セドリック・ディゴリーと反抗期の妹   作:97nnn79

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荒れる新学期

 雨上がりの裏庭は湿っていて、木々の枝からは雨雫がゆっくりこぼれて落ち葉の上に音を立てた。午後最初の授業は魔法生物飼育学だ。禁じられた森のそばにあるハグリッドの小屋には生徒たちが集まっている。この授業はスリザリンと合同みたいだ。マルフォイがまたグニャンと気絶するハリーの物まねでスリザリン生を沸かせ、グリフィンドール生が横睨みする。

 

「さあ、急げ。早く来いや!」

 

 厚手木綿のオーバーを着込んだハグリッドが生徒に声をかける。ボアハウンド犬のファングはこちらに駆け寄ると、デカい前足を持ち上げ隣のライアンにのしかかった。「うわ、ファングちょっと……」鼻息を吹きかけられて彼の前髪が乱れる。

 

「今日はみんなにいいもんがあるぞ! すごい授業だぞ! みんな来たか? よーし。ついてこいや!」

 

 ライアンはファングにじゃれつかれていたのでアリスたちは遅れて列の最後尾から追うように後を続く。森の中を五分程進むと空っぽの放牧場に着いた。

 

「みんな、ここの柵の周りに集まれ! そーだ。ちゃんと見えるようにしろよ。よし、イッチばん最初は教科書を開くこった」

「どうやって?」冷たい声音でマルフォイが聞く。

「どうやって教科書を開けばいいんです?」彼は紐でグルグル縛られた『怪物的な怪物の本』を取り出した。アリスの本もエイモスによって頑丈な口輪がかけられていた。この本は、本だっていうのに凶暴に噛みついてきてアリスの部屋のカーペットは一枚ダメになった。

 

「だ、だーれも教科書をまだ開けなんだのか? おまえさんたち、撫ぜりゃーよかったんだ」

 

 ハグリッドは困惑の声をあげたが生徒たちは困ったように顔を見合わせる。

 

「ああ、僕たちって、みんな、なんて愚かだったんだろう。撫ぜりゃーよかったんだ! どうして思いつかなかったのかねぇ!」

「お……俺はこいつらが愉快なやつらだと思ったんだが」ハグリッドの声が尻すぼみしていく。

「ああ、恐ろしく愉快ですよ! 僕たちの手を噛み切ろうとする本を持たせるなんて、まったくユーモアたっぷりだ!」

 

「黙れ、マルフォイ」嘲るマルフォイをハリーが止めたが誰もこれ以上本を開こうとはしなかった。下手にかみつかれたりしたら、この後も授業があるのに羽根ペンが持てなくなってしまう。ハグリッドは項垂れた様子で何かを取りに森の奥へ引っ込んだ。

 

「あんまり落ち込まないでほしいよ」アリスは気の毒に思い呟く。

「まぁ授業には向いていない本かもな」

「でもこの後取り返せばいいもんね」

 

 二人の会話が聞こえていたのかもしれない。前のほうから「まったく、この学校はどうなってるんだろうねぇ」マルフォイが声を張りあげた。

 

「あのウドの大木が教えるなんて、父上に申し上げたら、卒倒なさるだろうなぁ」

「黙れ、マルフォイ」ハリーがもう一度注意したのでマルフォイはニヤニヤ顔で「ポッター、気をつけろ。吸魂鬼がおまえのすぐ後ろに──」

 アリスは呆れてそれを見ていたが突如、揺れる地面に、森の奥に目を向ける。馬のような、鷲のような、巨大な生き物数十頭がこちらに向かって走ってきたからだ!切れ味のよさそうな鉤爪と獰猛な嘴に生徒たちは圧倒された。というか、恐怖を覚える。ファングは驚いたのか、ぐるぐるライアンの足元を走り回ったのち小屋のほうへと逃げて帰っていった。

 ハグリッドはこの生き物たちを首輪と鎖でコントロールしていたが、もし制御不能になったらハグリッド一人とこの生き物数十体、どちらが馬力で勝るだろうか。

 

「ヒッポグリフだ! 美しかろう。もうちっと、こっちこいや」

 

 ヒッポグリフは柵の中に入れられて鎖で固定されていたが誰も近づこうとしなかった。唯一ハリー達は恐る恐るといった様子で柵の前まで歩み寄る。アリスも力強いが、美しく輝く羽毛に興味心擽られて彼らの後ろから顔を覗かせた。

 

「まんず、イッチ番先にヒッポグリフについて知らなければなんねえことは、こいつらは誇り高い。すぐ怒るぞ、ヒッポグリフは。絶対、侮辱してはなんねぇ。そんなことをしてみろ、それがおまえさんたちの最後の仕業になるかもしんねぇぞ」

 

 あぁちょっとやめておこう、とアリスは余計なことをしないように両手を後ろで組んだ。無意識で侮辱するかもしれない。

 

「かならず、ヒッポグリフのほうが先に動くのを待つんだぞ。それが礼儀ってもんだろう。な? こいつのそばまで歩いてゆく。そんでもってお辞儀する。そんで、待つんだ。こいつがお辞儀を返したら、触ってもいいっちゅうこった。もしお辞儀を返さなんだら、素早く離れろ。こいつの鉤爪は痛いからな。よーし誰が一番乗りだ?」

 

 ヒッポグリフが分厚い立派な羽根をバタつかせて唸った。首元の鎖が鳴る。機嫌が悪そうだ。だが、羽を広げる様は神秘的でアリスはなるべく目を細めて柔和に微笑みながらそれを観察していた。マルフォイの母親やライアンの父親と挨拶を交わしたときの表情がそれに近い。ヒッポグリフの前では無愛想な顔すらも侮辱に入るかもしれないと踏んで、無駄な表情管理の徹底に努めた。

 

「誰もおらんのか?」ハグリッドがすがるような目をした。

「僕、やるよ」ハリーが名乗り出た。流石ハリーだ。持っている度胸が他とは違う……。

 

「あぁぁー、だめよ、ハリー。お茶の葉を忘れたの!」ラベンダーとパーバティは先ほどの占い学の予言を危惧して止めたがハリーは柵の中に入っていく。

 

 灰色のヒッポグリフから鎖と首輪が外され、ハリーと向き合った。張り詰めた緊張感の中、二人が対峙するのを生徒たちは見守る。「ハリー、それでええ……それ、お辞儀だ……」お辞儀すると暫くしてヒッポグリフも頭を下げた。

 

「やったぞ、ハリー! よーし触ってもええぞ! 嘴を撫ぜてやれ、ほれ!」

 

 ワァと皆は成功したハリーに拍手をおくったが、おまけにハグリッドの勧めでヒッポグリフの背中に乗ることになった。掴まる手綱もないので見ていてもう一度ハラハラさせられてしょうがなく、空へと飛び立つハリーを怖々見届ける。でも、ハリーとヒッポグリフは悠々と空を飛び、問題なく着地をしたので皆は歓声をあげた。

 

「ハリーすげぇ!」

「彼じゃないとできないわよ」

「ここから見ている分には気持ちよい飛びっぷりだね」

「ちょっと挑戦してみようかな……」

 

 勇気づけられた皆は続々と柵の中に入っていき、アリスも漆黒のヒッポグリフと視線を交わす。立派な黒い毛並みだが陽が差すと、微かな紅茶色が浮かび上がる色味が自分の髪色に似ていてヒッポグリフ相手にちょっと親近感が湧く。目線をそらさないように真摯に見つめ続けてお辞儀のタイミングを見計らっていると……。

 

「ヒッー!」悲鳴が背後で聞こえてきた。

 

 振り返るとハグリッドが怒ったヒッポグリフに首輪をつけようと格闘していて、足元にはマルフォイが転がっている。

 

「死んじゃう!!」マルフォイのローブはみるみる血に染まっていく。苦しそうに呻き叫びながら草の上でのたうち回る姿に、アリスは顔をこわばらせた。キャアアと不安が広がるように甲高い叫び声も周囲から聞こえてくる。

 

「僕、死んじゃう。見てよ! あいつ、僕を殺した!」

「死にゃせん! この子を医務室へ届けてくる──」ハグリッドはマルフォイを抱えて城へと駆けていった。皆は茫然とした。

 

 スリザリンのパンジー・パーキンソンは泣き叫んだ。

「すぐクビにすべきよ!」

 

「マルフォイが悪いんだ!」ディーン・トーマスがきっぱり言う。クラッブとゴイルが前腕を振り回して威嚇したので、ライアンも前に割り入って一触即発だ。アリスは急いで「みんな、城に帰ろう」と彼らを引っ張った。医務室送りが増えてしまうとますますハグリッドの立場がない。

 

「マルフォイ大丈夫かしら?」ハーマイオニーが気遣わしげに言うのにラベンダーも続く。

「暫くペンが持てないかもしれないわね」

 

 その痛がりようは、あのうるさいマルフォイであっても女の子たちにはショッキングだった。あんな大きな魔法生物に飛びかかられたのだから怖かっただろう。女子たちが青ざめているのをなんともないようにハリーは言い返す。「そりゃ、大丈夫さ。マダム・ポンフリーは切り傷なんかあっという間に治せるよ」

 

「マルフォイは怪我に慣れてないだろうし痛かったろうな」

「ハリーは骨を抜かれたことだってある」 アリスの言葉にロンが強く言い返す。

 

「だって、マルフォイって指から血を出したことすらなさそうだもの」

 彼へのイメージを告白するとロンは鼻でせせら笑った。「奴さんなら指に棘が刺さっただけでも聖マンゴにかかるだろうよ!」

 

 マルフォイはあれ程キツく言われていたのに酷い侮辱の言葉をヒッポグリフにかけてしまったのだとディーンから聞いた。いつも人を罵ったりするから自然と口から出てしまったんだろう。習慣が招いた事故だ。同情できるが、「それ見たことか」というのがアリスの正直な気持ちだった。

 

 

 翌日になって、午後の魔法薬学の最中に医務室からマルフォイが帰ってきた。腕を三角巾で吊っていて、痛みをこらえる表情の彼のもとへパンジー・パーキンソンがすぐさま飛んでいく。横目で伺うとパンジーの前では苦しそうに呻くが、クラッブとゴイルの前ではウインクしていて実際は、余裕そうだ。男の子のウソってなんでこう簡単に見抜けちゃうんだろう?アリスは呆れたが、雛菊の根をザクザク刻むのに集中する。

 

「先生、僕、雛菊の根を刻むのを手伝ってもらわないと、こんな腕なので」

「ウィーズリー、マルフォイの根を切ってやりたまえ」 スネイプ先生はこっちを見もせずに言った。同じスリザリンの生徒にやらせればいいのに。喧嘩になってしまうだろうし、グリフィンドールは減点されるに違いない。

 

 案の定、ロンは顔を赤くして怒った。「お前の腕はどこも悪くないんだ」

マルフォイは挑発するように「ウィーズリー、スネイプ先生がおっしゃったことが聞こえただろう。根を刻めよ」と、尖った顎でしゃくる。アリスは苦笑して二人の間に割り込んだ。

 

「私が準備するよ」

「コイツの言いなりになるって!?」

「私、もう刻み終わったから」と付け加えると勝手にしろと思ったのか、この場は一旦アリスに任せてしまおうと考えたのか、鼻息荒く自分の鍋に戻っていった。マルフォイはハリーとロンとアリスのテーブルに来て、自分の鍋をアリスの横にドスンと置いた。思い通りにいかなかったのが不満とでも言うように威圧的に話す。

 

「スネイプ先生はディゴリーを指名してないぞ」

「誰に手伝ってもらうのかも、先生に決めてもらいたいの?」アリスの物言いに、マルフォイは呆れたように鼻を鳴らした。「手際の悪さが心配でね」

 

 マルフォイ分の雛菊の根っこを用意しながらアリスは背筋を伸ばした。

「ご心配なく」

 トントンとリズムよくナイフで根っこを刻む。今回は魔法薬学特有の複雑な刻み方ではなく、料理同様に同じ幅で切り分ければいいので容易だった。完璧に刻まれた根っこを指さす。

 

「ホラ、どう?」

「どうって 当たり前にできることをさも自慢げに言わないでくれるか?」

「やりがいないな」どうせならちょっとできるやつだ、と思われたかった。マルフォイがニヤニヤして机を挟んで向こう側にいるハリーとロンの様子を伺っている。

 

「君たち、ご友人のハグリッドを近ごろ見かけたかい?」マルフォイが低い声で聞く。

「君の知ったこっちゃない」ロンがぶっきらぼうに言い返す。

 

「気の毒に、先生でいられるのも、もう長いことじゃあないだろうな。父上は僕の怪我のことを快く思っていらっしゃらないし──」

「いい気になるなよ、マルフォイ。じゃないと本当に怪我させてやる」

 

 アリスは授業に集中していないマルフォイを不貞腐れた様子で隣で見ていた。手伝った以上、マルフォイの縮み薬が失敗したらアリスの責任になるに違いない。人助けのために手を挙げたっていうのに怒られたらやり損だ。

 

「ねぇマルフォイの分の無花果の皮剥いたんだから早く絞り汁を温めて」

 

 マルフォイは顔をハリーに向けたままシッシッとアリスを手で追い払う。

 

「父上は学校の理事会に訴えた。それに、魔法省にも。父上は力があるんだ。わかってるよねぇ。それに、こんなに長引く傷だし──はぁ、僕の腕、果たして元どおりになるんだろうか?」

 

 ハリーはダンッとナイフを強く叩いた。その拍子で誤って切り落とされたイモムシの頭がアリスの足元に転がってくる。

 

「そうか、それで君はそんなふりをしているのか! ハグリッドを辞めさせようとして!」

「そうだねぇポッター、それもあるけど。でも、ほかにもいろいろいいことがあって……おい、おい! やめろ! そっちは怪我した腕だろ!」

 

 アリスが調合に戻ってくるようにマルフォイの腕を柄杓で突っつくと彼はようやくおしゃべりを止めた。

 

「先生、ディゴリーが、むぐっ」

 

 ”ディゴリーが怪我人の邪魔をした”と言うつもりだったのだろう。すぐ予想できたアリスはマルフォイの口を片手で塞ぐ。

 

「ソイツずっとそうしておいてくれよ」ハリーが言った。

 

「むぐっむぐぐ!」

「腕叩いちゃってごめんね、痛くなかった?」

 

 アリスは顔を近づけて声を潜めて謝るとマルフォイはその距離に目を丸くさせて、必死に塞ぐ腕を振り払おうと躍起になった。

 

「あの、言わないでね、スネイプ先生に。私、結構真剣にマルフォイのお手伝いしてたんだからね?」

 

 新学期の"汽車の事故"を彷彿したのかもしれない。マルフォイが了承したようなので手を離した。

 

「……!」

「えーっと次はイモムシとヒルの用意だったかな……」

 

 恨めしそうにこちらを睨む彼を気にしないように準備を進めていると、数個先の鍋で、ネビルが問題を起こしていた。アリス達のテーブルの小さな揉め事がスネイプ先生の目に留まらなかったのはネビルのおかげと言えた。

 

「明るい黄緑色になる水薬がオレンジ色か。ロングボトム……君、教えていただきたいものだが、君の分厚い頭骸骨を突き抜けて入っていくものがあるのかね?」

 

 スネイプ先生はネビルの水薬を柄杓ですくって高い位置からポタポタ落とすので、教室のどこからでもその失敗薬を見学できた。

 

「我輩ははっきり言ったはずだ。ネズミの脾臓は一つでいいと。聞こえなかったのか?ヒルの汁はほんの少しでいいと、明確に申し上げたつもりだが?ロングボトム、いったい我輩はどうすれば君に理解していただけるのかな?」

 

 同じテーブルにいるのはハーマイオニーとライアンだ。教科書とネビルの作業台に視線を反復させて失敗の原因を探しているライアンの背中に隠れようと、ネビルはプルプル震えてなるべく小さく縮こまった。

 

「先生、お願いです。私に手伝わせてください。ネビルにちゃんと直させます──」

「君にでしゃばるよう頼んだ覚えはないがね、ミス・グレンジャー」ハーマイオニーが赤くなる。

 

「ロングボトム、このクラスの最後に、この薬を君のヒキガエルに数滴飲ませて、どうなるか見てみることにする。そうすれば、たぶん君もまともにやろうという気になるだろう」

 

 スネイプ先生は残酷にそう言い捨て机を後にするとネビルが二人に泣きついた。スネイプ先生は意地悪だ。ネビルにとってトレバーは家族なのに見せしめのようなことを。あんな怖いこと言われちゃ出来るものもできなくなっちゃうのに……。でもハーマイオニーとライアンがいるなら……。

 

「おい、ハリー」 シェーマスがこちらのテーブルに話しかける。

「聞いたか?今朝の『日刊予言者新聞』シリウス・ブラックが目撃されたって。ここからあまり遠くない」

 

「──マグルの女性が目撃したんだ。もち、その人はほんとのことはわかってない。マグルはブラックが普通の犯罪者だと思ってるだろ?だからその人、捜査ホットラインに電話したんだ。魔法省が現場に着いた時にはもぬけの殻さ」

 

「ポッター、一人でブラックを捕まえようって思ってるのか?」マルフォイが会話に割って入る。

「そうだ、そのとおりだ」ハリーは無造作に答えた。

 

 マルフォイの薄いグレーアイが意地悪く光る。「言うまでもないけど……僕だったら、もうすでに何かやってるだろうなぁ。いい子ぶって学校にじっとしてたりしない。ブラックを探しに出かけるだろうなぁ」

「何言ってんだ?」ロンとシェーマスが不審そうな目で見る。

 

「ポッター、知らないのか?」

「何を?」要領得ないマルフォイにハリーはヤキモキして返す。

 

「君はたぶん危ないことはしたくないんだろうなぁ。吸魂鬼に任せておきたいんだろう?僕だったら、復讐してやりたい。僕なら、自分でブラックを追いつめる」含み笑いしながら楽しそうにマルフォイが語る。

「いったい何の……」

 ハリーが怒りだす一歩手前でアリスの「失敗しちゃう~」というぼやきが聞こえてきた。両手に柄杓をもって自分とマルフォイ分の鍋一緒にかき混ぜている。気が散ったようにマルフォイがハリーから視線を外す。

 

「ふざけてるのか?」

「こっちのセリフね」

 

 アリスも強く言い返した。「ここから火加減と回す速度が重要なんだから、ちゃんと集中して」

 マルフォイがアリスの手から自分の柄杓を奪い返し、向こう側のテーブルを指す。「随分利発そうな口を利けるようになったもんだ。お友達たちに教えてもらったのかいディゴリー」指した方向にいるハーマイオニーはネビルにコッソリ指示を出していた。

 

「君、よくしゃべるなぁ」アリスは感嘆した。「なんでもいいけど他、手伝うものは?」

「お前に手伝ってもらうものはない、頼んですらないっていうのに」マルフォイは口達者だ。一言うと十返ってくる。このとおり無茶苦茶言うことも多い。

 

「諸君、ここに集まりたまえ」スネイプがこれからショーを始めるかのように低い声を轟かせた。

 

「ロングボトムのヒキガエルがどうなるか、よく見たまえ。なんとか『縮み薬』ができ上がっていれば、ヒキガエルはおたまじゃくしになる。もし、作り方を間違えていれば──我輩は間違いなくこっちのほうだと思うが──ヒキガエルは毒にやられるはずだ」

 

「毒にやられるって死んじゃうってこと?」ラベンダーの震えた声に続いてパーバティも「可哀想だわ」と続く。スネイプ先生なら何が起きても元に戻せるかもしれないが、爆発なんかしたらトラウマ確実だ。グリフィンドール生は恐々見守っていたがスリザリン生は嬉々として見物しているように見えた。トレバーに緑色になった水薬を飲み込ませると一瞬の静寂の後、ポンと音をたてておたまじゃくしに変化した。成功だ!グリフィンドール生は喜んで拍手喝采したが……。

 

「手伝うなと言ったはずだ、ミス・グレンジャー。ミスター・ボードマンは同じテーブルの不正を見ても知らんぷりか。グリフィンドール十点減点。授業終了」

 

 スリザリン生はクスクス笑った。成績のいいマグル生まれの減点は気分のいいものだったからだ。

 

「僕のせいで二人が減点されちゃった……」ネビルが申し訳なさそうに謝った。

「いや、俺が悪かった」バックパックに教科書を詰めながら顔を伏せて答える。

「ライアン! でもあれでトレバーが死んじゃったらどうするつもりなの? 私、自分のやったことに悔いはないわ!」

 二人がいざこざを始めたのでより申し訳なく思ったネビルはトボトボと教室を後にする。

 

「おい、君は手伝わなかったんだな?友達がペットを殺そうとしているのにボードマンは冷たい男だ」

 

 通り際にかけられたマルフォイの嫌味にライアンは黙る。そこにアリスが小脇にいたマルフォイをぎゅうっとのけて「気にしないで」と声をかける。

 

「ライアンは冷たくなんかない」

 そう言われ、ずっと口を閉ざしていたライアンが、ハーマイオニーに何か言おうと振り返ったがそこには誰もいなかった。

 

「どうしたの?ハーマイオニーはとっくにハリーたちと教室を出て行ったよ」

「でもさっきまで俺の後ろにいて話していて……」 ライアンは訝しげに出口を見る。

 

「ハーマイオニーもライアンもどっちも正しいことをしたと思うよ」アリスはライアンの腕を引っ張って地下階段を上る。

 

「俺は黙ってたんだぜ」

「ライアンが何もせず無視なんかしないでしょう。きっと授業のコツを書いたノートとか渡そうと考えてたんだよね?」

 

 アリスが彼のバックパックを指さす。強張ったようにぎゅっと強く肩紐を握った。

 

「……あれはネビルの課題だったから……。代わりに手を出すのはあいつの成長を奪っちゃうんじゃないかって……」

 

 伏せたオリーブの瞳が松明の火によってに不安定に揺れる。

 

「でもハーマイオニーが正しかったと思う……」後悔と恥じている感情が乗った声だった。

「ねぇ落ち込まないで。間違ったことをしたなんて思わないでね」

 

 二歩、前を歩いていたアリスが階段を降りてライアンの隣に寄り添った。地下階段の石壁に映っていた彼女の影が自分の影と重なる。

 

「二人ともネビルのためを思ってやったことなんだよ。今回はその思いやりが抑え込められちゃったの。それをハーマイオニーもネビルもわかってくれる人たちでしょう」

 

 オレンジの光がアリスの輪郭をあたたかく縁取っている。トロトロした火の灯りが彼女の瞳の灰色を溶かし、琥珀にも似たやわらかな色合いへと変わって見えた。

 

「少なくとも、ライアンは冷たい人じゃないって私は知ってるよ……」

 

 アリスは気恥ずかしそうに笑い、足を進めて再び階段を登り始めた。同じくして、重なっていた彼女の影も自分から離れていく。

 

 ライアンは、もしいじめられていたのがアリスだったらルールも、責任も、一瞬だけ後回しにしてあの場で手助けしただろう。無自覚に特別扱いをする不義理な自分に自己嫌悪が襲う。アリスが信じて庇ってくれる度、自分への過信を感じる。何であの子はここまで俺を信用してくれるのか……。だが、その信頼が、どうしようもなくうれしかった。自分でも疑っている自分を、彼女だけは自分よりも優しい目で見てくれる。

 ライアンは視線を上げ、先に階段を上っていく背中を確かめてから、少し遅れて足を動かした。

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