セドリック・ディゴリーと反抗期の妹   作:97nnn79

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トレローニー先生のお茶会

 十月。冷えこみが厳しくなってきて生徒たちは分厚いセーターに袖を通し始める季節。アリスも風が吹き込む屋外廊下で冷えた身体を談話室の暖炉で暖めていた。

 

「ねぇ アリス! 私たちトレローニー先生からお茶会に誘われたの!」

 談話室に入るなり、光栄だわ!と興奮した顔でラベンダーが言った。どうやらトレローニー先生の塔にまた遊びに行っていたみたいだ。

 

「あなたも来ていいって!」

 と、パーバティが弾んだ声で続ける。占い学はハーマイオニーや男の子たちは穿った目で見ている分野だが、この二人のような熱心なトレローニー信者もいた。アリスはトレローニー先生は嫌いじゃないし、占い学も面白いと思うが心の底から信じてはおらず、一種のエンターテインメント的側面で見ている。

 

「いいの? スッゴク楽しそう」

「でしょう!」

 こうしてテンションに合わせて乗っかると彼女たちは共感を得られたと非常に喜んだので、一緒に笑いながらトレローニー先生の話で盛り上がっていると談話室の向こう側がやけに騒がしい。

 

「はなせ! この野郎!」

「ロン! 乱暴しないで!」

 

 ハーマイオニーとロンがペットのことで言い争いだ。今学期に入ってから二人はこの件で大揉めしている。ロンの鞄に引っ付いているハーマイオニーの飼い猫──クルックシャンクスを何とか引きはがそうとロンがむんずと掴んでいる。その隙に鞄からネズミが飛び出した。こっちはロンのペットのスキャバーズだ。クルックシャンクスはスキャバーズを捕まえようとしていたらしく、鞄から離れてその後を追いかける。四苦八苦してネズミは飼主の手中に納まった。

 

「見ろよこんなに骨と皮になって! その猫をスキャバーズに近づけるな!」

「クルックシャンクスにはそれが悪いことだってわからないのよ! 猫はネズミを追っかけるもんだわ!」

「スキャバーズは僕のカバンの中だって言ったのを、そいつ聞いたんだ!」

「バカなこと言わないで。クルックシャンクスは臭いでわかるのよ、ロン。ほかにどうやって……」

 

 確かにロンのネズミは痩せこけていた。昨年まではアリスの手から貰った菓子を雑食に食べ散らかす光景が記憶に新しい。ストレスなのか病気なのかまだらにハゲてもいる。アリスは彼らに近づく。

 

「ハーマイオニー、クルックシャンクス今日はもう部屋に連れて行こう」足元のへちゃむくれな猫を指さした。

「この子、悪さをしたんじゃないわ」振り向いて痛切な目でこちらを見る。

 

「アリス!同室なんだからその狂った猫が逃げ出さないように監視しといてくれ!」

 

 ロンの怒った声を背後に、適当に手を振り答えてその場を後にした。女子部屋に戻ったハーマイオニーは落ち込んだように呻く。

 

「クルックシャンクスは賢い猫なのよ。私がダメって言ったことは直ぐに理解してくれるのに……」

「分かるよ」

 

 事実、スキャバーズを追いかける以外はおとなしい猫ではあった。今も、談話室に続くドアを未練がましく眺めてはいるがベッドの上で静かに足をたたんでいる。

 

「でもスキャバーズだけに執着しているように見えるよね」

「それは……ネズミだからよ」

 

 他のネズミに興味は示していないので、ロンの言う「猫が恨みを抱いている」という発言もあながち頓珍漢ではなさそうに思えた。しかもスキャバーズなんて食べ応えなさそうだ。

 

「クルックシャンクス~ネズミと遊びたいならネズミのオモチャ作ろうか?」

 

 アリスが体をかがめてクルックシャンクスの顔を覗き込んだが、潰れた顔は心底興味なさそうにアリスから反らされた。

 

 

 翌日の変身術の授業が始まる前、ラベンダーがフクロウ小屋から送られた手紙を開くとワッと泣き出してしまった。

 

「ラベンダー どうしたの?」

「お家からの手紙?」

 

 震えているラベンダーから手紙を受け取り、パーバティと一緒に目を通すとパッと口を抑える。パーバティも動揺した表情を隠せなかった。

──ビンキーが……狐に殺されてしまった。ショッキングなニュースに言葉を失う。ついこの前までビンキーを思ってクッションや毛布を贈ったばかりだ。

 

「ラベンダー……」パーバティが気遣うように肩を抱きしめる。

 

「うわぁあん……」ラベンダーの悲痛な鳴き声は周囲の気を引いた。パーバティがシェーマスとディーンに説明をすると、彼らは深刻そうに表情を曇らせた。ロン、ハリー、ハーマイオニーも集まり、クラス全員がこの悲しい出来事に耳を傾けていた。

 

「ラベンダー、可哀想に」ハーマイオニーもそっと声かける。

 

「わたし、うかつだったわ! 今日は十月十六日よ!『あなたの恐れていることは、十月十六日に起こりますよ!』覚えてる? 先生は正しかったんだわ。正しかったのよ!」シェーマスは小難しそうな顔で頭を振った。ハーマイオニーは少し、躊躇って一つ聞いた。

 

「あなた──あなた、ビンキーが狐に殺されることをずっと恐れていたの?」

「ウウン、狐ってかぎらないけど」ボロボロ涙をこぼしながら小さく答える。「でも、ビンキーが死ぬことをもちろんずっと恐れてたわ。そうでしょう?」

「あら……ビンキーって年寄りウサギだった?」

「ち、違うわ!」ラベンダーは喉を詰まらせて苦しそうに言う。「あ、あの子、まだ赤ちゃんだった!」パーバティがラベンダーの肩をきつく抱きしめた。

 

「じゃあ、どうして死ぬことなんか心配するの?」

 その発言に、パーバティはハーマイオニーを睨みつける。アリスはこの一瞬、凍り付いた空気を感じ取り、ゴクンと生唾を飲み込んでしまう。

 

「ねえ、論理的に考えてよ」ハーマイオニーは集まったみんなに向かって言った。 「つまり、ビンキーは今日死んだわけでもない。でしょ? ラベンダーはその知らせを今日受け取っただけだわ」

 

 ラベンダーはしゃっくりあげて決壊するようにもっと泣き出した。

 

「ハ、ハーマイオニー……」アリスは横からそれ以上はやめるように肩を叩いたが効かなかった。

 

「それに、ラベンダーがそのことをずっと恐れていたはずがないわ。だって、突然知ってショックだったんだもの」

「ラベンダー、ハーマイオニーの言うことなんか気にするな。人のペットのことなんて、どうでもいいやつなんだから」

 

 ロンがそう言い捨てた。それと同時にマクゴナガル先生が教室に入ってくる。ハーマイオニーとロンが火花を散らして睨み合っている……昨晩からずっとこうだった。

 

 

 

「トレローニー先生のお茶会、私たち行けなくなってしまったわ」

 

 家族を失ったラベンダーの瞳はまだ赤く腫れぼったかった。あれから数日たっているが日夜ベッドの奥で泣き続けている。

 

「ホグワーツの裏庭で、ビンキーのお葬式をすることにしたの。今度の週末がビンキーが生きていたら100日記念だった……」

「五年生のアビーが静かな場所を教えてくれたわ。彼女も実家の犬が亡くなったとき、ホグワーツでも弔ったって」

「そうなんだ……ラベンダー、やっとビンキーにバイバイ言えるんだね」

 

 ラベンダーはコクリと頷いた。「早く……ごめんなさいって言いたくって……」ポロリと涙をこぼす。

 

「ラベンダー」アリスが涙をそっと拭う。「もう自分を責めないで……」

「そ、それに、天国で沢山遊んでねって伝えるわ……」

「うん、うん、そうしよう。私も参加していい?」

 

「それなんだけど、アリスはトレローニー先生のお茶会に参加してもらえない……?」パーバティがお願いする。

 ラベンダーが泣き顔をあげて続ける。「先生に聞いてきてほしいの。ビンキーが安らかに眠れるかどうか」

 

 占いがウサギの死後まで読めるものなのか疑問ではあったが否定せずにアリスは了承した。

 

「じゃあ……いいお告げをもらってくるよ」

「ありがとうアリス……」ラベンダーは久しぶりに安心したような表情を見せた。

 

 

 そういうことでアリス単身でお茶会に参加することになった。ハロウィーンの一週間前の週末。若干気後れする気持ちがあり、同行者を見繕ったりもした。だがディーンはハリーのホグズミード行き許可証の偽装サインを試そうと忙しそうだったし、レイブンクローのテリーとはなかなかすれ違うことがなかったので諦めるしかなかった。それにあの先生は勝手に招待していない人間を連れてくるのは難色を示すだろう。

 今、トレローニー先生の自室のドアを実際に目の前にすると、ラベンダーのために何か良い呪いでも聞き出そうと乗り気になり、ドアノックを叩く。先生が取り付けた特注のドアノックはエメラルドのカメレオンが乗っかっていて、目玉をギョロギョロ動かしてアリスのことを穴が開くほど観察した。

 

「お入りになって」

 

 突如扉が開いて、中からトレローニーが姿を現す。こちらを見つめる目玉がドアノックのカメレオンそっくりだ。先生は部屋に入れるなりアリスの頭や肩をデカい孔雀の扇で叩きまくった。「下界は穢れていますからこれで"悪い氣"を祓う必要がありますの」先生のルーティンだそうでアリスは抵抗せずおとなしく周囲を見渡す。

 占い学の教室と同じようにカーテンを閉められていて外の日差しを遮断している。一部、細くカーテンが開かれている窓にはサンキャッチャーが飾られていて、床に虹色の光の粒を作った。棚には水晶や呪物などが所狭しと並べられていて、民族のお面がアリスを見下ろし、足元のはく製は光のない濁った目で見上げている。混沌としているようで、正しい位置が決められているみたいだった。

 部屋の中心には教室とは違って、ティーテーブルが一つだけ、ふかふかの肘掛け椅子は三つだけあって準備されているアフタヌーンティーは想像以上に煌びやかなもので目を奪われる。香ばしいスコーンから華やかで美しいスイーツが並んでいてトレローニーがお茶菓子にこれほど気合いを入れるだなんて意外だ。

 

「先生、今日は他にも誰かお誘いしているんですか?」隣の空いている肘掛け椅子を横目に聞くと、入り口の扉が叩かれる音がした。トレローニーはすぐそばのカメレオン──ドアノックのものと同じだ──のベロを引っ張って目玉を覗き込んだ。あれは覗き窓なのかもしれない。先生はアリスの時と同じように誰かを出迎えた。その人物にアリスはひっくり返りたくなった。

 

「やぁ 君もいるなんてな」

 

 こちらに気づくなり、やや大袈裟な調子と薄く笑って声をかけたのはスリザリンのブレーズ・ザビニ。艶のある黒い肌はチョコレートのようで、長い手足は黒豹みたいだ。優れた容姿とジェントルマン然とした振る舞いは女子から人気だったが、アリスにとって彼は謎に満ち溢れている人物である。内心困惑していたがアリスも笑顔を返す。

 

「ザビニも占い学を取ってたの知らなかった」

「カリキュラムが違うから顔を合わす機会がなかったみたいだ」ザビニはそう答えてすすめられたアリスの隣の肘掛椅子に腰かける。

 

「今日はお招きいただきありがとうございます。トレローニー先生」愛想のいい彼の挨拶でお茶会が始まった。

「本日、星々の配置が珍しく穏やかですの……ええ、お茶会を開くには最適の日です」

 

 トレローニー先生がポットから三人分のティーカップへとお茶を注ぐ。香り豊かなアールグレイは授業で使うお茶とは違う香りがした。

 

「素晴らしいお茶ですね先生──こんな茶葉で占いをしたらいい結果を期待しちゃうな」アリスも同じ気持ちでウンウン頷く。

 

「まあ……ええ、ええ。良い結果が見えるかどうかはお茶ではなく、見る者の感受性次第ですけれど──茶葉が”開いている”ので、すでに兆しですわね」

 

 いつもどおり陶酔したような文句だったが、褒められて気分が良いようだった。ザビニは話すのが上手い。相手が気持ちよく話せるように話題を振ったり、相槌のタイミングも絶妙で、その甘やかな顔も相まってきっと誰もが好意的に思うだろう。アリスは少し、意外に思った。スリザリンで占い学を取ってる人は極僅かだし、嫌煙されていると小耳に挟んだ──くだらない教師だとマルフォイがバカにしているのを聞いたことがある──なので、彼がこうしてお茶会に誘われるほど占い学に真剣なこと、トレローニー先生を”立てている”ところ。

 アリスもニコニコと先生のお話に耳を傾けながら、興味深そうに部屋の呪具やお菓子と一緒に並べられている机の上の水晶玉について知りたがった。要領得ない説明が返ってきたが、へぇ!とリアクションすれば先生は気前よくどんどんお茶のおかわりを注いでくれる。

 

「先生、ラベンダーのウサギが亡くなっちゃったんです」

「予言は嘘は語りませんわ」トレローニー先生は華奢なティーカップの持ち手を細い指でソーサーの上に置いた。

 

「そこでですね、ウサギ……ビンキーが天国で安らかに眠れるように何か先生からお言葉いただけませんか?」

 

 トレローニー先生はすくっと立ち上がり、虚空に両手を広げた。

 

「……ああ……見えます……深い霧の向こうに、小さくも澄んだ魂が……」

 

 そのまま夢遊病のような足取りで、部屋の四隅にあるショーケースから紫色の石を取り出してアリスに差し出す。

 

「この石は“死”を視るためではなく残された者の心を静める石……アメジストを両手で包み目を閉じるのです。石は応えてくれるでしょう──石を見ても胸が乱れなくなったらそれが“区切り”……その後は引き出しにしまっても手放しても運命は揺れません……」

「ありがとうございます!」

 

 すべてをアリスには理解できなかったが有り難いものを授けてくれたようだった。ニンジンの乱切り程の紫色の石を丁寧にハンカチで包む。トレローニー先生はハッといきなり息を吐いた。

 

「あら、霧が急に騒ぎ始めました……どうやら、今日はここまでのようですね。私は霧を見定める必要があるのでこれで失礼しますが……お茶菓子が尽きるまでは、どうぞそのまま……甘いものは、未来を急がせませんから」

 

 先生はそう言ってショールを羽織り、さっさと部屋を後にした。静寂。では私たちも、と続いてお暇したかったがタイミングを失ってしまった。だがお菓子を食べて帰っていいといってたのでご好意に甘えようかなぁ。だってそれくらい、トレローニー先生が用意したお菓子は素晴らしかったからだ!

 星屑がまぶされたように表面の砂糖が美しいサブレや、とっても小さいのに複雑で豪奢な盛り付けがされたミニタルトなど、スコーンひとつとっても美しくて美味しかった。

 

 それなのに、ザビニは全く手をつけなかったので勿体ないとアリスはマカロンを手に取って口に運ぶ。「それ、俺のだけど」

 

 いきなり声をかけられてアリスは喉を詰まらせた。

 

「あっ……ごめん、何?」

「そのマカロン」

 

 ザビニは背もたれに深く座り込み、行儀は崩れて長い足を組んだ。

 

「チョコレートマカロンは一人一つだろ」

 

 アリスは慌ててケーキスタンドを確認する。部屋が暗くて分かりづらかったが、同じ色のマカロンを二つ食べてしまったみたいだ。

 

「ごめん!む、無意識だった……」

「オイ、これ招待制老舗店舗の年に一度しか出ない新作だぜ」

 

 アリスはパチパチ瞬きをした。ザビニ、甘いもの好きなんだ。

 

「あの、私の分から、好きなもの取っていいよ」

 

 アリスの提案は耳に入ってないのか、ザビニはその長いチョコレート色の指先でジュエリーを取るかのように、ラズベリーチョコレートを摘んでふてぶてしく口に放った。

 

「知らなかった。そんなに有名なお菓子だなんて。えっと、今度埋め合わせするよ」

「グリフィンドールでは聞かない?」ザビニはゆっくり咀嚼したあと軽く答えた。

 

 あ、どうしよう。

先生がいた時は感じられなかったのに、今は凄く気まずい雰囲気が二人の間に漂っている。もうお菓子は充分いただいたし、帰ろうかな……。アリスはタイミングを見計らって身じろぎする。

 

「なぁ、」

 

 耳元で声をかけられる。視線を彼にやるとザビニは半身をぐっと近づけてアリスの顔を覗き込んだ。

 

「占いなんて信じちゃいないだろ?」

 

 アリスはぴくっと身体を強張らせる。男の子なのに、彼からはお菓子とは違う甘い香りがする。

 

「え? えっと……まあ、全部を真に受けてるわけじゃ──」

「だよね」被せるように、ザビニは続ける。

 

「なのにさっき、“胸に残りました”とか、“先生の占いは凄いです”とか……」

「場の空気ってものがあるでしょ。失礼にならないように──」

「でもさ、それって誠実なのか?信じてもいないものに感動したフリをして、感じのいい人でいるのは」

 

 アリスは眉根に力が入るのを感じた。

 それを言うならあなただってそう見える。そう言いたかったがすんでのところでグッとこらえる。

 

「……気分を悪くさせちゃってごめん。もう、私行くね」

 

 ザビニのラベンダーのような虹彩と一瞬交差させて席を立つ。彼の感情が消えたような視線は、扉が閉まるまでアリスの背中から離れなかった。

 

 

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