彼の声を聞くのは初めてといってもいいかもしれない。いつも彼は無口だし、出席を取るときも無愛想に手を上げるだけだからだ。
「ありがとう、助けてくれて」
ピクっと彼の眉が動く。
「飛行訓練の時もだけど…ボートの時のことももう一度お礼言いたくて……あの時はごめん、声小さくて。態度悪かったよね私。それに……謝りにいくのも……遅いし……」
ギラギラ睨まれたままのアリスは少し居心地が悪くなる。
「ごめん……あの、ありがと、じゃあ……」
「聞こえてた」
被せる声にアリスは思わず 「えっ」 と言葉を漏らす。
「聞こえてた、礼、俺が、上手く返せなかった、から」
ライアン・ボードマンは眉を思いっきり顰めてアリスを睨んでいたが不思議とさっきまでの居心地の悪さは感じられなかった。たどたどしく小さく綴る言葉にアリスは全神経注いで聞き取ろうとした。
「……俺こそ、その、誤解……させたよな……ごめん」
「!」
ドキ!とアリスは胸が締め付けられた。これが他寮からも恐れられてるライアン・ボードマン?顔が赤くなるくらい一生懸命に話す彼が?
「俺は怒ってない……」
「うん……わかった!」
「あ、あぁ……」
アリスは何故か分からないけれど、心の奥からムクムクと嬉しさや驚きみたいなのが溢れ出してきた。気まずそうな彼を見つめて、破顔した。
「あなたと仲良くなりたい。いい?」
「え……」
アリスのストレートな提案に、彼の鋭いオリーブ色の瞳は動揺したように揺れる。そして……小さく首を縦に動かした。
彼の目は鋭くこちらを睨んだままだったか、でもそれは怒ってるとかではなく、これが彼なのだろう。その証拠に少しだけ彼の目尻が柔らかくなった気がした。
嬉しくなると ふワン と若干足がもつれる。
「え、大丈夫……? 頭……」
「ごめん……もう一回医務室まで肩貸してくれる……?」
ちょっと大人びた容姿をしたアリスと、獰猛と恐れられているライアン。他寮でも噂される二人はこうして友人となったのだ。
その後アリスはササッと医務室に戻り、ベッドの中に滑り込んだためマダム・ポンフリーから小言を貰わずに済んだ。そのまま寝付き良く眠りこけ、瞼をもう一度開く頃には朝を迎えていた。
ネビルは昨夜退院していたらしく、アリスはマダムにお礼を告げたあと一人、廊下を歩く。珍しく早朝に目が覚めたみたいで、暗い空から昇ってきた太陽は滲むように光が明るさを広げている。城内は静かだったが、大広間は早めに朝食を取る生徒が何人かおり、僅かな食器の音が広間に響いていた。昨夜話したライアン・ボードマンもその中の一人だった。
「おはよう、昨日ぶり。隣いいかな」
食事をとる彼にそっと声をかけると、ぴくっと肩を小さく揺らし、首を縦に動かした。今朝も彼の顔つきは厳しいものだった。
「朝早いね、いつもこの時間なの?」
「あぁ」
ボードマンは視線は寄越さずにゴブレットを煽った。
「だから朝、君を見つけたことないんだ。私いつも朝食ギリギリの時間で……ねぇ早起きして何してるの?」
アリスはガリガリ、トーストにバターとジャムを塗り、齧り付く。昨晩食べ損ねたので腹ペコだ。朝日を浴びたボードマンの髪は眩しく照っていて、彼の派手な金色が更にチカチカと彩度を増していた。
アリスの向けた真っ直ぐな視線が擽ったそうだったが彼もその鋭い目をようやく合わせてくれる。
「……早く起きるのは……」
口を開いた彼に真摯に相槌を打ち、続きを待ったが言い淀んでいる。アリスはワクワクと辛抱強く待ったが、微妙な空気が続いたのでそれを壊すように代わりに続きを喋った。
「うん、早起きって気持ちいいみたい。なんだかいつもと違うっていうか」
ボードマンもそれには首を縦に振った。別に無理して向こうから話してくれなくても構わない──本当は彼は何のために早起きしてるのだろう?と好奇心が擽られたが──アリスはそのまま、思いついた話題と自己紹介を織り交ぜながら話した。 「うるさい?」 と伺ったが、彼は首を横に振ってくれて、気分は害してないようだった。
二人が朝食を終えた頃には大広間にも人が増えてくる。ハーマイオニーと出入口でバッタリ会ったので 「アリス!」 と呼び止められる。
「ハーマイオニーおはよう」
「あなたもう退院してたのね、怪我はどうなの?」
ハーマイオニーはマダム・ポンフリーのようにアリスの顔の血色を伺ったあと、隣に立つボードマンを訝しげに目をやった。
「完治だよ。もうなんともない」
「今後は周りに気を配らないといけないと思うわ。箒の衝突事故は珍しいものではないの」
恐らく本から得た助言にアリスは素直に頷いた。この件に関しては、身を持って痛感したので留意する心がけに本の知識は不要だ。
今日の魔法薬学の授業でもハリーの嫌味から始まり、クラスの雰囲気は私語なんか交わせない状況だ。前回のペア演習と違って今回は一人でこなさないといけないため、アリスは不安だった。
教科書をしっかり確認して鍋に蛙の脳を放りこみかき混ぜる。しかし結果は煙は青く出るはずが灰色に近かった。鍋を覗き込んでみても、鍋から距離を開けて確認してみても煙は青くなかった。
「ディゴリー、鍋から離れてみたところでその魔法薬は失敗品から変わぬ」
音もなく現れたスネイプ先生にビックリ、アリスは肩を揺らす。
「お得意の現実逃避もそこそこにして二度と出来損ないの薬品を生まぬよう精進すべきではないか?最もその無惨な失敗品から学べる点を見つけられるかは余りにも難儀やも知れぬ……」
スネイプの失望と嘲笑が混ざった視線と言葉にスリザリンから耐えきれないと吹き出す笑い声がカラカラ聞こえてくる。
「あの〜……先生、教科書どおりやっても上手くいかないんですよ」
周囲は己の耳を疑った。しかしアリスはなんの気も無しといった様子で、意味は無いか、ぐるぐる匙で鍋をかき混ぜなからスネイプに相談を持ちかけたのである。
この場合、スネイプ先生からの心の柔いところを抉るようなお言葉には黙って俯いておくべきであり、このように意見を述べるのは間違いであった。
「それは教科書と吾輩の指導方法に問題があると言いたい訳か?」
「そんな、違います」
スネイプは鼻に皺を寄せてみるみる恐ろしい形相へと変わっていったが、アリスは気づかず、余分に茹でて余った角ナメクジをスネイプに見せた。
「これは問題ないですよね?この前の授業でお手本の角ナメクジの茹で上がり加減確認しましたよ」
隣のハーマイオニーはもう見てられずにアリスの背中をどつく。スネイプの恐ろしい表情を見たアリスはまた鍋を所在無くかき混ぜたが、ピシャンとスネイプに手を叩かれた。
「無意味な攪拌はやめろ。その角ナメクジはそのまま入れたのか、そのまま余分な水分と共に入れたのだろうな。貴様がお遊びで混ぜ続けたので気泡の確認が出来ないが、察するのは容易だ。底からかき混ぜる攪拌がそもそも出来ていない。初回授業でも伝えておいたはずだが繊細で厳密な魔法薬学を理解出来ぬウスノロに教鞭を執る気は更々ない」
毒針のような言葉が降りかかり、周囲の生徒はヒュッと息をのんで思わず手元の作業を止めた。ハリーとロンは向こうのテーブルから 「気の毒に、ただなんたってあんな態度取ったんだ」 という表情を浮かべ、ネビルは恐ろしくて震えた。
「えっ……じゃあ鍋を洗った時、拭き残した水分も失敗の原因だったのかな……お菓子作りと一緒なんだ。気をつけます!」
アリスは急いでノートに走り書きをした。スネイプの額には青筋が立っていた。
「グリフィンドール10点減点。授業の理解が不十分な人間1人に浪費されるこの時間が実に勿体ない」
アリスは当然のように減点されてしまった。つい他の授業のように、授業中に質問が許されると思っていたのだ。アリスは自分の行動を恥じた……。
授業が終わると、出口に向かう生徒の流れに逆行してスネイプ先生の元へ駆け寄った。
「あの〜スネイプ先生……」
スネイプはまさか、またこの生徒が自分に話しかけてくるとは思ってもいなかったようで、上瞼を引き攣らすような目つきでアリスを見た。
「先程はすみません……先生忙しいのに……教えてくださった点も次から気をつけます……」
スネイプはアリスの話を遮るようにバタン!!とドアを強く閉め、準備室へ姿をくらましてしまった。
あっ……と、ドアを眺めていると背中に 「なぁ」 と声をかけられたので振り向く。ボードマンだ。
「…………俺がわかる調合方法だったら……教授にお願いしなくても……」 チラ、と準備室の扉を目配せした彼に、アリスはボードマンが何を言いたいか理解出来た。
「ありがとう、でも私失敗の原因が気になってて本当に先生に聞きたかったの。だってホグワーツの先生だし私には分からないけど、きっと分かるだろうって。ちょっとやり方は失敗しちゃったけど……ラッキー。先生丁寧に教えてくれたから」
ボードマンはアリスの行動力とポジティブすぎる考え方に驚く。そして彼女は性善説に近い思想を持ってるのだと実感した。そんな彼女だから周りから避けられている自分に容易に近寄ってくれることも。
「あっ……ねぇでもやっぱりさっきの話……お願いしていい?魔法薬学、復習したいんだ」
申し訳そうにちょっと照れて眉を下げるアリスに、先程の自分の申し出のことかと合点いく。
「あぁ、」
アリスのその人好きのする仕草にボードマンは初めてふと眉間の力を弛めて頷いた。
今日は休日だ。いつもの過ごし方といえば、授業の事は考えないで惰眠を貪るが今朝はとっても、早起きだった。ルームメイトもまだ静かに寝息をたてていて、アリスは天蓋を引いてベッドから飛び降り、窓の景色を伺った。グリフィンドール塔からは灰青色の空が朝の最初の光でおぼめくのが見えた。
簡単に身支度を済ませて談話室へ向かうと、やはり起きている人は少なくて待ち合わせ相手のボードマンは直ぐに見つかった。
「おはよう」
「おはよう……行くか」
制服ではなくパーカーを着た──魔法界ではあまり見ないデザインだ──彼の後を追ってアリスも肖像画の穴を這い出た。
昨夜のことを思い出す。夕飯をとったあと、 「明日朝予定あるか?」 と彼から突然話しかけられたのだ。詳細は聞かずに 「ないよ」 と返事をして、待ち合わせ時間を伝えられて今朝を迎えた。
まだ入学して一ヶ月経っていないがライアンは迷うことなく広大な城を進み、屋外廊下を抜け、校庭に出てそのまま奥へずんずん進んでいく。
石のアーチを潜ると、小さく拓けた場所になっていた。人で賑わう立派な校庭とは違って、こじんまりとしていて静かだ。背の高い木が石畳の道脇に生えていて、素朴な花が彩りを添えていた。
「ここ初めて来た」
「裏庭だよ」
本当に地味で何も無かったが、アリスは興味深そうに古い噴水を覗いたり何の変哲もないベンチを見つけたり、一つ一つに視線を動かした。
「あれなに?」
ドラゴンの形をした庭木を指さした。ユラユラ頭を揺らしていてこの裏庭の中で唯一奇妙なものだった。ボードマンはそいつを擽るとドラゴンは口から花弁を大量に撒き散らした。
「なにこれ!」
「花を吐くんだ」
「もう一回やりたい」
「暫くしたら出来ると思う。火……花が溜まったら」
花まみれで破顔して喜ぶアリスを裏庭の奥へ呼ぶ。樫の木々を潜り抜け石造りの塀の先は大きな森が広がっていた。朝日を浴びて山肌は紫色に輝き、足元の湖も光を跳ね返して銀色に光っていた。こうして見るとホグワーツ城が断崖絶壁に建てられてることがよく分かった。
「……朝ここからこの景色を見てるんだ」
アリスは彼が朝の秘密のルーティンを教えてくれたのだと気づく。
「俺、こんな景色……初めて見た。親の転勤で色んな場所行ったけど、どこもビル街だったから」
「マグル出身だったんだね」
「そう。でも母親が魔女だったみたいで……俺はそれすら知らなかったけど」
朝日を浴びて輝く彼の金髪に目が眩んだ。オリーブの鋭い瞳も光を湛えてチカッと光る。
「……7年間ここで暮らしたらこの景色が当たり前に思える日が来んのかな…って……今までそう思えた場所が無かったから」
アリスにとって森などの自然は見慣れたものだったが、鳥のさえずり、木々のざわめき、湖からわたってきた爽やかな風は彼にとっては“魔法”と同じく、新鮮なものなのだ。そして今まで転々と居を移してきた彼にとって“ホーム”と思える場所がないのだなと察する。
彼の帰る場所がホグワーツになったらそれは凄く良いことだ。
「お母さんもここからこの景色を眺めてたかもね」
「……うん」
目尻を柔らかくして頷く彼に、些細な表情変化を読み取れるようになってきた。アリスの視線に気づき慌ててパッと顔を逸らしたボードマンは耳が赤く照り、 「朝早く話聞いてもらって悪い」 と謝った。
「嬉しいよ連れてきてくれてありがとう。私もライアンのお陰で朝って素敵なんだなぁって知れたんだ」
屈託のない笑顔とファーストネームを呼ばれて、慣れない体験に彼の顔の火照りは取れなかった。
「朝ごはん食べにいく? もうちょっとここから湖を眺めるのもいいし。あっそろそろドラゴンの花が溜まったかな? どうしようかなぁ」
「……アリスの好きでいい」
アリスは彼の言葉に目を丸くさせるが、すぐに唇をほころばせる。彼が自分のことを話してくれたこと、名前を呼んでくれたことが気を許してくれたみたいでアリスは嬉しかった。